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第3章
第七六話 二五〇人
食堂という名の居酒屋は、今夜は次々と肴が出てくる。
年長の子供たちの一部が起きてきて、大人たちの会話に加わる。
子供たちは、カワカマスの南蛮漬けに大喜びだ。片倉が作った。今夜の片倉は、子供たちに「早く寝なさい!」とはいわない。
ノイリン全街人の運命がかかった話をしているのだ。子供にも関係がある。彼らにも聞く権利がある。
しかし、潜水艦による攻撃計画の腰を折る発言をルーロフ・ストッケルが始めた。しかも、極めて重要な内容だ。
「うちのメンバーに深海潜航艇のエンジニアがいるよ。
だけどもその前に、アルプスの南に置いてきた、我々の荷物は回収できないかな?」
俺が尋ね返す。
「荷物ですか?」
「あぁ、三五〇人分の荷物だ。この世界に持ち込んだ荷物のほぼ全部だ」
「それが、どこかにあるんですか?」
「山脈の南麓にある、人工的な洞窟に置いてきたんだ。
入り口は大型トラックがやっと通り抜けられる大きさだが、内部は地底の大ホールになっている。
その洞窟で越冬したんだが、多くが死んだ。
寒さと絶望が原因の衰弱で……。
心を病んだメンバーもいた……」
相馬が尋ねる。
「ルーロフさん、そこには何が……?」
「装軌のトラクターが三輌。
ウクライナ製の軍用一〇トン積みトラック、ソルダートと呼ばれていたね、そのトラックが三〇輌はあるかな。トラック分のトレーラーも。
あとは、小型の四駆が少し……。
物資の総重量なら九〇〇トンはあった。
食糧を除くと、五〇〇トンくらいかな?
もう一〇年も前のものだから、使えないとばかり考えていたんだが、皆さんは一八年前の飛行機を直してしまった。
ならば、トラックも使えるのではないかと……」
デュランダルが問う。
「トラックの積荷は?」
ルーロフ・ストッケルが答える。
「三分の一強が食料。
残りは機械類。太陽光発電システムから工作機械まで、役立ちそうなものは何でも積んであった」
フィー・ニュンがぽつりという。
「武器は?」
ルーロフ・ストッケルが下を向く。
「なかった。猟銃程度しか、銃はなかった。
それが命取りになった。
私たちグループの……」
そこで、誰もが質問をやめる。
そうなると、俺が発言せざるを得なくなる。
「ルーロフさん。
今でも場所を正確に覚えていますか?
洞窟の……」
「えぇ、獅子の形をした大きな岩がるので、すぐにわかるでしょう」
ベルタの意見。
「黒魔族のテリトリーに近いから、危険かもしれない」
デュランダルがベルタの意見を訂正する。
「黒魔族のテリトリーは、山脈の北麓だ。連中に悟られずに、作業できるだろう。
手間取れば厄介なことになるが……」
クラウスが回収に傾いている。
「いまあるトラックは、小型ばかりだ。クレーン付きも一輌だけ、大型トラックはこれから必要になるよ」
金沢がルーロフ・ストッケルに問う。
「装軌のトラクターはどんな車輌?」
「詳しくは知らないんだが、ウクライナ製のエンジンを積んでいると聞いたよ。M113を改造したらしい」
「ウクライナで改造された車輌だろうね」
フィー・ニュンがいう。
「明日、天候がよければヘリを飛ばしましょう。
獅子の形をした岩を探して……。
それを見つけなきゃ」
斉木が懸念を伝える。
「トラックはほしいが、三〇輌以上の回収となれば、やはり黒魔族が気付くはずだ」
由加が斉木に賛成し、とんでもないことをいい出す。
「大丈夫、うちの亭主が黒魔族が現れたら話をつけるから……」
全員が俺を見る。
俺は腹をくくっていた。
「まず、獅子の形の岩を見つける。
次に洞窟を見つける。
黒魔族が現れたら話をしてみよう」
一〇年前、ルーロフ・ストッケルたちが参加したグループは、一分間隔で時間のトンネルに突入、六〇輌で二五〇人を未来に運んだ。
このとき、鍋の中は砂が満ちており、困難はあったが、西側山脈の尾根伝いに全車輌が脱出している。
全車輌が集合するまでに二カ月を要し、一部は到着しなかった。
彼らの多くは東ヨーロッパ出身者で、入り口側ゲートはハンガリーの首都ブダペスト近郊にあった。
同地では最大規模のグループであった。
ディーノのグループと同様に、集結が完結するまでの約六〇日間に、世界各地から小規模なグループがやってきて、多くが合流している。
結果、最終的に三五〇人もの規模となった。宗教的グループではなかったが、若干自然崇拝の傾向があったらしい。
ルーロフ・ストッケルは、二五〇人規模の中核グループの一員ではなかった。この世界にやってきてからの合流者だ。
中核グループは建設機械や航空機まで保有していたが、航空機は主翼だけしか届かなかった。胴体や尾翼を積んだ車輌の消息はわからない。
結局、航空偵察ができず、住地を探して放浪することになる。
幸運にも相当期間、一度もドラキュロに襲われず、この世界の本質を知ることはなかった。
だが、俺たちと同様に世界地図上のどこにいるのか皆目わからず、旧アルプス山脈南麓に迷い込み、身動きできなくなり、ここで越冬することになる。
そして、極寒によって徹底的に痛めつけられ、一冬で多くのメンバーを失う。
春になり、履帯なので走破性の高い装甲兵員輸送車改造の高速トラクター三輌と軽車輌を中心に編制を変え、西に向かう。
草原地帯まで降りたところで、初めてドラキュロに襲われ、以後、日を追って犠牲者を増やしていく。生き残りは、高速トラクターに乗り換えて西に向かった。
最終的な生き残りは、三〇人ほど。精霊族に保護され、現在まで生き延びてきた。
そして、いまはノイリンにいる。
二五〇人規模であった中核グループの生き残りは一人もいない。自然崇拝の傾向があったためか、彼らは肉食獣に対抗するための武器さえ十分に持っていなかったようだ。
この世界で合流した人々は、猟銃や古い軍用小銃は持っていたので、ドラキュロと戦えた。彼らだけが生き残ったことになる。
だから、洞窟にあるという物資について、真の意味での詳細がわからない。伝聞の伝聞でしかない。
ノイリン北地区は、ルーロフ・ストッケルたちの物資を捜索する〝調査隊〟を編制した。
ルーロフ・ストッケルの話から推測すると、ローヌ川源流の北側付近と推測している。
翌朝、おおよその位置を特定するため、サビーナの操縦でショート・スカイバンが飛び立った。
スカイバンには、ルーロフ・ストッケ自身が乗り込んだ。彼は、ノイリンが彼らを受け入れて、後悔しないことを切に願っている。それは、言葉の端々に表れているし、実際、「後悔させない」という発言もあった。
この世界において〝役に立つ〟とは、直接的に物資を生み出すか、物資を提供する以外にない。
その夜の食堂では、何度も歓声が起きた。初回の偵察飛行で、彼らの越冬地を特定したのだ。
ルーロフ・ストッケルは、越冬地の周囲を映像に残していた。単なる記録で他意はなかったが、その記録に山が映っていた。
サビーナは、その山に見覚えがあり、直行した。
地上から仰ぎ見た姿と、上空からの俯瞰は雰囲気が異なっているが、山容から同じ山と判断した。
サビーナが説明する。
「ルーロフさんの映像を見たとき、もしやと思ったのだけど、あたっていたね。
昔の地図に重ねると、クラインフルカホルンだと思う。
ほぼ間違いないよ。
ローヌ川の源流で間違いない」
相馬が尋ねる。
「獅子の岩は?」
ルーロフ・ストッケルが答える。
「見つけられなかった……」
サビーナが捕捉する。
「地上から見ないとわからないのかもしれない。
ノイリンから直線で三〇〇キロね。
ローヌ川に沿って東進すれば、迷うことはないよ」
フィー・ニュンが答える。
「その距離ならヘリで行ける。
どこかに中継基地があれば、もっといいけど……。
とりあえず、二機で一〇人くらいを送り込んだら……。
獅子の岩を見つけて、洞窟を探し、洞窟の内部を調べる……。
回収する物資が見つかったら、作戦を立案する。
どう……」
マーニが元気よく「賛成!」といった。
全員が微笑み、誰にも異論はない。
三日後、二機のヘリは各機五人を載せてローヌ川を遡上する。二機とも機外に合計一〇〇〇リットルの増加燃料タンクを懸吊し、航続距離を最大八〇〇キロまで伸ばしている。この燃料の増載で、ペイロードの大半を使ってしまう。
結果、探検隊の装備は必要最小限になっている。
俺は、この第一次探検隊には同行できなかった。
理由は、クフラックから提案されている商談にあった。
我々のヘリの離陸二時間後、ハンニバルが特徴的な卵形胴体の小型ヘリ、カイユースで飛来した。
会談場所は空港の事務室。
会談内容は、事前に知らされている。俺とアイロス・オドランが応対する。
ハンニバルが問う。
「今日は、東洋のかわいこちゃんはいないんだ……」
明らかにフィー・ニュンの不在を気にしている。
俺は、自分でも呆れるほど滑らかに嘘がいえる。
「フィーは、偵察に出た。我々は黒魔族の動向を気にしている」
「なぜ?」
「理由?
理由を尋ねるのか?」
ハンニバルが黙る。黒魔族の動向を気にする理由は明白だ。それを問うほうがおかしい。
一瞬の気まずさを避けるようにハンニバルが本題に入る。
「ブロンコのエンジンを換装したい。
ギャレットのエンジンをノイリン製のP&WC(プラット・アンド・ホイットニー・カナダ)に交換するつもりだ」
その理由は簡単。補給が断たれているエンジンの不足から、常時二機の運用が不可能になっているのだ。
アイロス・オドランが答える。
「詳しく調べる必要はありますが、おそらく可能です。
ですが、レトロフィット(ポン付け=単純交換)は無理ですよ。
エンジン架も交換しないと。
ナセルの形状も変化しますよ」
「その大改造をするつもりだ。
いつ、セロが襲ってくるかわからないからな」
俺が話を引き継ぐ。
「それならば、俺たちではなく西地区に話をしたほうがいい」
「いや、そうはいかないんだ」
「なぜ?」
「手元不如意でね」
「購入資金か?」
「あぁ、エンジン四基となると結構な金額になる。
それに西のヒトたちは、ムギでの支払いを要求する……。
ムギで支払うには、ムギをどこからか買わなくてはならない……」
「俺たちにムギを売れ……と?」
「いや違う」
「ムギと物々交換して欲しい」
「何と?」
「エンジンが壊れたプカラ二機と……」
俺は驚いていた。
プカラが飛べないことは知っていた。チュルボメカ・アスタゾウの代替エンジンがなく、クフラック移転後に二機とも飛行不能になっている。
「飛べない飛行機と食えるムギの交換か?
益はないな」
「そんなことはない。
ノイリンならば、PT6に換装できる。
違うかい?
アイロスのお兄さん?」
アイロス・オドランが何かをいおうとしたので、俺が制する。
「FMAのプカラは偵察過荷ならば二〇〇〇キロ以上飛べるらしい。
復座だが、単座で運用できるとも聞いている……」
俺は、この話に乗りかけている。プカラが手に入れば、大幅な戦力アップだ。
だが、ムギは渡せない。我々にとってもムギは貴重なのだ。
俺は条件を出した。
「PT6四基は、俺たちが用意する。
それと交換でどうだ?
俺たちなら西地区と信用取引ができる」
ハンニバルがドスのきいた微笑みを返す。この美形の微笑みは、男の生殖本能を完全に崩壊させる。
性癖にもよるが……。
クフラックとの商談が成立し、我々が七五〇軸馬力級PT6四基の用意完了後、プカラ双発攻撃機との交換が成立することになった。
その後、ハンニバルはノイリン中央地区に向かい、大量の酒を買い込んで、四時間後に離陸した。
彼女のためにパジェロを貸した。
俺はハンニバルの離陸を確認後、大急ぎでクラインフルカホルンに行く準備を始める。
ヘリは二機とも夕方帰着した。
現地は非常に寒く、昼間でも摂氏二度しかないそうだ。
獅子の岩と洞窟も見つけたという。
だが、ヘリとともに戻ったイアンの情報は、俺たちを困惑させた。
夜、多くのメンバーが食堂に集まる。
イアンが報告を始める。
「洞窟は見つけた……。
入口は、幅四メートル、高さも四メートル。
明らかに誰かが掘ったものだ。ヒトか精霊族か、それとも黒魔族か、わからないけどね。
内部は非常に広くて、高さは二〇メートル、幅は最大三〇〇メートル、奥行きは五〇〇メートルもある」
全員が沈黙している。大半は話の先を知っている。
イアンが続ける。
「洞窟は、一部が崩落していた。
トラック三二輌のうち、二四輌が潰されていた。
だけど、八輌は無傷だ。直せば動かせるし、潰された車輌からも部品を回収できる。
積んでいた物資のうち、機械類は全滅だ。
機械類で無傷だったのは、飛行機の内翼だけだよ。
食料は無事だが、もう食料じゃない」
由加が問う。
「イアンさん、崩落の危険は?」
「すぐにはないだろうね。大きな地震があれば別だけど……」
チェスラクが尋ねる。
「作業はどこで?」
「洞窟の中。
寒いが、気温は安定している。夜は外よりも暖かいだろう。
意外だが、湿度が低いんだ。
それに、安全だ。
あの寒さなら人食いもいない」
ハミルカルが核心の質問をする。
「回収できる物資は?」
イアンが微笑む。
「一〇トン積みのトラック八輌。潰れたトラックからはエンジンやトランスミッションが一〇ほど。それと、ターボプロップエンジンが二基。飛行機の内翼にもターボプロップエンジンがついているから、合計四基だね。
それと、ルーロフさんたちとは違うヒトが一時期いたようなんだ。
五年以上前の遺体が三三あった。
彼らはどうも軍隊か、準軍事組織だった可能性がある。
装備からね。
カナザワの分析だけど、ロシアの装甲車が六輌あった。
もっと、あったかもしれない。自分たちの車輌で脱出したのか、ルーロフさんたちの車輌を使った可能性もあるね。
このうち、四輌は大きな岩の下敷きだけど、二輌は無事だ。
車体には、コッカリルの一〇五ミリ砲を載せている。
L7と同じ砲弾だとカナザワはいっていた」
ベルタが反応する。
「それ、必要。
明日、私も行くから」
ローヌ川源流に向かって、Mi‐8中型ヘリコプターが飛ぶ。
機外の風景は実に美しい。氷河が発達していて、山肌を深く削っている。
湖の形状はまったく変わってしまっているが、レマン湖と同じ位置に同規模の大きな湖がある。レマン湖の西端にはかつては国際都市ジュネーブがあった。
当然だが、その痕跡は欠片さえない。
レマン湖を通り過ぎ、さらに東に進む。大きな氷河があり、その先端付近に氷河湖がある。さらにその南に、赤い小さな旗が。
ここが、洞窟に一番近い平地だ。
ヘリが急造のヘリポートに降りる。
ヘリは一〇人を降ろすと、すぐに離陸しノイリンに戻る。
先発の一〇人と後発の一〇人で、物資の回収にあたる。
金沢が報告してくれる。
「半田さん。
この状況、どう見ます」
「軍服に穴が開いている。
撃ち合ったんだね」
「軍服風ですよ。
戦争ごっこ系の珍しくない連中です。
拳銃で撃ち合っています。計画的ではなく、衝動的だったのでしょう」
「仲間割れか?」
「たぶん」
「死体の数は増えて、三七です。
どうします?」
「集めて、葬ろう。
彼らの物資をもらうんだ。
そのくらいの礼はしよう」
「個人携帯火器を回収しました。
スプリングフィールド・アーモリーのM1Aです。民生用の半自動小銃で、M14のレプリカです。
銃床は樹脂製、半分が直銃床にピストルグリップ、一部が消炎器ではなく銃口制退器付き。
軍用風の銃ですよ。
ですが、性能はM14に準じます」
「数は?」
「人数分あります。
拳銃も人数分あります。アルゼンチン製のベルサ・サンダー380です。
三八口径のACP弾です」
金沢からワルサーPPKによく似た拳銃を渡される。
そして金沢に問う。
「男女比は?」
「それが……。
全員男だったかもしれません。
死体は体格から全員男だと思います」
「何しに来たんだろう?」
「女性や子供は生き残って、どこかに移動した可能性もあります。
ここから東には向かえそうです。フルカ峠を越えれば、チューリッヒがあった場所や中央平原にも行けます」
「脱出したとする根拠は?」
「ルーロフさんたちが残したという装軌のトラクターがありません。
それを使ったんだと思います」
「どうなったのかな?」
「北に向かうと黒魔族がいます。
南には白魔族。
東は人食いの巣窟。
たぶん……」
「他の可能性は?」
「まぁ、装甲車の人々でない別なグループがルーロフさんの高速トラクターを見つけて使ったとか」
「確率は低いだろうね」
「そうですね」
ベルタが来た。
「ロシアのBMP系装甲車の車体を改造している。
砲塔を搭載した軽戦車ね。
車体と砲塔の装甲は、軽戦車程度だけど、複合装甲になっている。
結構手の込んだ改造をしているね」
金沢が補足する。
「車体はBMP‐3に近い系列で、主砲はコッカリルの一〇五ミリ。砲塔もコッカリル製だと思います。
恐ろしく単純なエレクトロニクスに改造されています。弾道コンピューターはありますが、照準器は光学のみです。レーザー測遠器もありません。
外見はともかく、中身は原始的な戦車モドキです。
でも、動けば牽引車に使えます」
ベルタがいう。
「動かして。
セロとの戦いに必要だから」
大型トラックは、ウクライナ製のKrAZ‐6322。本来は軍用だが、民生用派生型だ。オフロードトラックで、非常に高い悪路走破性がある。
二輌にはクレーンとアウトリガーが付いている。
我々は、このトラックをローヌ川伝いに移送するつもりだ。
まず、クレーン付きから修理し、荷台のゴミを捨て、新しい積荷を載せる。
その作業を五日間で完遂する。燃料はヘリが運んでくれる。
この六×六のトラックのエンジンは、ターボ付き水冷V型八気筒一四・八六リットルで三三〇馬力を発生する。八速のマニュアルトランスミッションを組み合わせている。
このエンジンは貴重で、二基あればクラウスの河川舟艇が一隻建造できる。ガスタービンよりも、ディーゼルのほうが圧倒的に燃費がいい。護衛艇ならともかく、輸送船にはディーゼルがいい。
今回の回収目標物資としては、最優先の対象だ。
このトラックの軍用型には〝ソルダート〟という通称があり、俺たちはすぐにそう呼んだ。
積載量は一〇トンだが、三五トンの牽引力がある。全車がトレーラーを牽引しており、トレーラーには二〇トンに達する物資が積まれていた。
ディーゼル発電機や水力発電機、建設資材、近距離移動用のバギーなど、無視できない機材がある。
だが、ほとんどが岩に潰されている。削岩機があれば回収できるだろうが、発掘しても使えるとは思えない。
岩の排除には削岩機がないので、鬼神族から手に入れたピクリン酸を使用した。ピクリン酸はTNTよりも爆速が大きいが、金属と反応しやすく、反応すると不安定になり取り扱いが危険だ。
だが、石炭から抽出できるので、お値段は手頃。鬼神族は小瓶詰めして傷薬として売っている。
我々は爆薬として、限定的に使用している。
二輌の修理に二日を要し、次々に回収対象車輌を洞窟から出す。不要な積荷は、洞窟の内部に遺棄した。
タイヤの回収量が多い。このかさばる物資のために、持ち帰る予定がなかったトレーラー一輌の修理を始める。
この回収作戦の最年少参加者は、チュールとマトーシュで、二人は黙々と作業している。二人の役割は、回収した手持ちできる物品の仕分けだ。
五日間でエンジン一二基を回収し、八輌の修理したソルダートに積み込んだ。発電機や建設資材は、岩に潰されており、回収は諦めた。ハンドルやサスペンション部品も分解して回収する。前後輪とも独立懸架なので、故障すると修理が難しいので、部品は可能な限り回収しようとしている。
回収は難航したが、予定の五日となったので、撤収の支度に入る。
だが、最終日に黒魔族の斥候が現れた。
イサイアスが白旗を持ち、俺と二人で黒魔族の斥候隊に近付く。二個小隊規模の部隊で、我々は数的に劣勢だ。
いままで、黒魔族との接触は多々あったし、戦闘は大小合わせれば数え切れないほどになる。
だが、交渉したことはなかった。
黒い体毛に漆黒の甲冑をまとった指揮官が兵卒一体を連れて現れる。ヒトよりもやや小柄だが、身体能力は圧倒的に優れている。
二対二ならば、ヒトが不利だ。
黒魔族の指揮官の目は、ギラついていない。知的な印象を受ける。それと小隊長クラスではない。装備から判断して、もっと上級の職位だろう。冷静に交渉できるかもしれない。
黒魔族が俺の脳に直接話しかける。
「ヒトよ。
ここで何をしている?」
複雑な会話は不可能だ。
俺は嘘をつく必要は感じない。
「物資の回収だ。
ここに残置した物資の回収に来た。
作業は終わった。
明日、立ち去る」
黒魔族の指揮官は、わずかに表情を変えた。
「ヒトはセロと戦うか?」
「それを知りたいのか?」
「そうだ。
おまえたちの機械に興味はない」
「セロは自分たち以外はすべて排除する。
ならば戦うしかない」
「南の大陸で、同族がセロに殺された。
たくさん。
この土地は安全だったが、もうすぐ戦場になる。
ヒトが死に絶えれば、次は我々が戦うことになる」
「ここを、無事に立ち退かせてもらえないか?」
「攻める意図はない。
ヒトを殺せば、セロの数が減らない」
黒魔族は、明らかにヒトとセロの潰し合いを願っている。
「セロの数は多いぞ。
ヒトとは頭数が違う」
黒魔族の指揮官は牙を見せ、感情を表した。セロは黒魔族よりも優勢なのだ。
俺はセロの生息数をある程度知っていた。捕虜のセロは、意外と情報を与えてくれる。フロリニア王国の生息数は、二〇〇〇万から三〇〇〇万に達する。
この一帯に生息する黒魔族の総数は、一〇〇万に満たない。局地的には対等以上に戦えるだろうが、本格的な侵略を受ければ、全滅は免れない。
黒魔族は好戦的なので、逃げることはしないだろう。
黒魔族との会話は、精神を極度に消耗する。俺は限界に近かった。
指揮官がいう。
「立ち去るがよい。
セロと戦い滅びるがよい。
卑しき生き物よ」
指揮官がきびすを返す。
黒魔族は、ヒトを恐れている。俺は、そう思った。
俺が「襲っては来ない」と告げると、全員がホッとした表情になる。
セロは怖いが、黒魔族も恐ろしい。
翌朝、軽荷のトラックを先頭に、軽戦車二輌が続き、トラック七輌が従う。
道はあるが、地上からはわかりにくい。用心しながら進む。進路を示すものは、ローヌ川しかない。
俺たちは三〇〇キロを一二日かかって、ノイリンに戻った。
年長の子供たちの一部が起きてきて、大人たちの会話に加わる。
子供たちは、カワカマスの南蛮漬けに大喜びだ。片倉が作った。今夜の片倉は、子供たちに「早く寝なさい!」とはいわない。
ノイリン全街人の運命がかかった話をしているのだ。子供にも関係がある。彼らにも聞く権利がある。
しかし、潜水艦による攻撃計画の腰を折る発言をルーロフ・ストッケルが始めた。しかも、極めて重要な内容だ。
「うちのメンバーに深海潜航艇のエンジニアがいるよ。
だけどもその前に、アルプスの南に置いてきた、我々の荷物は回収できないかな?」
俺が尋ね返す。
「荷物ですか?」
「あぁ、三五〇人分の荷物だ。この世界に持ち込んだ荷物のほぼ全部だ」
「それが、どこかにあるんですか?」
「山脈の南麓にある、人工的な洞窟に置いてきたんだ。
入り口は大型トラックがやっと通り抜けられる大きさだが、内部は地底の大ホールになっている。
その洞窟で越冬したんだが、多くが死んだ。
寒さと絶望が原因の衰弱で……。
心を病んだメンバーもいた……」
相馬が尋ねる。
「ルーロフさん、そこには何が……?」
「装軌のトラクターが三輌。
ウクライナ製の軍用一〇トン積みトラック、ソルダートと呼ばれていたね、そのトラックが三〇輌はあるかな。トラック分のトレーラーも。
あとは、小型の四駆が少し……。
物資の総重量なら九〇〇トンはあった。
食糧を除くと、五〇〇トンくらいかな?
もう一〇年も前のものだから、使えないとばかり考えていたんだが、皆さんは一八年前の飛行機を直してしまった。
ならば、トラックも使えるのではないかと……」
デュランダルが問う。
「トラックの積荷は?」
ルーロフ・ストッケルが答える。
「三分の一強が食料。
残りは機械類。太陽光発電システムから工作機械まで、役立ちそうなものは何でも積んであった」
フィー・ニュンがぽつりという。
「武器は?」
ルーロフ・ストッケルが下を向く。
「なかった。猟銃程度しか、銃はなかった。
それが命取りになった。
私たちグループの……」
そこで、誰もが質問をやめる。
そうなると、俺が発言せざるを得なくなる。
「ルーロフさん。
今でも場所を正確に覚えていますか?
洞窟の……」
「えぇ、獅子の形をした大きな岩がるので、すぐにわかるでしょう」
ベルタの意見。
「黒魔族のテリトリーに近いから、危険かもしれない」
デュランダルがベルタの意見を訂正する。
「黒魔族のテリトリーは、山脈の北麓だ。連中に悟られずに、作業できるだろう。
手間取れば厄介なことになるが……」
クラウスが回収に傾いている。
「いまあるトラックは、小型ばかりだ。クレーン付きも一輌だけ、大型トラックはこれから必要になるよ」
金沢がルーロフ・ストッケルに問う。
「装軌のトラクターはどんな車輌?」
「詳しくは知らないんだが、ウクライナ製のエンジンを積んでいると聞いたよ。M113を改造したらしい」
「ウクライナで改造された車輌だろうね」
フィー・ニュンがいう。
「明日、天候がよければヘリを飛ばしましょう。
獅子の形をした岩を探して……。
それを見つけなきゃ」
斉木が懸念を伝える。
「トラックはほしいが、三〇輌以上の回収となれば、やはり黒魔族が気付くはずだ」
由加が斉木に賛成し、とんでもないことをいい出す。
「大丈夫、うちの亭主が黒魔族が現れたら話をつけるから……」
全員が俺を見る。
俺は腹をくくっていた。
「まず、獅子の形の岩を見つける。
次に洞窟を見つける。
黒魔族が現れたら話をしてみよう」
一〇年前、ルーロフ・ストッケルたちが参加したグループは、一分間隔で時間のトンネルに突入、六〇輌で二五〇人を未来に運んだ。
このとき、鍋の中は砂が満ちており、困難はあったが、西側山脈の尾根伝いに全車輌が脱出している。
全車輌が集合するまでに二カ月を要し、一部は到着しなかった。
彼らの多くは東ヨーロッパ出身者で、入り口側ゲートはハンガリーの首都ブダペスト近郊にあった。
同地では最大規模のグループであった。
ディーノのグループと同様に、集結が完結するまでの約六〇日間に、世界各地から小規模なグループがやってきて、多くが合流している。
結果、最終的に三五〇人もの規模となった。宗教的グループではなかったが、若干自然崇拝の傾向があったらしい。
ルーロフ・ストッケルは、二五〇人規模の中核グループの一員ではなかった。この世界にやってきてからの合流者だ。
中核グループは建設機械や航空機まで保有していたが、航空機は主翼だけしか届かなかった。胴体や尾翼を積んだ車輌の消息はわからない。
結局、航空偵察ができず、住地を探して放浪することになる。
幸運にも相当期間、一度もドラキュロに襲われず、この世界の本質を知ることはなかった。
だが、俺たちと同様に世界地図上のどこにいるのか皆目わからず、旧アルプス山脈南麓に迷い込み、身動きできなくなり、ここで越冬することになる。
そして、極寒によって徹底的に痛めつけられ、一冬で多くのメンバーを失う。
春になり、履帯なので走破性の高い装甲兵員輸送車改造の高速トラクター三輌と軽車輌を中心に編制を変え、西に向かう。
草原地帯まで降りたところで、初めてドラキュロに襲われ、以後、日を追って犠牲者を増やしていく。生き残りは、高速トラクターに乗り換えて西に向かった。
最終的な生き残りは、三〇人ほど。精霊族に保護され、現在まで生き延びてきた。
そして、いまはノイリンにいる。
二五〇人規模であった中核グループの生き残りは一人もいない。自然崇拝の傾向があったためか、彼らは肉食獣に対抗するための武器さえ十分に持っていなかったようだ。
この世界で合流した人々は、猟銃や古い軍用小銃は持っていたので、ドラキュロと戦えた。彼らだけが生き残ったことになる。
だから、洞窟にあるという物資について、真の意味での詳細がわからない。伝聞の伝聞でしかない。
ノイリン北地区は、ルーロフ・ストッケルたちの物資を捜索する〝調査隊〟を編制した。
ルーロフ・ストッケルの話から推測すると、ローヌ川源流の北側付近と推測している。
翌朝、おおよその位置を特定するため、サビーナの操縦でショート・スカイバンが飛び立った。
スカイバンには、ルーロフ・ストッケ自身が乗り込んだ。彼は、ノイリンが彼らを受け入れて、後悔しないことを切に願っている。それは、言葉の端々に表れているし、実際、「後悔させない」という発言もあった。
この世界において〝役に立つ〟とは、直接的に物資を生み出すか、物資を提供する以外にない。
その夜の食堂では、何度も歓声が起きた。初回の偵察飛行で、彼らの越冬地を特定したのだ。
ルーロフ・ストッケルは、越冬地の周囲を映像に残していた。単なる記録で他意はなかったが、その記録に山が映っていた。
サビーナは、その山に見覚えがあり、直行した。
地上から仰ぎ見た姿と、上空からの俯瞰は雰囲気が異なっているが、山容から同じ山と判断した。
サビーナが説明する。
「ルーロフさんの映像を見たとき、もしやと思ったのだけど、あたっていたね。
昔の地図に重ねると、クラインフルカホルンだと思う。
ほぼ間違いないよ。
ローヌ川の源流で間違いない」
相馬が尋ねる。
「獅子の岩は?」
ルーロフ・ストッケルが答える。
「見つけられなかった……」
サビーナが捕捉する。
「地上から見ないとわからないのかもしれない。
ノイリンから直線で三〇〇キロね。
ローヌ川に沿って東進すれば、迷うことはないよ」
フィー・ニュンが答える。
「その距離ならヘリで行ける。
どこかに中継基地があれば、もっといいけど……。
とりあえず、二機で一〇人くらいを送り込んだら……。
獅子の岩を見つけて、洞窟を探し、洞窟の内部を調べる……。
回収する物資が見つかったら、作戦を立案する。
どう……」
マーニが元気よく「賛成!」といった。
全員が微笑み、誰にも異論はない。
三日後、二機のヘリは各機五人を載せてローヌ川を遡上する。二機とも機外に合計一〇〇〇リットルの増加燃料タンクを懸吊し、航続距離を最大八〇〇キロまで伸ばしている。この燃料の増載で、ペイロードの大半を使ってしまう。
結果、探検隊の装備は必要最小限になっている。
俺は、この第一次探検隊には同行できなかった。
理由は、クフラックから提案されている商談にあった。
我々のヘリの離陸二時間後、ハンニバルが特徴的な卵形胴体の小型ヘリ、カイユースで飛来した。
会談場所は空港の事務室。
会談内容は、事前に知らされている。俺とアイロス・オドランが応対する。
ハンニバルが問う。
「今日は、東洋のかわいこちゃんはいないんだ……」
明らかにフィー・ニュンの不在を気にしている。
俺は、自分でも呆れるほど滑らかに嘘がいえる。
「フィーは、偵察に出た。我々は黒魔族の動向を気にしている」
「なぜ?」
「理由?
理由を尋ねるのか?」
ハンニバルが黙る。黒魔族の動向を気にする理由は明白だ。それを問うほうがおかしい。
一瞬の気まずさを避けるようにハンニバルが本題に入る。
「ブロンコのエンジンを換装したい。
ギャレットのエンジンをノイリン製のP&WC(プラット・アンド・ホイットニー・カナダ)に交換するつもりだ」
その理由は簡単。補給が断たれているエンジンの不足から、常時二機の運用が不可能になっているのだ。
アイロス・オドランが答える。
「詳しく調べる必要はありますが、おそらく可能です。
ですが、レトロフィット(ポン付け=単純交換)は無理ですよ。
エンジン架も交換しないと。
ナセルの形状も変化しますよ」
「その大改造をするつもりだ。
いつ、セロが襲ってくるかわからないからな」
俺が話を引き継ぐ。
「それならば、俺たちではなく西地区に話をしたほうがいい」
「いや、そうはいかないんだ」
「なぜ?」
「手元不如意でね」
「購入資金か?」
「あぁ、エンジン四基となると結構な金額になる。
それに西のヒトたちは、ムギでの支払いを要求する……。
ムギで支払うには、ムギをどこからか買わなくてはならない……」
「俺たちにムギを売れ……と?」
「いや違う」
「ムギと物々交換して欲しい」
「何と?」
「エンジンが壊れたプカラ二機と……」
俺は驚いていた。
プカラが飛べないことは知っていた。チュルボメカ・アスタゾウの代替エンジンがなく、クフラック移転後に二機とも飛行不能になっている。
「飛べない飛行機と食えるムギの交換か?
益はないな」
「そんなことはない。
ノイリンならば、PT6に換装できる。
違うかい?
アイロスのお兄さん?」
アイロス・オドランが何かをいおうとしたので、俺が制する。
「FMAのプカラは偵察過荷ならば二〇〇〇キロ以上飛べるらしい。
復座だが、単座で運用できるとも聞いている……」
俺は、この話に乗りかけている。プカラが手に入れば、大幅な戦力アップだ。
だが、ムギは渡せない。我々にとってもムギは貴重なのだ。
俺は条件を出した。
「PT6四基は、俺たちが用意する。
それと交換でどうだ?
俺たちなら西地区と信用取引ができる」
ハンニバルがドスのきいた微笑みを返す。この美形の微笑みは、男の生殖本能を完全に崩壊させる。
性癖にもよるが……。
クフラックとの商談が成立し、我々が七五〇軸馬力級PT6四基の用意完了後、プカラ双発攻撃機との交換が成立することになった。
その後、ハンニバルはノイリン中央地区に向かい、大量の酒を買い込んで、四時間後に離陸した。
彼女のためにパジェロを貸した。
俺はハンニバルの離陸を確認後、大急ぎでクラインフルカホルンに行く準備を始める。
ヘリは二機とも夕方帰着した。
現地は非常に寒く、昼間でも摂氏二度しかないそうだ。
獅子の岩と洞窟も見つけたという。
だが、ヘリとともに戻ったイアンの情報は、俺たちを困惑させた。
夜、多くのメンバーが食堂に集まる。
イアンが報告を始める。
「洞窟は見つけた……。
入口は、幅四メートル、高さも四メートル。
明らかに誰かが掘ったものだ。ヒトか精霊族か、それとも黒魔族か、わからないけどね。
内部は非常に広くて、高さは二〇メートル、幅は最大三〇〇メートル、奥行きは五〇〇メートルもある」
全員が沈黙している。大半は話の先を知っている。
イアンが続ける。
「洞窟は、一部が崩落していた。
トラック三二輌のうち、二四輌が潰されていた。
だけど、八輌は無傷だ。直せば動かせるし、潰された車輌からも部品を回収できる。
積んでいた物資のうち、機械類は全滅だ。
機械類で無傷だったのは、飛行機の内翼だけだよ。
食料は無事だが、もう食料じゃない」
由加が問う。
「イアンさん、崩落の危険は?」
「すぐにはないだろうね。大きな地震があれば別だけど……」
チェスラクが尋ねる。
「作業はどこで?」
「洞窟の中。
寒いが、気温は安定している。夜は外よりも暖かいだろう。
意外だが、湿度が低いんだ。
それに、安全だ。
あの寒さなら人食いもいない」
ハミルカルが核心の質問をする。
「回収できる物資は?」
イアンが微笑む。
「一〇トン積みのトラック八輌。潰れたトラックからはエンジンやトランスミッションが一〇ほど。それと、ターボプロップエンジンが二基。飛行機の内翼にもターボプロップエンジンがついているから、合計四基だね。
それと、ルーロフさんたちとは違うヒトが一時期いたようなんだ。
五年以上前の遺体が三三あった。
彼らはどうも軍隊か、準軍事組織だった可能性がある。
装備からね。
カナザワの分析だけど、ロシアの装甲車が六輌あった。
もっと、あったかもしれない。自分たちの車輌で脱出したのか、ルーロフさんたちの車輌を使った可能性もあるね。
このうち、四輌は大きな岩の下敷きだけど、二輌は無事だ。
車体には、コッカリルの一〇五ミリ砲を載せている。
L7と同じ砲弾だとカナザワはいっていた」
ベルタが反応する。
「それ、必要。
明日、私も行くから」
ローヌ川源流に向かって、Mi‐8中型ヘリコプターが飛ぶ。
機外の風景は実に美しい。氷河が発達していて、山肌を深く削っている。
湖の形状はまったく変わってしまっているが、レマン湖と同じ位置に同規模の大きな湖がある。レマン湖の西端にはかつては国際都市ジュネーブがあった。
当然だが、その痕跡は欠片さえない。
レマン湖を通り過ぎ、さらに東に進む。大きな氷河があり、その先端付近に氷河湖がある。さらにその南に、赤い小さな旗が。
ここが、洞窟に一番近い平地だ。
ヘリが急造のヘリポートに降りる。
ヘリは一〇人を降ろすと、すぐに離陸しノイリンに戻る。
先発の一〇人と後発の一〇人で、物資の回収にあたる。
金沢が報告してくれる。
「半田さん。
この状況、どう見ます」
「軍服に穴が開いている。
撃ち合ったんだね」
「軍服風ですよ。
戦争ごっこ系の珍しくない連中です。
拳銃で撃ち合っています。計画的ではなく、衝動的だったのでしょう」
「仲間割れか?」
「たぶん」
「死体の数は増えて、三七です。
どうします?」
「集めて、葬ろう。
彼らの物資をもらうんだ。
そのくらいの礼はしよう」
「個人携帯火器を回収しました。
スプリングフィールド・アーモリーのM1Aです。民生用の半自動小銃で、M14のレプリカです。
銃床は樹脂製、半分が直銃床にピストルグリップ、一部が消炎器ではなく銃口制退器付き。
軍用風の銃ですよ。
ですが、性能はM14に準じます」
「数は?」
「人数分あります。
拳銃も人数分あります。アルゼンチン製のベルサ・サンダー380です。
三八口径のACP弾です」
金沢からワルサーPPKによく似た拳銃を渡される。
そして金沢に問う。
「男女比は?」
「それが……。
全員男だったかもしれません。
死体は体格から全員男だと思います」
「何しに来たんだろう?」
「女性や子供は生き残って、どこかに移動した可能性もあります。
ここから東には向かえそうです。フルカ峠を越えれば、チューリッヒがあった場所や中央平原にも行けます」
「脱出したとする根拠は?」
「ルーロフさんたちが残したという装軌のトラクターがありません。
それを使ったんだと思います」
「どうなったのかな?」
「北に向かうと黒魔族がいます。
南には白魔族。
東は人食いの巣窟。
たぶん……」
「他の可能性は?」
「まぁ、装甲車の人々でない別なグループがルーロフさんの高速トラクターを見つけて使ったとか」
「確率は低いだろうね」
「そうですね」
ベルタが来た。
「ロシアのBMP系装甲車の車体を改造している。
砲塔を搭載した軽戦車ね。
車体と砲塔の装甲は、軽戦車程度だけど、複合装甲になっている。
結構手の込んだ改造をしているね」
金沢が補足する。
「車体はBMP‐3に近い系列で、主砲はコッカリルの一〇五ミリ。砲塔もコッカリル製だと思います。
恐ろしく単純なエレクトロニクスに改造されています。弾道コンピューターはありますが、照準器は光学のみです。レーザー測遠器もありません。
外見はともかく、中身は原始的な戦車モドキです。
でも、動けば牽引車に使えます」
ベルタがいう。
「動かして。
セロとの戦いに必要だから」
大型トラックは、ウクライナ製のKrAZ‐6322。本来は軍用だが、民生用派生型だ。オフロードトラックで、非常に高い悪路走破性がある。
二輌にはクレーンとアウトリガーが付いている。
我々は、このトラックをローヌ川伝いに移送するつもりだ。
まず、クレーン付きから修理し、荷台のゴミを捨て、新しい積荷を載せる。
その作業を五日間で完遂する。燃料はヘリが運んでくれる。
この六×六のトラックのエンジンは、ターボ付き水冷V型八気筒一四・八六リットルで三三〇馬力を発生する。八速のマニュアルトランスミッションを組み合わせている。
このエンジンは貴重で、二基あればクラウスの河川舟艇が一隻建造できる。ガスタービンよりも、ディーゼルのほうが圧倒的に燃費がいい。護衛艇ならともかく、輸送船にはディーゼルがいい。
今回の回収目標物資としては、最優先の対象だ。
このトラックの軍用型には〝ソルダート〟という通称があり、俺たちはすぐにそう呼んだ。
積載量は一〇トンだが、三五トンの牽引力がある。全車がトレーラーを牽引しており、トレーラーには二〇トンに達する物資が積まれていた。
ディーゼル発電機や水力発電機、建設資材、近距離移動用のバギーなど、無視できない機材がある。
だが、ほとんどが岩に潰されている。削岩機があれば回収できるだろうが、発掘しても使えるとは思えない。
岩の排除には削岩機がないので、鬼神族から手に入れたピクリン酸を使用した。ピクリン酸はTNTよりも爆速が大きいが、金属と反応しやすく、反応すると不安定になり取り扱いが危険だ。
だが、石炭から抽出できるので、お値段は手頃。鬼神族は小瓶詰めして傷薬として売っている。
我々は爆薬として、限定的に使用している。
二輌の修理に二日を要し、次々に回収対象車輌を洞窟から出す。不要な積荷は、洞窟の内部に遺棄した。
タイヤの回収量が多い。このかさばる物資のために、持ち帰る予定がなかったトレーラー一輌の修理を始める。
この回収作戦の最年少参加者は、チュールとマトーシュで、二人は黙々と作業している。二人の役割は、回収した手持ちできる物品の仕分けだ。
五日間でエンジン一二基を回収し、八輌の修理したソルダートに積み込んだ。発電機や建設資材は、岩に潰されており、回収は諦めた。ハンドルやサスペンション部品も分解して回収する。前後輪とも独立懸架なので、故障すると修理が難しいので、部品は可能な限り回収しようとしている。
回収は難航したが、予定の五日となったので、撤収の支度に入る。
だが、最終日に黒魔族の斥候が現れた。
イサイアスが白旗を持ち、俺と二人で黒魔族の斥候隊に近付く。二個小隊規模の部隊で、我々は数的に劣勢だ。
いままで、黒魔族との接触は多々あったし、戦闘は大小合わせれば数え切れないほどになる。
だが、交渉したことはなかった。
黒い体毛に漆黒の甲冑をまとった指揮官が兵卒一体を連れて現れる。ヒトよりもやや小柄だが、身体能力は圧倒的に優れている。
二対二ならば、ヒトが不利だ。
黒魔族の指揮官の目は、ギラついていない。知的な印象を受ける。それと小隊長クラスではない。装備から判断して、もっと上級の職位だろう。冷静に交渉できるかもしれない。
黒魔族が俺の脳に直接話しかける。
「ヒトよ。
ここで何をしている?」
複雑な会話は不可能だ。
俺は嘘をつく必要は感じない。
「物資の回収だ。
ここに残置した物資の回収に来た。
作業は終わった。
明日、立ち去る」
黒魔族の指揮官は、わずかに表情を変えた。
「ヒトはセロと戦うか?」
「それを知りたいのか?」
「そうだ。
おまえたちの機械に興味はない」
「セロは自分たち以外はすべて排除する。
ならば戦うしかない」
「南の大陸で、同族がセロに殺された。
たくさん。
この土地は安全だったが、もうすぐ戦場になる。
ヒトが死に絶えれば、次は我々が戦うことになる」
「ここを、無事に立ち退かせてもらえないか?」
「攻める意図はない。
ヒトを殺せば、セロの数が減らない」
黒魔族は、明らかにヒトとセロの潰し合いを願っている。
「セロの数は多いぞ。
ヒトとは頭数が違う」
黒魔族の指揮官は牙を見せ、感情を表した。セロは黒魔族よりも優勢なのだ。
俺はセロの生息数をある程度知っていた。捕虜のセロは、意外と情報を与えてくれる。フロリニア王国の生息数は、二〇〇〇万から三〇〇〇万に達する。
この一帯に生息する黒魔族の総数は、一〇〇万に満たない。局地的には対等以上に戦えるだろうが、本格的な侵略を受ければ、全滅は免れない。
黒魔族は好戦的なので、逃げることはしないだろう。
黒魔族との会話は、精神を極度に消耗する。俺は限界に近かった。
指揮官がいう。
「立ち去るがよい。
セロと戦い滅びるがよい。
卑しき生き物よ」
指揮官がきびすを返す。
黒魔族は、ヒトを恐れている。俺は、そう思った。
俺が「襲っては来ない」と告げると、全員がホッとした表情になる。
セロは怖いが、黒魔族も恐ろしい。
翌朝、軽荷のトラックを先頭に、軽戦車二輌が続き、トラック七輌が従う。
道はあるが、地上からはわかりにくい。用心しながら進む。進路を示すものは、ローヌ川しかない。
俺たちは三〇〇キロを一二日かかって、ノイリンに戻った。
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