聖女は旦那様のために奮闘中

ざっく

文字の大きさ
10 / 21

クロードの事情

クロード・オン・アルランディアン公爵は、現国王の弟だ。
王太子の叔父にあたる。
現在の治世はおだやかで、幸いなことに、大きな災害にも見舞われず、緩やかに発展していっている。
ただ、そんな平和な国でも、国境がある限り、それなりに小競り合いがある。
東の辺境の地、そこに相次いで盗賊が現れると報告があった。
辺境の守りは、その地の辺境伯が担っている。
しかし、今回は国境の砦から半日ばかりこの国に入り込んだ場所。
数度、討伐隊を国境から送り込んだが、逃げられてしまい捕まえられていないらしい。
しかも、それが隣国から流れ込んできているのではという話もある。それならば、そんな懸念があるときに国境の守りをおろそかにするわけにもいかず、王都へ派兵の依頼があった。
そこへ、派遣されることに決まったのが、王太子ディートリヒ・アルランディアン。
それに、副官としてクロードが指名された。

王太子の初凱旋だ。
そこに、クロードをつけて、万全の態勢で臨ませたい国王の親心だろう。
本来ならば、国軍の将軍たるクロードが出張るほどのものじゃない諍いだ。
盗賊討伐に力を注ぎすぎて王国の治安が乱れては目も当てられない。
だが、王太子はまだ18歳だ。
ようやく机上の勉強が終わり、実務を任せられるようになったところ。
ここで、軍を率いるという責任と苦労を経験させたいのは分かる。そして、万が一でも危険な目に合わせたくないのも。
「……三日後か……」
クロードは、命令を受けて、深いため息をついた。
緊急事態が、『今暇だからいいよ~』というタイミングで来ることなどないことは知っている。
大体が、『何故、今なんだ!』と言いたくなるタイミングのほうが多い。
だが、あえて言いたい。
「何故、今なんだ……」


――メイシ―との結婚、一週間後の命令であった。

**************************************



クロードは体が大きい。そばに寄れば、男性にも威圧感を与えるほどらしい。
早くに体が大きくなり、鍛えれば鍛えるほど成果が出せる。軍人としては恵まれた体躯だ。この恵まれた体格に感謝していた。
しかし、結婚を考える年齢になって、初めて気が付く。
夜会などに顔を出しても、周囲に人が寄ってこない。
話をしようと近寄れば、相手は身構え、何を言われるのだろうと戦々恐々とする。ただ雑談しようと思っただけだったのに。
それは、女性にはさらに顕著だった。
小さな美しい女性には、人並に興味を持ったが、ことごとく女性から怖がられている。
何もしていないのに、近寄るのはもちろん、立っているだけで怖がられるのだ。
本来の大きな体と、それを思うがままに鍛え上げてしまったから、さらに威圧感が増している。
そうなると、周りには訓練で一緒になる軍人が多くなる。
さらに近寄りがたくなるという悪循環。
すでに結婚はあきらめていた。

だというのに。

聖女との見合いを命じられた。
独身の高位貴族。金持ち。
権力と地位、富を持つ人間が、聖女と引き合わせられるらしい。それが一番、人間の欲望の中で分かりやすく与えやすいものだから。
この見合いは、聖女の幸せを最優先に考えられる。
権力や富を欲する人間ばかりではない。結婚に幸せを求めない聖女もいたらしい。
引き合わせられたからといって、必ず結婚に至るわけではない。
お互いの了承がなければ幸せな結婚にならないという考えのもと、クロードにも拒否する権利は与えられている。
しかし、原則、聖女様のご意向だということだ。

見合い当日。
予想通りというか、緑の髪を持つふわふわと美しい姿をした聖女は、クロードが入室した時から顔をこわばらせていた。
アンジェリーナという名前だっただろうか。
だが、この様子では、クロードが名前を呼べば気絶しかねない。
直接声をかけようとして――びくりと震えた細い肩に、そっと背を向けた。
クロードが話そうとする気配さえ敏感に察知するほど緊張した女性のそばにこれ以上いるべきではない。
「お茶と菓子を存分に楽しむように伝えて欲しい」
侍従に伝えて、そのまま椅子に座ることもなく執務に戻った。

もう嫌だと言ったのに。
次の年には、双子の聖女との見合いを組まれた。
二人の印象は、青い。
その髪も目もそうだったと思うが、何より顔色が青い。
「ひっ!」
見合いの場に選んだテラスの扉を開けた途端、短い悲鳴を上げられた。
侍従をちらりと見れば、あきらめたように頷いた。
今度は入室すらせずに終わった。

さすがにもうないだろう。無しにしとけよと声を荒げたい。

今度は、中庭にテーブルをセッティングしてもらった。
逃げ場がないと思われるからさらに怖いのかもしれないと、侍従長であるエリクが言って作った会場だ。
逃げ場とか、さらっと言われて、納得しそうになったが、逃げ場が必要な時点で終わっていると思う。
今度は、先にテーブルのそばで立って待っておくことにした。
聖女が来ても、クロードの姿を見た途端帰ることができるだろう。
この後、普通に執務の予定を入れている。一瞬顔を合わせるためだけの時間だ。
ため息をつきたくなるのを我慢しながら待っていると、侍女に案内されて彼女がやってきたのだ。

真っ黒な髪と真っ黒な大きな瞳。
その美しさに、クロードは目を奪われた。
しかし彼女は、クロードに目を止めるよりも先に、テーブルの上の色とりどりの菓子に、目を奪われたらしい。
近寄りがたいほどの神秘さを放つその美貌が、菓子を前にほころぶ。
その一瞬の変貌をどう表現したらいいだろうか。
花が咲くようだとか、太陽のようだとか、どんな表現も陳腐に聞こえてしまいそうなほど、彼女の笑顔は、クロードの世界の色を変えた。
メイシ―はテーブルの上から視線を外さず、すでに何を食べようか吟味しているようだ。
言葉がのどに張り付く。
このまま声をかけずに、彼女が食べるのを見守ってはだめだろうか。
こんなに嬉しそうにしているのに、クロードが声をかけた途端、怯えて去って行ってしまうかもしれない。
しかし、挨拶をしないことには、使用人は彼女のために椅子を引くこともできないから、お茶も準備できない。
感想 6

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の涙

拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

【完結】裏切られたあなたにもう二度と恋はしない

たろ
恋愛
優しい王子様。あなたに恋をした。 あなたに相応しくあろうと努力をした。 あなたの婚約者に選ばれてわたしは幸せでした。 なのにあなたは美しい聖女様に恋をした。 そして聖女様はわたしを嵌めた。 わたしは地下牢に入れられて殿下の命令で騎士達に犯されて死んでしまう。 大好きだったお父様にも見捨てられ、愛する殿下にも嫌われ酷い仕打ちを受けて身と心もボロボロになり死んでいった。 その時の記憶を忘れてわたしは生まれ変わった。 知らずにわたしはまた王子様に恋をする。

【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

私の願いは貴方の幸せです

mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」 滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。 私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。