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月野木天音とクライム・ディオールの伝説
第11話「やがて魔王になる君へ」
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窓から見える満月がいつもよりはっきり見える。
澄みきっているのか、空の光が金に染まった私の髪を輝かせる。
疲れた私は、いつもより早くベッドの上に横になった。
ベッドの傍らには、私の話を聞きたいという女性がノートにペンを走らせている。
「プ、プラ⋯⋯え⋯⋯」
「天音。天音でいいわ」
「あ、あの天音さんにとって、魔王とはどのような存在だったんですか?」
「そうね⋯⋯」
私は思い返しながら、おもむろに腰元まで伸びた髪に触れて、毛先をいじりながら実感する。
「そうか⋯⋯もうこんなに伸びたんだ⋯⋯」
「え?」
***
やはり曇っている⋯⋯
私は、鏡に映る自分の顔を見つめてそう感じた。
ここはディフェクタリーキャッスル。
ウェルス王国軍に勝利したジェネラル・鷲御門 凌凱(わしみかど りょうが)君の軍勢が帰還したため、
数時間前に急遽、7人会議が開かれた。
7人会議とはクラス委員を含む生徒会役員によるクラスの中心人物が集まる会議だ。
メンバーは、陽宝院光樹(ようほういん みつき)君、鷲御門 凌凱君、東坂慎次君、紡木美桜(つむぎ みお)さん、
露里一華(つゆり いちか)さん、篠城彩葉(しのじょう いろは)さん、そして私。
自分たちの国をつくると決めて以降、重要なことはこの7人の話し合いで決めてきた。
「ひとまずはご苦労だったね」と、陽宝院君は、鷲御門君ら紡木さん、露里さん、篠城さんをねぎらう。
「君たちの活躍のおかげで、かねてからの脅威だったウェルス王国は退けられた。ようやく訪れたこの平穏を守るために、フェンリファルト皇国の国の在り方を一緒に決めたい。では⋯⋯」
「待って。陽宝院君が、内閣総理大臣ってどうゆうこと?」
紡木さんが陽宝院君の話を遮る。
「それに何この閣僚名簿、性懲りも無くまた月野木さんの名前が入っているじゃない」
紡木さんが、私のことで意見するのは今日がはじめてじゃない。
***
それは自分たちの国を作ると決めて、クラス全員で話し合ったときだ。
「僕たちの国の代表。王は月野木天音君が相応しいと思うんだが。みんなはどうだ?」
陽宝院君はこのとき私を王様にと推薦してくれた。
一緒にいた東堂あかねは、非常に喜んで賛成してくれたけど、紡木さんたちが強く反対した。
「なんで月野木さんなのよ。月野木さんは戦うことができないじゃない。そんな人が王様で大丈夫なの?」
「戦えることだけが代表の資質じゃない。みんなをまとめる力も必要だ。月野木さんは、副会長として不甲斐ない僕を立派に支えてくれた。
書記の紡木さんも、彼女の活躍を近くで見てきたじゃないか。それにこのほうが戦えない月野木さんをみんなが守りやすい」
陽宝院君は、この異世界でクラスメイトから死者を出さないことを最優先としている。
ときどき過保護に感じることもあるけど、クラスの中で真っ先に死ぬ可能性の高い私の身を案じてくれている。
「ひとりで戦えないような人をどうして私たちが命を賭けて守らなければいけないのよ。みんな自分を守ることで精一杯なのよ」
頻繁に襲ってくるウェルス王国の兵たちとの戦いで、みんなは神経をすり減らしていた。
いくらチート能力があるとはいえ、相手は手練れた戦争のスペシャリストたち。一筋縄では行かない。
怪我もして、顔に悲壮感を漂わせながら帰ってくるみんなに“おつかれ”や“おかえり”と、声をかけることしかできない私に
ときおり向けられる紡木さんたちの視線が痛かったのを覚えている。
***
「私は月野木さんが7人会議のメンバーにいることにすら今以って納得していない」
紡木さんたちをはじめとした、いわゆる鷲御門派とされるクラスメイトたちはチート能力が高く、戦争で活躍した人を重用すべきだという考えが強い。
「他も陽宝院派の人ばかりだし、しかも異世界の人間まで」
「出自や強さに関係無く、その人の実力、資質を見て判断した。これからは、武力がすべてじゃない。それに陽宝院派なんて派閥、僕はこのクラスに作った覚えはないよ」
「私たちがいない間に勝手にいろいろ決めておいて今さら“一緒に”なんて。関白の権限ってそこまですごいの?」
「内政は僕に一任したはずだ。女王陛下は、僕たちがいた世界と同じ文明レベルの国を望んでいる。これから民主化を進め、選挙制度の導入、議会を開く。
僕の総理大臣就任は、仕組みを作るための一時的なものだ。議会が開かれれば、あらためて投票で決めよう」
「あんな息の詰まった窮屈な世界をわざわざこの世界に再現して何が楽しいの?」
「文明レベルを急速に上げなくては僕たちの安全は保障されない」
「陽宝院⋯⋯」
黙っていた鷲御門君が口を開く。
「この評定に異世界人を招き入れるのは早いと感じる。敗走したウェルスの国王の行方もまだ掴めていない。
しばらくは、この7人による合議制で行うべきだ」
政治に参画させたら、数の力で手のひらを返されるリスクがある。
鷲御門君たちは異世界の人たちに対する警戒心が強い。
無理もない。私たちはこの異世界の人たちから命を狙われ、裏切られることも経験した。
自分たちの強さにこだわるのも、根底にあるのは異世界人に対する恐怖だ。
「わかった。内閣制や議会に関する取り決めは見送ろう。しかしせっかく集まったんだ、これだけは決めておきたい」
「どういったことだ?」
「後藤駿平(ごとうしゅんぺい)君と肥後尊君が命を奪われた。手を掛けたのはクライム・ディオールを名乗る右条晴人君だ」
「ディオール⋯⋯」
紡木さんたちからは、ハルト君が生きていたことに驚く声が漏れる。
「彼の目的が僕ら全員を殺すことにあるのなら皇国の新たな脅威だ。フェンリファルト皇国として、クライム・ディオールの討伐令を出したい」
***
陽宝院は、晴人と通話した日の出来事を思い返す。
「俺は月野木天音が笑って暮らせる世界を作りたいんだ」
その言葉がスマホの向こうから聞こえてきた瞬間、スマホを持つ手を震わせて、
歪んだ表情が不気味な笑みを作る。
“月野木君は僕の隣にこそ相応しい⋯⋯”
その数分後、戦場に光線の雨が降り注がれた。
***
街道を進むクライム・ディオールの一行
「ねぇ、クライム。メイをそのままにしてよかったの? メイにも紋章が」
トゥワリス国を発つときに心身喪失した佐倉芽衣をムルグのじいさんに預けた。
「今はその必要はない」
イリスの問いにクライムは答えた。
***
鏡に映る私を見つめてどのくらい経ったのだろう。
紡木さんは、あの後、私を7人会議から外すことを要求してきた。
「ひとりで戦えないような人をどうして私たちが命を賭けて守らなければいけないのよ」
「今度は悲劇のヒロイン。自分からは何もしようとしなくてもいい」
「なんで月野木のような弱っちいヤツがこんなところにいるんだ。ここはお前がいるところじゃない」
紡木さん、紫芝さん、ハルト君の言葉が私の頭の中をぐるぐる回る。
“弱っちいヤツ”
その言葉が強くよぎった瞬間、MMORPGでプレイしていた頃の記憶がよみがえる。
そうか。強くなればいいんだ。
そんな簡単なことをなんで忘れていたんだろう。
3人の言葉は正しい、私は戦えないことに甘えて何もして来なかった。
そんな私に不満がつのるのは当然だ。
“決意した”
さっそく私は引き出しを開けて、しまってあった短剣を手に取る。
それと同時に部屋にノックの音が鳴り響く。
「天音、入るよ」
あかねの声にかまうことなく、私は後髪を束ねる。
「あ、天音、何やっているの!」
扉を開けて入ってきた、あかねは驚く。
それでも私は、かまうことなく短剣で一気に束ねた後髪を切り落とす。
「あ⋯⋯ああ、天音のサラサラが⋯⋯」
あかねは、床に落ちた私の髪の毛を見てその場にへたり込んでしまった。
鏡の私がとても晴れやかな顔をしている。
私は鏡の私に声をかける。
「がんばれ。私」
第1章完
澄みきっているのか、空の光が金に染まった私の髪を輝かせる。
疲れた私は、いつもより早くベッドの上に横になった。
ベッドの傍らには、私の話を聞きたいという女性がノートにペンを走らせている。
「プ、プラ⋯⋯え⋯⋯」
「天音。天音でいいわ」
「あ、あの天音さんにとって、魔王とはどのような存在だったんですか?」
「そうね⋯⋯」
私は思い返しながら、おもむろに腰元まで伸びた髪に触れて、毛先をいじりながら実感する。
「そうか⋯⋯もうこんなに伸びたんだ⋯⋯」
「え?」
***
やはり曇っている⋯⋯
私は、鏡に映る自分の顔を見つめてそう感じた。
ここはディフェクタリーキャッスル。
ウェルス王国軍に勝利したジェネラル・鷲御門 凌凱(わしみかど りょうが)君の軍勢が帰還したため、
数時間前に急遽、7人会議が開かれた。
7人会議とはクラス委員を含む生徒会役員によるクラスの中心人物が集まる会議だ。
メンバーは、陽宝院光樹(ようほういん みつき)君、鷲御門 凌凱君、東坂慎次君、紡木美桜(つむぎ みお)さん、
露里一華(つゆり いちか)さん、篠城彩葉(しのじょう いろは)さん、そして私。
自分たちの国をつくると決めて以降、重要なことはこの7人の話し合いで決めてきた。
「ひとまずはご苦労だったね」と、陽宝院君は、鷲御門君ら紡木さん、露里さん、篠城さんをねぎらう。
「君たちの活躍のおかげで、かねてからの脅威だったウェルス王国は退けられた。ようやく訪れたこの平穏を守るために、フェンリファルト皇国の国の在り方を一緒に決めたい。では⋯⋯」
「待って。陽宝院君が、内閣総理大臣ってどうゆうこと?」
紡木さんが陽宝院君の話を遮る。
「それに何この閣僚名簿、性懲りも無くまた月野木さんの名前が入っているじゃない」
紡木さんが、私のことで意見するのは今日がはじめてじゃない。
***
それは自分たちの国を作ると決めて、クラス全員で話し合ったときだ。
「僕たちの国の代表。王は月野木天音君が相応しいと思うんだが。みんなはどうだ?」
陽宝院君はこのとき私を王様にと推薦してくれた。
一緒にいた東堂あかねは、非常に喜んで賛成してくれたけど、紡木さんたちが強く反対した。
「なんで月野木さんなのよ。月野木さんは戦うことができないじゃない。そんな人が王様で大丈夫なの?」
「戦えることだけが代表の資質じゃない。みんなをまとめる力も必要だ。月野木さんは、副会長として不甲斐ない僕を立派に支えてくれた。
書記の紡木さんも、彼女の活躍を近くで見てきたじゃないか。それにこのほうが戦えない月野木さんをみんなが守りやすい」
陽宝院君は、この異世界でクラスメイトから死者を出さないことを最優先としている。
ときどき過保護に感じることもあるけど、クラスの中で真っ先に死ぬ可能性の高い私の身を案じてくれている。
「ひとりで戦えないような人をどうして私たちが命を賭けて守らなければいけないのよ。みんな自分を守ることで精一杯なのよ」
頻繁に襲ってくるウェルス王国の兵たちとの戦いで、みんなは神経をすり減らしていた。
いくらチート能力があるとはいえ、相手は手練れた戦争のスペシャリストたち。一筋縄では行かない。
怪我もして、顔に悲壮感を漂わせながら帰ってくるみんなに“おつかれ”や“おかえり”と、声をかけることしかできない私に
ときおり向けられる紡木さんたちの視線が痛かったのを覚えている。
***
「私は月野木さんが7人会議のメンバーにいることにすら今以って納得していない」
紡木さんたちをはじめとした、いわゆる鷲御門派とされるクラスメイトたちはチート能力が高く、戦争で活躍した人を重用すべきだという考えが強い。
「他も陽宝院派の人ばかりだし、しかも異世界の人間まで」
「出自や強さに関係無く、その人の実力、資質を見て判断した。これからは、武力がすべてじゃない。それに陽宝院派なんて派閥、僕はこのクラスに作った覚えはないよ」
「私たちがいない間に勝手にいろいろ決めておいて今さら“一緒に”なんて。関白の権限ってそこまですごいの?」
「内政は僕に一任したはずだ。女王陛下は、僕たちがいた世界と同じ文明レベルの国を望んでいる。これから民主化を進め、選挙制度の導入、議会を開く。
僕の総理大臣就任は、仕組みを作るための一時的なものだ。議会が開かれれば、あらためて投票で決めよう」
「あんな息の詰まった窮屈な世界をわざわざこの世界に再現して何が楽しいの?」
「文明レベルを急速に上げなくては僕たちの安全は保障されない」
「陽宝院⋯⋯」
黙っていた鷲御門君が口を開く。
「この評定に異世界人を招き入れるのは早いと感じる。敗走したウェルスの国王の行方もまだ掴めていない。
しばらくは、この7人による合議制で行うべきだ」
政治に参画させたら、数の力で手のひらを返されるリスクがある。
鷲御門君たちは異世界の人たちに対する警戒心が強い。
無理もない。私たちはこの異世界の人たちから命を狙われ、裏切られることも経験した。
自分たちの強さにこだわるのも、根底にあるのは異世界人に対する恐怖だ。
「わかった。内閣制や議会に関する取り決めは見送ろう。しかしせっかく集まったんだ、これだけは決めておきたい」
「どういったことだ?」
「後藤駿平(ごとうしゅんぺい)君と肥後尊君が命を奪われた。手を掛けたのはクライム・ディオールを名乗る右条晴人君だ」
「ディオール⋯⋯」
紡木さんたちからは、ハルト君が生きていたことに驚く声が漏れる。
「彼の目的が僕ら全員を殺すことにあるのなら皇国の新たな脅威だ。フェンリファルト皇国として、クライム・ディオールの討伐令を出したい」
***
陽宝院は、晴人と通話した日の出来事を思い返す。
「俺は月野木天音が笑って暮らせる世界を作りたいんだ」
その言葉がスマホの向こうから聞こえてきた瞬間、スマホを持つ手を震わせて、
歪んだ表情が不気味な笑みを作る。
“月野木君は僕の隣にこそ相応しい⋯⋯”
その数分後、戦場に光線の雨が降り注がれた。
***
街道を進むクライム・ディオールの一行
「ねぇ、クライム。メイをそのままにしてよかったの? メイにも紋章が」
トゥワリス国を発つときに心身喪失した佐倉芽衣をムルグのじいさんに預けた。
「今はその必要はない」
イリスの問いにクライムは答えた。
***
鏡に映る私を見つめてどのくらい経ったのだろう。
紡木さんは、あの後、私を7人会議から外すことを要求してきた。
「ひとりで戦えないような人をどうして私たちが命を賭けて守らなければいけないのよ」
「今度は悲劇のヒロイン。自分からは何もしようとしなくてもいい」
「なんで月野木のような弱っちいヤツがこんなところにいるんだ。ここはお前がいるところじゃない」
紡木さん、紫芝さん、ハルト君の言葉が私の頭の中をぐるぐる回る。
“弱っちいヤツ”
その言葉が強くよぎった瞬間、MMORPGでプレイしていた頃の記憶がよみがえる。
そうか。強くなればいいんだ。
そんな簡単なことをなんで忘れていたんだろう。
3人の言葉は正しい、私は戦えないことに甘えて何もして来なかった。
そんな私に不満がつのるのは当然だ。
“決意した”
さっそく私は引き出しを開けて、しまってあった短剣を手に取る。
それと同時に部屋にノックの音が鳴り響く。
「天音、入るよ」
あかねの声にかまうことなく、私は後髪を束ねる。
「あ、天音、何やっているの!」
扉を開けて入ってきた、あかねは驚く。
それでも私は、かまうことなく短剣で一気に束ねた後髪を切り落とす。
「あ⋯⋯ああ、天音のサラサラが⋯⋯」
あかねは、床に落ちた私の髪の毛を見てその場にへたり込んでしまった。
鏡の私がとても晴れやかな顔をしている。
私は鏡の私に声をかける。
「がんばれ。私」
第1章完
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