龍神のつがい~京都嵐山 現世の恋奇譚~

河野美姫

文字の大きさ
30 / 34
四章 龍神のつがい

三、覚悟【1】

しおりを挟む
身が焼かれるように熱い。
咳き込んで呼吸が上手くできず、汗が滝のように流れていた。


(ダメ……もう、意識が……)


必死に立っていた凜花だったが、思考がぼんやりとしていき、それとともに膝から力が抜けていく。


もう目を開けている気力も失いかけ、瞼を閉じたとき。

――火焔を……火焔を救ってあげて。

悲しみに満ちた声が、凜花の鼓膜を揺らした。


「りん、さん……」


この声を知っている。
夢の中でも、火焔に最初に会ったときにも、凜花に語りかけてきた。
朦朧とする意識の中、凜花は両手をついて四つん這いの体勢になる。


「火焔……」

「どうだ、俺の炎の味は? ラクに死なせてやるものか。じわじわといたぶって、聖が来たら一気に焼いてやる」


憎しみがこもった言葉が、やけに悲しかった。
あんなに恐怖心を抱いていたのに……。かわいそうな人だ、と思った。


「あなたは……凜さんが好き、だったんだよね……? 聖さんとは、幼なじみで……親友で……」

「聖から聞いたのか?」

「今でも苦しいの……?」

「苦しい、だと?」


ぜえぜえと息をする凜花は、もう話すのは限界だった。
煙を吸いすぎたせいか、意識を保てそうにない。


「そんな生温い感情じゃない!」


けれど、火焔の言葉を聞こうと、必死にこぶしを握る。


「俺には幼い頃から凜しかいなかった。凜も俺を好いていてくれたはずだった……。それなのに、あいつは……!」


龍にとって、つがいとは唯一無二の存在。
凜が好意を持っていたとはいっても、恋愛感情ではなく火焔自身に対して友人として好きだった……ということだろう。


「つがいがどういうものか、俺も龍だから知っている。それでも、俺が龍神になれば凜が振り向いてくれるかと思った。だが……」


恐らく、火焔は聖に敵わなかったのだろう。
龍の力でも、ひとりの男性としても……。


「あんなに大切だったのに、いつしか聖の隣で幸せそうに笑う凜に憎しみを感じるようになった」


愛情が憎しみになり、心の中にあった愛が燃えていく。


「凜は、ずっとひとりだった俺に唯一優しくしてくれた。虐げられてばかりで強くなるしかなかった俺に、凜だけは優しくしてくれた。俺には凜しかいなかった。それなのに……」


凜花の心の中には、憎しみがあった。
蘭丸や菊丸、玄信たちを傷つけた火焔を許せない。
けれど同時に、胸が締めつけられた。


「つらかったね……」


体と心、どちらが苦しいせいかはわからないが、凜花の瞳からは涙が零れていた。


「お前になにがわかる?」

「私も……ずっと、ひとりだった……。ようやくできたたったひとりの親友も、簡単に失った……」

「それがなんだ? お前は今、幸せだろう。その程度の苦しみで――」

「でも……私の中の凜さんが泣いてる……」


凜花が涙交じりに答えると、炎が弱まった。


「っ……適当なことを言うな!」


火焔の動揺が火に現れたことは明らかであるが、凜花にはもう話す気力も残っていない。


(聖さん……)


大きくなった炎に、いよいよ絶望が過る。


(好きって……言えなかったな……)


ぼんやりとする意識の中で、再び瞼を閉じる。


「凜花!」


刹那、自分を呼ぶ声が凜花の耳を突いた。
空から聞こえたのが聖の声だとわかるのに、もう目を開ける力もない。
けれど、体が彼に抱きしめられたのを感じ、一筋の涙が零れた。


「よう、聖。随分と遅かったじゃないか」

「火焔!」

「俺が用意した龍たちはどうだった? お前の相手にはならんだろうが、あの数だ。城と屋敷を少しくらいは傷つけられただろう?」


聖は答えなかったが、火焔の口ぶりからは城と屋敷を襲わせたのだろう。


「龍神だなんて崇められていても反乱分子は必ずいる。俺やあいつらのような恨みを持つ者はまだまだいるぞ」

「それがどうした?」


聖の右手が龍に変化し、凜花と彼を囲む炎を薙ぎ払う。


「一度ならず二度までも俺のつがいに手を出したこと、後悔させてやる!」


凜花を横たえさせ、聖が立ち上がる。
左手も龍の姿になった彼は、空に翳したその手で雷雲を呼び、竜巻を生み出す。
右手は地面に翳すと、火焔に向かって地割れを起こした。


聖はそのまま右手で炎も放ったが、火焔も炎で応戦してみせる。
膨大な力がぶつかり合い、中央で炎が舞い上がる。


「玄信、桜火、凜花を!」

「御意!」


玄信と桜火は、傷だらけの自らの体も顧みず、凜花をこの場から逃がそうとする。


「……ん……桜火さん? 玄信さん……?」


そこで気がついた凜花は、目の前の光景に瞠目した。


「聖さん!」

「姫様、ひとまず屋敷へ!」

「聖様なら大丈夫です! あの方は万物を操れる、龍の頂点に立つお方ですから!」

「でもっ……!」


玄信の説明にも、凜花は食い下がる。


聖は、万物においてすべての基本物質とされている空・風・火・水・地を操ることができる。
龍神として力を認められたただひとりの龍だけが手に入れることができる、唯一無二の強大な力なのだ。


玄信からそう説明されても、凜花にとっては重要なのはそんなことではなかった。


凜花の中にある、凜の魂が泣いている。
これまでは無意識下でしか感じられなかった彼女の魂の存在を、こんなにも強く感じている。
それはまるで、凜が最後の力を振り絞っているようでもあった。


「ぐあっ……!」


次の瞬間、ぶつかりあっていた炎が火焔を襲い、彼が唸るように声を上げた。
炎に巻かれた火焔は、火を操る龍だというのに自身を焼く炎をいなせない。


力の差は歴然で、程なくして彼の体は炎でボロボロになっていた。
聖が炎を消し、指に力を入れた右手を火焔に向ける。


「このまま心臓を焼き尽くしてやる! あの世で凜に詫びてこい」

「っ!」


直後、凜花は玄信と桜火の腕を振り解いて走り出した。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

『続・聖パラダイス病院』

菊池昭仁
現代文学
『聖パラダイス病院』の続編です。こんな病院なら入院生活も悪くはありません。

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

下っ端宮女のひたむき後宮恋譚 ~前世の夢を追いかけていたらいつのまにか寵愛されていました~

紀本明
キャラ文芸
妃嬪から嫌がらせを受けつつも耐え忍んでいた下っ端宮女の鈴風(りんふぁ)はある日突然前世の記憶を取り戻す。料理人になるのが夢だった彼女は、今世でもその夢を叶えようと決意した矢先、ぼさぼさ頭の宦官・雲嵐(うんらん)と出会い、毎晩夕飯をつくることになる。料理人になるべく奮闘するも、妃嬪からの嫌がらせはひどくなる一方だった。そんなある日、事件が起こり、鈴風は窮地に立たされるが……――?

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺

NOV
恋愛
俺の名前は『五十鈴 隆』 四十九歳の独身だ。 俺は最近、リストラにあい、それが理由で新たな職も探すことなく引きこもり生活が続いていた。 そんなある日、家に客が来る。 その客は喪服を着ている女性で俺の小・中学校時代の大先輩の鎌田志保さんだった。 志保さんは若い頃、幼稚園の先生をしていたんだが…… その志保さんは今から『幼稚園の先生時代』の先輩だった人の『告別式』に行くということだった。 しかし告別式に行く前にその亡くなった先輩がもしかすると俺の知っている先生かもしれないと思い俺に確認しに来たそうだ。 でも亡くなった先生の名前は『山本香織』……俺は名前を聞いても覚えていなかった。 しかし志保さんが帰り際に先輩の旧姓を言った途端、俺の身体に衝撃が走る。 旧姓「常谷香織」…… 常谷……つ、つ、つねちゃん!! あの『つねちゃん』が…… 亡くなった先輩、その人こそ俺が大好きだった人、一番お世話になった人、『常谷香織』先生だったのだ。 その時から俺の頭のでは『つねちゃん』との思い出が次から次へと甦ってくる。 そして俺は気付いたんだ。『つねちゃん』は俺の初恋の人なんだと…… それに気付くと同時に俺は卒園してから一度も『つねちゃん』に会っていなかったことを後悔する。 何で俺はあれだけ好きだった『つねちゃん』に会わなかったんだ!? もし会っていたら……ずっと付き合いが続いていたら……俺がもっと大事にしていれば……俺が『つねちゃん』と結婚していたら……俺が『つねちゃん』を幸せにしてあげたかった…… あくる日、最近、頻繁に起こる頭痛に悩まされていた俺に今までで一番の激痛が起こった!! あまりの激痛に布団に潜り込み目を閉じていたが少しずつ痛みが和らいできたので俺はゆっくり目を開けたのだが…… 目を開けた瞬間、どこか懐かしい光景が目の前に現れる。 何で部屋にいるはずの俺が駅のプラットホームにいるんだ!? 母さんが俺よりも身長が高いうえに若く見えるぞ。 俺の手ってこんなにも小さかったか? そ、それに……な、なぜ俺の目の前に……あ、あの、つねちゃんがいるんだ!? これは夢なのか? それとも……

煙草屋さんと小説家

男鹿七海
キャラ文芸
※プラトニックな関係のBL要素を含む日常ものです。 商店街の片隅にある小さな煙草屋を営む霧弥。日々の暮らしは静かで穏やかだが、幼馴染であり売れっ子作家の龍二が店を訪れるたびに、心の奥はざわめく。幼馴染としてでも、客としてでもない――その存在は、言葉にできないほど特別だ。 ある日、龍二の周囲に仕事仲間の女性が現れ、霧弥は初めて嫉妬を自覚する。自分の感情を否定しようとしても、触れた手の温もりや視線の距離が、心を正直にさせる。日常の中で少しずつ近づく二人の距離は、言葉ではなく、ささやかな仕草や沈黙に宿る。 そして夜――霧弥の小さな煙草屋で、龍二は初めて自分の想いを口にし、霧弥は返事として告白する。互いの手の温もりと目の奥の真剣さが、これまで言葉にできなかった気持ちを伝える瞬間。静かな日常の向こうに、確かな愛が芽吹く。 小さな煙草屋に灯る、柔らかく温かな恋の物語。

処理中です...