199X年・異世界は暴食の支配する廣野と化した!

はりせんぼん

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第8話1部 七辻の慈愛

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 消毒液の匂い。
 実は、割と嫌いじゃない。

 白い壁と白いシーツの空間は。
 子供の頃は特別な事が無ければ近づく事もできない世界で。
 何か、ヒーローの秘密基地に迷い込んだみたいで。
 熱にうかされた頭で、わくわくしていた記憶がある。

「ここでも、怪我をする人ってのはいるんだな」

 本日のミッション。工事で起きた傷病人の見舞い。

 ミイラ男が怨嗟の声を上げる修羅場。とかを想像して行ってみれば。
 皆、割と元気で暇を持て余していて。
 部屋に入るたびに、皆が立って挨拶をしてきたり、囲まれて握手攻勢を受けたり。
 部屋によっては、クラッカーやら歓迎の飾りやらが用意してあって。
 逆に恐縮してしまう。

「大規模工事ともなると仕方ありません。この規模では奇跡的な被害の少なさですよ」

 横に立つヘリアディス。
 彼女自身は医者の世話にはなったことが無いと言う。
 風邪や病気にかかったことが無いと言うのは、なんとなく分かるんだけど。
 怪我もしないでいられたのだろうかと疑問は残る。

「幼い頃から、私がいたのは箱の中ですので」

 相当顔に出ていたのか。半笑いで彼女はそう言った。
 こう見えて、彼女は貴族のお姫様で。
 幼い頃は不自由も多くあったのだろうか。

「とは言え、医者にはよく通っていましてね。女学校の頃ですが」
「エリュアレイ……ではなくて、もう一人関係かな?」
「ええ。アネイラという友人がおりまして。女学校に居た時は、よくよく彼女を送りに行っていたものです」

 二人はやたらと健康そうで。
 病気も怪我もしそうにない。
 病弱だと言うアネイラという娘が、その二人と共にいたというのが。
 不思議なような。
 何かしっくり来るような。

「仲が良かったんだな」
「ええ。終生の友情を誓った友達です」

 恥ずかしげに微笑む顔は。
 女学生の頃に戻っているようだった。

「それはそれとして。我としては死傷者が出ていることそのものが気になるな」

 もう一人の同行人。クレボルンは顎に手を当て考える。

「というと?」
「この我が殴ろうが蹴ろうが傷一つつかぬこの地で。どうして怪我など起こるのか。ましてや死者が出るなどと」

 格闘技に全てを賭けたこのエルフ。
 その暴力を遺憾なく発揮する手段を常に求めて生きている。

 本人から聞いた話しだと。
 寿命が存在しないエルフ達。
 一千年も生きるとやれる事もやるべき事もやり尽くし。
 後は永遠の暇潰しをするための人生だと言う。
 まあ、人生楽しそうで何よりです。

「まあ確かに。こんな世の中で病院が必要になるのは疑問ですが」
「病気になる者は一定量おるようですね。後は落下による骨折が殆どですね」
「ああ、段差があるから」
「ヘルメットの着用を義務付けたおかげで、致命的な怪我は避けられています」

 それは良かった。
 やっぱり、頭部の保護は重要だ。

 必ずずやろう、指差し確認。
 必ずつけよう、安全装備。
 必ず休もう、休憩時間。

 現代の安全基準の基本が、この世界には根付いている。
 誰がもたらしたかは知らないが、作業員の安全と優遇が、結局作業を早く進める原動力となる。
 その思想が根付いているのは素晴らしい事だ。

「つまり。高い所から落ちれば死ぬと言うことか?」

 きらーん。とクレボルンの目が光る。

「やりませんよ」
「何を言っているのか分からんが。市長殿は我の研究の手伝いをして頂けるという事だな」
「やらないって言ってるじゃないですか」
「市長殿の許可は求めておらぬのだが」

 じわり、と構えてにじり寄るクレボルン。
 対する俺もすり足で後ずさる。

「そこまでで願います。万が一にも主殿に何かがあったらどうするのですか」

 間に入るヘリアディス。
 馬の身体が壁になってくれている。
 とは言え、相手は億年殴り合いにすべてを捧げてきた奴で。
 馬を投げるとかも修行していそうだ。
 多分、している。

「そちらで試すのも一興であるが、さて」
「いや、いいですから。後でつきあいますから。ここでやって病院壊したら誰が弁償するんですか」

 医院は真新しくて傷一つ無い。
 こういうのに最初に傷をつけるのは気が引ける。
 何か、これから汚くなっていく事の責任を、最初に傷をつけた一人が負うようで。
 新車に乗る時も最初の傷がつくまでは土足禁止をマイルールにしています。
 そんな気分。

「大丈夫だろう? そもそもこの病院も市長殿のものだ」
「……正直な話。前から不思議に思っていたのですが」

 病院もさることながら。
 運河に線路。
 大河付近の港町。
 どんどん広がる田畑と領地。
 山には鉱山。
 地味に重要煉瓦の焼き場。

 そんな大量の施設が今、急ピッチで作られている。
 そこに毎日のように、大量の移民が入って行く。

 ガンガンと街が広がっていく様子は高度経済成長時代と言う感じで景気が良いのだが。
 ただ、不安ではあったが。
 聞きたくなかったので、全力で耳を塞いでいる事がある。

「こういった施設を作るお金ってどこから来てるんだ?」
「借金だが」
「……聞きたくなかった」

 一番聞きたくない回答だった。
 いや分かる。
 分かりたくは無かったが、分からない訳にはいかない。
 こういう大規模な物事は、基本的に借金がついて回る。

 事務所立ち上げの時も、大量の借金をしたものだ。
 やっと借金も返し終える目処が立った所だったんけどなぁ。

「やはり、竜皇国からの借り受けとなるのですか?」
「だとすると、竜皇国からの影響強すぎってまた言われるな」

 金も人員も竜皇国に依存している感は強い。
 最終的な手綱はこちらが握っているが、堀はどんどん埋められている。
 植民国家になる日も近い気がする。
 俺としては、それもやむなしの考えではあるのだけれど、そういうのを嫌う人もいて。
 この辺は本当に難しい部分だ。

「その点は大丈夫だ。今回の借金は竜皇国からは一銭も出ていない」
「それは安心しました」
「全額永世始原深淵竜皇エターナルエンシェントエンペラーシャドウワーム陛下の個人資産だ」

 ……わあ。

「というかそれは。あまり変わらないのでは無いんですかね」
「竜皇陛下自身は下々の事は興味が無いのでな。利子を払っている限り、口も出さない理想的な貸主であるぞ」

 いや。そういう問題ではなくて。

「……ちなみに、利子を払わないと」
「竜皇陛下は、ご自身が竜皇国最大戦力であるが?」

 ああ。
 そんなのを相手に不義理をする度胸があるなら、大抵の事は成功するか。

「しかし、何なのですかね。竜皇陛下ってのは」
「名実共に世界最強の個人。であるな」

 竜皇国の創始者にして永代皇帝。
 国家レベルの資産を持ち。それを惜しみなく貸し与える故、影響力は多大。
 個人戦力で、軍隊の一つや二つは軽く蹴散らす事が出来る。

「無敵じゃないですか」
「ドラゴンと言うものは。元来からしてそういうものだ」

「そして永世始原深淵竜皇エターナルエンシェントエンペラーシャドウワーム陛下は。『七辻の神』の七つの封印イスラエルのお一人でもあらせられます」

 鈴が鳴るような、綺麗で清楚な声がした。

 純白の乙女。
 そんな感じの女性だった。
 清潔に洗濯された看護服。
 その白さに劣らぬ白さの肌と髪。
 垂れ目ぎみの、おっとりとした顔立ちに。柔らかそうな身体つき。
 ピンク色に染まった長い耳は半ばで柔らかく垂れていた。

「アネイラ? どうしてここに?」
「お久しぶりです、ヘリアディス。貴方達の噂を聞いて来てしまいました。この地に神の教えを広める良い機会でもありますし」

 微笑む顔がよく似合う。
 そんな感じの女性だった。

「ごきげんよう、市長様。七辻の慈愛医院へようこそ。当医院の責任者。デ・アネイラと申します。以後お見知りおきを」
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