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To Paris(パリへ)

[Vernon Ⅱ(ヴェルノン)]

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 レストランで、またあの少佐に出くわすのは嫌だと思っていたが、奴はもう既に食べ終えたのか店には居なかった。

 まあ俺たちが並んでいるのは行列の最後の方だから、料理にありつけるとも限らない。

 テーブルに着くと、直ぐに給仕係の女性が来た。

 表情が強張っている。

 まあ俺たちは2人ともドイツ軍の服装だから、無理もない。

 給仕係の女性が、ボソボソと何かを話す。

「Excusez-moi, mais le plat de poisson est terminé」

「Pouvez-vous servir des plats de viande?」

 それに対してジュリーが応対する。

「Un peu」

「Pouvez-vous faire des sandwichs?」

 ジュリーの言葉に、給仕の女が初めて笑顔を見せて答える。

「C'est bon. Il y a aussi du jambon, donc vous pouvez en faire beaucoup」



「注文は私に任せてくれる?」

「いいよ。サンドウィッチで」

「じゃあ、飲み物は何にする?」

「んー……折角だからワインでも飲もうかな」

「じゃあ、任せて」

 ジュリーが給仕に注文をする。

「Sandwich et soupe pour 2 personnes. Boire du rosé」

「Je vous remercie. Vous êtes bon en français」

「Merci」

 給仕の女性は来る時と違って、可愛い笑顔を向けて厨房に戻って行った。



「なにを話していたの?」

「急に列車の客が押し寄せて来たから、仕入れの関係で提供できる料理が無くなったそうよ」

「それで、サンドウィッチ」

「良く分かったわね」

「サンドウィッチはドイツ語でも一緒だし、西欧でスペイン以外では共通言語だからね」

「それ本当なの?」

「本当さ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、スイス、オーストリア、ベルギー、ルクセンブルクはともかく、ポルトガル、ギリシャ、セルビア、クロアチア、スロバキアにルーマニア、アルバニア、ハンガリー、遠くはトルコにウクライナ、アラビアや日本まで通用するんだ」

「良く調べたわね」

「大学の時にね。他所の大学に行っていたから、とにかく言葉や食べ物に興味があって調べた。食べ物は偉大だね。17世紀まではその土地土地で色んな名前で呼ばれていたものが、18世紀にサンドウィッチとして呼ばれる様になると、産業革命と一緒に世界中に広まってしまうのだから」

「面白いわね。ところで大学はドイツじゃなかったの?」

「ああ、当ててごらん」

「英語が出来るから……アメリカね!」

「正解!だけど、どうしてイギリスだと思わなかった?」

「そうね、それは自由な感じかな」

「自由な感じ?」

「そう。アナタには自由を愛する雰囲気があるもの。そんな人、形式や格式を重んじるヨーロッパの文化圏には殆ど居ないわ。でも、どうしてアメリカに?家が裕福だったから?」

「家は裕福ではなく、どちらかというと貧しい方だと思う。だから密航して渡った」

「まあっ!」

 ジュリーが驚いたとき、丁度給仕の女性がサンドウィッチとロゼワインを持ってきた。



 出されたサンドウィッチはバケットにハムやチーズ、それに野菜が盛り込まれたものと、ドイツ人が喜ぶようにとソーセージが挟んであるものの2種類があり、スープは温かい野菜スープ。

「夕食にサンドウィッチなんて、ごめんなさい」

「そんな事アメリカでは珍しくないよ」

「そうなの?」

「うん。あそこは自由主義に加えて合理主義も発展しているからね」

「合理主義とサンドウィッチの関係は?」

「手軽で栄養用のバランスも良い。しかも調理が簡単で、食後の洗い物も少なくて済むだろう?」

「つまり、働く主婦にも優しいってことね」

「そう。その分、女性は思いっきり仕事が出来るって言うわけで、それがアメリカの生産力を支えている」

「なるほどねぇ~……」

 ジュリーがサンドウィッチを食べる手を止めた。



「どうした?」

「でも、直ぐに終わってしまう夕食なんて、チョット味気ないな。そりゃあ朝は忙しいから軽いもので済ませたいけれど、夜は沢山のお料理を用意して、ゆっくりテーブルを囲んでいたいなぁ」

「気の持ちようさ」

「気の持ちよう?」

「例えば、あの嫌な少佐の家に招待されてフルコースを御馳走になるとしたら?」

「うわっ、止めてよ!たとえ話にしても酷すぎるわ。想像しただけで鳥肌が立っちゃう!」

 ジュリーが自身の両腕を摩る。

「逆にサンドウィッチだったとしても、こうして会話が弾み楽しい時を過ごせることもあるだろう?」

「そうね。パートナー次第ってことね」

「そう。それに君が選んでくれたこのロゼ・ダンジューの様に」

「ロゼ・ダンジューの様に?」

 問いかけるジュリーにワイングラスを軽く持ち上げて言った。

「綺麗で、眼で俺を魅了するばかりでなく、力強くて、ほんのりと甘い」

「まあっ!アメリカ仕込みのプレイボーイさんね」

「まさか、俺は苦学生だったから恋なんて無縁だ」

「本当かしら」

 本当、あの頃は学費と生活費を稼ぐために、暇さえあれば働いていた。



「ジュリーの美しさに」

「ルッツの武運に」

 2人でグラスを持ち上げて、乾杯をした。
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