199X年・異世界は暴食の支配する廣野と化した!

はりせんぼん

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第3話2部 魔法使いサーティ

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 黒板を見ると、学生時代を思い出す。

 チョークが黒板をこする音。
 舞い散る白い粉。
 黒板消しが拭った跡の白い軌跡と、しぶとく残っている粉の塊。
 日直の黒板消しを叩いて綺麗にする仕事が嫌だった。
 粉を吸引する機械もあったけれど、結局ベランダで叩いた方が早かった。
 あの時の、白粉のちょっと甘い、乾いた味が懐かしい。

「……今後の、方針」

 サーティが黒板に向かって板書をしている。
 背が上まで届かないので、専用の足場まで用意している。
 移動するたびに、シータが足場の移動をしている。

 そして、いかにも少女然としたサーティの講義を受けるのは、おっさんとオークとケンタウロス。
 つまり俺たちだ。
 いい年をした連中が子供に教えを乞うているようで、なんだか面白い。
 なお、テーダさんは別に仕事があるらしく欠席。

「安定水源の確保」

 黒板には周辺の簡単な地図。
 街の北西の位置に太い青線が流れている。
 現実の距離で歩いて3日くらいの場所。
 そこに、大河が流れているらしい。
 河の名前はまだない。

「しかし、水源は十分ではないか?」

 市内にも一応小川のようなものは流れている。
 他に、【暴食フードファイト】の祝福で沸いた泉や、住民が勝手に掘った井戸がある。
 なので、水に困っているという話は聞かない。

「……って、名目で水運貿易の拠点を確保」

 え、そっちが目的なの?
 住民まで騙して、遠大な計画を実行しようとしていると言うのか。
 まるで孔明だ。
 ファンタジー界の諸葛亮孔明だ。

「……はあ。成程……」
「……これから、水は必要になるの、ほんと。大規模農場、人口増加、蒸気機関。でも、お金、一番」
「いやぁ。サーティさんは流石ですね。ワシらはこういうのに疎くていかんですな」

 前市長の称賛に、サーティに代わってシータが胸を張る。
 当のサーティは無心に板書を続けている。

「なにしろ、ママは経験豊富な魔法使いですから!」
「ことしで18歳」

 おじさん、その倍は生きているのですが。
 まあ、ゴブリン的には結構なお歳なのか。
 まったくそうは見えないが。

「河との間の平定。市長、がんば」
「はあ。善処します」
「……もっと」
「全力で取り組む所存です」

 押しが強いぞ、この孔明。
 頼られるのは嬉しいんだ。
 微力を尽くさせていただきます。

「となると、急速に街が拡大するという事ですな」
「治安維持の方策と法整備を整える必要がある。という事ですか」

 どうするんだろうね。
 以前は事務所を開いていた俺だが、あまり法律は詳しくない。
 事務所内の決まりごとも、パートのおばちゃんが作っていたくらいだ。
 便座の蓋を開けっ放しにしてよく怒られていた。

 今はサーティに怒られている。
 どこに行っても変わらないなぁ、俺。

「……そこは専門外」

 ええええええ……。
 それじゃ、どうするのよ?

「司法に関しては私にお任せいただければ。故国モノスタンは歴史の古い国で、法律は多くの国で参考にされております。一部特権階級の免責事項を除けば、そのまま適用して問題はありますまい。それに、多くの者にとって馴染みがあるかと」
「ヘリアディスがいるのは本当に心強いですよ」

 本当に、そう思う。
 いっそ俺の代わりに統治してくれないかなぁ、とも。
 事務所の所長が精々の俺よりはよっぽど上手くやるのではなかろうか。
 俺は根本的に小市民だし。

「これで一通りの方向性は決まりましたかな。いやぁ、ワシも一安心……」
「だめ」

 ばっさり来たな、サーティ先生。

「人が足りない。魔法使い」

 ここの魔法使いは、特殊技能者。くらいの意味らしい。
 そもそも俺が知っているような『杖を構えてムニャムニャ唱えたら人が子豚になる』みたいな魔法は無い。
 いや、あるにはあるが、それは神の奇跡の領域らしい。

 あるのは、火薬入りの杖を構えて、ムニャムニャ呪文を唱えて導火線に火をつけて、ロケット花火が飛んでどかん、とか。
 秘伝の薬を焚きつけると、煙を吸った敵は猛烈な眠気に襲われる、とか。
 他には、火蜥蜴サラマンダーとかの魔法的な生き物を飼い慣らすとかもある。
 蒸気機関も石炭をそのまま燃やしているのではなくて、窯の中で火蜥蜴サラマンダーを飼っていて、石炭はその餌だとかなんだとか。
 何にせよ、これが一番魔法っぽい。
 飼い慣らす対象には、馬とか牛とか狼とか以外に、幽霊とかもいるのはびっくりするけど。

 他は、医者や機械職人。法律に詳しい人、数学が出来る人、人を指揮する技術のある人なんかも魔法使いだ。
 実にいい加減だ。
 そのいい加減さが良いのかもしれない。
 あまり真面目に分類するなよと、俺に言っているような気がする。
 ファンタジーというのは、それでいいのだ。

「人材については、ワシの方から出入りの業者に連絡を入れておりますぞ」

 前市長が胸を叩く。
 業者と言うと、人身売買の業者とかなのだろうか。

「竜皇国御用達の優良業者ですぞ。人材の育成にも力を入れておる。そろそろ来る頃かと思うが……」
「竜皇国の者ならば安心ですな。あそこは人の扱いに厳しい。正直、故国の連中と来たら、人材を消耗品か何かと思っておる」

 お国柄があるんだなぁ。
 と、会議室のドアが開いた。

「ハウゼ・マリアジェ・エル・ソーラン・ペテルギウス・ヴァレリ・ディ・エイラ・ベレグリン様お越しです」

 ……何だって?

「おお、丁度良い。今申し上げた業者ですな。通っていただきなさい」
「なんとも……長い名前ですね」
「エルフですからな」

 エルフは寿命も長いが名前も長いらしい。

「主殿。エルフは名前に両親の名や産まれた地、洗礼者の名を入れるのです。それと、何かあるたびにそれにちなんだ名を追加します。なので、本当の名はもっと長いはずですな」

 ラテン系の人か落語みたいな話だ。
 寿限無寿限無五劫の擦り切れ。

「ハウゼ・マリアジェ・エル・ソーラン・ペテルギウス・ヴァレリ・ディ・エイラ・ベレグリン、参上いたしました。良い商売があるとの事ですね」

 入ってきたのは黒衣の美女。
 真っ黒のコートにクリーム色のもこもことした髪。
 どう見ても裁判官だ。
 髪から覗く長い耳がいかにもエルフという感じ。

「よく来られましたペレグリン殿。火急に人員を揃える必要がありましてな」
「事情は存じておりますよバ・ザム殿。まずは、念願の引退のお喜びを。やはりデ・ヴゥの名は重うございましたからね」
「その節はベレグリン殿にもお世話になりました。さて、こちらが現市長でございまして」
「これはこれは、これからご贔屓に願います。神の名の下に、お役に立てるものと信じておりますよ」

 前市長に連れられて来たベレグリンさんと握手をする。
 でかい。
 とにかくでかい。
 前市長も十分巨漢の部類に入るのに、それより頭ひとつでかい。
 2mは優に超えてるんじゃなかろうか。
 俺もそれなりに長身だと思っているんだが、視線の高さに胸がある。
 二つの巨大な丘がある。
 まさに人間山脈だ。
 巨大に隆起した人間山脈だ。

「頼りにさせていただきますよ。えっと……」
「ハウゼ・マリアジェ・エル・ソーラン・ペテルギウス・ヴァレリ・ディ・エイラ・ベレグリン」
「…………えっと…………」

 にっこりと笑われても覚えられない。
 俺の年齢になると、人の顔を名前が一致しなくなっていくのだから仕方ない。

「ファミリーネームはベレグリン。仲の良い方は縮めてベッピンと呼びます。ですが、市長様にありましては、親愛を込めてデラと呼ばれたいですね」
「はあ。ベッピンさんですか」

 デラ、というのは名字の前のディ・エイラの略で、彼女自身の純粋な名前はその部分らしい。
 つまり、ディ・エイラ・ベレグリンさん。
 略してデラ・ベッピンさん。
 なるほど、名は体を表しまくっている。
 プロポーズは完璧。目鼻立ちは芸術品のよう。肌はキラキラと輝いていて、身体の周囲にそこはかとなく甘い匂いが漂っている。
 なんとも、全てがデラックスだ。

「デラで宜しいのですよ」
「主殿は積極的な女性は苦手ですので、その辺りで願いましょう」

 はい。
 ヘリアディスさんとかテーダさんも苦手です。
 今は、ぐいぐい来ないサーティとシータが癒やしです。

「成程。それでは好感度を稼いでから攻め込む事にいたしましょう」

 なんだ、好感度って。
 ゲームか何かなのか。
 攻略対象なのか、俺は。

「相変わらず竜皇国の方の物言いは面白いですな」
「異界よりの方が多うございますからね。噂では竜皇陛下ご自身もそうだとか」
「あの方はドラゴンでしょう?」
「まあ、そういう噂があるというだけで」

 何だかそういう人が多いらしい。
 法律や文化や科学が、そうやってもたらされたりしたらしい。
 ただし、それらアイデアを現実に落とし込んだのは、現地の人たちの努力の賜物。
 俺も半端知識を持ち出して恥をかく。みたいな事は自重したい。

「そうですね。それでは早速好感度を稼ぐという意味で……」

 顎に指を立て、上を見上げるベッピンさん。
 こんな動作も芸術品を見るようだ。
 写真にとって額に飾りたいくらいだ。

「法律関係の人材がまず欲しい所ですね。特に税金と司法は人数が必要かと」
「ええ。そちらは準備がございます。わたくしも太陽神ソーランの名の下に、司法官としての経験もございます」
「それはありがたいですね」

 呼ばれた時に人材確保はしていたのだろう。
 だけれど、短時間でそれれらを確保出来るのは、彼女が本当に有能だと言うことなのだろう。

「それはお仕事として当然の事。好感度を上げるのは別の事でございますよ」
「……それはそれは……」

 意味深に笑う。
 整った顔に、唇だけが吊り上がる。
 その笑顔を、俺はどこかで見た気がした。

「お仲間のテーダさまですが。間者ですよ」

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