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Julie(ジュリーとの出会い)

[Departure day from Rouen(ルーアン出発の日)]

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 7月20日、いよいよパリに旅立つ日。

 朝、中隊本部で移動許可証を貰い、その次に仕立て屋で出来上がったシャツとネクタイをもらい、お次はクリーニング店に制服を取りに行く。



 7月の青い空が輝く中、街を歩いてクリーニング店のドアを潜ると、ドアに掛けられたカウベルがチリリンと可愛い声を鳴らす。

「ドイツ空軍のルッツだが、制服一式を取りに来た」

「あー……少々お待ちください」

 受付に出て来た若い女性店員が、何かマズいことでもあったように対応して直ぐに慌てて奥に消えていった。

 奥から「取りに来たよ!」という声とオバサンらしい声と「靴はこれで良いの?」「ベルトはこっち」と騒々しい。

 何もすることがないので、カウンターに突っ立ったままボーっと見るでもなく店の奥を眺めていると、カウベルが次の客が来た事を知らせる。


「少し時間が掛かりそうね」

 不意に声を掛けてきた女性が、呼び鈴を鳴らす。

 この、俺のハートを揺るがす綺麗な声と、呼び鈴を押した白くて張りのあるしなやかな指には見覚えがある。


 “ジュリー!”


「やあ、昨日はどうも。いったいどうしたの?」

 制服に略帽を被った彼女が俺の問いに応えるよりも一瞬早く、さっきの若い店員が飛んできたので、彼女は店員に要件を言った。

「ジュリー・クレマンですが昨日大至急で出した服を取りに来ました」

「あー……少々お待ちください」

 店員は、またしても何かマズいことでもあったように慌てて奥に消えていくと、奥から「また昨日の大至急のお客さんかい!?まったく近頃至急至急って、忙いったらありゃしない。まったく、どうなっているのかねえ」と、オバサンの声が聞こえてジュリーと2人、お互いの顔を見合わせて笑った。


 俺はクリーニング店の一室を借りて、出来上がった制服に着替え、脱いだ野戦服をそのままクリーニング店に預けた。

「どうしたの?まるで見間違えるほど立派に見えるわ!それにしても国防軍の制服とはずいぶん違って洒落ているのね」

「ああ、空軍はトゥーフロックと言って、この開襟タイプが正式な制服になるんだ。いつも着ているのは野戦戦闘服。カッコイイ?」

「ええ、色も青っぽいグレーで、とてもお似合いよ。俳優さんみたい。でも、どうしたの?」

「ちょっと面倒な命令を受けて部隊を離れる事になった」

「内勤?」

「いや、少尉に昇進するために、パリに居る連隊長に会いに行かなければならない」

「ルッツ少尉に敬礼!」

 ジュリーは女性事務隊員(補助婦)用の開襟の薄いグレーの服を着て敬礼をしてきたので、俺も返礼を返した。


「いつパリに旅立つの?」

「今日」

「今日!?何時の列車?」

「15時17分発予定の、パリ行き」

「チケットは?」

「あるよ」

「見せて!」


 言われるままポケットからチケットを取り出してジュリーに見せると、彼女にしては珍しく俺の手からチケットを奪い取る様にして見ていた。

「誰に貰ったの?」

「オットー中佐だけど」

「いつ?」

「一昨日」

「……」

 しばらく何か考えている様子だったが、急に俺の腕を取ると彼女は走り出した。


「おいっ、一体どこへ連れて行くつもりだ」

「これからの予定は?」

「いや、列車の出発までは特に何もない」

「お昼は食べた?」

「まだだけど」

「じゃあ叔父の家で食べましょう!」

「いいよ」

 俺にとっては願ってもないこと。

 列車の発射までまだ充分時間あるから暇を持て余すのが憂鬱だったけれど、その暇な時間をジュリーと過ごせるなんて、なんてラッキーなんだ。



 ジュリーに引かれてお店に入ると、直ぐに叔父さんに1人分の昼食を注文して、彼女はそのままお店の階段を昇って行った。

 昼食のバケットサンドとカフェオレを食べ終わった頃、ジュリーが階段を駆け下りて来て俺を呼ぶ。

 何かと思いながらも、最後のカフェオレをグッと飲み干して階段を上がると、なにやら蒸気が漂っている。

 “風呂?”

「さあ脱いで頂戴」

 そう言うと、いきなりジュリーは俺が着ている制服のボタンを外しだした。

 “えっ、なに!?”
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