軌跡 Rev.1

ぽよ

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2章

思い出す

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 研究室を出て、研究棟からも出る。今日はあと帰るだけ。大学前のバス停から出るラスト3本のバスに乗り、一息つく。

「はぁ、終わった。明日は金曜日。まぁ比較的ゆっくりだ」

    ゼミの進捗報告と質疑応答会をしていたら、こんな時間だった。バスに乗り、いつもの一人暮らしの部屋に帰る。バスは停留所で言えば10個、時間で言えば15分ほど走れば家の最寄りの停留所だ。そんなに遠くはない。ただ選ぶ時間を間違えると混み具合で悲惨なことになる。
 今回はラッキーだった。無事座席に座ることができ、のんびりスマートフォンをいじりながら最寄りの停留所まで乗って帰る。こういう時間は大抵事務連絡の時間だ。SNSを見ながらちょこちょこと返信を返していく。その中に、仁の名前もある。

「お疲れ様です。今日はありがとうございました。また明日、研究室にお邪魔したいです。お願いします」

    届いていたのは、なんとも硬い一文だった。それに、今日の昼に誰でも入れると案内したはずなのだが。研究室というのは賢が思っているよりも入りにくいのかもしれない。
 気が付けば最寄りの停留所だった。ひとまずバスから降りてから、返信をする。

「誰でも入れるよ。無人でも入って問題ないくらいだ。まぁそれでも入る勇気がないなら一緒に入るか?それでもいいぞ」

    下級生が上級生の巣窟に入るのは確かに気後れするか。冷静に思い返してみると無謀な一言だったかもしれない。最寄りの停留所からしばらく歩くと一人暮らしのアパートに に着く。

「ただいまー」

    誰かと住んでいるわけではないが、あさとよるはとりあえず挨拶をしている。なんと寂しいことか。こんな時、誰かがいればなぁ。ふと思う。そして、仁のことを思い出す。
 仁。2歳年下の学生。学部も学科も聞いていないが、恐らく賢と同じであろうことは予想がついていた。おかえりでもただいまでもいいから、言えるようになれば、こんなにも生活感のない部屋からは脱出できるかもしれない。
 部屋について一休み。もう一度気合いを入れ直してから、今日も健康とは程遠い晩ご飯を食べる。この数日が非常に忙しかったため、仁のことまで思考が及ばなかったが、自分は恋をされている。そう思えば少しもどかしくなるのだが、明日はおそらく研究室まで案内することになる。大したことをするわけではないが、研究の概要ぐらいは言えた方が良いだろう。今日の資料を使って説明するのも一つの手だ。

「ひとまず今日は寝よう」

    今日もなかなかの時間に帰宅したが、明日も朝から研究室だ。本当にやってられないと言いたいのだが、明日は寝坊ができない。明日の仁との待ち合わせの時間と場所のことなど何も頭にないまま眠りに落ちた。
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