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彼女
決意
それから、気になり始めて……彼を目で追うことが増えた。
彼も咲綾と負けず劣らず……というほどではないが、交友関係が狭そうだ。
同じシステム管理課でも、陽介に話しかける人は限られている。もちろん、用事がないからだと思うが、通常、親しければ仕事以外の話もするはずだ。
何か月も目で追って、彼が笑うのを見たのは、ほんの数回。
目尻が垂れて、それまでの雰囲気が嘘のように柔らかくなる。エレベーターの中で見た笑顔なんてたかが知れていた。もっと上の笑顔がある。
あの笑顔がもっと見たい。
すごく雰囲気が柔らかくなる彼の横に立って、近くで彼を眺めていたいと思った。
しかし、気になっているのに、しかも総務とシステム管理課は同じフロアなのに、声もかけられないという自分の残念さ。すれ違う時に挨拶さえも、会釈しかできない。
『おはようございます』の挨拶さえ、喉の奥に言葉がこびりついたようになってしまって、外に出てきてくれないのだ。
彼から見たら、咲綾は口パクで挨拶しているように見えるかもしれない。
想像したら何とも恥ずかしい話だが、彼に声をかけると思ったら、それだけでいっぱいいっぱいになってしまう。
特に何とも思っていない人にだって話しかけられないのだから、気になって仕方がない人になんか、平常心で話しかけられるわけがない。
仕事でなら!とも思うが、彼自身が総務へ来ることはまずない。彼は基本的にパソコンにかじりついている。
もちろん、咲綾がシステム管理の主任に用事などあるはずもなく、毎日が変わらないままに過ぎていっている。
『気になる人に声をかける』
こんな難しい事、みんなはどうやってしているのだろう。
咲綾が深いため息を吐いていると、耕哉が軽く言い放つ。
「スーツの端っこちょっと掴んで、上目遣いにお願いしてみたら?ちょっとくらい付き合ってくれるよ。男ってそういうもんだから」
そういうのは、可愛い子がやったらそういうことになるわけで。咲綾がやったって何の効果も期待できない。
唇を尖らせつつ、咲綾は文句をつける。
「くれなかったら、恥ずかしいじゃない」
耕哉は大きくため息を吐いて言う。
「恥ずかしいのが無理なら、無理だろ」
――恥ずかしいのが無理なら、無理……。
当たり前のことに、言われて初めて気が付く。
一度も話したことも無いのに、咲綾の妄想通りに動いてくれるはずがない。
こんなことがあったらいいなと、空想して楽しんでいた。
彼が咲綾を見つけて、睨み付けるような鋭い視線で捕らえるのだ。
突然、腕を掴んで、壁際に追い詰めて壁ドンしてくるなんてことがあったら……
そこで、無理矢理、唇どころか最後まで奪われちゃったりしたら。
想像するだけで楽しい。どきどきして、それだけでこの先、生きていけそうだ。
「何も言わずにいきなり襲ってくれないかしら」
胸が高鳴りすぎる。
「犯罪だから」
耕哉が眉間を抑えながら呟く。この変態めという呟きが聞こえてきたが無視をする。
「まあ、抱いてくださいっていきなり言えば、相手がいないなら乗ってくれるんじゃない?その一言くらいなら言えるだろ」
『抱いてください』――なんと、大胆な。
けれど、咲綾の頭の中では、陽介に抱いて欲しいと抱き付く自分が思い浮かんでいる。
相手がいなければ、乗ってくれる?
すでに、咲綾の頭の中の二人は服を脱いでいる。しかも、陽介は咲綾に乗っている。
耕哉が言う『乗ってくれる』は、意味が違うのだが、妄想に囚われた咲綾には判断できない。
「いや、相手がいても、咲綾なら乗ってくれるかもしれないけど」
耕哉が呑気にケラケラ笑う。
顔を赤くして黙り込む咲綾に、耕哉は笑いを治めてため息を吐く。
「まあ、そんなことができれば苦労しないんだけど」
耕哉はこの時、自分の言葉にどれだけ咲綾が衝撃を受けているか知らない。
彼は、ほぼ冗談のつもりだった。
人付き合いが苦手な姉を、からかい半分にけしかけただけだ。
咲綾が最後の一口を食べ終わるのを待って耕哉が立ち上がる。
ひらっと軽く手を振りながら、「またな」と言って、彼は社員食堂を出て行ってしまう。
言い方は適当だけど、耕哉はとても優しい。
友人がいない姉の昼食に律儀に付き合ってくれるほどだ。昼食を一人で食べている咲綾を見つけて、時々だけどこうして話し相手になってくれる。
当たり前のことに気が付かせてくれる。
最初から普通に話せたら、友達なんてすぐにできると言ってくれる。
外見が小さすぎてあまり女としての魅力はないかもしれない。
――だけど、ヤリ捨て出来る女なら、一日くらい仲良くしてくれるかもしれない。
――咲綾は決意した。
耕哉のアドバイスは、きちんと受け入れるべきだ。
弟の適当な冗談を真に受けてしまった経験値不足の姉が、ここに居た。
彼も咲綾と負けず劣らず……というほどではないが、交友関係が狭そうだ。
同じシステム管理課でも、陽介に話しかける人は限られている。もちろん、用事がないからだと思うが、通常、親しければ仕事以外の話もするはずだ。
何か月も目で追って、彼が笑うのを見たのは、ほんの数回。
目尻が垂れて、それまでの雰囲気が嘘のように柔らかくなる。エレベーターの中で見た笑顔なんてたかが知れていた。もっと上の笑顔がある。
あの笑顔がもっと見たい。
すごく雰囲気が柔らかくなる彼の横に立って、近くで彼を眺めていたいと思った。
しかし、気になっているのに、しかも総務とシステム管理課は同じフロアなのに、声もかけられないという自分の残念さ。すれ違う時に挨拶さえも、会釈しかできない。
『おはようございます』の挨拶さえ、喉の奥に言葉がこびりついたようになってしまって、外に出てきてくれないのだ。
彼から見たら、咲綾は口パクで挨拶しているように見えるかもしれない。
想像したら何とも恥ずかしい話だが、彼に声をかけると思ったら、それだけでいっぱいいっぱいになってしまう。
特に何とも思っていない人にだって話しかけられないのだから、気になって仕方がない人になんか、平常心で話しかけられるわけがない。
仕事でなら!とも思うが、彼自身が総務へ来ることはまずない。彼は基本的にパソコンにかじりついている。
もちろん、咲綾がシステム管理の主任に用事などあるはずもなく、毎日が変わらないままに過ぎていっている。
『気になる人に声をかける』
こんな難しい事、みんなはどうやってしているのだろう。
咲綾が深いため息を吐いていると、耕哉が軽く言い放つ。
「スーツの端っこちょっと掴んで、上目遣いにお願いしてみたら?ちょっとくらい付き合ってくれるよ。男ってそういうもんだから」
そういうのは、可愛い子がやったらそういうことになるわけで。咲綾がやったって何の効果も期待できない。
唇を尖らせつつ、咲綾は文句をつける。
「くれなかったら、恥ずかしいじゃない」
耕哉は大きくため息を吐いて言う。
「恥ずかしいのが無理なら、無理だろ」
――恥ずかしいのが無理なら、無理……。
当たり前のことに、言われて初めて気が付く。
一度も話したことも無いのに、咲綾の妄想通りに動いてくれるはずがない。
こんなことがあったらいいなと、空想して楽しんでいた。
彼が咲綾を見つけて、睨み付けるような鋭い視線で捕らえるのだ。
突然、腕を掴んで、壁際に追い詰めて壁ドンしてくるなんてことがあったら……
そこで、無理矢理、唇どころか最後まで奪われちゃったりしたら。
想像するだけで楽しい。どきどきして、それだけでこの先、生きていけそうだ。
「何も言わずにいきなり襲ってくれないかしら」
胸が高鳴りすぎる。
「犯罪だから」
耕哉が眉間を抑えながら呟く。この変態めという呟きが聞こえてきたが無視をする。
「まあ、抱いてくださいっていきなり言えば、相手がいないなら乗ってくれるんじゃない?その一言くらいなら言えるだろ」
『抱いてください』――なんと、大胆な。
けれど、咲綾の頭の中では、陽介に抱いて欲しいと抱き付く自分が思い浮かんでいる。
相手がいなければ、乗ってくれる?
すでに、咲綾の頭の中の二人は服を脱いでいる。しかも、陽介は咲綾に乗っている。
耕哉が言う『乗ってくれる』は、意味が違うのだが、妄想に囚われた咲綾には判断できない。
「いや、相手がいても、咲綾なら乗ってくれるかもしれないけど」
耕哉が呑気にケラケラ笑う。
顔を赤くして黙り込む咲綾に、耕哉は笑いを治めてため息を吐く。
「まあ、そんなことができれば苦労しないんだけど」
耕哉はこの時、自分の言葉にどれだけ咲綾が衝撃を受けているか知らない。
彼は、ほぼ冗談のつもりだった。
人付き合いが苦手な姉を、からかい半分にけしかけただけだ。
咲綾が最後の一口を食べ終わるのを待って耕哉が立ち上がる。
ひらっと軽く手を振りながら、「またな」と言って、彼は社員食堂を出て行ってしまう。
言い方は適当だけど、耕哉はとても優しい。
友人がいない姉の昼食に律儀に付き合ってくれるほどだ。昼食を一人で食べている咲綾を見つけて、時々だけどこうして話し相手になってくれる。
当たり前のことに気が付かせてくれる。
最初から普通に話せたら、友達なんてすぐにできると言ってくれる。
外見が小さすぎてあまり女としての魅力はないかもしれない。
――だけど、ヤリ捨て出来る女なら、一日くらい仲良くしてくれるかもしれない。
――咲綾は決意した。
耕哉のアドバイスは、きちんと受け入れるべきだ。
弟の適当な冗談を真に受けてしまった経験値不足の姉が、ここに居た。
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