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この世界に来た日の事
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この世界に来た日のことは、もうあまり覚えていない。
多分、十歳くらいだったと思う。小学校に数年通った記憶が残っている。
父と母が一度に亡くなって、泣きながらどこかを歩いていた。
そして、すとんとどこかに落ちたような、何かにぶつかったような気がする。
もう遠い記憶。
思い出す必要もなくて、だけどふと思い返すたびに「こうだったんじゃないか」と記憶が変わっていく程度の、ちょっとした出来事だ。
よく分からない場所でうろうろしていたところを、ある人に拾われた。
夫婦と小さな子供だけで暮らす貧しい家庭。
よく分からないけれど、お腹がすいていたから、もらえるものを食べた。
服が汚れていると、ぶかぶかの服を貸してくれた。
与えられることと、贅沢になれていたから、それがこの世界でどれだけの価値があったのか分からなかった。
どうしてこんな場所にいるのか、ここがどこなのかも分からないまま数日が過ぎたと思う。
この頃の記憶は、泣いているか食べているかだ。
テーブルで食事をしている時、太った男性が家にやってきた。
彼は、なんだかとても褒めていたと思う。
『しつけがしっかりしている』『挨拶ができるのは上出来だ』などなど。私が他の人から褒められると、父と母が嬉しそうにする言葉だから、覚えている。
褒められてうれしかった。
男性は、その家の家族に何かを渡し、私の手を引いた。
さっきまで親切に食べ物をくれていた人たちはこっちを見なかった。
太った男性は、ぐいぐいと手を引っ張る。
父と母はいない。この家からは追い出された。この男性について行かなければならない。
それだけは、分かった。
後から考えれば、私は拾われて売られたのだ。
貧しい暮らしの中、たまたま女の子が落ちていた。
保護者も持ち主もいない女の子。
貧しい暮らしの人たちが、慈善事業で助けるわけがない。
拾ったものを欲しい人に売っただけだ。
私は、自分の代金を一円も受け取ることもできずに、遊郭で暮らすことになった。
あれから十年。
私は、遊女のトップにまで上り詰めていた。
「リンカ!また来てしまったよ」
大きな門をくぐって、豪奢な衣装に身を包んだ壮年の男性が微笑む。
「まあ。お待ちしておりました」
私は少しだけ目を見開き、その後に恥ずかしそうに微笑む。
それだけで、目の前の男性は満足げに頷き、多くの金銭を置いていく。
ここに来たばかりの頃はひどかった。
そもそも、労働などしたことが無かった。当然だ。小学校に通っていたくらいの年だったのだから。
しかし、働かなければご飯がもらえない。お風呂も、布団も、座ることすら許されない。
泣きながら、初めての洗濯をして、掃除をして、たくさんの仕事を覚えた。
幸運なことに、器用だった私は、それなりにこなせるようになって、きちんと食事ができるようになった。
私より少しだけ先に入っていた女の子が、楽器が上手だということで、遊女付きの一人になった。
彼女は遊女の部屋の隣に小さいけれど個室が与えられ、客が持ってくるお菓子などを貰える立場になった。
――あのお菓子、私も食べたい!
最初は、ただそれだけだった。
全員に施される行儀作法を早々に覚えた私は、字を練習し、楽器も必死に覚えた。言葉は分かるけれど、見たことも無い字を最初から覚えるのは大変だった。だけど、ここにくる子はほぼ、みんなそうなのだ。親から売られたり、孤児だったりして、満足な教育なんて受けてない。
その分、計算ができて、丁寧な言葉がつかえて、行儀も良かった私は運が良かった。
けれど、ぼうっとしていてはすぐに追い抜かれる。
いくつもの譜面を暗譜して、それだけでは足りないかもしれないと、物語をたくさん読んで知識も身につけた。
洗濯も掃除もおつかいも、いろいろな仕事をやりながら、これらのことをやり遂げたのだ。
自由時間なんていらないから、もっとおいしいものが食べたかった。
贅沢に食べられた甘味の味が忘れられなかったのだ。
そうして、順調に私は出世していった。
ただの遊女ではなく、上の、もっと贅沢ができる立場の人の横に。
それどころか、自分がその立場に――!
多分、十歳くらいだったと思う。小学校に数年通った記憶が残っている。
父と母が一度に亡くなって、泣きながらどこかを歩いていた。
そして、すとんとどこかに落ちたような、何かにぶつかったような気がする。
もう遠い記憶。
思い出す必要もなくて、だけどふと思い返すたびに「こうだったんじゃないか」と記憶が変わっていく程度の、ちょっとした出来事だ。
よく分からない場所でうろうろしていたところを、ある人に拾われた。
夫婦と小さな子供だけで暮らす貧しい家庭。
よく分からないけれど、お腹がすいていたから、もらえるものを食べた。
服が汚れていると、ぶかぶかの服を貸してくれた。
与えられることと、贅沢になれていたから、それがこの世界でどれだけの価値があったのか分からなかった。
どうしてこんな場所にいるのか、ここがどこなのかも分からないまま数日が過ぎたと思う。
この頃の記憶は、泣いているか食べているかだ。
テーブルで食事をしている時、太った男性が家にやってきた。
彼は、なんだかとても褒めていたと思う。
『しつけがしっかりしている』『挨拶ができるのは上出来だ』などなど。私が他の人から褒められると、父と母が嬉しそうにする言葉だから、覚えている。
褒められてうれしかった。
男性は、その家の家族に何かを渡し、私の手を引いた。
さっきまで親切に食べ物をくれていた人たちはこっちを見なかった。
太った男性は、ぐいぐいと手を引っ張る。
父と母はいない。この家からは追い出された。この男性について行かなければならない。
それだけは、分かった。
後から考えれば、私は拾われて売られたのだ。
貧しい暮らしの中、たまたま女の子が落ちていた。
保護者も持ち主もいない女の子。
貧しい暮らしの人たちが、慈善事業で助けるわけがない。
拾ったものを欲しい人に売っただけだ。
私は、自分の代金を一円も受け取ることもできずに、遊郭で暮らすことになった。
あれから十年。
私は、遊女のトップにまで上り詰めていた。
「リンカ!また来てしまったよ」
大きな門をくぐって、豪奢な衣装に身を包んだ壮年の男性が微笑む。
「まあ。お待ちしておりました」
私は少しだけ目を見開き、その後に恥ずかしそうに微笑む。
それだけで、目の前の男性は満足げに頷き、多くの金銭を置いていく。
ここに来たばかりの頃はひどかった。
そもそも、労働などしたことが無かった。当然だ。小学校に通っていたくらいの年だったのだから。
しかし、働かなければご飯がもらえない。お風呂も、布団も、座ることすら許されない。
泣きながら、初めての洗濯をして、掃除をして、たくさんの仕事を覚えた。
幸運なことに、器用だった私は、それなりにこなせるようになって、きちんと食事ができるようになった。
私より少しだけ先に入っていた女の子が、楽器が上手だということで、遊女付きの一人になった。
彼女は遊女の部屋の隣に小さいけれど個室が与えられ、客が持ってくるお菓子などを貰える立場になった。
――あのお菓子、私も食べたい!
最初は、ただそれだけだった。
全員に施される行儀作法を早々に覚えた私は、字を練習し、楽器も必死に覚えた。言葉は分かるけれど、見たことも無い字を最初から覚えるのは大変だった。だけど、ここにくる子はほぼ、みんなそうなのだ。親から売られたり、孤児だったりして、満足な教育なんて受けてない。
その分、計算ができて、丁寧な言葉がつかえて、行儀も良かった私は運が良かった。
けれど、ぼうっとしていてはすぐに追い抜かれる。
いくつもの譜面を暗譜して、それだけでは足りないかもしれないと、物語をたくさん読んで知識も身につけた。
洗濯も掃除もおつかいも、いろいろな仕事をやりながら、これらのことをやり遂げたのだ。
自由時間なんていらないから、もっとおいしいものが食べたかった。
贅沢に食べられた甘味の味が忘れられなかったのだ。
そうして、順調に私は出世していった。
ただの遊女ではなく、上の、もっと贅沢ができる立場の人の横に。
それどころか、自分がその立場に――!
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