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三章

41. 皇帝

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 意識を完全に失いそうになったその時、とてつもない声量の怒号がその場に轟いた。

「ジーク! この、大馬鹿者が!!!!」

「!」

 その瞬間、驚いたジークは私の首を締めていた手を離した。

「げほっ! はぁあー、はぁー」

 締まっていた気管が突然開いて酸素が入ってくる。
朧気になっていた意識は徐々にハッキリとしていく。

 声のした方へ振り向くと、そこには白髪の背中が曲がった老人が立っていた。

「へ、陛下......どうして――」

「多めに見ていたら調子に乗りおって! この......!い、ててて腰が」

「陛下、あまり大声を出されるとお身体に触ります」

 老人の横にはなんだか生真面目そうな燕尾服を着た男が立っている。

(それにしてもこの人が本物の、皇帝陛下......)

「陛下? それにドリーさんもどうしてここに?」

「お久しぶりですシウォン様、スワム様、そしてジーク様。今日は陛下から大事なお話がありますので参りました」

「大事な話?」

 するとドリーと呼ばれた男は感情を出さずに淡々と話していく。

「ジーク、わしはお前の事を心配していた。実の母親を失ったお前を哀れに思い、今日の今日までお前の行動に目をつぶってきた、だが――」

「へ、陛下? 何を......」

 ジークは皇帝が現れた途端にあからさまに動揺し始める。

「私ももう歳だ。そろそろ王位を継承しようと思う。次の皇帝は――」

「ちょっと、陛下! 待ってください!」

 ジークが焦って皇帝を制止する。
 しかしその制止も虚しく名前を呼ばれたのは、

「――シウォン、お前だ」

「!」

「陛下!? 待ってください! 何を言ってるのですか......!?」

 その場が騒然となる。
 私も突然の事で、上手く状況が飲み込めない。

(シウォンがこの国の皇帝になるって......?)

「シウォン、スワム、今まで本当に迷惑をかけたな。特にスワム、お前が色々と動いてくれたからわしの負担はかなり減った」

「おお、もったいないお言葉です......陛下」

 その瞬間、スワムが深々と頭を下げる。

「陛下、待ってください! シウォンが皇帝に!? ありえない!」

「シウォン、今日になるまでよく耐えてくれた。そして十六歳、おめでとう」

「あっ、ありがとうございます陛下......」

 シウォンは嬉しさと驚きの混じった表情でお礼の言葉を述べた。

「そしてそなた、フィオネと言ったかね?」

「はっ、はい」

 突然名前を呼ばれてとっさにそんな返事をしてしまう。
 
(もしかして私、このまま怒られ――)

「そなたには一番感謝している。他ならぬ、シウォンを救ってくれた聖女だからな。スワムから全て聞いている。そなたが伝説の聖女の生まれ変わりだと言うことも。そなたの功績にはそれなりの待遇を約束しよう」

「陛下っ、陛下!!! 聞いてください!」

「もっ.......もったいないお言葉です」

 礼儀作法に疎い私は先程のスワムの真似をしてなんとか言葉を紡いた。

「父上!!!!!!!! 俺を見て!!!」

 その瞬間、ずっとジークを無視していた皇帝がすっと向き直った。
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