本物の公爵令嬢

Na20

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「今日はありがとうございました」


 途中、馬車でうたた寝するという失態はあったが、それでもとても楽しい時間を過ごすことができた。


「いや、それはこっちの台詞だよ。私の方こそ今日は付き合ってくれてありがとう。すごく楽しかった」


 屋敷を出たあと、馬車に乗り街へと向かった。
 どうやら初めて街に行くので、私に案内を頼みたかったらしい。
 そのために屋敷を訪ねてきたそうだ。
 けれど残念ながら私も街へ行くのは初めて。
 嘘をつくわけにもいかず、そう正直に伝えると、

『それじゃあ一緒に色々見て回ろうか』

 そう言ってくれた。
 そしてその言葉のとおり二人でたくさん街を見て回ったのだ。


「私もすごく楽しかったです」

「それならよかった」


 何もかもが初めてだったからか、どれもがキラキラ輝いていて。
 久しぶりに心から楽しいと思えた。
 この感情を与えてくれたテオハルト様には感謝しかない。


「あっ、そういえばこの服……」


 いけない。楽しくてつい忘れそうになってしまった。
 使用人の服のまま屋敷を出てきてしまい、さすがにこのままではどうかと頭を抱えていたところ、馬車が最初にたどり着いたのは洋品店。
 なんとそこでテオハルト様に服を買っていただいたのだ。

 テオハルト様は既製品の服で申し訳ないと言っていたが、それこそとんでもない。
 今着ているこのワンピースは、今まで私が着た服の中で一番上等だ。
 それにまるで自分のためだけに作られたかのように、サイズがぴったり。

 孤児院では新しい服がなかなか買えなかったから、小さくなった服を無理矢理着たり、大きい服を引きずって着たりしていた。
 公爵家に来てからもそうで、最初のまだマシだった生活でも、今思い返してみれば自分の体に合った服を着たことがなかった。
 学園の制服も、初めだけはサイズは合っていたが、入学して時間が経った今は、サイズが合わなくなってきている。
 でもそんなこと公爵が気にする、いや気づくわけもなく、リリアンだけが毎年新しい制服を身に纏っていた。

 だからこのワンピースは何物にも変えがたいもの。
 けれど婚約者ではない男性から服をもらうわけにはいかない。


「それはミレイア嬢に贈ったものだから、そのまま受け取ってもらえると嬉しいな」

「……ですが私には婚約者がおります。それにテオハルト様とテオハルト様の婚約者様にもご迷惑がかかりますから……」


 今日は勢いで出てきてしまったが、本来婚約者以外の男性と二人きりで出掛けるのは、はしたないと言われる行為。
 たとえ私が肩書きだけの婚約者であるとしてもだ。

 それにこれまで話を聞いたことはないが、テオハルト様はランカ帝国の皇子。
 きっと婚約者がいるだろう。
 婚約者の方からしてみれば、いい気分ではないはず。
 学園でもテオハルト様の優しさに甘えてしまっている。
 だからこれ以上は……


「私に婚約者はいないよ」

「え?」


 帝国の第二皇子に婚約者がいない?
 テオハルト様は私と同じクラスにいるが、年齢は二つ上だ。
 なんならすでに婚姻を結んでいてもおかしくない。
 それなのに彼は婚約者がいないと言う。
 そんなことがあるのか。それとも何か事情でもあるのだろうか。


「それに今日のことは国王に許可をもらっているしね。だからミレイア嬢が心配することはないよ」

「国王陛下が……?」


 まさか国王陛下から許可が下りているとは思ってもいなかった。
 普通ならあり得ない。
 けれどその相手が帝国の皇族なら、いくら国王陛下であろうと文句など言えないということだ。
 息子の婚約者と街へ行くくらい、ランカ帝国との関係を悪化させるよりはマシだと判断したのだろう。

 それだけランカ帝国が強大な国だということだ。


「ああ。国王は快く許可してくれたし、私には婚約者はいない。……だからどうか受け取ってもらえないかな?」

 (っ!)


 少し首を傾け、私を見るテオハルト様。
 そんな目で見られたらとてもダメだなんて言えそうにない。
 それに心臓がドキドキして落ち着かない……。

 テオハルト様と一緒に街を見れて本当に楽しかった。
 その思い出だけでも十分なのに、こんな素敵な贈り物まで。本当にいいのだろうか。


「……私には何も返せるものがありません」

「構わないよ。君が笑ってくれるだけで十分だ」


 なんて優しいのだろう。
 私を取り巻く状況を知ってもなお、テオハルト様は変わらない。
 こんな時がずっと続けばと密かに願ってしまう。

 けれどその願いが叶わないことは分かっている。
 この時間はテオハルト様がこの国にいる間だけ。
 それならば少しでも楽しい思い出をと、願わずにはいられなかった。


「……ありがとうございます。大切にします」

「またこうして一緒に街に行こう」

「はい」


 私たちは街をあとにした。
 そうして太陽が沈み、空が暗くなってきた頃に屋敷に帰ってきた。
 テオハルト様とは笑顔で別れたが、おそらくこのあとは寝る時間さえも与えられず、仕事を押しつけられるのだろう。


 (あら……?)


 しかし私の予想とは裏腹に、誰から何も言われることはなかった。
 プライドを傷つけられた公爵が、あのまま黙っているわけないと思ったが珍しいこともあるものだ。
 そんなことを考えながら、固いベッドに横になる。
 こんなに早く眠れるのはいつ振りだろうか。

 今日は何も言われなかったが、明日は分からない。
 少しでも早く寝ようと、すぐに目を瞑った。

 今日は本当に楽しかった。
 この時間がずっと続けばいいのにと願ってしまうほどに。
 けれど現実はそう甘くないことを知っている。
 果たして私はこの先どうなるのか。
 その問いに答えてくれる人は誰もいない。

 楽しい思い出の横で、漠然とした不安を抱えながら私は眠りに就いたのだった。

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