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Ⅳ.五人の生贄
3※R18G
しおりを挟む寝室の片隅に、今も折れた剣がしまわれている。刃は毀れ、根本から折れて乾いた血がついた短剣だ。
血はすべて主のものである。
「ふー……」
レギオンが肌を重ねた代償として死ぬことは無かった。
しかし彼が外に出て水甕を覗き込めば其処には老いた己の顔が映り込んでいた。
レギオンは顔を上げ、森を抜けた先に聳え立つ切り立った山々を見上げた。あの山の何処かに、自分と同じ境遇だったのに生きる事が出来なかった四人が眠っている。
「今更すぎるな……敵を討つにも、百年前に挫けたし」
レギオンははるか昔に死の崖と呼ばれていた山に投げ捨てられた五人の孤児の中から唯一生き返った人間だった。
貧民街の誰も読み書きなんて出来ない。
「腹減ったな」
「馬鹿。そういうともっと腹が減る」
川を誰かのぶよぶよに膨らんだ死体が流れていくのは日常茶飯事。女は路上で客を取る売女、男はスリでとっ捕まるか、鉱山の暗い穴の中で死ぬまで鉱石を採掘するかが殆どだった。
「じゃあ…おなか、いっぱいって…いえば、いい?」
「言っても変わんねえんだから他のこと考えろ」
「うん」
五人は貧民街の孤児仲間で、レギオンは一番年上だった。もっともその頃はレギオンとは呼ばれていなかったし、なんと呼ばれていたかももう忘れた。
それが夜の間に人攫いに一纏めに縛り上げられて、この国で最も大きな山々のどこかの砦に放り込まれた。
「何だよここ! 鉱山に行くんじゃなかったのかよオイ!」
砦には大人も子供もいた。女も居たが、別の部屋に分けられていた。顔を見て、どいつもこいつも同類だと分かる程度にはろくな奴が居なかった。
「邪魔だ退けクソガキ」
「ッ!」
大人の憂さ晴らしに使われるのは皆初めてではなかったが、閉鎖空間で逃げ場がないのは最悪だった。
「ちったあ役に立てよなぁ……うぅ、くっ」
怪我をしても砦の兵士たちの中に手当などする奴はいなかった。それどころか大人たちが怒鳴ろうと、これから自分たちが何をさせられるのかを答える奴もいなかった。
男も女もだんだん数が減っていった。呼ばれて連れ出されて、帰ってこない。誰も口にしなかったが、皆薄々気付いていた。
「ここで死ぬんだな、俺」
呼ばれる前に死ぬ奴も居た。そんな奴の持ち物に何か金になるものが無いか漁っていたら大人に腹を蹴り飛ばされた。
その大人たちも子供より先に消えた。
「――お前ら五人、出ろ」
最後に子供五人が呼ばれる頃には、砦の中にはろくに兵士も残っていなかった。
そして連れて行かれた血の跡だらけの部屋で、杯に入った血と、生の肉が載った皿を出された。
「食べろ。残さず食べたらここから出してやる」
「……ほんとう?」
砦の生活で痩せ細った一番年下の孤児が訊ねた。
「きっと魔物の血と肉だ。俺…聞いたことある」
「まもの?」
一人の子供の発言で子供たちがざわめき出す。そんな中で最年長の彼が杯の中の血を一息に飲み干した。
「ぷはっ……は…」
カトラリーも使わずに手掴みで肉を口に放り込む。歯を立てて食い千切ると、監督の兵士がニヤついて肉を追加した。
「良い食いっぷりだなぁ。犬みてえな卑しい根性が滲み出てら」
「…………ありがとよ」
挑発に乗らない彼に兵士はつまらなそうに舌打ちをした。
「チッ……おら! テメェらもさっさと食え」
年長者である彼が率先して皿の上のものを食べたの見て、他の子供達も食べ始める。
結局空腹に勝るものはなく、全員目の前の皿をキレイに平らげてしまった。
彼が口の周りについた血を手の甲でぬぐい、監督の兵を睨むと生意気だと棒で殴られた。殴られながら他の子供に目配せし、逃げられそうなタイミングを伺わせる。
「ッは……あぐっ!」
「イッてえなこのクソガキィ‼」
腕に噛みつき、暴れ、他の大人たちの注目を集めながら子供たちは部屋のドアへと近付いていく。と、その時だった。
「あ゙ッ……は……が、ああああっ!」
一人食べた肉の量が多かったからなのか、或いは何か別の要因があったのか。最初に異変に襲われた。
体中が焼けるような痛みを伴い、萎びていった。身体に力が入らずに床に崩れ落ちる。
「か、はっ……てめ…ら…」
まるでその手足も顔も、何十年も生きた老人のように朽ちていく。
「ああ、やっとはじまったか。しかしこの様子だとまた失敗じゃあねえか」
口の中で硬いものが当たったと思ってなんとか吐き出すと、それは自分の歯だった。
他の子供達も悲鳴を上げて斃れ始める。
「うぁ……あ…あ゙…!」
腹這いになって彼らのもとに近寄ろうとすると、髪がごっそりと抜け落ちた。前にのばした手はもはや骨と皮。
恐慌状態の子供たちが彼をみて悲鳴を上げてドアを叩く。
しかしやがて
一人は頭が異様に膨らんで弾け
一人は腹を破って植物が生え
一人はひとりでに肉という肉が裂け裏返り
一人は肋骨が扉のように胸を裂いて左右に開き
だれも動かなくなった。
「ノロイの王の血と肉食うとやっぱ死ぬんだなあ」
「そう簡単に人間が不死身になるわけねえよ。何考えてんだか」
足を持って引きずられながら、薄れゆく意識の中で「呪いの王」という名を聞いた。
そうしてごみのように宙に放り出され、切り立った崖を堕ちていき、他の子供や先に死んでいた大人たちとともに積み重なり、死んだ。
次に意識を取り戻した時、何かの中に閉じ込められていた。藻掻き、腕を突っ張るとベリベリと音を立てて外殻が割れていく。森の向こうから朝日が昇る中見た自分の手は酷く小さく丸みが有った。
――彼は幼い彼自身として、彼の死体から生まれ変わった。
乾いた冷たい風。眼の前には朽ちた自分と思しき抜け殻。周りには乾いた死体が幾つもあった。
「う……ぁ…」
まず、自分の抜け殻から這い出すのに時間がかかった。周りは死体が幾つも積み重なっていて、下手に踏み込むとずぶりと足を取られてころんだ。
次にひどく腹が減っていた。死体棄て場に、食い物は棄てられていなかった。
一日中死体の山の中を四つん這いで這い周り、最初に目覚めた場所に戻った頃にはもう彼は人間ではなかった。
その魂が、獣に堕ちていた。
顔を覚えている四人を腹におさめた。
「う……あ――」
彼らの記憶と死に際の無念が獣に宿り、頭の中で反響する。
そうして百年よりもさらに遠い昔、死をくり返す呪いに囚われた獣が生まれた。
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