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Surrender, retreat, or die(降伏か撤退か、それとも死か)

[Surrender, retreat, or dieⅡ(降伏か撤退か、それとも死か)]

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「ワシは残るよ」


「シャルル……」


「戦争の事は良く分からんが、一旦車を出すと言った以上、手放すわけにはいかん」


「でも、それでは」


「コラボラシオン狩りなんてクソ食らえじゃ、積極的でも否応なしにしても占領下のフランス人の殆どはなにがしらドイツに協力している。工場はドイツ向けの製品を作ったし、レストランだってドイツ人が注文すれば食事をだす。農家だって、収穫物をドイツ人が奪ってしまう事を知りながらでも畑を耕す。生きていくためには仕方がない。ドイツ人に取られるのが嫌だからと言って、ワシのこのトラックの様に誰にも使えないように仕舞っておくことはできんじゃろう?」

「ありがとうシャルル」

「僕もついて行くよ」

「クルーガー、アナタは駄目よ!」


「何故? シャルルが良くて、僕が駄目なの!?」

「アナタは……」

 ジュリーが言いごもる。


「駄目よ!」

 ほら来た。

 どうせ軍人だからと言いたいのだろうが、それは僕への切り札にはならない。

 なぜなら僕は、軍人を続ける気など、これっぽっちもないのだから。

 だから、この件がバレて軍法会議に掛けられても痛くも痒くもない。

 むしろ任務から外されるのは、僕にとって好都合だ。

 だから、胸を張ってジュリーに理由を聞く。

「理由は?」

「役に立ちそうも無いからよ」

「……;」

 間髪を入れずに帰って来たクロスカウンターのように見事な回答に、僕は目まいがして倒れそうになった。






「駄目だ、鼻がおかしくなっちまって、シャバの空気を感じられねえ」

 下水道から再び地下鉄の線路に戻ったときにシュパンダウがボヤいて皆を笑わせた。

 シャバとは自由な表の世界のことをあらわす言葉だから、地下鉄のトンネルの中は未だシャバとは言えない。

 だけど糞尿や生活排水が流れていた下水道に比べたら、同じトンネルの中でも地下鉄の方は充分シャバと呼んで差支えないだろう。


「ここは?」

 俺の質問に案内をしてくれたジャンが、パリ北駅を過ぎたところだと教えてくれた。

 ピエールが、やっと18区に入ったと言い、もう直ぐオスマン大尉が居た‎ポルト・ド・クリニャンクール‎が近いことを知る。

 その後バルべス駅を通り抜けようとすると、ここは明りが灯っていなくて暗いままだった。

 用心しながら静かにホームを抜けて行くと、時折地上から単発的に銃声が聞こえる。


「隊長、外に出て加勢しますか?」

 銃声を聞いたロスが俺に聞いたが、俺は却下した。


 確かに銃声は聞こえたが、あれは孤立している狙撃兵のもの。

 助けてやりたいが、そうすればマルシュたちの親切を仇で返すことになる。

 銃は、あくまでも俺たち自身かマルシュたちを守るためにしか使ってはならない。





 ジュリーの一言は僕の自尊心をあっと言う間に崩し去った。

 たしかに墜落したのをいいことに、シャルルの家でのんびり軍務をサボっていた僕は信用もなく、更にジュリーが目覚めてから未だ1日も経っていないのに僕は信用に値する行動をとっただろうか?

 僕が何をしたか?

 乾草に埋もれたシャルルの車を掘り出すのに協力した以外、僕は講釈しかしていない。

 これでは、役に立たないと思われても仕方ない。


「クルーガーくん、理屈ばかり言っていないでもっと正直になりなさい」


 珍しくシャルルが自分から話した。


「……ジュリー、僕も連れて行って欲しい」

「……」


「もっと素直に!」

 直ぐに答えを返さなかった私に代わって、シャルルが叱るようにクルーガーに言った。

「僕もついて行きたいです!」

「……」

「ジュリー、アンタも意地を張らずに、連れて行ってあげなさい。この若者は軍人として役に立つかどうかはワシには分からんが、人間としてはきっと役に立つはずじゃ。いざと言うときに銃も持っているしな……」


「……あっ‼」

 そのとき、クルーガー少尉が急に声を上げた。

「どうしたの!?」

「あっ、いや、実は……」

「実は?」

「その銃を忘れて来た」

「どこに!?」

「おそらく、トラックを掘り出すとき、乾草の中に」

「落としたって言うこと?」

「ま、まあ、そうなるかな」

「まあ、呆れた人ね」

「そんなこと言ったって仕方ないだろう。だいいち僕は訓練以外で拳銃なんて使ったこともないし、これからも使う気も無いんだから」

「あら、でも私を助けてくれる時、2人のドイツ兵をシャルルと2人で蹴散らしたんじゃなかったの?」

 そう、彼は確かに言った。

 不意に銃撃にあい森に突込こんだ私の車を奪おうとして近付いて来たドイツ軍の脱走兵をたまたま居合わせたシャルルとクルーガー少尉が応戦して蹴散らしたと。

「ああ、あの時は笛を使ったんだ」

「笛?」

「そもそもあの辺りにドイツ軍陣地はないし、夜中に急な連絡をするにしてもドイツ兵ならオートバイを使う。たった2名の徒歩で、しかも最前線を離れてパリへ向かっているなんてどう考えてもまともじゃないだろう?」

「それで脱走兵だと気付いたのね」

「そう。だから、この笛を鳴らしてドイツ語で叫んだのさ“いたぞ!”ってね。そしてシャルルと2人で、そこら中の木々を揺らしたり足を踏み鳴らしたりして人数を多く見せかけると、奴等は一目散で逃げて行ったよ。どう、凄いでしょう?」

「兵隊なのに、そんなこと自慢にもならないわ」

「だから僕は偵察機のパイロットを志願したんだ!」

「あら、志願したのに、サボタージュなの?」

「そ、それは……」

 シャルルが口論になった私たちを止めてくれた。

「間違いなく言えるのは、おそらくこのクルーガー少尉は平和に最も近い考え方を持っている軍人の1人だということじゃないのか?」

「わかったわ、行きましょう」

 結局、シャルルの推薦もあって、このポンコツ偵察将校クルーガー少尉を連れて行くことにした。
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