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Liberation of Paris(パリの解放)

[To the important person I(大切な人のもとへ)]

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「それでは、私はこれで失礼します」

「ああ、ありがとう」



 部屋を出る私をジョンソン中尉がエスコートしてくれる。



「ジュリー、今夜はどこに泊まる?」

「どこにも泊まらないわ。私は直ぐにパリに戻る」

「何故!?今夜の決定次第では明日にでもパリは解放されるんだぞ。危険を冒して戻らなくても、解放軍として一緒に入城すればいいじゃないか。フランスの国旗を掲げる君は、まるでジャンヌ・ダルクだ」

「パリには私の仲間が居るの。だから……」

 そこまで言った時、不意にジョンソンに体を引き寄せられ、その厚い胸の中に包み込まれた。

「なっ、何をするの!」

「もう、君の任務は終わったんだ」

「離して!」

「離したくない。ずっと前から、受話器から聞こえる君の声に憧れていた。そしてカーンで初めて会ったときに俺の憧れは恋に変わった。それからずっと俺は君の事が……頼むから、もうこれ以上危険な場所に行かないでくれ!」


「ありがとう。でも、行かなければならないの」

「パリが解放されれば、直ぐに仲間に会えるじゃないか」


「自分たちの土地が攻撃にさらされていないアメリカ人のアナタには分からないかも知れないけれど、国のために戦っている仲間とはたとえ良いことでも悪い事でも最後の一瞬まで一緒に居たいの。それに……」

「それに……?」



「とにかく私はパリに戻らなければなりません。ごめんなさい!」

 ジョンソン中尉の腕を振り解いて、車に走った。

 懇意にしてくれるのは有難い。

 けれども、その全てを受け入れられるほど私は神じゃない。

 私は車に飛び乗って、最後までジョンソン中尉の方には振り返らないで、パリに向かって車を出した。






 暗い街並み。

 ドアの外で発進するジュリーの車を、ただ茫然と立ち尽くし見送っているジョンソン中尉。

 ゆっくりとその背後にある木製のドアが隙間を開け、橙色のランプの灯りが漏れる。

「敗戦か?」

 ドアから出てきた背の高い男が、そう言ってジョンソン中尉の肩に軽く手を乗せる。

「敗戦ではありません。1回目の攻撃が撃退されただけです」

「被害状況は?」

「軽微……と言いたいところですが、思った以上に甚大のようです」

「一時、撤退か?」

「そうです。でも諦めた訳ではありません。直ぐに体勢を立て直してみせます」

「彼女は手強いぞ」

「望むところです」

「そうか、でもこればかりは応援部隊は出せんぞ」

「承知しています」

「まあ、頑張れ」

「はい!」

 背の高い男はフフフと笑って、中尉の肩に乗せた手でポンと肩を叩いてドアの奥に消えた。

 ジュリーの去って行った先をズット見つめていたジョンソン中尉も、また背の高い男に続くようにドアを開けて家の中に入って行った。





 真っ暗な夜の道。

 車を走らせるジュリー。

 開けられた窓から勢いよく風が入り込み、ジュリーのブロンドの髪をなびかせる。



 ジョンソン中尉に何故パリに戻るのかと聞かれたとき、苦楽を共にしてきた仲間と最後まで一緒に居たかったと答えたが、こんなに慌てて帰らなければならない理由は他にもあった。


 正直に私の心を打ち明けるなら、それはパリにルッツが居るから。


 確かにマルシュは信頼できる。

 でもパリには、まだ沢山のレジスタンスが居て、そのひとつひとつの組織までは管理できはしない。

 もし、ルッツの身に何かあれば、私は生涯後悔する事だろう。

 正直に本当の気持ちを打ち明けたかった。

 しかしルッツはドイツ兵。

 そんな事はアメリカの軍人に言えるはずもない。





「隊長、これから僕たちはどうなるんでしょう……」

 夜中。

 歩哨に着いていた俺に、交代にやって来たホルツが尋ねた。


「分からん。カーン以上の市街戦になるかも知れんし、まるで違う事になるかも知れん」

「まるで違う事?」

「ひょっとしたら、殆ど戦う事が無いかも知れない。と、言う事だ」

「何故、そう思うのです?」

「パリはフランスの首都であり、象徴であり、歴史だ。俺たちが故郷を思うのと同じように彼等もまたパリを大切に思っているはずだ。出来る限りこの美しい街並みを傷付けたくはないだろう」



「ルッツ少尉、戦争って一体何なのでしょう?」

「さあな。俺は兵隊だから、そんな事を考える必要はない」

「……」

「と、今までは思ってきた。だが、これからは俺達兵隊もチャンと戦争の意味を考える必要があるのかも知れない」

「そ、そうですよ、屹度!」

 ホルツは新兵で若いがナカナカ頭が良い。

 だから入隊して、配属されて、実際に戦場に出て、既にその事に気が付いていたのだろう。

 なのに俺ときたら、敵兵を殺し、戦車をぶっ壊し、勲章をもらうだけの殺人マシーン。


 俺たち兵隊を戦場に送り出して殺し合いをさせている側にとって、もっとも便利な駒に成り下がっている自分に漸ようやく気が付いた。

 今更、平和を唱えたって何にもなりはしないが、これからは戦争についてよく考えながら行動する事にしよう。

 俺が管理できるのは、たった10人も居ない分隊か50人以下の小隊だけど、考える事によって必ず何かが変わってくるはず……。

 いや、変えなくてはならない。
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