どうして白い結婚だったはずのあなたが孕るの

悠木真帆

文字の大きさ
1 / 5

第1話

しおりを挟む
(マズイッ!)

ソースたっぷりのステーキを口に運んだ瞬間、強烈なエグ味が襲う。

「おえッ」

ディナーの席での失態に向かいの席に座る義母メリンダ様が不快な表情で見てくる。

「ライラさんなんですか。はしたない」

「申し訳ございません。お義母様」

ナイフを入れた時から違和感はあった。

ステーキにしては薄く、なかなか切ることのできない肉⋯⋯

(いや、違う⋯⋯)

まじまじ見つめると革だ。牛の革。

背後でメイドたちがクスクスと笑う。

お義母様は不機嫌そうに言う。

「まったくこれだからシャノン家の令嬢は」

「すみません。このステーキがなんだか口に合わなくて」

「せっかくシェフに作らせたのですよ。たまたま革靴をいただいたものですから。
あなたのためにとくべつに。シャノン領は牛の革製品が名産と聞いたからてっきり口にすると思って」

『革靴ステーキ⋯⋯』と、吹き出しそうになったメイドが口走る。

この革靴は実家の両親が結婚の祝いに旦那様に贈ったものだ。

「お言葉ですが、お義母様。シャノン家の一族は革製品を生業としていますが、口にすることはありません」

「あら、ごめんなさい。さすがにそこまでは野蛮ではなかったのね」

お義母様は同じ伯爵家でも領地の大きさの差から小さい私の実家、シャノン家を下に見ている。
それゆえにシャノン家の豊かで肥沃な土地が妬ましいのだ。

「これ以上、あなたにかまっている暇はないわね。私はここで失礼しますわ。明日はリネットさんと演劇を観に行く約束がありますの。
その準備をしなくては。さて明日はどんな格好をしていきましょうか」

「リネット⋯⋯」

その名前を聞いて私はスカートの生地を握りしめずにはいられなかった。

そんな私を尻目にお義母様はニヤニヤとしながら部屋をあとにする。

私はライラ。3ヶ月前にシャノン伯爵家からこのデュプレクス伯爵家に嫁いだばかりだ。

しかし、夫のロイク・デュプレクスには妻がもうひとりいる。

2番目の妻の名前はリネット。

彼女がこの家にやってきてから私の生活は一変した。

私より1ヶ月遅れで嫁入りした彼女をお義母様は溺愛している。

それもそのはずリネットは王宮で内務卿を務めるレオン・ラガルド公爵の娘。

ラガルド内務卿は王国政治のいっさいを取り仕切るほどの絶大な権力を持つ。

お義母様は息子のロイクを取り立ててもらいたいあまり、私とリネットに差をつけて接するようになった。

それが先ほどのような振る舞いだ。

はじめは私を暖かく迎えてくれたお義母様もラガルド家との縁談が決まるなり手のひらを返した。

今のお義母様は私をこの屋敷から追い出したいのだ。

旦那様は、王宮勤めで屋敷に戻ってくることはほとんどない。そのため、お義母様の悪行を知らない。

お屋敷にいたとしても私に愛情を持って接してくれるかわからない。

旦那様とは初夜くらいしか一緒に時間を過ごしていないのだから。

内務卿の娘を迎え入れた今、親子揃って私を疎ましく思っているに違いない。

お義母様は私と旦那様を離婚させたくて仕方ないんだ。

ただ、いくらシャノン家を下に見ているデュプレクス家でも自分たちの家の都合で離婚させたらお家の体裁が悪い。

だから私から離婚を切り出すのを待っているんだ。

私は部屋を出ていくお義母様の背中を睨みつける。

耐えることが私にできる精一杯の反抗だから。

これはお義母様が頭を下げて別れてくれというまでの我慢くらべ。

翌日ーー

朝食でも嫌がらせを受けた私は気分転換に、ひとりお屋敷の庭の散策をしている。

赤や黄色といった花たちが庭を鮮やかに染めている。

このお屋敷にいて唯一、私の気が休まる場所。

「庭師の手入れがいいのね」

うーん、花のいい匂い。

すると向こうの方から女性の集団がやってくるのが見える。

リネット様とその従者だ。

リネットは嫁入りの際に実家からメイド10人の帯同を許された。

ひとり、このお屋敷に放り込まれて、味方がいない私からしたらうらやましい限りだ。

突然、女性の叫び声が聞こえる。

『リネット様ッ!』

くらっとしたリネットが立っていられずにその場にしゃがみ込んだ。

「⁉︎」

その光景に私も思わず彼女たちのところに駆け寄る。

「どいて!」

メイドたちをかき分けてリネットを抱き起こす。

「リネット様!大丈夫?」

私とリネットの微妙な関係性を知るメイドたちは私をリネットから引き剥がそうと必死だ。

「触らないで!」

私の一喝にメイドたちがたじろぐ。

「ライラ様、ごめんなさい。立ちくらみがーー」

突然、えずきだすリネット。

「リネット様、これって⋯⋯」

「ライラ様、旦那様にはこのことは黙っていてください」

「どうして! 喜ばしいことじゃない」

「私たち白い結婚なんです」

「え⁉︎」

旦那様とリネットが白い結婚⋯⋯

「それってつまりーー」

「お腹の中の子は旦那様の子ではないのです」

「⁉︎」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶喪失の婚約者は私を侍女だと思ってる

きまま
恋愛
王家に仕える名門ラングフォード家の令嬢セレナは王太子サフィルと婚約を結んだばかりだった。 穏やかで優しい彼との未来を疑いもしなかった。 ——あの日までは。 突如として王都を揺るがした 「王太子サフィル、重傷」の報せ。 駆けつけた医務室でセレナを待っていたのは、彼女を“知らない”婚約者の姿だった。

契約通り婚約破棄いたしましょう。

satomi
恋愛
契約を重んじるナーヴ家の長女、エレンシア。王太子妃教育を受けていましたが、ある日突然に「ちゃんとした恋愛がしたい」といいだした王太子。王太子とは契約をきちんとしておきます。内容は、 『王太子アレクシス=ダイナブの恋愛を認める。ただし、下記の事案が認められた場合には直ちに婚約破棄とする。  ・恋愛相手がアレクシス王太子の子を身ごもった場合  ・エレンシア=ナーヴを王太子の恋愛相手が侮辱した場合  ・エレンシア=ナーヴが王太子の恋愛相手により心、若しくは体が傷つけられた場合  ・アレクシス王太子が恋愛相手をエレンシア=ナーヴよりも重用した場合    』 です。王太子殿下はよりにもよってエレンシアのモノをなんでも欲しがる義妹に目をつけられたようです。ご愁傷様。 相手が身内だろうとも契約は契約です。

予言姫は最後に微笑む

あんど もあ
ファンタジー
ラズロ伯爵家の娘リリアは、幼い頃に伯爵家の危機を次々と予言し『ラズロの予言姫』と呼ばれているが、実は一度殺されて死に戻りをしていた。 二度目の人生では無事に家の危機を避けて、リリアも16歳。今宵はデビュタントなのだが、そこには……。

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

『胸の大きさで婚約破棄する王太子を捨てたら、国の方が先に詰みました』

鷹 綾
恋愛
「女性の胸には愛と希望が詰まっている。大きい方がいいに決まっている」 ――そう公言し、婚約者であるマルティナを堂々と切り捨てた王太子オスカー。 理由はただ一つ。「理想の女性像に合わない」から。 あまりにも愚かで、あまりにも軽薄。 マルティナは怒りも泣きもせず、静かに身を引くことを選ぶ。 「国内の人間を、これ以上巻き込むべきではありません」 それは諫言であり、同時に――予告だった。 彼女が去った王都では、次第に“判断できる人間”が消えていく。 調整役を失い、声の大きな者に振り回され、国政は静かに、しかし確実に崩壊へ向かっていった。 一方、王都を離れたマルティナは、名も肩書きも出さず、 「誰かに依存しない仕組み」を築き始める。 戻らない。 復縁しない。 選ばれなかった人生を、自分で選び直すために。 これは、 愚かな王太子が壊した国と、 “何も壊さずに離れた令嬢”の物語。 静かで冷静な、痛快ざまぁ×知性派ヒロイン譚。

『婚約破棄されましたが、孤児院を作ったら国が変わりました』

ふわふわ
恋愛
了解です。 では、アルファポリス掲載向け・最適化済みの内容紹介を書きます。 (本命タイトル①を前提にしていますが、他タイトルにも流用可能です) --- 内容紹介 婚約破棄を告げられたとき、 ノエリアは怒りもしなければ、悲しみもしなかった。 それは政略結婚。 家同士の都合で決まり、家同士の都合で終わる話。 貴族の娘として当然の義務が、一つ消えただけだった。 ――だから、その後の人生は自由に生きることにした。 捨て猫を拾い、 行き倒れの孤児の少女を保護し、 「収容するだけではない」孤児院を作る。 教育を施し、働く力を与え、 やがて孤児たちは領地を支える人材へと育っていく。 しかしその制度は、 貴族社会の“当たり前”を静かに壊していった。 反発、批判、正論という名の圧力。 それでもノエリアは感情を振り回さず、 ただ淡々と線を引き、責任を果たし続ける。 ざまぁは叫ばれない。 断罪も復讐もない。 あるのは、 「選ばれなかった令嬢」が選び続けた生き方と、 彼女がいなくても回り続ける世界。 これは、 恋愛よりも生き方を選んだ一人の令嬢が、 静かに国を変えていく物語。 --- 併せておすすめタグ(参考) 婚約破棄 女主人公 貴族令嬢 孤児院 内政 知的ヒロイン スローざまぁ 日常系 猫

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

処理中です...