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Surrender, retreat, or die(降伏か撤退か、それとも死か)

[Second Lieutenant Mark Kruger Ⅱ(マーク・クルーガー少尉)]

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「どうやら君はあの夜、運悪くドイツ軍の脱走兵に出くわして、襲われたらしい」

「襲われた!?」

 慌ててシーツを体に巻き付けると節々に痛みが走り、それを見たマーク・クルーガー少尉は“大丈夫か?”と声を掛けてくれたあと、襲われたのは貴女ではなく車が目当てだったと言って笑い経緯を話してくれた。



 あの夜、車を翔ばしていた私は2名のドイツ兵の待ち伏せに会った。

 目的は、私が乗っている車の強奪。

 しかし考え事をしていた私は、車を止めるため道路に飛び出したドイツ兵に気が付かないで、そのまま突っ込んで行き、驚いたドイツ兵からの銃撃を食らった。

 エンジンとタイヤを遣られた私の車は制御を失いそのまま森に突っ込み、止まった車を奪おうとして近付いて来たドイツ兵をたまたま居合わせたシャルルとクルーガー少尉が応戦して蹴散らし、気を失っていた私をシャルルの家に運んでくれたと言うことらしい。


「シャルルはレジスタンスなの?」

「いや、ワシはただドイツ軍の言いなりになるのが嫌なだけだ」

 そう言ってシャルルは、パイプに火を点けた。

「僕は、この近くで撃墜されて、そのままシャルルの家に居座っているってわけ」

「撃墜されたのはいつ頃のことなの?」

「まだファレーズ・ポケット(ファレーズ包囲戦:1944年8月12日~21日)が始まる前だから、かれこれ3週間は経つかな」

 クルーガー少尉が笑って言うと、シャルルもまた少し笑った。


「まあ呆れた人ね。もう連合軍はランブイエに到着しているのに」

「墜落したけれど、こうして無事に生きているんだから、ここは神様がくれた特別休暇を楽しまなきゃ。ところで話を戻すけれど、どうなの? スパイの件」


 地図はド・ゴールに渡したし、万が一の時の事を考えてメモは取らずに頭で覚えておくことにしている。

 だからバッグの中や服を調べたとしても、怪しまれるのは拳銃位なものだけど予備の銃弾は持っていないから、護身用と言い張る事も出来る。

 なのに、彼は私の身分を言い当てた。


「何故、そんな事を言うの? 私はレジスタンスだと言ったでしょう」

「確かにそう言ったね。だけど夜間外出禁止令を無視して、しかもバッグに拳銃を忍ばせて、これから激戦が予想されるパリ市内に向かって車を翔ばす女性なんてミステリアス過ぎると思わない?」

「パリに住む祖父が急病だと言う知らせが入った。拳銃はあくまで護身用。これなら、どう?」

「先ず、その拳銃が引っ掛かる。護身用なら22口径やコルトなどの安い銃で充分のはずだが、君が持っているワルサーPPKはドイツ特殊警察御用達の非常に高性能な銃だ」

「私がゲシュタポを殺して奪ったとでも?」

「いいや、これをもっている事による効果は、もう一つある」

「もう一つ?」

「それは、ドイツ軍のコラボラシオン(協力者)であると言う効果だ」

「じゃあ、アナタは私がコラボラシオンだと?」

「いや、残念ながら君はコラボラシオンなどと言うちっぽけな立場の人じゃなくて、もっと大物に使える本格的なスパイだ」


 ことごとく言い当てられて、笑うしかなかった。

「アナタこそ、空軍のパイロットと言うより、まるで探偵さんみたいね。それともイギリス人は皆アーサー・コナン・ドイルの影響を強く受けているのかしら?」

「とにかく動けるのであれば、君の行くはずだったパリに行ってみよう!」

 私の正体が未だ分かっても居ないのにクルーガー少尉はパリに行くと言い出した。

 何故、そうなるのかと聞けば、彼は私の靴が原因だと答えた。


 “靴!?”


「君の履いている靴はサルヴァトーレ・フェラガモ。勿論スパイとしてドイツ軍や連合軍の高級将校にも合うから、服装も落ち着いた物ながら生地は確りしたものを選んでいる。だがそのフェラガモだけは妙に派手だ。屹度、このあと君は君にとって最も大切な人に会うためにパリに向かって居たに違いない。だから靴だけは一番のお気に入りを選んでしまった」


 クルーガー少尉の言うことはイチイチ癪に障るくらい当てっていて、それが妙に心地よくも感じる。

 確かに今履いているフェラガモは一番のお気に入り。

 靴本体は落ち着いたベージュだけど、爪先と甲とヒールの部分が奇麗な黒になっていて、とてもエレガント。

 いつもの作業用のシューズを履いていくつもりだったのが、出る直前になって“ルッツの説得に成功したら”って思ったら、堪らなくウキウキしてしまいこの靴を選んでしまった。

 確かに落ち着いているがクルーガー少尉の言う通り派手。

 おかげで、コルティッツやノドリングだけでなく、ド・ゴールたちまでも私が気付かないと思ってこの靴をチラ見していた。

 そこに気が付いた彼は、とても優秀な探偵だと思うが、まだ素性も分からない私を連れて私の目的地のパリに向かうと言い出すところは好奇心が優先し過ぎていると思った。

 私の乗って来た車は使い物にならなかったが、代わりにシャルルが農作物を運ぶトラックを出してくれると言った。
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