短編集

ぽよ

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じっくりと、ゆったりと。

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 人生なんて死ぬまでの暇つぶしだ。そんな思想に目覚めて5年が経つ。社会人になってから、あれこれと仕事をして、転職もして、気がつけば三十路が目の前に来ていた。
 朝起きて、準備して、適当に歩いて駅へと向かう。ホームに来た電車にはそんなに人が乗っていない。朝8時の通勤ラッシュを終えた電車には、自分を含めた、少し遅めの出勤の人たちが乗り合わせていた。
 一駅乗って、乗り換えしてからもう一駅。乗り換えの時間が長いのが癪に障るが、ワンマン運転なので仕方がない。今日という日もまた、ここから始まる。
 乗り換えた電車の中はいつもより空いていた。スマートフォンでゲームをしたり、SNSを見たりしているうちに、電車が出発する。
 5分も経てば、会社の最寄駅だった。そこからまた5分も歩けば職場に着く。
 門を抜けて、タイムカードをタッチして、更衣室へと入っていく。始業5分前の更衣室にはさすがに人がほとんどいない。
 社服に着替えて事務所に入れば仕事モードだ。挨拶をしながら自分の席へと向かっていく。すでに来ている人に挨拶をして、荷物を置く。
 荷物を置いて、着席する。そして、パソコンを立ち上げる。その直後に上司が来る。挨拶をして荷物を置いたあたりでチャイムが鳴る。
 いつも通りの何もない朝礼をして、仕事に取り掛かる。今日も、ここから始まっていく。今日も平穏にすぎることを祈って、パソコンで事務処理を始めた。
 いつも通りの日常が流れていく。夏から続いた繁忙期もなんとか終わり、今は少しだけ仕事も落ち着いていた。淡々と仕事をこなしながら新しい技術を身につけたり、知識を得るためにいろんなことに挑戦していた。それが途絶えていた数ヶ月間だったが、また挑戦の日々が始まっていた。

「暇になったね」
「やっとですわ」
「あれ、熱があるうちにやっちゃいなよ」
「了解っす」

 製造部門の材料管理に関するデータの収集を行っていた。いかに効率的にデータを収集するかというところで話になり、上司と話をしながら、その実装に少しずつ歩を進めている。いまいち分からないことも多いが、そこは上司が相談に乗ってくれている。

「そういえば、あれどうなった?」
「あれは終わってますよ」
「了解」

 上司との異常なまでの以心伝心により、指示語があれやそれでも伝わってしまう。良いことでもあり、悪いことでもあるとは知りながらも、改善の予定は今のところない。そんな風景を交えながら、仕事は進んでいく。
 8時30分に始まった仕事も、気がつけば昼休みになっていた。データ収集の方法を考えたり、現場とのコミュニケーションを取っている間に時間は一瞬で過ぎ去っていく。
 昼食はスーパーで買ったおにぎりだ。いつも3個と決めていた。特に理由はないが、予算を考えればこれが限界だった。近くの洗面台で手を洗って、アルコール消毒をしてからおにぎりを食べる。
 昼休憩はほとんど必ず趣味に費やしている。仕事関連の思考は全て放棄して、ゲームをするか、SNSを見るか、小説を読んでいた。
 昼休憩は全員がプライベートの時間であるというのが共通認識だった。だから、それがやりやすかったのもある。
 昼休憩が終わる5分前のチャイムが鳴る。そのタイミングで、自分の部署以外のところで昼食を食べていた人は自分のところに戻っていく。
 そこからさらに5分が経過すると、午後の仕事がスタートする。
 午前の仕事の延長で仕事をする時もあれば、午前と午後で全く違う仕事をすることもある。今日は、全然違う仕事をする日だった。

「そういえば、あれは終わってる?」
「あー、ちょっと確認します」

 上司からの確認で少し前から進めていた仕事が終わっていたかを確認する。さまざまな仕事の並行進行の中で、通常業務から外れているものは、忘却の彼方へと姿を消すものも珍しくない。今回は、その境界線とも呼べるものだった。進捗を印刷して上司に手渡す。

「いまこんな感じですね」
「なるほどねー」
「難しいとこですけどねー」
「まぁ、なんとかなるっしょ」

 完成しなければ通常業務が進まないわけではないが、完成すれば通常業務の時間が圧縮される。そういうものだった。上司と2人で完成を目指して、少しずつ進めていた。
 午後の仕事もゆっくりと進み、目の前の仕事をじっくりと確実にこなしていきながら、終わらせていく。こんな状態がもう少しだけ続いてくれれば幸せなのに。そんなことを考えていた。
 終業のチャイムが鳴り響く。今日の仕事はここで終わる。金曜日は部署レベルで定時なのである。その中でも最速で帰るのは自分だった。荷物を片付けて、机の上も一応それらしく片付けて、席を立つ。

「お疲れ様です」
「お疲れ様でーす」

 挨拶はいつも適当だった。自分からすることは忘れないが、相手から返事がなくても気にしなかった。最後に忘れ物がないかを確認して、更衣室へと向かう。
 17時過ぎの更衣室は週末だけやけに混んでいる。体をうまく動かしながら自分のロッカー前へと移動する。着替えるのは早い方だった。社服から私服に着替えて、早々に更衣室から出る。
 早々に事務所を出て、それなりのスピードで更衣室を出たにも限らず、タイムカードの退勤打刻で1番になれたことはない。必ず誰かが自分より前に打刻する誰かがいる。
 敷地だけはやけに広い会社から出て駅に向かう道のりには、意外というほど人が少ない。少しずつ緩やかになりつつある寒さの中、歩いてエレベーターにも乗って、改札を抜けてホームに出ると少しだけ遅延している本来なら乗れない電車に乗れた。
 17時過ぎてすぐの電車はいつも混んでいる。扉ギリギリに温情で乗せてもらった電車はいつも想像より少しだけ窮屈だった。
5分ほどの移動の末に1番に電車を降りる。相変わらずの大きさの駅のホームを歩いて乗り換えようとするが、今日はATMに寄る用事があったことを思い出し、改札を目指す。
 構内も、改札も、人集りができていた。特にイベントなど無くとも人が集まってくる。それが、都市の週末だった。
 駅を北口方面に抜けて、歩道橋の歩道に直接抜ける道を歩いていく。左にスターバックスが見える。今まで数度しか使ったことがない上に、店内利用は一度しかない。たまには飲みに行こうかと思うが、気になった商品を飲もうと思う時にはすでに次の商品になっていた。
 歩道橋を歩いて階段を降りれば郵便局がある。今日はいつもより空いていた。生活費をATMから引き出して、駅へと戻る。この生活も、もう3年。次の6月で4年目。
 自炊から買い出し、掃除からそれらのモチベーションの管理まで上手くなったつもりだった。それでも全然モチベーションを保てない時があるのも事実だった。
 郵便局から駅に戻るのはわざわざ階段を登ることなく平地を大回りで歩いて駅へと戻る。いつもなら音楽ゲームをやって帰るところだが、今日はそんな気分じゃなかった。
 駅のエスカレーターに乗って構内に入り、もう一度改札を抜けてホームに出る。相変わらず伸びる風に煽られながら電車を待つこと7分。入線してきた電車に乗り込んだ。
 もはや見慣れたを通り越して目を閉じても浮かび上がってくる車窓の景色を見ながら一駅乗る。5分も乗れば到着して、電車から降りる。
 エスカレーターでのぼりながらかんじる。東京の駅というのはどこもかしこも無駄に大きい。商業的な意味も兼ねているというのは重々承知していたが、それでもエスカレーターや階段での高度の上下に意味を感じなかった。それでも駅を出るための動作だから仕方ないと念じつつ、改札を抜けてさらに階段を降りる。
 北口に抜けると、そこにも広がっているのはいつもの景色。見慣れた景色を流し見しながら徒歩12分のアパートへと向かう。
 いつも通りの景色、いつも通りの遠いけど引っ越しを考えるかと言われるとそこまでじゃないと思う距離感。方向音痴でも迷わないように作られたような一本道。そんな慣れた道を歩いて、アパートへと帰り着く。
 鍵を開けて、廊下を見るとそこにあるのもいつものアパートの廊下。そのまま抜けて、いつもの部屋に帰り着く。いつも通りの散らかった部屋だが、この散らかり具合に落ち着きを感じる。それでもここに帰ってくるとあるのは将来への思考だった。どうするべきか常に考えてはいるが、一向に答えは見つからない。一旦荷物を置いてひと段落。少しずつ答えを見つければ良い。そう念じて、今は一休みすることにした。
 夕食は大体いつも決まったものになる。肉とその時の気分を炒めて味を付けたものだった。
 昨日作った残り物と炊いてある白米を混ぜ合わせて炒飯もどきにするのもいつも通りだった。手慣れた動作で作っていく。味ももちろん予想できるものだし、美味しくなかったことない。それでも、満足できるものができたことはほとんどない。それでも食べなければ死ぬ。だから食べている。
 夕食も食べ終わり、洗い物、洗濯、その他諸々の家事を終わらせる。そこにあるのは、安定した一人暮らし。しかし、自分自身は不安定だった。これからを見据えて何をしていくか、少しずつ考え始める必要がある。理解していても、何から手をつけるか、悩んでいた。
 溜まっていた家事も終わり、いよいよ本当にやることが無くなる。そんな時に、ふと将来のことを考える。転職で実家を飛び出したはいいが、これからの将来をもう一度考え直すなら、実家の近くで住んだほうがいいのかもしれない。
 今の職場には満足している。厄介なこともそこそこあるが、やりたいことは出来るし、学ぶこともたくさんある。それでも離れる時が来たら、その時はその時だと思うしかないのだろう。
 その時が来るまで待つしかない。結局いつも通りの考えに落ち着いて、布団に寝転がった。
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