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ざっく

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返さなくていいですか

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少しだけだが、気を失っていたアニータを揺さぶり起こしたリアム殿下が言った。
「送っていくからこれを着なさい」
そう言って差し出されたのは、リアム殿下の長袖のシャツだった。

ぐちょぐちょになってしまった下着は、気持ち悪いから履かずに持って帰ると言うと、怒られた。
「そんな格好で外を歩けると思うな!」
普段だったら絶対にしない。
当たり前だ。
だけど、今から帰る短い時間なのだし、夜だ。

「短い時間、履かずに堪える方じゃなく、我慢して履く方を選べ」
不機嫌な様子で言うリアム殿下は、引く様子を全く見せない。
認識の違いというやつだと思う。…アニータは思うのだけど。
だけど、睨まれて、しぶしぶ冷たくなってしまった下着に足を通したところだった。

差し出された長そでシャツは大きくて、前ボタンを上まで留めても胸元が少し開きすぎだった。
袖は長くて、手が出ないというかコートからはみ出してしまうのでくるくると巻いた。
裾はおしりまですっぽり隠せてしまうので、安心感がある。
全体的に大きいが、その分安心感がある。
何より、リアム殿下の香りがする。
香水でも洗剤でもなく、彼独特の体臭とでも言おうか。
きっと、これえだけ近づいたことのある人間だけしか感じ取ることができない香り。

アニータは、そのシャツを着たことでリアム殿下の香りに包まれた。
袖口を持ち上げて頬ずりをすれば、リアム殿下がすぐそばにいるようだ。
「アニータ……」
苦々しげな声がして、顔をあげると、苦しそうな顔をしたリアム殿下がこちらを見下ろしていた。
「リアム殿下…殿下は、お金持ちですよね?」
「……なんだ、急に」
突然関係のないことを言い出したアニータに戸惑いながらも、彼は頷く。
「まあ、一応」
それはそうだ。だって、一国の王子だもの。
実際には、働いて稼いでいるだろうが衣食住を城に保証されているのだから、富豪だと言える。
「こんなシャツは、溢れるほどに持っていそうですね?」
嫌そうにされた。
だけど、アニータの思考回路に慣れてきたのだろう。
諦めたように、アニータを見下ろした。

「……欲しいのか」
その言葉に、アニータは満面の笑みで頷いた。
「返さなくてもいいですか?」
嬉しそうに笑って聞いたのに、返事はない。
顔を覆って俯いてしまうリアム殿下に、アニータは譲歩案を提示する。
「じゃ、じゃあ、代わりのシャツをプレゼントするとかではダメ?私はこれがいいの。リアム殿下のものが……ふぎゅ」
まだ提案途中だったのに、リアム殿下に押しつぶされて、変な声が出てしまった。
抱きしめられるのは嬉しいけれど、ぎゅうぎゅうに力が入りすぎていて、少し苦しい。
彼に何が起こっているのか分からないままに、アニータは手を伸ばす。
逞しい背中に手を回して、彼が来ているシャツをきゅっと握る。

そうすると、またリアム殿下の腕に力が入って、これ以上は無理だと思う。
「で、殿下っ、苦しいです」
泣き声をあげると、はっと声をあげてリアム殿下が離れた。
「あ。放して欲しいわけではないので、ぎゅっとするのはしてください」
離れていってしまったリアム殿下の体に手を伸ばす。
そんなアニータを何とも言えない顔で眺めて、リアム殿下は力が抜けるようにアニータを抱きしめた。
「辛い……」
優しく抱きしめられながら、リアム殿下の腕の中で胸に頬ずりをしていると、本当に辛そうな呟きが落ちてきた。
「何がですか?」
辛いようなことがあっただろうか。
アニータは幸せ満点だが。
顔をあげようとしても、頭は胸に抱き込むようにされてできなかった。
リアム殿下はしばらくその体制のままでいた後で、大きな大きなため息を吐いて、アニータの頭を撫でながら言った。
「さあ、もう帰る時間だ。コートを着て」
「はい」
素直に頷いて、コートを着た。着た後で、アニータは気がついてしまった。
コートを着ると、リアム殿下の匂いに包まれていた空気がなくなる。
いつもの自分の匂いだ。
このままいくと、今着ているシャツだって、侍女に服を洗濯に回されてしまうだろう。
いつもいつも洗濯に抵抗できるわけがないし……、
「このシャツ、殿下の匂いが取れてしまったら、また別のシャツと交換してください」
だから、最善の要求をした。
ごんっ。
大きな音に驚いてそちらを見ると、リアム殿下が壁におでこをぶつけてうずくまっていた。
「ええっ?リアム殿下!?」
心配して駆け寄るアニータを見もせずに、リアム殿下は呟いていた。


「結婚式までとか……どこまでの苦行を強いられるんだ……」

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