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第6話4部 悪党どもの凱歌
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太陽はサンサンと照り輝いて。
大河はゴウゴウ唸りを上げて。
観衆はガヤガヤ騒ぎ出し。
油を満載した釜がジュウジュウと芋と白身魚を揚げていく。
「さて、皆さん。準備の方はいかがですかね」
河原は熱狂に包まれていた。
トロウルと蜥蜴人と蛙人。
それぞれの種族の塊が、それぞれ交わる事なく、テーブルを囲う人垣を作っている。
「では、この【暴食】の説明をします。まずこの食材を時間内にどれだけ食べられるかを競います」
食卓に立つのは、各種族の精鋭三人。
「ひとつ、敗者は己の非を公式に謝罪する」
トロウルの若者は、山のように盛り上がった筋肉を誇示し。
全身に塗りたくられたオイルを輝かせている。
暑苦しい笑い顔は、すでに勝利を確信したか。
後ろに控える仲間達も、期待を込めた声援を揚げている。
「ふたつ、勝者は謝罪を受け入れ、再び問題を持ち出さない」
蜥蜴人の長老は、通常の蜥蜴人の倍ほどもある身体を這うように大地に広げる。
鱗は丁寧に磨き輝き、棘状のトサカは赤く染められて。
黄金色の縦に割れた瞳がじっと食卓を見上げている。
蜥蜴人たちは整然と、厳然と、不動の姿勢で事態を見守る。
「みっつ、この【暴食】の後、それぞれの立場で仕事に精励する」
蛙人の代表者はこの間代表者をしていた若者だ。
首をこきこきと回して、大きな口をひんまげて。
視線は虚空を泳いでいる。
俺から見てもやる気の無さがよくわかる。
蛙人の仲間たちも、好き勝手な野次をお喋りを続けている。
「以上だ」
厳粛に宣言する。
俺の右側にはベッピン。
いつもの歯を剥き出しにしたあの笑顔。
やや紅潮した頬。
周囲には彼女のつける香水なのか、甘い果実のような匂いが漂っている。
左側には金魚鉢。
鉢の水面から、触手とフルルツゥクの顔が覗いている。
微動だにしないその瞳。
ぬるぬる忙しげに蠢く触手。
後ろに控える台車係の青年も、緊張した面持ちで控えている。
「異議なしですだっ!」
マッスルポーズを決めるトロウル代表。
匂い立つような男臭さ。
というか臭い。
実際に臭い。
テーブルを挟んだ先にいるのに、その体臭が臭ってくる。
脂の臭いも相まって、まったりとして、それでいて酸っぱい臭気が襲ってくる。
確かにこれは、評判が悪くもなるだろう。
「決着の後には、トロウルどもを頭から食らってくれようぞ」
剥き出しにした牙は、長く鋭く尖っている。
地面を掴む手足の蹴爪は、まるで鎌やナタのよう。
180度まで開く顎は、確かにトロウルを頭からバリバリできるだろう。
違う。
そうじゃない。
趣旨を理解してくれ長老さん。
試合の後はノーサイドだって言っているでしょう。
「良いから早く始めようぜ。終わったら頼むぜ市長さんよ」
目配せしてくる蛙人。
くりくりとした目が半眼になっている。
とりあえず。
参加することに意義がある。
それを地で行く表情だ。
今回一番の収穫は。
蛙人の表情が、やたらと豊かと知ったこと。
そんな気がしないこともない。
「それでは。位置について」
正面にトロウル。
右側に蜥蜴人。
左側に蛙人。
それぞれが食卓前に陣を敷く。
ここが、長らく続いた憎しみの。
血を流し尽くす決戦場だ。
運び込まれるは、熱々に湯気を発するフィッシュ&チップス。
脂で揚げた小麦粉の香ばしさ。
淡白な白身魚の旨味とジャガイモの甘みのシンフォニー。
かけて食らうは塩か胡椒か醤油か塩か。
お好みの味をつけて食べるのが、フィッシュ&チップスのしきたりだ。
揚げたてアツアツの熱気の残る内にいただきましょう。
「さて。これは見ものですねぇ」
残った最後の一辺を陣取るのは俺たちだ。
特等席で見物と、端麗な顔を歪めるベッピンさん。
憎しみが流し尽くされるより、この戦いでさらなる争いの種が産まれる事。
それを望んでいると、その笑顔が言っている。
まったくもって小憎たらしい。
「それでは、参加者は席について」
トロウルと蜥蜴人はお互いをにらみ合い。
そして同時に席につく。
やれやれと、毛のない頭を一撫でしてから。
蛙人は椅子の上で足を組んで、腕も組む。
残った俺達は食卓に臨んで仁王立ち。
と、台車担当の青年が、席を抱えて忍び寄る。
ベッピンの高い位置にある黒衣の肩に手をかける。
そして、合気。
「……ふぇ」
肩に走った神経系と、無意識レベルの肉体運動を制御する神秘の業。
道場主の叔父に、若い頃から仕込まれた技術は、妙な所で役に立つ。
「え、あれ? どういう……?」
ベッピンの膝が落ちる。
落ちた尻を椅子が支える。
座った彼女の肩を上から掴む。
自らの肉体の制御がどうか。
それすら彼女が理解出来ぬ内。
俺は厳粛に宣言していた。
「それでは【暴食】開始!」
かくして戦いははじまった。
「ええええええええええええええええええ!?」
ベッピンの悲鳴。
まん丸に見開いた瞳が俺を見上げる。
いつもは歯を剥き出した笑みを浮かべる口元が。
今回ばかりはあんぐりと、阿呆のように開いている。
もう遅い。
【暴食】は始まってしまっている。
「ガッハッハ! エルフのほっそいねーちゃんじゃ、オラの相手は無理でねえか?」
「然り然り。そのような御婦人が我らと同等に食えるとも思えぬな」
「まあちょっと、俺の事も忘れないでもらいてぇけどなぁ」
男どもはメシを食う。
揚げた白身魚に塩をかけ。
酢で味を整えて。
出来たてアツアツのフィッシュ&チップス咀嚼する。
「美味しいマヨネーズもありますので。是非使って下さい」
「故郷から魚醤も運ばせたぞ」
それを加速させる。
俺たちの差し入れ。
油モノの【暴食】で、一番の問題となるのは、その味だ。
油の味に飽きる事だ。
それを防ぐそのために、次々と食材の味付けを変える必要がある。
今日はマヨネーズで、明日はケチャップ。
塩に魚醤に見度にお酢。
レモン汁も忘れちゃならない。
味に対する貪欲な探究心が、油モノ【暴食】の勝利の鍵だ。
「って。ちょっと待ってくださいフルルツゥクさん。海苔の佃煮じゃないですか。こんなのもあるのか!」
「うむ。竜皇陛下に献上した一品であるぞ。これが米に実に合ってな。竜皇陛下も実にお喜びになられたのだ」
なんという事だ。
なんと違いの分かるドラゴンか。
やはり海苔は佃煮だ。
ああもちろん、焼海苔も最高だ。
それはそれとして、海苔の佃煮とご飯のコンボは反則と言ってもいい。
米の白と海苔の黒。
米の甘さと海苔のしょっぱさ。
その、対極のコントラスト。
その、対極のシンフォニー。
まさに『ごはんですよ』の一言だ。
「分かっている。分かっているなぁ。竜皇陛下は」
「当然である。竜皇陛下であるぞ!」
岩海苔を食うドラゴンの姿が想像できない。
まあ、そんなものは些細な事だ。
結構、庶民的な味もいけるのだろう。
いつか、庶民メシを一緒に食べてみたい。
「そのようなたわけた事を言っている場合ではありません。どうしてわたくしが【暴食】等……」
高慢ちきな女性が窮地に立つ姿というやつは、どうして男の心をくすぐるのか。
しかも往生際悪く、半分以上敗北は理解しているのに、僅かな可能性にしがみつく様は。
目は小刻みに泳いでいて。
すがるように。
媚びるように。
震える頬が、不自然な笑みを形作る。
紅潮しきったうなじから、甘さの濃い匂いが香ってきた。
「そりゃあもう。ねえ?」
「うむ。この件の功績と責任を負うべきは一人であろう?」
「正直な話しすっと。オラァ、このアマッ子の事気に入らなかったんだぁ」
「珍しく意見を同じくしたではないか。トロウルの」
「こいつは奇跡かなんかか? 俺も同じ意見だぞ」
にんまり。
下衆な微笑みだ。
男どもは同じ顔をしている。
思う所は唯一つ。
志は唯一つ。
「「「「「お前の泣いている顔が見たい」」」」」
高慢なこの女を泣かせたい。
本気で泣かせるとちょっと引いちゃうから。
困って涙目になるくらいにイジメたい。
なんだろう、この気持ちは。
小学生男子が、好きな女の子にちょっかいを出してしまう。
そんな下衆な習性が男の奥底に流れている。
それは暗く、黒く、ドロドロとした情念だ。
俺もかつてはそうだった。
好きな娘をブスと言い。
彼女の消しゴムや鉛筆を隠したりした。
とても悪い事をしたものだ。
そんな事をやるくらいなら、好きな気持ちを素直に示せば良かったものを。
それが出来る勇気がなかった。
まあ、それはそれとして。
そういう暗く黒くドロドロと鬱積した黒いマグマが、男の腹には流れている。
わかっちゃいるが止められない。
止められたのなら、争いなんて起こるはずもない。
男の生理はそういうものだ。
浪漫と言う名目の欲望が。
一つの志に引き寄せられてスパークする。
「……ヒィッ」
ベッピンの顔色がみるみる内に蒼白に変わる。
形の良い歯がカチカチと音を立てている。
開きっぱなしの瞳孔。
力なく。
揺れるように。
いやいやと首を振る。
群衆の男どもは、その姿に勢いを更に増す。
女性たちは見てみぬふりを決め込んだ。
同性からの助け舟が無いのは厳しいなぁ。
「た、食べればいいのでしょう? 食べてしまいますよ!」
震える指で揚げ物を摘み上げる。
男どもは既に、遥か先へと走り去っていた。
芋を二つに割って塩を振り、そして口の中に放り込む。
その間に、男どもは揚げ物二つは腹の中に収めている。
追いつけない。
その目はもう負けていた。
ギギギ、と油の切れたブリキ人形みたいに、俺を見上げて唇を震わせる。
「…………」
何かを口の中で呟こうとして。
涙目で唇を噛んだ。
あ、ちょっと。
ちょっと駄目だ。
今の顔は、ちょっと駄目すぎる。
完璧に整ったエルフの顔が、苦悶と苦痛に歪んでいる。
これは。
その。
駄目なアレに目覚めてしまう。
「ほら、食べないと。追いつけませんよ」
ぼそり。
ベッピンの長く尖った耳元で、彼女だけに聞こえるように囁いた。
歯が食い込んだ唇が歪む。
うなじに朱が差す。
耳の先まで赤くなる。
ぶわっ、と。
溜まった何かが破裂するように。
彼女の匂いの濃さが増す。
ああいかん。
これは駄目だ。
何かに。
悪いなにかにもう。
俺は目覚めてしまっているかもしれない。
「ギブアップしても、いいんですよ」
紅潮した耳元に、悪魔の囁きを流し込む。
流し込むほどに。
彼女の項は赤くなり。
吹き出す体臭は、甘だるいものへと変わっていく。
「今なら悪いようにはしませんよぉ」
くっくっく。
わざとらしく、笑い声を混ぜてやる。
エルフの腰が力を失って折れ落ちる。
肘をついたその腕が、かろうじてその上体を支えている。
これ楽しい。
悪役ムーブ本当に楽しい。
世の悪人達が、同じような事をする理由が分かった。
連中の愉悦というものが分かった。
わざわざヒーローに自分のやる事を説明してから実行する。
三文芝居の悪役が、どうしてそんな事をするのか。
それは。
そうする事が楽しいから。
いやはや、これは本当に駄目だ。
駄目すぎる。
楽しすぎる。
「……あの……どんな……?」
腰の力が折れているならば。
心も既に折れている。
それでも交渉を狙うあたり、まだまだ余裕はあるのかもしれない。
「土下座……は、皆さんの心が晴れません……よねぇ?」
誰にともなく言った言葉。
群衆達が騒ぎ出す。
「おう!」
「そうだそうだ!」
「何で下に置かなきゃならんのだ!」
「上げろ! 上に晒せ!」
おうおう。
出るわ出るわ。
過激な意見が飛び出してくる。
「とは言えだ。こやつは本来陸のいきもの。高い所に置いても屈辱には感じぬであろう。が、下に置けば皆が納得せぬ……」
ううむ。
フルルツゥクは腕を組む。
その姿は、まさしく考える人。
いやさ考えるタコである。
その後ろで、台車係がロープと柱を持ってくる。
考えるまでもない。
既に決めていた。
満場一致で決めていた事だ。
皆、実にノリノリである。
「ということで。屈辱を感じるように、磔晒し者にすることにいたそう」
「いいな。それがいい」
「ハリツケ! ハリツケ!」
「ハリツケ! ハリツケ!」
「ハリツケ! ハリツケ!」
「ハリツケ! ハリツケ!」
声を合わせる男ども。
眉を潜めならがも、見なかったフリをする女達。
ベッピンの丹精な顔が青くなり赤くなり。
それからもう一度青くなる。
うなだれ。
唇を噛み。
小さな声で呟いた。
「……わたくしの負けです」
「「「「「「イィィィィヤッホーーーーーー」」」」」」
そして響き渡る。
男達の凱歌。
それは。
いつまでも。
いつまでも。
いつまでも続いていた。
大河はゴウゴウ唸りを上げて。
観衆はガヤガヤ騒ぎ出し。
油を満載した釜がジュウジュウと芋と白身魚を揚げていく。
「さて、皆さん。準備の方はいかがですかね」
河原は熱狂に包まれていた。
トロウルと蜥蜴人と蛙人。
それぞれの種族の塊が、それぞれ交わる事なく、テーブルを囲う人垣を作っている。
「では、この【暴食】の説明をします。まずこの食材を時間内にどれだけ食べられるかを競います」
食卓に立つのは、各種族の精鋭三人。
「ひとつ、敗者は己の非を公式に謝罪する」
トロウルの若者は、山のように盛り上がった筋肉を誇示し。
全身に塗りたくられたオイルを輝かせている。
暑苦しい笑い顔は、すでに勝利を確信したか。
後ろに控える仲間達も、期待を込めた声援を揚げている。
「ふたつ、勝者は謝罪を受け入れ、再び問題を持ち出さない」
蜥蜴人の長老は、通常の蜥蜴人の倍ほどもある身体を這うように大地に広げる。
鱗は丁寧に磨き輝き、棘状のトサカは赤く染められて。
黄金色の縦に割れた瞳がじっと食卓を見上げている。
蜥蜴人たちは整然と、厳然と、不動の姿勢で事態を見守る。
「みっつ、この【暴食】の後、それぞれの立場で仕事に精励する」
蛙人の代表者はこの間代表者をしていた若者だ。
首をこきこきと回して、大きな口をひんまげて。
視線は虚空を泳いでいる。
俺から見てもやる気の無さがよくわかる。
蛙人の仲間たちも、好き勝手な野次をお喋りを続けている。
「以上だ」
厳粛に宣言する。
俺の右側にはベッピン。
いつもの歯を剥き出しにしたあの笑顔。
やや紅潮した頬。
周囲には彼女のつける香水なのか、甘い果実のような匂いが漂っている。
左側には金魚鉢。
鉢の水面から、触手とフルルツゥクの顔が覗いている。
微動だにしないその瞳。
ぬるぬる忙しげに蠢く触手。
後ろに控える台車係の青年も、緊張した面持ちで控えている。
「異議なしですだっ!」
マッスルポーズを決めるトロウル代表。
匂い立つような男臭さ。
というか臭い。
実際に臭い。
テーブルを挟んだ先にいるのに、その体臭が臭ってくる。
脂の臭いも相まって、まったりとして、それでいて酸っぱい臭気が襲ってくる。
確かにこれは、評判が悪くもなるだろう。
「決着の後には、トロウルどもを頭から食らってくれようぞ」
剥き出しにした牙は、長く鋭く尖っている。
地面を掴む手足の蹴爪は、まるで鎌やナタのよう。
180度まで開く顎は、確かにトロウルを頭からバリバリできるだろう。
違う。
そうじゃない。
趣旨を理解してくれ長老さん。
試合の後はノーサイドだって言っているでしょう。
「良いから早く始めようぜ。終わったら頼むぜ市長さんよ」
目配せしてくる蛙人。
くりくりとした目が半眼になっている。
とりあえず。
参加することに意義がある。
それを地で行く表情だ。
今回一番の収穫は。
蛙人の表情が、やたらと豊かと知ったこと。
そんな気がしないこともない。
「それでは。位置について」
正面にトロウル。
右側に蜥蜴人。
左側に蛙人。
それぞれが食卓前に陣を敷く。
ここが、長らく続いた憎しみの。
血を流し尽くす決戦場だ。
運び込まれるは、熱々に湯気を発するフィッシュ&チップス。
脂で揚げた小麦粉の香ばしさ。
淡白な白身魚の旨味とジャガイモの甘みのシンフォニー。
かけて食らうは塩か胡椒か醤油か塩か。
お好みの味をつけて食べるのが、フィッシュ&チップスのしきたりだ。
揚げたてアツアツの熱気の残る内にいただきましょう。
「さて。これは見ものですねぇ」
残った最後の一辺を陣取るのは俺たちだ。
特等席で見物と、端麗な顔を歪めるベッピンさん。
憎しみが流し尽くされるより、この戦いでさらなる争いの種が産まれる事。
それを望んでいると、その笑顔が言っている。
まったくもって小憎たらしい。
「それでは、参加者は席について」
トロウルと蜥蜴人はお互いをにらみ合い。
そして同時に席につく。
やれやれと、毛のない頭を一撫でしてから。
蛙人は椅子の上で足を組んで、腕も組む。
残った俺達は食卓に臨んで仁王立ち。
と、台車担当の青年が、席を抱えて忍び寄る。
ベッピンの高い位置にある黒衣の肩に手をかける。
そして、合気。
「……ふぇ」
肩に走った神経系と、無意識レベルの肉体運動を制御する神秘の業。
道場主の叔父に、若い頃から仕込まれた技術は、妙な所で役に立つ。
「え、あれ? どういう……?」
ベッピンの膝が落ちる。
落ちた尻を椅子が支える。
座った彼女の肩を上から掴む。
自らの肉体の制御がどうか。
それすら彼女が理解出来ぬ内。
俺は厳粛に宣言していた。
「それでは【暴食】開始!」
かくして戦いははじまった。
「ええええええええええええええええええ!?」
ベッピンの悲鳴。
まん丸に見開いた瞳が俺を見上げる。
いつもは歯を剥き出した笑みを浮かべる口元が。
今回ばかりはあんぐりと、阿呆のように開いている。
もう遅い。
【暴食】は始まってしまっている。
「ガッハッハ! エルフのほっそいねーちゃんじゃ、オラの相手は無理でねえか?」
「然り然り。そのような御婦人が我らと同等に食えるとも思えぬな」
「まあちょっと、俺の事も忘れないでもらいてぇけどなぁ」
男どもはメシを食う。
揚げた白身魚に塩をかけ。
酢で味を整えて。
出来たてアツアツのフィッシュ&チップス咀嚼する。
「美味しいマヨネーズもありますので。是非使って下さい」
「故郷から魚醤も運ばせたぞ」
それを加速させる。
俺たちの差し入れ。
油モノの【暴食】で、一番の問題となるのは、その味だ。
油の味に飽きる事だ。
それを防ぐそのために、次々と食材の味付けを変える必要がある。
今日はマヨネーズで、明日はケチャップ。
塩に魚醤に見度にお酢。
レモン汁も忘れちゃならない。
味に対する貪欲な探究心が、油モノ【暴食】の勝利の鍵だ。
「って。ちょっと待ってくださいフルルツゥクさん。海苔の佃煮じゃないですか。こんなのもあるのか!」
「うむ。竜皇陛下に献上した一品であるぞ。これが米に実に合ってな。竜皇陛下も実にお喜びになられたのだ」
なんという事だ。
なんと違いの分かるドラゴンか。
やはり海苔は佃煮だ。
ああもちろん、焼海苔も最高だ。
それはそれとして、海苔の佃煮とご飯のコンボは反則と言ってもいい。
米の白と海苔の黒。
米の甘さと海苔のしょっぱさ。
その、対極のコントラスト。
その、対極のシンフォニー。
まさに『ごはんですよ』の一言だ。
「分かっている。分かっているなぁ。竜皇陛下は」
「当然である。竜皇陛下であるぞ!」
岩海苔を食うドラゴンの姿が想像できない。
まあ、そんなものは些細な事だ。
結構、庶民的な味もいけるのだろう。
いつか、庶民メシを一緒に食べてみたい。
「そのようなたわけた事を言っている場合ではありません。どうしてわたくしが【暴食】等……」
高慢ちきな女性が窮地に立つ姿というやつは、どうして男の心をくすぐるのか。
しかも往生際悪く、半分以上敗北は理解しているのに、僅かな可能性にしがみつく様は。
目は小刻みに泳いでいて。
すがるように。
媚びるように。
震える頬が、不自然な笑みを形作る。
紅潮しきったうなじから、甘さの濃い匂いが香ってきた。
「そりゃあもう。ねえ?」
「うむ。この件の功績と責任を負うべきは一人であろう?」
「正直な話しすっと。オラァ、このアマッ子の事気に入らなかったんだぁ」
「珍しく意見を同じくしたではないか。トロウルの」
「こいつは奇跡かなんかか? 俺も同じ意見だぞ」
にんまり。
下衆な微笑みだ。
男どもは同じ顔をしている。
思う所は唯一つ。
志は唯一つ。
「「「「「お前の泣いている顔が見たい」」」」」
高慢なこの女を泣かせたい。
本気で泣かせるとちょっと引いちゃうから。
困って涙目になるくらいにイジメたい。
なんだろう、この気持ちは。
小学生男子が、好きな女の子にちょっかいを出してしまう。
そんな下衆な習性が男の奥底に流れている。
それは暗く、黒く、ドロドロとした情念だ。
俺もかつてはそうだった。
好きな娘をブスと言い。
彼女の消しゴムや鉛筆を隠したりした。
とても悪い事をしたものだ。
そんな事をやるくらいなら、好きな気持ちを素直に示せば良かったものを。
それが出来る勇気がなかった。
まあ、それはそれとして。
そういう暗く黒くドロドロと鬱積した黒いマグマが、男の腹には流れている。
わかっちゃいるが止められない。
止められたのなら、争いなんて起こるはずもない。
男の生理はそういうものだ。
浪漫と言う名目の欲望が。
一つの志に引き寄せられてスパークする。
「……ヒィッ」
ベッピンの顔色がみるみる内に蒼白に変わる。
形の良い歯がカチカチと音を立てている。
開きっぱなしの瞳孔。
力なく。
揺れるように。
いやいやと首を振る。
群衆の男どもは、その姿に勢いを更に増す。
女性たちは見てみぬふりを決め込んだ。
同性からの助け舟が無いのは厳しいなぁ。
「た、食べればいいのでしょう? 食べてしまいますよ!」
震える指で揚げ物を摘み上げる。
男どもは既に、遥か先へと走り去っていた。
芋を二つに割って塩を振り、そして口の中に放り込む。
その間に、男どもは揚げ物二つは腹の中に収めている。
追いつけない。
その目はもう負けていた。
ギギギ、と油の切れたブリキ人形みたいに、俺を見上げて唇を震わせる。
「…………」
何かを口の中で呟こうとして。
涙目で唇を噛んだ。
あ、ちょっと。
ちょっと駄目だ。
今の顔は、ちょっと駄目すぎる。
完璧に整ったエルフの顔が、苦悶と苦痛に歪んでいる。
これは。
その。
駄目なアレに目覚めてしまう。
「ほら、食べないと。追いつけませんよ」
ぼそり。
ベッピンの長く尖った耳元で、彼女だけに聞こえるように囁いた。
歯が食い込んだ唇が歪む。
うなじに朱が差す。
耳の先まで赤くなる。
ぶわっ、と。
溜まった何かが破裂するように。
彼女の匂いの濃さが増す。
ああいかん。
これは駄目だ。
何かに。
悪いなにかにもう。
俺は目覚めてしまっているかもしれない。
「ギブアップしても、いいんですよ」
紅潮した耳元に、悪魔の囁きを流し込む。
流し込むほどに。
彼女の項は赤くなり。
吹き出す体臭は、甘だるいものへと変わっていく。
「今なら悪いようにはしませんよぉ」
くっくっく。
わざとらしく、笑い声を混ぜてやる。
エルフの腰が力を失って折れ落ちる。
肘をついたその腕が、かろうじてその上体を支えている。
これ楽しい。
悪役ムーブ本当に楽しい。
世の悪人達が、同じような事をする理由が分かった。
連中の愉悦というものが分かった。
わざわざヒーローに自分のやる事を説明してから実行する。
三文芝居の悪役が、どうしてそんな事をするのか。
それは。
そうする事が楽しいから。
いやはや、これは本当に駄目だ。
駄目すぎる。
楽しすぎる。
「……あの……どんな……?」
腰の力が折れているならば。
心も既に折れている。
それでも交渉を狙うあたり、まだまだ余裕はあるのかもしれない。
「土下座……は、皆さんの心が晴れません……よねぇ?」
誰にともなく言った言葉。
群衆達が騒ぎ出す。
「おう!」
「そうだそうだ!」
「何で下に置かなきゃならんのだ!」
「上げろ! 上に晒せ!」
おうおう。
出るわ出るわ。
過激な意見が飛び出してくる。
「とは言えだ。こやつは本来陸のいきもの。高い所に置いても屈辱には感じぬであろう。が、下に置けば皆が納得せぬ……」
ううむ。
フルルツゥクは腕を組む。
その姿は、まさしく考える人。
いやさ考えるタコである。
その後ろで、台車係がロープと柱を持ってくる。
考えるまでもない。
既に決めていた。
満場一致で決めていた事だ。
皆、実にノリノリである。
「ということで。屈辱を感じるように、磔晒し者にすることにいたそう」
「いいな。それがいい」
「ハリツケ! ハリツケ!」
「ハリツケ! ハリツケ!」
「ハリツケ! ハリツケ!」
「ハリツケ! ハリツケ!」
声を合わせる男ども。
眉を潜めならがも、見なかったフリをする女達。
ベッピンの丹精な顔が青くなり赤くなり。
それからもう一度青くなる。
うなだれ。
唇を噛み。
小さな声で呟いた。
「……わたくしの負けです」
「「「「「「イィィィィヤッホーーーーーー」」」」」」
そして響き渡る。
男達の凱歌。
それは。
いつまでも。
いつまでも。
いつまでも続いていた。
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