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目の前で私を守ってくれたのは、おそらく皇太子殿下の手紙に書かれていた者なのだろう。剣の扱いに慣れているようで、シェザート殿下を剣ごと弾き飛ばしていた。
「シェザート!?」
「シェザくん!」
私が剣の腕前に感心していると、シェザート殿下の元に王妃とアンバー男爵令嬢が駆け寄っていった。あの様子ならすぐには動けないだろう。私は今のうちにお礼を言わなければと黒い髪の人物に近づいた。
「あの……っ!」
―――フワッ
近づいた瞬間、爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。
(この香りは……グリーンライム?)
私が馴染みの調香師に頼んで作ってもらった、この世にたった一つしかない彼のための香り。彼は焦げ茶色の髪であって黒い髪ではない。だけどなぜか目の前の人物に、彼の姿が重なって見えた。
「……ラルフ?」
思わず彼の名前が口から出てしまい、それに気づいた黒い髪の人物が振り向いた。
「っ!」
漆黒の髪にルビーのような赤い瞳、そしてグリーンライムの香りを纏う美しい男性。
(どうして気づかなかったの……!)
この世界で黒は高貴な色とされている。なぜなら、とある国の尊い血筋にしか表れない色だからだ。髪の色を認識した時点で気づくべきであった。
「遅くなってごめん。大丈夫だった?」
振り向いた男性が心配そうに私の顔を覗き込む。声もその表情も私の知っている彼と同じだ。
「あ、あなたは」
私が疑問を口にしようとした時、弾き飛ばされ床に張り付いていたシェザート殿下が叫んだ。
「き、貴様何者だ!俺はこの国の王太子だぞ!こんなことして許されるとでも思ってるのか!」
あのような状態になっても変わらぬ態度には呆れるしかない。
「……クスッ。本当に残念な男だね」
「なんだと!?」
「周りをよく見てみなよ。ほら、君の父親は私が誰だか気づいているみたいだよ?」
国王の顔色は血の気が引いたように青白く、ガタガタと震えていた。
「そ、そんな……」
「父上!この無礼者は誰なんですか!」
「お、愚か者!その口を一刻も早く閉じるんだ!」
「ち、父上?なぜ……」
「この国の王太子がこれでは、この国の未来は暗いね」
「なっ!」
「まぁ仕方ない。このままじゃ埒が明かないから馬鹿にもわかるように自己紹介しようじゃないか。私の名前はラルフロット・フォン・メルトランス。メルトランス帝国の皇太子だ」
◇◇◇
私の思った通り彼は今朝手紙をくれた、メルトランス帝国のラルフロット皇太子殿下だった。それにまだ疑問はあるものの、彼は間違いなくラルフ様だ。
(どうして……)
すると皇太子殿下が一度こちらに顔を向け、私にだけ聞こえる声で話しかけてきた。
「……今は早くこの件を片付けてしまおう。これが終わればいくらでも質問に答えるよ」
皇太子殿下に言われハッとした。
(そうよ、戸惑っている場合じゃないわ。今は婚約破棄に集中しないと。その他のことは後で考えればいいわ)
戸惑いを払拭した私は皇太子殿下に告げる。
「……その言葉忘れないでくださいね。私、結構根に持つタイプなので」
「もちろんだ。覚悟しておくよ」
皇太子殿下は笑いながら頷いてくれた。私は気合いを入れ直し、望む結末を手に入れるために再び動き出す。
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