200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第8章

08-202 北伐

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「2000トンのコムギを運ぶには、2トン車が1000回850キロを往復することになる」
 半田千早の当然すぎる計算は、ハルダール村に駐屯する全員を沈鬱にする。
「2トン積んで、あの道を850キロも運べない」
 それも道理だ。

 香野木恵一郎は、大量のコムギを運ぶ手段を全方位で考えている。
 花山真弓に「200万年前のタジュラ湾を探してくれ。タジュラ湾からハルダール村までの道はないか?」と問い合わせた。
 花山には10回ほど「バカじゃないの」と言われたが、花山自身、このルートなら陸路は650キロに短縮できることに気付いた。
 土井将馬には「くじらちゃんは、10トン積んで3000キロ飛べるか?」と問うた。
 土井将馬は、香野木の意図を理解していた。
「香野木さんは、救世主~湖水地域~王冠湾のルートを考えているんだ。アフリカ横断空路だよ」
 会議で発した土井の言葉に、全員が絶句する。
 畠野史子が疑問を呈する。
「救世主はまだ、我々の側に立っていないよ」
 井澤貞之は、香野木の深謀遠慮に気付いていた。
「救世主のお姫様がいるだろう。
 彼女が鍵だ。彼女の子が正当な選帝侯と辺境伯の後継者なんだ。だから、香野木さんは王冠湾でかくまうことにした」
 奥宮要介が驚く。
「香野木さんは……、先の先まで読んでいた……?」
 夏見智子が苦々しい顔をする。
「彼女を利用するのは、かわいそうよ。私は反対。半田さんに利用され、今度は香野木さん?
 気の毒すぎる」
 複数が頷く。
 笹原大和が躊躇いがちに手を上げる。
「あの、ただの噂なんだけど、捕虜にした若い僧兵から聞いたんだけど、西に“不死の兵団”がいるって……」
 全員が笹原を見る。
 結城光二がうんざりした表情をする。
「今度は、不死の兵団か。
 本当にいるなら、サハラ森林帯のど真ん中に飛行場は造れないってことになる」
 長宗元親は、慎重だ。
「この世界は、何でもありだ。
 不死の兵団がいたって不思議じゃない。与太話で済ましちゃダメだ」
 長宗元親が大きく息を吐く。
「現実の問題として、タジュラ湾まで陸送、タジュラ湾からは船で運ぶ方法を考えたくなる。
 となると、中型以上のトラックが走れる650キロの道を整備しないと。
 中継基地が最低でも1カ所は必要だ。燃料の補給、ドライバーの休養。
 宿泊もできたほうがいい。平均時速30キロとして、22時間かかるからね。
 タジュラ湾には港湾施設、貨物船が横付けできる桟橋程度は必要だ。
 これじゃぁ、大がかりすぎる。
 利益が出ない。
 別の陸路がないか、探すことから始めないと。直線では470キロほどなのだから、近道があるはずだ」

 里崎杏は、200万年前のジブチが面していたタジュラ湾と思われる地形を発見していた。
 ただ、タジュラ湾での荷役は、ほぼ不可能と判断している。湾が浅く、岸に近付けないからだ。
 花山真弓と里崎杏の意見は一致していた。
「新たな陸路を探そう」

 百瀬未咲は職務上、花山真弓や里崎杏と仕事の話をすることはない。感染症や大事故があれば別だが、いまのところそんな大事はない。
 百瀬の仕事は地味で、現地住民の遺伝子サンプルを採取したり、軽い怪我の手当や発熱や腹痛などの薬を出す程度。
 現地の子供たちは、飴ほしさに「お腹が痛い」と診療所に駆け込んでくる。しかも、集団で。百瀬は最初、食中毒を疑ったが、飴が欲しくて診療所にやってくる子供たちの事情を知る。この大陸では、甘いものは滅多に口にできないのだ。
 彼女は、重要な情報を花山と里崎に伝えようとしていた。司令官用の木造プレハブ小屋に向かう。昼食前のことだ。
「花山さん、少しだけいいですか?」
 花山は百瀬の訪問に少し少し驚く。
 百瀬は花山の返事を待たなかった。
「南南西150キロにアドワンという村があります。東西と南北の街道の交点にあります。
 このアドワン村に行くには、アスマ村を経由する必要があります。
 アスマ村がティターンに占領されていることは知っていますし、アスマ村への山中の道が険しいことも知っています。
 アスマ村を通らずに、アドワン村へ行くことはできます。
 ですが、かなりの遠回りになります」
 花山は、百瀬の言いたいことがわからなかった。
「なぜ、アドワン村にこだわるの?」
「その村への最短ルートを見つければ、自動的にハルダール村への最短ルートになるんです」
 偶然、その場にいた里崎が眉間に皺を寄せる。
「どういうこと?
 ハルダール村まで850キロあるのに、どうして150キロ圏の村が重要なの?」
 百瀬は2人の食いつきに満足する。
「この大陸の正確な道路地図はありません。
 航空写真でも、ルートは途切れ途切れで、多くは森の中に隠れています。
 千早さんが通ったルートは、不確実なルートの中でも比較的確実性が高かったからです。
 南北をつなぐルートは、大別して4つあります。アスマ村を経由しない場合、間道を使ってもティクラト村に至ります。
 千早さんが使ったルートです。
 ですが、主要街道ではないのですが、それほど険しくない間道を見つけました。
 この道を使うと、ハルダール村のある湖の北岸に出ます。
 推定ですが、ズラ村からハルダール村まで650キロから700キロほどです」
 花山と里崎が顔を見合わす。
「本当なの?」と里崎が問い、花山が「200キロも近道できるなんて」と喜ぶ。
「お願いがあります。
 私にそのルートを確認させてください。
 患者もあまりいないし、来栖先生からの任務は完了しているので……」
 花山が賛成する。
「押しかけだけど、ヴルマンが要員を派遣してくれたから、この付近の警備はできる。
 軽装甲機動車と6輪装甲車の班と一緒に、そのルートを確認して!」

 だが、花山真弓は百瀬未咲へのこの命令を午後には撤回しなくてはならなくなった。
 百瀬が司令官棟に呼ばれる。
「百瀬さん、編制を変えなければならなくなった」
「何があったのです?」
「ララの航空偵察によると、ハルダール村の南25キロ付近にティターンの大部隊が野営していることがわかった。
 北に向けて進撃している部隊の主力ね。
 このままだと、ハルダール村が占領される恐れがある。そうなると、コムギが入手できなくなる。
 どうにか造った滑走路やキャンプも放棄しなければならなくなるし、損害は甚大。
 いま、こちらに向かって貨物船の船団が向かっている。
 ドミヤートの軽装甲部隊を積んでいる。
 その到着を待ってはいられない。いま、手を打たないと後手に回る。
 ピックアップ2輌と4輌の105SPでハルダール村に向かって!」

 草を刈って、地面を大雑把にならしただけの急増滑走路に着陸できるズラ村にいる大型輸送機パイロットは、ミエリキだけだ。
 ハルダール村の長は、軽輸送機・偵察機であるサファリの離着陸はほとんど無視していた。空飛ぶ機械には驚いたが、軽飛行機には威圧感がないからだ。
 だが、フェニックス双発双胴輸送機の飛来には驚きと、畏怖を感じた。
 しかも、機内からは兵50が降りてきた。そして、荷車5輌分の穀物袋を積み込むと、すぐに離陸した。
 村長は、半田千早を小娘と侮っていたのか、あるいは少数部隊を歯牙にかけていなかったのか、そこは不明だが、この頃から顔を合わせて会話するようになった。
 千早は村長に横柄さが消えたことを確認して、重要な情報を教える。
「村の南25キロで、ティターン軍本隊が野営しているよ」
 村長は非常に驚く。
「少数のティターン兵が目撃されているだけだが……」
 千早が微笑む。
「空から確認したんだ。
 間違いない。
 私たちの司令官は、買ったコムギを絶対に守れと命じている。
 そのための増援がもうすぐやってくる」

 百瀬未咲たちは、実走300キロでアドワン村に到着する。
 彼らには通訳がおらず、百瀬の片言の現地語だけが頼りだった。

 アドワン村の村長は、百瀬を歓待した。以前、彼の孫娘が産褥熱に苦しんでいたところを投薬によって回復させたからだ。
 一夜の宿を借り受け、翌日の出発に備える。
 夜が明けると村長は、ハルダール村までの道案内役2人を選んだ。
 百瀬は「先を急ぐから」と道案内を固辞。だが、道案内役は、ルート上の分岐などを詳しく教えた。
 そして、320キロ走って、日没直前に大きな湖の北岸に達する。

 湖畔でキャンプし、翌早朝出発。
 120キロ走って、ハルダール村に到着する。

 ハルダール村は、混乱を極めていた。昨日、近隣の村複数がティターン軍の略奪にあっていた。近隣数カ村が連合して、ティターン軍を迎え撃つ計画だったが、すでに破綻し始めていた。
 ティターン軍は複数の小部隊を北方に向けて拡散し、同時に多数の村を襲撃する。農家の納屋から収穫物を奪い、若い女性を掠い、抵抗する男を殺し、村に火を放った。
 その蛮行は、この地域の住民の想像を超えていた。
 ハルダール村で主戦論を唱えていた強硬派が沈黙し、恭順派が声を上げ始める。
 だが、恭順派の考えも根拠がない。逆らわなければ、奪われるものは一部で、殺されはしないという保障はない。
 抵抗か恭順か、それでもめている。
 半田千早は、もめ事を脇目で見ながらヴルマン兵とともに購入したコムギが収められている倉庫を守っている。
 そこに、百瀬未咲がやって来た。
 大声で怒鳴り合っていた村民が押し黙る。
 奇妙な金属の塊がウマなしで、走ってきたからだ。
「未咲、早かったね。
 明日になると思ってたよ」
 半田千早の声がよく通る。
「千早、この騒ぎは何?」
「ティターンのパトロールが周辺の村を襲っているんだ」
「略奪?」
「そうだね」
「私たち美人だから掠われちゃうね」
 ヴルマン兵と自走105ミリ自走砲の乗員が、同時に声を出して笑う。
「おまえたちを掠う命知らずなんて、いるわけないだろう」
 誰かがそう叫ぶ。
 それを、アクシャイが小声で村長に通訳する。
「未咲、この倉庫に私たちのコムギがある」
「なら、守らないと」
「ここにティターンが攻めてきたら……」
「105ミリは撃たないよ。
 機関銃で十分」

 半田千早たちが借りた倉庫は、村の西端付近にあった。この付近は旅人や来訪する商人向けの宿屋や飯屋が多く、荷の積み込みが便利なように空き地のような広場があった。
 村民が武器を手に集まるには、好都合の場所でもあった。

 アクシャイは、ラウラキ族の蜂起を思い出していた。顔に色を塗り、片手に盾、片手に剣や槍を持って、戦支度をした。
 ラウラキ族の戦士の姿だ。だが、所詮は農民。勇猛に見えても、剣の扱いより鋤を使うほうがはるかに上手。
 対するティターン兵は、生まれたときから兵士になるよう育てられる。殺しのプロだ。殺す方法だけを磨いている。
 かなうはずはない。
 半田千早たちも同じ。農民、機械鍛冶、商人など、職業は様々だが、兵士が本職じゃない。だけど、やたらと強い。
 武器が強力だが、それだけじゃない。戦い慣れしている。
 ティターン兵が生まれたときから兵士になる訓練をしているとすれば、北の商人は生まれたときから生き残るために戦っているみたいに感じる。

 半田千早は、周囲を見る。
「私たちの倉庫だけを守るって、わけにはいかないよね。
 未咲」
「仕方ないよ。
 村全体を守ることになるのは、結果だから」
「じゃぁ、そろそろ心のセイフティを解除しようか?」
 その場の全員が頷く。

 滑走路には、ララと井澤加奈子がいた。2人は同じサファリで飛来し、自走105ミリ榴弾砲の着弾観測を行う。
 キャンプも滑走路の近くに移動していて、ここもティターン兵に襲われる可能性があった。
 村から数キロ離れているが、一帯の混乱状況は把握している。
 滑走路でも全員が完全装備し、警戒態勢にあった。

 アクシャイが全員に説明する。
「ティターンが村を襲う場合、2つのやり方がある。いきなり襲う。奇襲だ。
 もう1つは、無理難題を伝える。
 若い女性を用意しろ、とか」
 百瀬未咲がアクシャイの肩に手を置く。
「で、今回は?」
「ミサキ、わからないよ。
 だけど、いくつかの村を襲い兵糧は確保しただろうから、次は色欲かな」
 女性たちがざわつく。
 10歳代後半の女の子が声を上げる。
「私たちは掠われるの?」
 アクシャイは冷静だ。
「このままだとね」
 若い女性を抱きしめている、若い男性が震える声で問う。
「結婚したばかりなんだ。
 妻を救う方法は、あるの。
 農民は土地がないと生きていけない。逃げても死ぬだけ」
 アクシャイには、花山真弓に教わった戦術があった。
「モリニ族が勇敢なことは知っている。それに民は多い。
 だけど、戦うにしても装備が違いすぎる。
 これから兵を募っても、周辺数カ村で1000か2000集まればいい程度。他の部族を呼ぶ時間はない。
 ティターン軍のほうが兵は多いし、ウマも多い。それと、投石機もある。
 どこかに立て籠もっても、投石機ですり潰される。野戦に打って出れば、騎兵に蹴散らされる。
 ティターン軍重装歩兵の密集陣形は、軽装備の諸部族がどうにかできる相手じゃない」
 厳つい顔の髭を蓄えた壮年の男性が問う。
「ならば、どうするんだ?
 おとなしく殺されろと!
 娘や女房を渡せと!
 そう言うのか!」
 男たちがいきり立つ。
 アクシャイは、慌てない。
「農家なら、どこの家にも弩があるよな」
 場が静まる。ニワトリやウサギを小型の捕食動物から守るために、畑を荒らす草食動物を追い払うために弩がある。
 これは、農家に限ったことではない。弩で魚を捕る地方もある。弓を使うには十分な訓練が必要だが、弩は狙って放つだけ。操作が簡単だ。
 だが、射程が短く、発射速度が遅い。弓は1分間に6矢を放てるが、弩は2矢程度。
「弩では、1矢放つだけだ。次の矢をつがえる前に、殺されてしまう」
 老人の発言は、もっともだ。
「弩を3列にして、1列目が放ったら、2列目と交代、2列目が放ったら、3列目と交代するんだ。そうすれば、間断なく発射できる」
 半田千早と百瀬未咲は、顔を見合わせる。百瀬が小声で「織田信長の三段撃ちじゃないの?」と、千早は「花山さんがヘンなこと言ったんだよ。まったくぅ~」と怒る。
 だが、2人は気付いていた。火縄銃の発射速度は1分間に2発から3発。有効射程は50メートルから100メートル。
 ボウガンは、50メートル以上の有効射程距離がある。モリニ族の農民が使う弩も、強力なものは同等の性能がある。
 上手に運用すれば、ティターン軍の重装騎兵の突撃を止められるかもしれない。

 半田千早が作戦に思いが向かっていると、多くのウマの蹄の音が聞こえてきた。
 多くの村民は一瞬で、萎縮する。同時に、無意味な勇気を絞り出し、抵抗の素振りを見せる。

 とても危険だ。冷静さを欠いている。

 半田千早の隣りにアクシャイが来る。彼の背後に百瀬未咲が立つ。

 騎馬は25騎。全騎が、輝く銀の胸甲を着けている。先頭の騎馬にだけ、冑に赤い鶏冠状の羽毛飾りが付いている。
 これが、指揮官だろう。
「我らは、ティターンの北部討伐軍である。
 この世界の正当な支配者であるティターンの総統は、ティターンの言葉を話さない蛮族の住む北部の平定を命じられた。
 今後、蛮族の女が蛮族の男の子供を産むことを禁ずる。
 ついては、この村の若い女をすべて差し出すように命じる。
 この命令に従わない場合は、村民全員を殺し、村を焼く。
 それが嫌なら、命令に従え!」
 百瀬未咲は、アクシャイの通訳を聞いて、唖然としたが、怒りよりはおもしろいと感じた。この先を聞きたかったが、半田千早が邪魔した。
「イヤだね。
 何で私たちが、鶏冠を付けた玉なし野郎の命令を聞かなきゃならないんだ。
 家に帰って、テメェの両手で父ちゃんの竿でも握ってろ!」
 アクシャイは、こんな下品な言葉を通訳したことはない。だが、自分の言葉として言い放った。しかも、正確な通訳ではなかった。
「お断りだ!
 俺たちが、鶏冠野郎の命令をおとなしく聞くとでも思っているのか?
 おまえたちはニワトリと同じで、玉なしだろう。玉なしは、家に帰って母ちゃんの股ぐらに頭を突っ込んで、両手で自分の竿でも握っていろ」
 ティターン兵は、明らかに驚いている。
 そして、一呼吸置いて、村民が大爆笑する。一呼吸遅れたのは、誰かがモリニ族の言葉に翻訳していたからだ。

 ニヤついているが、ヴルマンはやる気だ。
 自走105ミリ榴弾砲に乗る王冠湾の隊員は、笑ってもいない。何をしでかすかわからない雰囲気だ。
 百瀬未咲は、隊長車の砲身が水平になり、砲塔が少し旋回したことに気付いた。

 ティターンの指揮官が笑った。
「この女を連れて行け」
 半田千早を捕らえようと何騎かが動く。

 次の瞬間、あり得ないことが起こった。
 砲口から指揮官まで15メートルほどしか離れていない。自走砲の周辺には村民がいる。

 半田千早と百瀬未咲は、四つん這いになって逃げた。村民の何人かはその場で腰を抜かしている。

 指揮官と指揮官の後方にいた5騎の胸から上がなかった。
 ウマは驚きが大きすぎるのか、動かない。本能が動くなと命じているのかもしれない。

 ティターン兵が怯えている。105ミリの徹甲弾を至近で発射したのだ。
 アクシャイは肩で息をしているが、座り込んではいなかった。
 自走砲部隊の隊長は、平然としている。
「寝言は寝て言え。
 おい、通訳しろ」
 アクシャイは、隊長の言葉を正確に通訳する。
 ティターン兵は無言だし、村民も無言だ。
 1人のティターン兵が踵を返すと、その他の生き残りも追随する。上半身を失った乗り手を乗せたままのウマも、それを追う。

 アクシャイがこの地方の言葉と北の商人の言葉で説明する。
「あれは、北伐軍です。
 北部を討伐するために編制された、ティターン軍でも残虐で知られる双頭の鷲軍団が基幹になっています。
 双頭の鷲軍団の幹部候補生は、7歳で入団します。最初は虫を殺し、次はカエルやトカゲを殺し、10歳でイヌやネコを殺します。
 12歳になると、老いたり病や怪我などで働けなくなった奴隷を殺します。
 14歳になると、武器を持たない奴隷を追跡して殺す訓練を何度もします。
 そうやって、殺すことに罪悪感を感じないどころか、楽しめるようにしていくんです。
 正真正銘の殺戮集団です。
 まだ、耳が痛いし、大きな声しか聞こえないけど、隊長さんがぶっ放したことはよかったと思います。
 こっちも殺しは大好きだって、宣言したようなものだから……」
 自走砲の隊長は、渋い顔だ。彼は殺しが好きなわけじゃない。この村の若い女性たちが、自分の娘に重なるのだ。
「で、戦うしか選択肢がなくなっちまった。すまないな。
 チハヤどうする?」
「どうやって、戦うか、だよね。
 戦闘開始まで、短くて半日、長くても2日かな」
 百瀬が「こっちから攻めたら」と提案。千早は「軽く攻めて、こちらの戦いやすい場所に誘導したらどうかな。敵は大軍で、動きは鈍い。小部隊で波状攻撃を仕掛けながら、決戦場に誘導する」と案を出す。
 ヴルマンの分隊長が「狙撃がいい。1カ所に留まらず、1発撃って場所を変える。ギリースーツがあればいいんだが……」と。

 アクシャイと村民との打ち合わせは、30分を超えた。だが、両者の意見は一致する。
 そして、間に合わせの材料でギリースーツが作られた。

 周辺の村から、続々と“使者”がやってくる。若い娘を差し出すか、戦うかを決めあぐねているからだ。
 ハルダール村が戦いを選ぶと知ると、たいへん驚くが、大急ぎで集結の準備をすると言い残して戻っていく。

 村民はギリースーツに驚いているが、その効果はすぐに理解した。
「これなら、悪さをする動物が近付いてきてもわからないな」
 その言葉に、村民たちが頷く。
「2人が組んで、行動する。
 村民が案内、俺たちが撃つ。
 8組で、1日か2日足止めできれば、上出来だ」
 半田千早も志願したが、ヴルマンの分隊長が反対する。
「ティターン兵は下衆だ。おまえが捕虜になったら、寝覚めが悪い。ダメだ」

 ハルダール村には百瀬未咲と4輌の自走105ミリ榴弾砲が残り、半田千早はパトロール隊やブルマン兵とともに滑走路の守りを固めることにする。
 千早は戦力が分散することに不安を感じたが、購入したコムギは何としても守りたいし、滑走路は絶対に手放したくなかったから、仕方のない選択だった。
 滑走路では、穀物袋で作った土嚢と地面を少し掘り削った土で土塁を築いた。そんな簡単な陣地の中に、燃料の入ったドラム缶や車輌を入れて、防御態勢とした。
 村は北には湖があるが、湖畔までの距離がある。周囲は広大なコムギ畑。畑は次の作付けを待つ状態。
 つまり、全周囲どこからでも攻撃を受ける可能性がある。濠や壁がまったくなく、完全無防備だ。

 アクシャイは、南に広がる森に注目していた。防御に適していない村を背に戦うとしても、ティターンの騎兵がコムギ畑に進入してしまったら、四方八方から攻撃を受けてしまう。
 ティターン軍本隊は北進している。必ず、森の中の道を通る。森は深く、土地勘がないと迷うと村民は言う。
 村へ進撃するなら迂回路はある。だが、距離がある。
 村民は村を守ることに固執しているから、遠くの決戦場に移動しようとはしない。
 戦うなら、村が見える場所。
 アクシャイは、ティターン滞在中に得た軍事の知識と花山真弓から教えられた戦術を参考にして、森の縁から湖畔までの3キロ強に木柵を作り、ティターン軍の騎馬突撃を食い止める作戦を考えた。
 それを村長を含む村の顔役たちと百瀬未咲や自走砲部隊の隊長に説明する。
 アクシャイが地面に描いた布陣を説明すると、百瀬が「いい案ね」と同意し、自走部隊の隊長も「その作戦でいこう」と賛成する。
 村側には、軍事作戦なんてないから、自動的に決まる。
 だが、顔役の1人が懸念を伝える。
「それだけの木をどうやって切り倒すんだ。それに、どうやって運ぶ。
 森に木は無限にあるけど、ウマや馬車は限られる。それに、俺たちは樵じゃない。薪を割るくらいは日々のことだが、木を切り倒すとなると、慣れていない村民が多い」
 これは、現実的な問題だった。
 アクシャイにも反論できない。最大1日で3キロもの木柵が作れるものか、疑問だ。
 自走砲部隊の隊長が解決策を示す。
「切り倒した丸太は、自走砲で引っ張って運ぶ。丈夫なロープや鎖を集めてくれ。
 それに、それほど太い丸太は必要ない。太さもバラバラでいい」
 百瀬も賛成する。
「柵よりも、チェコの針鼠のほうが作るの簡単じゃない?」
 自走砲部隊の隊員たちが賛成する。
「それなら、丸太と藁縄があれば作れる。戦車は阻止できないが、騎馬突撃くらいならどうにかできるさ」

 村民総出の工事が始まった。
 3本の丸太を十字に組んだ木製のチェコの針鼠を森縁から湖畔まで並べ、その後方に土塁を築き、土塁に身を隠しながら弩を撃つことが決まる。さらに、土塁の後方には弓が扱える村民が大仰角から矢を落とす。

 ティターン軍の進撃と村民の工事のどちらが早いかで、勝敗が決まる。村民はチェコの針鼠を正しく理解していない。3本の丸太を大まかに藁縄で縛るだけ。
 それでも、十分に騎馬突撃を食い止められる。
 材木の切り出しは日没まで。その後は、日付が変わり、疲れ果てるまで工事が続く。
 一部に「無駄だ」とか「ティターンと話し合えるはず」との意見があり、協力しない村民もいた。
 また、湖東岸の村々から増援がきて、工事を支援する。
 弩の矢も作られていく。鏃の鉄は、使っていない農具などを溶かした。鉄製ではなく、青銅製もある。使っていなかった時鐘を溶かしたのだ。

 決戦の時が迫っていた。
 勝敗は時の運だが、この戦いは負けられない。
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