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第1話
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(マズイッ!)
ソースたっぷりのステーキを口に運んだ瞬間、強烈なエグ味が襲う。
「おえッ」
ディナーの席での失態に向かいの席に座る義母メリンダ様が不快な表情で見てくる。
「ライラさんなんですか。はしたない」
「申し訳ございません。お義母様」
ナイフを入れた時から違和感はあった。
ステーキにしては薄く、なかなか切ることのできない肉⋯⋯
(いや、違う⋯⋯)
まじまじ見つめると革だ。牛の革。
背後でメイドたちがクスクスと笑う。
お義母様は不機嫌そうに言う。
「まったくこれだからシャノン家の令嬢は」
「すみません。このステーキがなんだか口に合わなくて」
「せっかくシェフに作らせたのですよ。たまたま革靴をいただいたものですから。
あなたのためにとくべつに。シャノン領は牛の革製品が名産と聞いたからてっきり口にすると思って」
『革靴ステーキ⋯⋯』と、吹き出しそうになったメイドが口走る。
この革靴は実家の両親が結婚の祝いに旦那様に贈ったものだ。
「お言葉ですが、お義母様。シャノン家の一族は革製品を生業としていますが、口にすることはありません」
「あら、ごめんなさい。さすがにそこまでは野蛮ではなかったのね」
お義母様は同じ伯爵家でも領地の大きさの差から小さい私の実家、シャノン家を下に見ている。
それゆえにシャノン家の豊かで肥沃な土地が妬ましいのだ。
「これ以上、あなたにかまっている暇はないわね。私はここで失礼しますわ。明日はリネットさんと演劇を観に行く約束がありますの。
その準備をしなくては。さて明日はどんな格好をしていきましょうか」
「リネット⋯⋯」
その名前を聞いて私はスカートの生地を握りしめずにはいられなかった。
そんな私を尻目にお義母様はニヤニヤとしながら部屋をあとにする。
私はライラ。3ヶ月前にシャノン伯爵家からこのデュプレクス伯爵家に嫁いだばかりだ。
しかし、夫のロイク・デュプレクスには妻がもうひとりいる。
2番目の妻の名前はリネット。
彼女がこの家にやってきてから私の生活は一変した。
私より1ヶ月遅れで嫁入りした彼女をお義母様は溺愛している。
それもそのはずリネットは王宮で内務卿を務めるレオン・ラガルド公爵の娘。
ラガルド内務卿は王国政治のいっさいを取り仕切るほどの絶大な権力を持つ。
お義母様は息子のロイクを取り立ててもらいたいあまり、私とリネットに差をつけて接するようになった。
それが先ほどのような振る舞いだ。
はじめは私を暖かく迎えてくれたお義母様もラガルド家との縁談が決まるなり手のひらを返した。
今のお義母様は私をこの屋敷から追い出したいのだ。
旦那様は、王宮勤めで屋敷に戻ってくることはほとんどない。そのため、お義母様の悪行を知らない。
お屋敷にいたとしても私に愛情を持って接してくれるかわからない。
旦那様とは初夜くらいしか一緒に時間を過ごしていないのだから。
内務卿の娘を迎え入れた今、親子揃って私を疎ましく思っているに違いない。
お義母様は私と旦那様を離婚させたくて仕方ないんだ。
ただ、いくらシャノン家を下に見ているデュプレクス家でも自分たちの家の都合で離婚させたらお家の体裁が悪い。
だから私から離婚を切り出すのを待っているんだ。
私は部屋を出ていくお義母様の背中を睨みつける。
耐えることが私にできる精一杯の反抗だから。
これはお義母様が頭を下げて別れてくれというまでの我慢くらべ。
翌日ーー
朝食でも嫌がらせを受けた私は気分転換に、ひとりお屋敷の庭の散策をしている。
赤や黄色といった花たちが庭を鮮やかに染めている。
このお屋敷にいて唯一、私の気が休まる場所。
「庭師の手入れがいいのね」
うーん、花のいい匂い。
すると向こうの方から女性の集団がやってくるのが見える。
リネット様とその従者だ。
リネットは嫁入りの際に実家からメイド10人の帯同を許された。
ひとり、このお屋敷に放り込まれて、味方がいない私からしたらうらやましい限りだ。
突然、女性の叫び声が聞こえる。
『リネット様ッ!』
くらっとしたリネットが立っていられずにその場にしゃがみ込んだ。
「⁉︎」
その光景に私も思わず彼女たちのところに駆け寄る。
「どいて!」
メイドたちをかき分けてリネットを抱き起こす。
「リネット様!大丈夫?」
私とリネットの微妙な関係性を知るメイドたちは私をリネットから引き剥がそうと必死だ。
「触らないで!」
私の一喝にメイドたちがたじろぐ。
「ライラ様、ごめんなさい。立ちくらみがーー」
突然、えずきだすリネット。
「リネット様、これって⋯⋯」
「ライラ様、旦那様にはこのことは黙っていてください」
「どうして! 喜ばしいことじゃない」
「私たち白い結婚なんです」
「え⁉︎」
旦那様とリネットが白い結婚⋯⋯
「それってつまりーー」
「お腹の中の子は旦那様の子ではないのです」
「⁉︎」
ソースたっぷりのステーキを口に運んだ瞬間、強烈なエグ味が襲う。
「おえッ」
ディナーの席での失態に向かいの席に座る義母メリンダ様が不快な表情で見てくる。
「ライラさんなんですか。はしたない」
「申し訳ございません。お義母様」
ナイフを入れた時から違和感はあった。
ステーキにしては薄く、なかなか切ることのできない肉⋯⋯
(いや、違う⋯⋯)
まじまじ見つめると革だ。牛の革。
背後でメイドたちがクスクスと笑う。
お義母様は不機嫌そうに言う。
「まったくこれだからシャノン家の令嬢は」
「すみません。このステーキがなんだか口に合わなくて」
「せっかくシェフに作らせたのですよ。たまたま革靴をいただいたものですから。
あなたのためにとくべつに。シャノン領は牛の革製品が名産と聞いたからてっきり口にすると思って」
『革靴ステーキ⋯⋯』と、吹き出しそうになったメイドが口走る。
この革靴は実家の両親が結婚の祝いに旦那様に贈ったものだ。
「お言葉ですが、お義母様。シャノン家の一族は革製品を生業としていますが、口にすることはありません」
「あら、ごめんなさい。さすがにそこまでは野蛮ではなかったのね」
お義母様は同じ伯爵家でも領地の大きさの差から小さい私の実家、シャノン家を下に見ている。
それゆえにシャノン家の豊かで肥沃な土地が妬ましいのだ。
「これ以上、あなたにかまっている暇はないわね。私はここで失礼しますわ。明日はリネットさんと演劇を観に行く約束がありますの。
その準備をしなくては。さて明日はどんな格好をしていきましょうか」
「リネット⋯⋯」
その名前を聞いて私はスカートの生地を握りしめずにはいられなかった。
そんな私を尻目にお義母様はニヤニヤとしながら部屋をあとにする。
私はライラ。3ヶ月前にシャノン伯爵家からこのデュプレクス伯爵家に嫁いだばかりだ。
しかし、夫のロイク・デュプレクスには妻がもうひとりいる。
2番目の妻の名前はリネット。
彼女がこの家にやってきてから私の生活は一変した。
私より1ヶ月遅れで嫁入りした彼女をお義母様は溺愛している。
それもそのはずリネットは王宮で内務卿を務めるレオン・ラガルド公爵の娘。
ラガルド内務卿は王国政治のいっさいを取り仕切るほどの絶大な権力を持つ。
お義母様は息子のロイクを取り立ててもらいたいあまり、私とリネットに差をつけて接するようになった。
それが先ほどのような振る舞いだ。
はじめは私を暖かく迎えてくれたお義母様もラガルド家との縁談が決まるなり手のひらを返した。
今のお義母様は私をこの屋敷から追い出したいのだ。
旦那様は、王宮勤めで屋敷に戻ってくることはほとんどない。そのため、お義母様の悪行を知らない。
お屋敷にいたとしても私に愛情を持って接してくれるかわからない。
旦那様とは初夜くらいしか一緒に時間を過ごしていないのだから。
内務卿の娘を迎え入れた今、親子揃って私を疎ましく思っているに違いない。
お義母様は私と旦那様を離婚させたくて仕方ないんだ。
ただ、いくらシャノン家を下に見ているデュプレクス家でも自分たちの家の都合で離婚させたらお家の体裁が悪い。
だから私から離婚を切り出すのを待っているんだ。
私は部屋を出ていくお義母様の背中を睨みつける。
耐えることが私にできる精一杯の反抗だから。
これはお義母様が頭を下げて別れてくれというまでの我慢くらべ。
翌日ーー
朝食でも嫌がらせを受けた私は気分転換に、ひとりお屋敷の庭の散策をしている。
赤や黄色といった花たちが庭を鮮やかに染めている。
このお屋敷にいて唯一、私の気が休まる場所。
「庭師の手入れがいいのね」
うーん、花のいい匂い。
すると向こうの方から女性の集団がやってくるのが見える。
リネット様とその従者だ。
リネットは嫁入りの際に実家からメイド10人の帯同を許された。
ひとり、このお屋敷に放り込まれて、味方がいない私からしたらうらやましい限りだ。
突然、女性の叫び声が聞こえる。
『リネット様ッ!』
くらっとしたリネットが立っていられずにその場にしゃがみ込んだ。
「⁉︎」
その光景に私も思わず彼女たちのところに駆け寄る。
「どいて!」
メイドたちをかき分けてリネットを抱き起こす。
「リネット様!大丈夫?」
私とリネットの微妙な関係性を知るメイドたちは私をリネットから引き剥がそうと必死だ。
「触らないで!」
私の一喝にメイドたちがたじろぐ。
「ライラ様、ごめんなさい。立ちくらみがーー」
突然、えずきだすリネット。
「リネット様、これって⋯⋯」
「ライラ様、旦那様にはこのことは黙っていてください」
「どうして! 喜ばしいことじゃない」
「私たち白い結婚なんです」
「え⁉︎」
旦那様とリネットが白い結婚⋯⋯
「それってつまりーー」
「お腹の中の子は旦那様の子ではないのです」
「⁉︎」
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