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*****Opération“Šahrzād”(シェーラザード作戦)*****

Captain Ema Walker Ⅰ(エマ・ウォーカー大尉)

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 フランス軍やアメリカ軍も必死でバラクの行方を追っているが、トリポリ郊外に潜んでいるという情報以外に、決定的な情報は掴めていない。
 ただ毎日郊外をVBLやハマーで走り回り、道行く者たちの中にバラクが居ないか探しているだけ。
 仮にパトロール中に運よくバラクを見つけたとして、それからどうするのだろう?

 ハンスからの命令は、即応部隊に位置を知らせて待機。
 ただ、それだけ。
 1人のチンピラじゃない。
 小型車両で奴を発見しても、即応部隊の到着まで何もできないでいると、当然その間に奴は逃げる。

 そのあと、どうするのか……。

 なんだか、みすみす取り逃がしてしまうような命令に苛立ちを覚える。
 もし、命令さえなければ、その場で射殺してしまえば任務は完了するというのに。
 ただし、これはバラクの正体が、叔父でなければのはなし。

 パトロールから戻り、そんなことを考えながら小休止の時間に紅茶を飲んでいると、ニルスがやって来て、俺に声をかけた。
「なにか、作戦に不満がありそうだな」
「ニルス少尉。良くわかりましたね」

 隠さないで正直に答えた俺の言葉に、ニルスは少し顔を曇らせる。

 俺が胸の内を正直に答えたから顔を曇らせたわけではない。
 ニルスは、俺に敬語を使われるのが、ただ単に嫌なのだ。

 入隊する前の一週間は普通に話していて仲良くなった。
 だからそのまま話してくれればいいと言うが、階級の上下関係を最も重んじる軍隊に入隊した以上、それはできない。

「パトロールはもう終わったの?」
「いえ、夕方前にもう一度行きます」

「ナトちゃんのことだから“バラクを見つけ次第射殺してしまえばいいのに、即応部隊を待っていたら逃がしてしまう”そんなことでも考えていたのかな?」

 二人っきりやハンスと三人とき、ニルスは俺のことを軍曹とは呼ばないで、ナトちゃんと呼ぶ。
 ハンスには、その都度注意されてはいるが、聞きはしない。

「バラクを見つけ次第射殺する事は、ナトちゃんにとって簡単なことなんだろうな。僕には出来ないけど。でも、それはNG。なぜなら奴は沢山の情報を持っているし、殺しても代わりになる奴も何人か居るだろう。実際にパトロールと即応部隊とで奴を捕まえるのは大変だけど、これは続けることに意味がある」

「と、言うと?」

「常に我々が奴を見つけ出して捕まえるために、うろつき回る。何度か見つけ、何度か見逃したとしても徐々に捜索の範囲は狭まり見張られているという意識の中で奴は動きにくくなる。街から逃げ出そうものなら、直ぐに検問に掛かるから逃げられない。必然的に奴と奴らの行動範囲は狭くなる。そして最後は捜索の輪の中から逃げられないまま、奴も奴の代わりも、こちらに捕まえられるってわけ」

「なるほど……」

「まあ、持久戦だけどね。でも、奴らの持っている情報は大きいよ。どこに武器を蓄えているとか、奴らの仲間がどこに隠れているとか、資金源とかね」

 事を焦らずに、恒久的な被害を最小限に抑えるということだと思った。

 力で押せば、押し返される。
 先進国では大昔の戦争と違い、兵士といえども、その命の重さが大切にされる。
 もっとも、敵の命はまでは重要視はされていない。

 話しているうちに、ハンスを乗せた即応部隊の装甲車も戻ってきて、人だかりができた。
 ほぼ全員が補給部隊とかの、若い女性隊員。
 自分では、鼻つまみ者だと言っていたくせに、なかなか凄い人気者。

 確かにどこかの俳優みたいな端正な顔立ちとスタイルだから、女子がキャーキャー黄色い歓声を上げるのも頷ける。

 ハンスが無事帰ってきたことにホッとする一方、別に妬いている訳ではないけれど何故か取り囲もうとする女子たちの声に少しイラっと来て、そしてその女子たちに目もくれず直ぐに俺を見つけて歩いてくる姿に胸の奥が少し暖かくなる。

 ほんの少しのことに、心がコロコロと動かされてしまうのが、なんだかもどかしい。

「気になる?」
「何が?」
「いや、なんでもない」
 そう言うとニルスは席を立った。



 夕食前に国軍と合同で全体ミーティング行った。

 いまだにどの班もバラクを見つけられずにいる。

 ミーティングにはアンドレ基地司令の他に、DGSE(対外治安総局=Direction Générale de la Sécurité Extérieure)のエージェントも出席していた。
 しかも女性。

 彼女の名は“エマ・ウォーカー”階級は大尉。

 背丈は俺よりも少しだけ高くて180㎝くらい。
 髪の色は濃い茶色で、眉毛も濃いアラブ系の美人。
 年齢は30代くらい。
 体つきは良く、男に交じって戦闘もできそうだが、女性としての体系は確り維持されていて胸がでかい。

 俺が彼女の胸を見ていることを気づいたのか、目が合ってしまい俺は慌てて目を逸らした。

 トリポリ郊外にバラクが潜んでいると言う情報は、彼女たちDGSEによるものだが一向に成果が上がらないので、兵士の多くはエマ大尉を歓迎するムードではなかった。

 パトロールのたびに反政府系住民に投石されて、うんざりしていたし、もし見つけても即応部隊を待たなければならない。
 運よく見つけることができたとしても即応部隊が車で現地に留まるように指示されていて、たった3人の隊員で敵に取り囲まれることになる。

 いくら投石されても、一般市民は撃てないことは皆分かっている。
 けれども、その中にザリバン兵が居ないという確信はなく、その場合、最大で3名しか乗れないVBL装甲車では不安だと言う意見は前々から出されていた。

 フランス国軍側で掃討作戦の指揮を執る、ミラー少佐がこれまでの作成経過を苦い顔で淡々と話していたが、最後に語気を荒げて言った。

「兵たちはDGSEの指示に従って、毎日危険な地域をパトロールしている。更に強化せよと言われるから外人部隊の特殊部隊LéMATにも協力を仰いだ。正直、隊員を危険に晒すだけの価値はあるんだろうな、あんた方の情報は!」

 何名かの兵士がパラパラと拍手を送ろうとして、アンドレ基地司令の咳払いが、それを止めた。

 ミラー少佐はそのままドカンと音を立てて椅子に腰を下ろす。
 怒るのも無理はない。
 毎日現地民に中指を立てられて、瓦礫や石を投げられる。
 時にはベランダから鉢植えを落とされることもあり、民間人相手になにもしてはいけない兵士たちのストレスは溜まるいっぽう。
 車両だって傷だらけで、中には防弾ガラスが割られたモノもあった。

 次にDGSE(対外治安総局)のエマ大尉が報告する。

「毎日のパトロールご苦労様です。DGSEも民間人エージェントを中心に、その危険な反政府系の民間人に交じって日夜捜索に全力を尽くしています。ですが不思議な事に弱音は聞いたことがありません。今回のミラー少佐の貴重なご意見は、任務に対する意識に開きがることだけ肝に銘じておきます」

「ちっ!」
 どこからともなく舌打ちをする声が聞こえた。

「さて、国軍の意識は承知しましたがLéMATのほうはどうかしら?」
 エマ大尉がハンスを見て回答を促す。

「なにも」

「なにも?」

「そう。なにもだ」
 ハンスの回答に、エマ大尉の困惑した様子が見て取れた。
 でも、ハンスの無回答は正しいと思う。

 市街に潜入しているエージェントの話が出た後では、肯定も否定も二つに割れたどちらかの肩を持つことになる。
 任務に対して肯定すればDGSE。
 否定すれば国軍。

 そして、今は仲たがいしている場合ではない。

「わかったわ、それでは新たな作戦は、ハンス中尉の外人部隊に任せます。作戦名は“Šahrzād”内容については、この後ハンス中尉とナトー2等軍曹に伝達します。国軍は引き続き現作戦を継続」

 そしてミーティングは終了し、皆テントから出て行ってしまった。

 残ったのはアンドレ基地司令、ミラー少佐、それにエマ大尉と、ハンスと俺の5人だけ。
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