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眠り
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「いいですよ」
培ってきた話術を使うこともできずに、それだけを言う。
サランダは私をちらりと見た後、手をくるりと回す。こうもりのような魔物を入れていた檻が消える。
――瞬間。
カッと目を見開いた魔物は、一気に私に襲い掛かってきた。
近距離で飛びかかられ、私には何もできなかった。
全身を固くすくませて、ぎゅっと目をつぶった。
ぼふっと小さな爆発音がして、目の前に黒こげのこうもりがころがった。
同時に、舌打ちがひびく。
「いきなり襲うとは思わなかった。悪かった」
目の前で起こったことが信じられない。
勇者だと言われていたので、強いのだろうと思っていたが、魔物を、一瞬で殺した。
いや、彼が魔物だと言っていただけで、ちょっと大きいだけのこうもりかもしれない。
でも、あのスピードで向かってきたものを、私を巻き込まずに一瞬で焼いた。
彼は、こうもりをひょいと持ち上げると、またどこかにしまった。すいっとポケットの中に入れたように見えたが、そんな大きさのものが入る大きさが無いのだが……。
私の驚きの表情に気づきもせずに、いや、気がついていて無視をしているのだろう。
折角来たから食事をして帰りたいと、笑った。
次の日も、サランダは、やってきた。
三日続けてとなると、リンカの客という意識が定着する。
「寝もしないのに、やっぱりあんたを選ぶのか」
他の遊女がぷりぷりと文句を言っていた。
サランダがここで私を抱いていないことは周知の事実だ。
最初の夜はずっと音楽を奏でていたし、昨夜も明かりをつけたまま遅くまで話をした。彼の今までの冒険譚や魔法の話。彼を喜ばせるどころか、私の方が楽しんでしまった。
布団も使った形跡が無ければ、知られるのは当たり前だ。
たまにいるのだ。女性を抱く目的ではなく、ただ癒しを求めて来る人が。
サランダもそういった人種なのだろうとみんな思っている。
「今日のは、温厚なやつを連れてきたんだ!」
また昨日と同じような檻の中に、今度は小さな猿がいる。
檻にしがみついて、こっちに向かって口を開けている。
「……ええと」
昨日より温厚だとは思えない。こうもりは全くこちらに興味がないようにしていた。しかし、この猿は、明らかに敵意むき出しだ。
猿が、キシャーっと威嚇の声をあげた時、
「おい」
サランダが低い声を出した。
彼が何をしたわけでもないのに、私の体がびくりと震えた。
猿はもっと反応した。
びくりと飛び上がり、キョロキョロと周りを見回してから、そろそろと檻から手を外し、真ん中にちょこんと膝を抱えて座った。
「襲い掛かるなよ?手加減できないからな」
こくこくと首が上下に振れる。まさか、人語を解しているのか。
私が目を丸くする前で、檻が消える。
猿はそうっと立ち上がってどうしたらいいのかと問うようにサランダを見上げる。
「じっとしていろ。別に危害は加えない」
それを聞いた猿は、くるりと振り返って私を見る。
目がぎょろっと丸くて、真っ黒だ。茶色に分かれていることもなく、本当に漆黒。
体の向こう側まで透かして見られているような気分になる。
「眠らせようと思って触ってみてくれ。襲わない」
サランダが言う。
私はドキドキしながら手を伸ばす。
猿は、もうあきらめたように、ふんと鼻を鳴らして私の手の動きをじっと見ている。
そうして、少し触れた瞬間。
ころんっと転がって、猿は寝た。
目を閉じて丸まっていると、フワフワの毛並みや長いしっぽが意外と可愛い。
「ギャーギャー」
不満げな寝言が口から飛び出す。
私に眠らされた人は、眠っている間、やりたいことを自由にやっているようなので、猿もきっと、今は私を襲っている夢でも見ているのかもしれない。
「そんなこと、しないで。私はあなたが大好きよ。……いい子ね」
声をかけると、騒ぐ声が止まって、しっぽがパタンパッタンと動く。
首筋を撫でてあげると、鼻から息を吐き出し、気持ちよさげに伸びをする。
思わず、笑みがこぼれる。
「ふふ。かわいい」
「……それをかわいいと言うのを初めて聞いた」
サランダが、どこか不満げに呟く。
私は彼をちらりと見上げて、もう一度微笑んだ。
嫉妬でもしているような顔をしていたのだ。
「いい子ね。ゆっくりお休みなさい」
もう一度猿を撫でると、猿はしっぽまでくるりと丸くなって静かな寝息を立て始めた。
「いつも、こんな感じです」
本当は、この後、喘ぎ声を聞かせる。
眠った人に、私との性行為があったと確信させるためだ。そんなこと、言わなくてもきっと彼は分かっている。
「なるほど。暗示もできるのか。――おい、起きろ」
パチン。
サランダが指を鳴らすと、猿がぴょんと、文字通り飛びあがって起き上がる。いまいち状況判断ができないらしく、キョロキョロと周りを見回している。
今、何をしたのだろう。
眠らせた相手がこんなに速く起きるなんて。
猿は私を見つけると、目を瞬かせた後に、すりすりとすり寄ってくる。先ほどまでの態度と大違いだ。
「――ロウ。しばくぞ」
サランダの低い声がすると、猿はびくりと体を震わせ、彼を振り返る。サランダがあごをくいっと上げると、私を振り返りながら彼の方へ歩いていく。
随分となついているのだなと思う。
「ロウ?」
「こいつの愛称だ」
……魔物に愛称?魔物であるというのをあっさりと信じてしまっている。ただの動物だとしても、動きが変に人間臭くて、驚きの連続だ。
名前を把握しているということは、倒すこと前提ではない。
飼う?従える?それとも、仲間?
どれにしたって、今までの私の常識を覆すには充分すぎる。
ロウと呼ばれた猿は、いつの間にかどこにも見当たらなくなってしまった。
サランダは、もうその日は猿を出すことはなく、時折ぽつぽつと話しながら酒と食事を楽しんだ。
培ってきた話術を使うこともできずに、それだけを言う。
サランダは私をちらりと見た後、手をくるりと回す。こうもりのような魔物を入れていた檻が消える。
――瞬間。
カッと目を見開いた魔物は、一気に私に襲い掛かってきた。
近距離で飛びかかられ、私には何もできなかった。
全身を固くすくませて、ぎゅっと目をつぶった。
ぼふっと小さな爆発音がして、目の前に黒こげのこうもりがころがった。
同時に、舌打ちがひびく。
「いきなり襲うとは思わなかった。悪かった」
目の前で起こったことが信じられない。
勇者だと言われていたので、強いのだろうと思っていたが、魔物を、一瞬で殺した。
いや、彼が魔物だと言っていただけで、ちょっと大きいだけのこうもりかもしれない。
でも、あのスピードで向かってきたものを、私を巻き込まずに一瞬で焼いた。
彼は、こうもりをひょいと持ち上げると、またどこかにしまった。すいっとポケットの中に入れたように見えたが、そんな大きさのものが入る大きさが無いのだが……。
私の驚きの表情に気づきもせずに、いや、気がついていて無視をしているのだろう。
折角来たから食事をして帰りたいと、笑った。
次の日も、サランダは、やってきた。
三日続けてとなると、リンカの客という意識が定着する。
「寝もしないのに、やっぱりあんたを選ぶのか」
他の遊女がぷりぷりと文句を言っていた。
サランダがここで私を抱いていないことは周知の事実だ。
最初の夜はずっと音楽を奏でていたし、昨夜も明かりをつけたまま遅くまで話をした。彼の今までの冒険譚や魔法の話。彼を喜ばせるどころか、私の方が楽しんでしまった。
布団も使った形跡が無ければ、知られるのは当たり前だ。
たまにいるのだ。女性を抱く目的ではなく、ただ癒しを求めて来る人が。
サランダもそういった人種なのだろうとみんな思っている。
「今日のは、温厚なやつを連れてきたんだ!」
また昨日と同じような檻の中に、今度は小さな猿がいる。
檻にしがみついて、こっちに向かって口を開けている。
「……ええと」
昨日より温厚だとは思えない。こうもりは全くこちらに興味がないようにしていた。しかし、この猿は、明らかに敵意むき出しだ。
猿が、キシャーっと威嚇の声をあげた時、
「おい」
サランダが低い声を出した。
彼が何をしたわけでもないのに、私の体がびくりと震えた。
猿はもっと反応した。
びくりと飛び上がり、キョロキョロと周りを見回してから、そろそろと檻から手を外し、真ん中にちょこんと膝を抱えて座った。
「襲い掛かるなよ?手加減できないからな」
こくこくと首が上下に振れる。まさか、人語を解しているのか。
私が目を丸くする前で、檻が消える。
猿はそうっと立ち上がってどうしたらいいのかと問うようにサランダを見上げる。
「じっとしていろ。別に危害は加えない」
それを聞いた猿は、くるりと振り返って私を見る。
目がぎょろっと丸くて、真っ黒だ。茶色に分かれていることもなく、本当に漆黒。
体の向こう側まで透かして見られているような気分になる。
「眠らせようと思って触ってみてくれ。襲わない」
サランダが言う。
私はドキドキしながら手を伸ばす。
猿は、もうあきらめたように、ふんと鼻を鳴らして私の手の動きをじっと見ている。
そうして、少し触れた瞬間。
ころんっと転がって、猿は寝た。
目を閉じて丸まっていると、フワフワの毛並みや長いしっぽが意外と可愛い。
「ギャーギャー」
不満げな寝言が口から飛び出す。
私に眠らされた人は、眠っている間、やりたいことを自由にやっているようなので、猿もきっと、今は私を襲っている夢でも見ているのかもしれない。
「そんなこと、しないで。私はあなたが大好きよ。……いい子ね」
声をかけると、騒ぐ声が止まって、しっぽがパタンパッタンと動く。
首筋を撫でてあげると、鼻から息を吐き出し、気持ちよさげに伸びをする。
思わず、笑みがこぼれる。
「ふふ。かわいい」
「……それをかわいいと言うのを初めて聞いた」
サランダが、どこか不満げに呟く。
私は彼をちらりと見上げて、もう一度微笑んだ。
嫉妬でもしているような顔をしていたのだ。
「いい子ね。ゆっくりお休みなさい」
もう一度猿を撫でると、猿はしっぽまでくるりと丸くなって静かな寝息を立て始めた。
「いつも、こんな感じです」
本当は、この後、喘ぎ声を聞かせる。
眠った人に、私との性行為があったと確信させるためだ。そんなこと、言わなくてもきっと彼は分かっている。
「なるほど。暗示もできるのか。――おい、起きろ」
パチン。
サランダが指を鳴らすと、猿がぴょんと、文字通り飛びあがって起き上がる。いまいち状況判断ができないらしく、キョロキョロと周りを見回している。
今、何をしたのだろう。
眠らせた相手がこんなに速く起きるなんて。
猿は私を見つけると、目を瞬かせた後に、すりすりとすり寄ってくる。先ほどまでの態度と大違いだ。
「――ロウ。しばくぞ」
サランダの低い声がすると、猿はびくりと体を震わせ、彼を振り返る。サランダがあごをくいっと上げると、私を振り返りながら彼の方へ歩いていく。
随分となついているのだなと思う。
「ロウ?」
「こいつの愛称だ」
……魔物に愛称?魔物であるというのをあっさりと信じてしまっている。ただの動物だとしても、動きが変に人間臭くて、驚きの連続だ。
名前を把握しているということは、倒すこと前提ではない。
飼う?従える?それとも、仲間?
どれにしたって、今までの私の常識を覆すには充分すぎる。
ロウと呼ばれた猿は、いつの間にかどこにも見当たらなくなってしまった。
サランダは、もうその日は猿を出すことはなく、時折ぽつぽつと話しながら酒と食事を楽しんだ。
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