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battle in Paris(パリでの戦い)

[Les aveux de Julie Ⅰ(ジュリーの告白)]

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 礼拝堂の入り口にはジャンヌ・ダルクのような、鎧を身に纏い剣を持った女性の像が立っていて、中に入ると祭壇にはマントを羽織ったマリア様の像があった。



「座りましょう」



 ジュリーに促されて椅子に腰を下ろすと、彼女は俺の隣には座らず、前の列にある椅子の向きを変えて俺の正面に座った。

 真直ぐな瞳が、俺を捕える。

 その白い部分は優しさを、青い部分は哀しさを、そして中心に僅かにある黒い部分は真実を訴えていた。


「なんでも話すわ」

「……聞きたくない」


 聞きたくないと言えば嘘になる。

 けれども聞いて何になる?

 ジュリーがレジスタンスだったとして、それが俺に、俺の将来に関係あるわけでもない。

 この休暇が終われば、またどこかの戦場に飛ばされ命を削るだけ。

 それを繰り返しているうちに、いつかは削り取る部分が無くなってしまう。



 連合軍の進軍状況など俺には分からないが、彼等の第一の目的がパリ解放である事だけは確かだろう。

 カーンを堕とされたいま、直にルーアンも堕とされパリも堕とされる。

 つまり、今夜ここで別れた後は、金輪際ジュリーと会える機会は無いと言うわけだ。

 だから、真実を追求しても意味がない。

 しかし、どうやらジュリーの考えは違うようで、聞きたくないと答えたにも拘わらず話を始めた。



「いいわ、じゃあ私が勝手に喋るから。嫌になったら話の途中など気にしないでいつでも帰っていいわ。そして質問があれば、なんでも答えてあげる」

「……」

「私は叔父のお店でオットー中佐が言った通りレジスタンスです。今まで騙していて御免なさい」

「……」

「パリに来たのは、死んだ親衛隊の将校が言った通り、ヒトラー暗殺計画の件です。どうしてレジスタンスの私が、そのような重要事項を知っているのか驚かれると思いますが、黒いオーケストラと呼ばれる反ナチス派の高級将校たちの動きは私たちスパイによって全て連合軍に伝わっているし、彼等もまた私たちスパイを使って連合国とのコンタクトを計ろうとしていたの」

「……」

「私はフランスに居るドイツ軍の有能な将軍と、カーンに居る連合軍の将軍との終戦協定の会談の橋渡しをするためにやって来ました。実現すれば国防軍はフランスから撤退する予定でしたが、ヒットラー暗殺は失敗しましたので戦争はまだ続くでしょう」



 俺はジュリーの話しを聞きながら、自分がどうすれば、どう答えればいいか分からなかった。

 ジュリーがレジスタンスで、しかも連合軍のスパイだったなんて聞かされれば、俺も辛い。

 でも、いま一番辛い思いをしているのは、俺なんかじゃなくジュリー本人なのだ。

 それを思うと、蛆虫の様にただ黙っていることしか出来ない自分が情けなかった。


 しかし、ちゃんと話さなければ、と思い口を開いた。


「何故、俺に近付いた」


 だが戦場暮らしがスッカリ板についてしまった俺の口からは、思いやりに欠ける言葉しか出なくて、後悔した。


「見ていたの」


「見ていた!?」


「そう。アナタが教会に集められて、今にも銃殺されそうなフランス人たちの盾になってくれたあの場面を」


「あの中に、君も居たのか!?」


「いいえ、私はあの中には居ません。私たちは近くの林の中から、様子を窺っていただけです」


「どうして、そこに居た?」


「負傷した仲間を助けていたの。あの村にレジスタンスの負傷者を入れてしまえば、村人に迷惑が掛かるから」


「つまり村に入る前に負傷者を止めたと言うわけか?」


「そうです」


「村の人達は、そのことは?」


「知りません。ですからアナタのしたことは全て正しい行いです」


「どうして助けようとしなくて、見ていた?」


「親衛隊に囲まれ、周りには街に入るドイツ軍ばかり。その中で、私たちレジスタンスは何もできずに捕らわれた無実の人たちを見守る事しか出来ませんでした」


「見捨てるつもりだったのか!?」


 思わず、口から出た言葉に、酷いことを言ってしまったと後悔した。

 もし彼女たちが戦ったとしても勝ち目は全く無いばかりか、集められた人たちを救う事も出来ずに死体の数が増えるだけ。




「すまない。酷いことを言ってしまった」


「いいの。アナタの言う通りだもの」


「オットー中佐は、そのことを?」


「何も知らないわ。あの人はフランスの最善な統治に頭を悩ます善良なドイツ人よ」


「じゃあ暗殺計画の事も?」



「一切、知らない」

「じゃあ、どうしてパリに?」


「私をパリに派遣させたのは、もっと上の人よ」
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