200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第1章

第五話 脱出

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 俺たちがいる巨大鍋は、側壁に多くの亀裂がある。亀裂は表面だけのものから、貫通しているものまで様々。亀裂の幅は一ミリから三ミリ程度。貫通しているものは少ない。
 東西の貫通亀裂は、朝夕に太陽光を通す。稲光のような模様となり美しい。
 亀裂は縦に走り、横方向はない。だから、亀裂同士が合流して、大穴を開けることはない。
 しかし、亀裂がある以上、出口がある可能性はある。

 ミニショベルは、ミニのなかではクラス最大級の大きさだ。かなりの使用感はあるが、整備状態はいい。
 しかし、エンジンの始動には手間取った。結局、四トン車からバッテリーを拝借して交換、グロープラグを清掃したら動いてくれた。
 ダンプローダートラックは、何度牽きがけに挑戦しても成功しないので、ダンプローダーを使わずに、車体後部に砂を積んでスロープを作り、積荷であるミニショベルを降ろす。

 以後、片倉の指揮の下、地下にあるかもしれないトンネル探しを始めた。
 砂は崩れやすく、そのため広範囲に掘削しなければならない。
 排除した砂は、ダンプで運び出し、由加の指示でキャンプの周囲に積んでいく。ドラキュロの襲撃に備えた防塁だ。
 工事初日の午後遅く、深さ五メートルまでの砂を除去したところで、鍋肌が金属質ではなく土の部分を見つけた。
 金吾と金沢によれば、外界の土質に似ているという。それに納田も賛成する。
 周囲の砂はトラクターで排除し、土質部分はミニショベルで掘り下げていく。
 さらに二メートル掘り下げて、垂直な面を見せる土質部分をミニショベルで削ると、土は鍋肌の面よりも先まで続いている。
 夜間もライトを動員して工事を続ける。
 金吾と由加は、周囲を警戒するが、異常はない。俺はダンプの運転だ。俺たちの心は脱出路に傾いている。気を引き締めようとしても、どうにもならない。
 工事に四人。歩哨に二人。その他の作業に二人、休憩に二人を配している。
 ショウくんは軽戦車の砲塔の上で、周囲の監視を手伝うことが多い。
 二一時を過ぎても工事が続く、由加が珠月と歩哨を代わり、ケンちゃんとちーちゃんのところに行った。二人は二号車にいる。

 工事は二四時にいったん終了。明日、日の出とともに再開だ。

 翌日も正午まではドラキュロを目撃しなかった。
 しかし、ショウくんが南の鍋縁付近で、動く何かをフィールドスコープで見たという。
 五〇キロ以上離れているので、はっきりはしないが、警戒は必要だ。ドラキュロには、一定の知能があると考えるべきだ。間違いなく、ヒトに近い動物から進化したのだから。

 鍋肌に土が詰まった部分は、三メートル、四メートルと掘り進んでも終いが現れない。最上部の幅は一・五メートルほどだったが、掘り下げるごとに末広がりになっていく。
 掘り進めると、周囲の砂が崩れ、また埋まる。砂の運び出しが多く、掘削が進まない。
 それでも日没前には、最下部に達した。

 トンネル通路らしき土の壁は、台形をしている。上底一・五メートル、下底四メートル、高さ五メートルほど。
 ここで問題が起きた。
 これが通路だとした場合、幅二・五メートル、高さ三メートルの車輌が通過できる。
 だとすると、四トンのパネルトラックは通過できない。高さが三・一メートルあるのだ。
 タンクローリーは高さ三メートルだが、タンクがラウンドしているので、慎重に運転すれば通過できる。
 ダンプローダートラックも車体自体は低床なので、十分通過可能だ。
 四トンパネルトラックの荷をどうするかが、次の問題となった。

 その問題は保留とし、掘削が続く。穴は六メートル掘り進んで、鍋の外面に達した。穴の壁面は金属質で、六メートル先はただの土しかない。

 二一時を過ぎて、工事を継続するか、明日にするかの相談となった。
 全員が疲れていた。片倉は、「過度の疲労は事故につながる」と中止を主張。微妙な対立的な空気もあるが、全員が片倉の判断に従った。
 子供たちは、簡単な食事をして、すでに寝てしまっている。

 現在の掘削穴が、脱出口であることがほぼ確実になると、今後の行動についてが最大の問題になる。
 相馬は意外にも、協力しての行動を主張。斉木は、判断の自由を担保したいといった。能美と納田は「団結しないと生き残れない」と述べ、それに由加と片倉が賛同する。
 歩哨に立つ、金吾と珠月、そして金沢は判断材料が少ないとして態度を保留。
 俺は優柔不断ぶりを発揮して、由加の判断に任せた。
 結局、女性陣の〝団結して〟が採用となった。
 まぁ、俺の心情をいえば、現状はそれ以外の選択肢はない。

 そのことよりも、俺には物資の持ち出しが最重要課題だった。
 人数が増えれば、非スケーラブルに必要な物資の量が増大する。
 四トンパネルトラックが脱出口を通過できない事実は、どうにもできない。
 片倉は、パネル上部の切断案を出し、そのための工具があることも明かした。
 歩哨からふらりと金沢が戻り、「南に残っている大型トラックなら通るでしょ」と告げて立ち去る。
 確かに、その意見は正しく、二台の八トン平積トラックなら通過できるだろう。
 しかも一台はクレーン付きだ。動けば便利。悪戦苦闘したがダンプローダートラックが動いたので、エンジンが始動する可能性はある。八トン車の積荷は何だかわからない。確認していないのだ。
 それと、四トントラックは、ここを出た後、走れるのか、という問題がある。
 道のない原野を二軸四輪の中型トラックが進めるとは思えない。しかも、前輪は駆動しない。
 同様にダンプローダートラックは、前一軸後二軸の四輪駆動。この状況に合致する車輌じゃない。
 しかし、タンクローリーは前一軸後二軸の六輪駆動車だ。民間車輌だが、一定の悪路走破性はあるだろう。
 俺は逡巡したが、この事実を伝えた。
「多くは持って行けない。これから、道のない原野を走る。大型車は少ないほどいい。
 タンクローリーとダンプローダートラックが精一杯だ」
 ところが由加が反対した。
「八トンのクレーン付きもあれば便利だ」
 確かにそうだが、それは無茶だ。
 しかし、納田が由加に同調した。
「盆地の北側は乾燥しているので、北の山脈に沿って進めば、何とかなるのでは?」
 そして、片倉は、さらに信じられないことをいう。
「超えられない溝があれば埋めればいいし、橋が必要なら造ればいいと思うんだけど……」
 俺、相馬、斉木は、唖然としていた。
 極めつけは能美だった。
「どこに行くあてがあるわけではないのだから、一日一〇キロ進んで、三日休んで、それでいいんじゃない?」
 その通り!
 反論の余地なし。なのだが……。
 由加が締めた。
「それでは、明日、八トン車の確保に向かいましょう」

 ショウくんが鍋縁で何かを見たという情報は、誰も軽視していなかった。
 だから、珠月と金吾を護衛に残した。
 片倉、斉木、相馬が、トラクター、ミニショベル、履帯付きダンプで掘削を続ける。
 残りの五人が、八トン車の回収チームだ。俺、由加、能美、納田、金沢の五人で、スコーピオン軽戦車と空荷のダンプローダートラックで、目当ての八トンクレーン付きトラックに向かった。
 ダンプローダートラックを持ち出した理由は、八トン車を軽戦車で牽引するのは無理だと判断したからだ。
 この不整地走行に不向きなトラックを走らせるため、比較的路面が固い中心に近い東寄りの迂回ルートをとった。

 八トン車の周囲を調べ、ドラキュロがいないことを確認する。
 この仕事が一番怖い。
 ドラキュロの身体能力はヒトをはるかに超越していて、至近で襲われたら、抗う術がない。
 クレーン付き二軸四輪の八トン車のドアは施錠されてなく、キーも付いている。積荷は建設資材のようだが、まずはバンパーの高さまで埋まった車体を掘り出さなくてはならない。
 エンジンが動けば、クレーンで積荷を下ろせるし、動かなければ牽引して持ち帰る。
 由加と能美が周囲を監視し、俺、金沢、納田の三人で、ひたすら掘った。
 車体前方は鍋肌を向いていて、車輪の後方から砂を除けば、牽引で引っ張り出せる。
 砂は柔らかく掘りやすいが、同時に簡単に崩れてくる。作業はなかなか進まない。
 三〇分ほど苦闘して、ダンプローダートラックの後部牽引フックと八トン車の後部牽引フックを牽引ワイヤーでつないだ。
  由加がキャビンに乗り込み、ハンドブレーキを下げる。
 ゆっくりと牽くと、簡単に動いた。タイヤのエアが抜けていて、納田が発電機を始動し、コンプレッサーでタイヤに空気を入れ始める。この状況も何度か経験していたので、俺たちに手際の悪さはなかった。
 最低限の空気を入れ、牽引状態のまま、低速で五キロほど北に向かう。
 ドラキュロを避けるためだ。

 周囲に身を隠すものはなく、空気が澄んでいて視界がいい。見張りさえしっかりしていれば、ドラキュロの攻撃を早期に発見できる。
 タイヤの空気を満たし、四トン車のバッテリーと交換してエンジンの始動を試みる。
 セルは回るが、エンジンがかからない。五回目で始動。
 その後は安定している。オドメーターを見ると、六万キロ走行している。トラックにしては少ないが、未来への旅の乗り物としては使い込んでいる。どこの国でも、物資の調達に苦労しているのだろう。

 南に何かが動いている。間違いなく、ドラキュロがトンネルを再通させたのだ。
 俺が「行こう」というと、誰も反対しなかった。

 俺たちがキャンプに戻ると、脱出口が貫通していて、車輌が通れるように、整地する段階に達していた。
 ドラキュロが現れたことによって、女性たちの物資に対する欲望は急速にしぼんだ。
 誰もが間を置かずに脱出することを望んだ。日没まで、まだ二時間ある。
 四人の子供たちを乗せたエノク軽装甲車が、最初に外界に出た。金吾と珠月が、子供たちの護衛として、徒歩で外界に出る。
 次に、片倉と納田のピックアップトラック、そして一号車と二号車、そして軽トラが出る。トラクターとミニショベルが自走して続く。
 相馬と金沢が使うことになったハンバー・ピッグ重装甲車も脱出した。
 脱出口にスコーピオン軽戦車を後進で入れ、防備を固める。
 残りは、タンクローリー、ダンプローダートラック、そしてクレーン付き八トン平積みトラックだ。
 もう一台のハンバー・ピッグは置いていく予定。
 ドラキュロが夜間でも捕食行動をとるとすれば、今夜襲ってくる。
 だが、日没までに襲ってくる可能性は低い。南のトンネルから、我々のキャンプまで直線で四五キロある。時速二〇キロで走っても二時間かかるし、あの狭い穴を多数が通るには相当な時間を必要とする。
 日没までの勝負だ。

 片倉がクレーンを操作して八トン車から荷を降ろし、四トン車から人力で荷を積み替える。医薬品、食料、日用品が優先で、弾薬は時間の余裕がある限りとされた。
 斉木がタンクローリーを脱出口に進入させる。これも予定通り。タンクローリーが立ち往生したら、物資を諦め底辺の隙間から脱出する。
 タンクローリーは抜けた。

 四トン車一台分の荷は、素人仕事では一時間かかっても積み替えられない。金吾とショウくんも作業に参加し、残置する予定だったハンバー・ピッグに、もう一台の四トン車の荷である弾薬を移し始めた。その作業に相馬と金沢が加勢する。
 三〇分ほどでハンバー・ピッグが満載になり、金沢の運転で、脱出口から出て行く。
 金沢が、もう一台のハンバー・ピッグで戻ってきて、残りの弾薬を積み始める。ショウくんの動きが鈍い。疲れたのだ。金吾に促されて、徒歩で脱出口を出る。
 時間が足りない。
 今度はユウナちゃんが走ってくる。スコーピオン軽装甲車の由加と何かを話し、走り戻っていく。
 二台目のハンバー・ピッグが出て行く。
 予定を変更して、ディーゼル発電機を積んだだけのダンプローダートラックにも無造作に残りの弾薬を積んでいく。そして、四トン車のキャビンにあった武器の木箱を荷台に放り置く。そして、金沢の運転で脱出させる。
 荷台が空になった四トン車の荷台後部の扉を閉め、キャビンの窓とドアを閉めた。
 斉木と相馬が、二人で一つの弾薬箱を持って、脱出口を出て行く。もう一台の四トン車には、まだ荷が残っていたが、荷台後部の扉を閉め、キャビンの窓とドアを閉めた。
 八トン車が片倉の運転で、後ろアオリを開けたまま何人かを荷台に乗せて脱出口から出て行く。
 俺は、スコーピオン軽戦車の砲塔に乗った。由加が八トン車に続く。
 キャンプには誰もいない。
 まだ距離はあるが、ドラキュロが姿を現した。

 各グループが点呼し、ワン太郎を含めて、欠員がいないことを確かめ、脱出口の埋設作業に入る。
 すでにミニショベルでダンプに土が積まれていて、まずはそれを脱出口に落とす。トラクターで土を押し込み、ミニショベルでダンプに土を積み……。
 この作業を延々と続けた。
 疲労は感じなかった。
 ただ、ただ、恐ろしかった。
 適当に埋めて逃げるという判断は、誰にもなかった。完璧に埋め、絶対に追ってこられないようにしたかった。
 食われたくなかった。
 恐怖が疲労を超越した。

 この夜、子供たちは興奮状態で、眠ることができない。
 それは、大人も同じ。
 ただし、相馬だけはハンバー・ピッグのなかで、いびきをかいて寝ているそうだ。
 金沢が呆れていた。
「度胸があるのか、無神経なのか、ただのバカなのか、微妙な人なんです」と笑っていた。

 俺と由加は、不安が原因で銃を抱えていた。
枯れ枝を拾い、焚き火をしている。鍋の内側には木ぎれ一本落ちていなかったが、その外側は緑が豊かだ。
 片倉と納田から、ハンバー・ピッグに乗り換えたい、と申し入れがあった。
 確かに、装甲車のほうが安心だ。登坂力があるし、牽引力も強い。
 反対はなかった。ピックアップは、ここに置いていく。
 俺も二号車の放棄を考えていた。望んで手に入れた二トンダンプではないが、ダンプは役に立つ。いまとなっては、放棄は考えられない。
 それとスコーピオン軽戦車も手放したくない。俺たち以外の三グループが装甲車に乗っているのだから、俺たちもそれが欲しい。
 だが、由加は違った。俺は「六人で四台は多すぎる」と主張したが、由加は「軽戦車でトレーラーを牽引すれば、二号車は身軽になるでしょ。二号車を珠月ちゃん、軽トラを金吾くん、一号車を隼人さんが運転すれば、困ることは何もない」と。
 誰が何を運転するかは別にして、一〇人の大人で一〇台の車輌を移動させなければならないことは確かだ。
 とにかく、大型車が三台もあるのだ。迂闊に動けば立ち往生する。

 翌早朝、荷の積み替えと整理を行った。それと、片倉・納田の車輌変更だ。

 ダンプローダートラックには、意図せず持ち出した工事現場用ディーゼル発電機、ミニショベル、農業トラクターを積み、斉木が運転する。
 斉木がキャビンを点検すると、缶詰類を中心とした食料の下に、二挺のAKMSアサルトライフルが隠されていた。この銃はカラシニコフAK‐47の折り畳み銃床型だ。弾倉は各銃六個の計一二個。歩兵の通常携帯数と同じだ。
 八トン車には、弾薬と日用品を積載し、医薬品は納田と能美が半分ずつ自車に積む。八トン車の運転は片倉。この八トン車は幸運にも四輪駆動だ。
 一番総重量のあるタンクローリーは、俺の担当になった。

 ドラキュロは鍋の内側に生息していたわけではない。外部から侵入してきた。ならば、この盆地にもいる可能性がある。
 そのための準備を怠ってはならない。
 二台の四トントラックのキャビンには、シートの後部に少数だが武器が積まれていた。
 北欧製の屈折銃床AK‐47アサルトライフルが四挺、RPG‐7対戦車擲弾発射機三門、RPK軽機関銃二挺だ。
 AK‐47の弾倉は一二個しかなく、一挺あたり三個。それでも九〇発を携帯できる。また、AKMSと弾倉は共用できる。これは助かる。
 この銃は、相馬、金沢、斉木、能美が使うことになった。
 片倉と納田には、ダンプローダートラックにあったAKMSが渡された。六人には、由加が使い方を教える。
 RPG‐7のロケット砲弾は豊富で、この世界に運んできた理由が何だったのか知りたいほどだ。
 RPK軽機関銃はAK‐47の軽機関銃バージョンで、七五発の専用ドラム弾倉がたっぷりある。銃の重量も五キロと、機関銃としては軽い。
 スコーピオン軽戦車の車内に、SKSカービンという旧ソ連設計の自動小銃が積まれていた。ベトナム製のようで、一〇発をまとめた装弾クリップが一〇個あった。
 固定弾倉の銃なので、弾薬さえあれば使える。また、銃剣が備え付けなので、古風な感じが強調されている。この戦車の搭乗員の私物かもしれない。この銃は、そのままにされた。

 俺たちの荷物の積み替えは、大事になった。車高の高さ二メートルの制限がなくなったので、二号車の後席の荷物をすべて荷台に移動し、トレーラーの積載量も増やした。ドラム缶四本と一号車から外したタイヤ四本は、一号車に積み、その他可能な限り荷台に荷物を移した。軽トラは、一号車がトレッカーで牽引する。
 二号車の車内にちーちゃんとケンちゃんの寝場所が確保でき、少し安心した。

 俺と斉木、金沢の三人で、軽トラで五キロ西まで偵察することにした。
 様子がまったくわからないので、迂闊には動けないのだ。

 一キロほど西に進むと、地形全体が緩い下りとなり、二キロ地点で平坦になった。盆地の中央を東から西に流れる川の周囲は湿地だが、川から五〇〇メートル以上離れると乾地だ。舗装路のように平滑ではないが、全体的に凹凸は少ない。三〇センチから五〇センチの草があり、地面は固い。所々に灌木があるが、進路を邪魔するほど密ではない。
 川の南側は、川岸から数百メートル離れると、幹の太くない木々が密集する森になっている。
 盆地の中央を流れる川に注ぐ、北から南に流れる小河川は多く、その周囲の地面は軟弱だ。
 冗談抜きで、一日一〇キロ進行が限度かもしれない。
 五キロ進出して、状況を確認し、速度を上げて戻る。軽トラは軽快で、小気味いい走りをする。

 鍋を外から見上げるキャンプでは、由加が六人にAK‐47の使い方、銃の撃ち方を教えていた。
 AK‐47はミハイル・カラシニコフが開発し、一九四九年に旧ソ連に制式採用されたアサルトライフルだ。工具を使わずに分解・組み立てができ、部品点数が少なく、文字を読めない兵士でも扱えるように考え抜かれた傑作軍用銃だ。
 得体の知れない二足歩行動物と戦う、にわか兵士の我々には、ベストな自動小銃であった。
 だが、俺の不安はヒト科ヒト属ヒトであった。この凶暴な動物が俺たち以外にいれば、何らかの争いの可能性となる。もし、いなければ、俺たちの今後には苦難が待っている。

 我々は一二日間で、西に八〇キロ進んだ。途中、周囲よりやや高い乾地で三日間休養した。また、二日は雨で、移動を断念した。結果、七日間で八〇キロの移動、一日あたり一〇キロ強だ。
 西側に低い山並みが見えていて、この盆地の終点に近付いていた。あと、二〇キロくらいだろう。
 そのためなのか、北側の山脈に沿うルートは、あと数キロで岩場となる。
 俺たちは盆地の中央を流れる川の南岸に渡り、新たなルートを探索する必要に迫られていた。

 一〇台の車輌が橋のない川を渡る方法が、最大の問題であった。川幅は七メートルあり、水深は一メートル以上もある。しかも川底は泥濘だ。川底に枯れ枝を差し込むと、一メートル以上潜る。
 誰にも名案はなく、片倉の高木を伐採して橋を架ける、という案が自動的に採用された。
 ただ、架橋の前に、進路を確認しておきたかった。
 苦労して橋を架けても行き止まりでは、どうにもならない。

 片倉がモミの木だと推定し、斉木も同意した高さ一〇メートル以上の高木を選んでチェーンソーで四本切り倒す。
 この付近の川の周囲は、乾いていて川岸は意外なほど固い。伐採木をダンプで引っ張っていって、ミニショベルのアームで吊り下げて、川に架けようとする。
 俺と相馬が、恐ろしく冷たい川を泳いで渡り、対岸から伐採した木を引っ張る。
 それを四回繰り返した。
 南岸で乾いた服に着替えたが、寒くてたまらない。
 単に丸太を渡しただけの状態で、俺と相馬はいったんキャンプに戻り、身体を温める。
 その間も、片倉、斉木、金吾、金沢の四人は、工事を進めた。
 さらに二本の高木が切り倒され、橋桁に加えられた。橋桁は二列で一列三本、その幅は軽トラのトレッドと同じ。軽トラが渡るには十分だ。丸太が動かないように、左右から二本の杭で押さえている。
 結構頑丈だ。
 子供たち四人が、少し離れた場所から珠月の引率兼護衛で見物している。ショウくんが橋を渡りたがって、母親を何度も呼び、そして怒られた。
 その怒声にショウくんではなく、金沢が首をすくめる。その様子が面白い。

 橋が完成した後、子供たち四人を渡らせた。ちーちゃんが嬉しそうで、少しはしゃいでいる。

 仮設橋の完成は、今後の行動を大きく左右する。まだ二トン車が通行できるほどの強度はないし、大型車の轍間もない。渡橋できるのは、軽トラ、農業トラクター、ミニショベル、そして徒歩の人間だけだ。

 南岸の偵察は、誰もが少し不安を感じているためか、人選に手間取った。
 斉木が「この盆地に入ってから、ドラキュロは一度も見ていないし、動物は鉢合わせしない限り、襲ってこないようだ。
 私や真希さんでもいいのではないか?」と意見を述べた。
 相馬の見解は異なっていた。
「あの二足歩行の動物が現れないのは偶然かもしれないし、この盆地を抜けるルートが見つかるか否かは生死に関わるのだから、行動は緻密に考えたほうがいいですよ」
 由加が俺を見た。何かいえ、という命令だ。
「北岸を西に進むことは不可能だから、全車南岸に渡河して、橋の撤去か破壊の準備をする。
 橋の完成後、渡河を果たして、キャンプを移設。
 その後、俺と斉木先生で、西へ偵察に向かう。
 これでどうでしょう?」
 能美が、「なぜ橋を壊すの?」と俺に尋ねた。
「先生のご不審ですが、たかだか幅七メートルでも川は動物にとって障害です。しかも、川岸と川面は一メートルほどの段差があります。水深は一メートルほど、十分な障害です。
 北岸にクマやトラが現れても、簡単には渡ってこられません」
 金沢が発言する。
「昨夜、南岸の森の方角から、イヌの遠吠えを聞いたんです」
 全員が頷く。金沢が続ける。
「オオカミでしょう」
 ユウナちゃんがワン太郎を抱きしめた。
 納田が、「トラに、クマに、オオカミ。ライオンはいないでしょうね。
 オオカミも巨大なの?」
 俺が答える。
「今のところライオンは見ていないけれど、氷期のヨーロッパにはライオンの亜種がいましたから、ここのような気候にも適応できるでしょう。
 本来、ライオンの体毛は雪原でも目立たないよう白かったといいますし……。ホワイトライオンは、希に起こる先祖返りだったそうだから……。
 油断はできません」
 由加が怯えた眼差しで、俺を見る。見られても困るのだが……。

 結局、全車輌渡河後、植物に詳しい斉木と動物に詳しいとされた俺が偵察に出ることに決まった。
 俺が詳しいのは、太古に生息した絶滅動物なのだが……。

 北岸よりも南岸のほうが高木が多く、架橋資材の調達が容易だ。
 片倉はチェーンソーだけでなく、いろいろな工具を持参していた。昔の大工さんの道具箱も持っている。父親の形見だそうだ。

 仮設橋は日没前に完成、軽量の車輌から渡り、ハンバー・ピッグ重装甲車二台、スコーピオン軽戦車と続き、ほぼ空荷のダンプローダートラック、八トン車、そして最も重いタンクローリーが俺の運転で渡る。
 何とか渡ったが、橋はぐずぐずで、徒歩以外では使いようがなくなった。
 上流側の痛みが激しいので、橋桁五本の丸太を掘り出して、一号車の牽引で取り外した。

 明日は、北岸西側を、相馬と金沢が徒歩で偵察することも決まった。

 昨夜はオオカミの遠吠えが凄かった。子供たちが怯え、ワン太郎は震えが止まらない。由加も密かに怯えている。
 我々の存在を認識したのかもしれない。
 だが、面白い現象もあった。
 恐怖をあおるような遠吠えに激怒した片倉が、森に向かって「うるさい!」と怒鳴ると、何と一瞬だが鳴き止んだのだ。
 これには全員ビックリ。ショウくんママ恐るべし。

 俺と斉木は軽トラに乗って、川に沿うように西に向かった。
 倒木や陥没穴が進路を塞ぐが、迂回して前進できる。
 西に向かうと湿地は完全に消え、草原のような風景になる。気付けば、森が消えている。
 シカのような動物が群れている。

 五〇センチほどの丈の草を車体でかき分けて進むと、想定外のものを発見した。

 道だ。

 獣道ではない。人が通った道だ。道幅は三メートル程度。
 川の流れは進路を北に変え、下流に向かって道が続いている。
 その道は南にも続く。南北とも、山の連なりが途絶える地点を通り、北と南をつないでいる。

 斉木が動揺している。
 俺もどうすべきか判断できない。
 俺が斉木に「先生、どうしましょう?」と問うと、斉木は「どうもこうも……。いったん戻りませんか?」
 俺は同意した。

 どちらにしても、脱出には成功した。
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冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

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