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第1話「断罪される国民的人気女優」
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シャンデリアの灯りに照らされた舞台(ステージ)の中央。
真っ赤なドレスを着た女は両手を広げ、飛び散る汗までも宝石のように輝かせる。
そして長い金髪をなびかせながら最後のセリフを言い終えると歌劇場を埋め尽くす観客たちが一斉に立ち上がって拍手を送る。
舞台の上に立つのは王国を代表する人気女優ーー
“フィーネ”
今日は私にとって最期の舞台だ。
舞台の幕が降りきっても観客の拍手はやむことはなかった。
劇団の仲間たちにガードされながら劇場の裏口から脱出。
それでも待ち構えていたファンたちがどっと押し寄せてくる。
仲間たちがファンを掻き分けながらようやく馬車へと乗り込むことができた。
「フィーネ。幸せになるんだよ」
「リナ!」
「王様と幸せにな」
「ロイ」
「あんたと一緒に演技ができた3年間は幸せだったよ」
「リナ、私も」
「さぁ、急いで出発してくれ!」
ロイの合図で、手綱を叩く音が鳴り、馬車が動き出す。
「リナ!ロイ!」
「フィーネ!」
リナも私も涙を流しながらお互いの姿が見えなくなるまで手を振りつづけた。
私には“夢がある”
最高の脚本家が書いた最高の台本で最高の舞台に立って最高の演技をすることだ。
その夢もまた馬車が進むにつれてリナ、ロイたちと一緒に遠ざかってゆく。
どうして私がこの馬車に乗ることになったのかそれは遡ること1ヶ月前のことだ。
劇団の芝居小屋でいつも通り、リナとロイの3人で芝居の稽古に励んでいた。
「ロイ、セリフとセリフの間はこのくらいでいいかしら」
「大丈夫だよフィーネ。リナ、僕が歌いながら出てくるタイミングは合っている?」
「大丈夫よ」
「リナ、私、ここでもっとリナの演じている令嬢に感情をぶつけた方がこの場面に緊張感が出る思うの。どうかな」
「わかった。私も負けないようにする。いいわよ。なんせ主人公の貧しいメイド”ミィリー“と主人公を妬ましく思う令嬢が対峙するこの演劇1番の見せ場だからね。
そして主人公の窮地に颯爽と現れる仮面をつけたマントの男。その正体はミィリーのことをずっと慕っていた公爵様。素敵よねぇ」
「ミィリーは幼い兄弟を養うために令嬢にいじめられながらも懸命にお屋敷で働いていて、公爵様はそんなミィリーを影で見守りながらずっと支えててくれたのよね」
「だから、ロイ! あんたの役はとても重要なんだからもっと気合い入れなさい」
「入れてるって。ていうか2人の方が肩に力入りすぎ。王都で1番大きい“キングダム歌劇場”で演技するからってそんなに力んでいたら
仕草やセリフまわしが固くなっちゃう」
「ロイの言うとおりだね。もう少し力を抜くことができればもっと役に入り込めると思う」
「だったら少し休む?」
「そうだね。リナ」
「俺、水を用意してくるよ」
「私、はやくお肉をたくさん食べたいな」
「フィーネ、本当にお肉好きだよね。そんなに細いのに大柄の大道具さんたちより
食べるからびっくりしちゃう」
「お芝居するとエネルギーたくさん使うからどうしても食べたくなっちゃうの」
「はいはい」
「それに支配人がね。キングダム歌劇場での舞台が成功したら王都で1番美味しいステーキ屋さんに連れてってくれるって」
「マジで?」
「うん」
『フィーネ、少しいいか』
「⁉︎ 」
「「支配人!」」
深刻そうな表情をした支配人が見慣れない男性を連れて稽古場にやってきた。
「国王様と結婚⁉︎ 私が?」
支配人が連れてきた男性は王宮の使者だった。
告げられたのはこの国の王 “ロード・ハイネス1世”との結婚。
それは女優を引退して国王の妃として王宮で暮らすことを意味した。
1ヶ月後のキングダム歌劇場での舞台が私のラストステージになる。
私は一心不乱に1ヶ月間稽古に励んだ。
リナとロイも私のためにと、寝ることも忘れて私の稽古に付き合ってくれた。
そしてさきほど観客から万感の拍手を送られながら私のラストステージは幕を閉じた。
「夢のようだった⋯⋯」
今は、明日の結婚式の準備のため王宮へと向かっている。
王宮に行くのはこれがはじめて。
ましてや王様との結婚が決まってもなお、王様の顔は見たことがない。
わかっているのは私と同い歳の若き王。
国民から絶対的な支持を集めているということだけ。
国王様の妃になるなんて女としてこの上ない幸せなことなんだろうけど⋯⋯
本当はもっと女優を続けたかった。
“私は幸せだ”
“この世界の誰よりも幸せなんだ“
さっきからそう自分に言い聞かせているのだけど、ダメ、どうしても涙が堪えられない。
嗚咽を漏らしながら私は泣いた。
涙が枯れる頃には馬車が王宮へと到着した。
近衛兵が守る門の前には30人くらいだろうか執事やメイドの格好をした人たちが待ち構えていた。
「お待ちしておりましたフィーネ様。どうぞこちらへ」
最初に通された場所は大きなシャンデリアが目を惹きつけるエントランスホール。
そして正面の大きな階段がさらに目を惹く。
その大きな階段の天辺には長い赤髪の女性が立っている。
見るからに高価そうなドレスがその女性の身分の高さを表している。
同じ女性の私ですら、見つめられたら顔を紅くしてしまいそうなほどの整った顔。
なのにその美しい顔の眉間に力を入れて、強い眼差しを私に突きつけてくる。
「あなたがフィーネ。王国随一の女優って聞くからどんな女性かと思って楽しみにしてたら、意外と普通なのね」
私は困惑しながら案内してくれている執事に尋ねる。
「あの方は?」
「グレイタム・カシールス侯爵公のご令嬢であらせられるリノン・カシールス様です。
国王様の秘書官にして国王様のもうひとりの婚約者様にございます」
「⁉︎ 私以外にも婚約者が?」
執事の方はコクリと頷くだけ。
「フィーネ、あなた飛んだ食わせ者ね。国王様とのご成婚の儀に際して、あなたの身辺調査をさせてもらったわ」
「私の⋯⋯身辺?」
「そうよ。フィーネ、あなたスラム街の出身よね」
リノン様の発言に周囲のメイドや近衛兵がざわつき出す。
「それがなんだというのですか⋯⋯」
「大問題よ! 国王様の妃がスラム出身だなんって」
なんだかこのシチュエーション、キングダム歌劇場で演じた演劇と似ている。
メイドのミィリーとご主人様の令嬢。
自然と感情が入る。
「差別はおやめ下さい!私には8歳より前の記憶はありません。どこの誰ともわからない私を拾ってくれて、
暖かく育ててくれたスラムの人たちを悪く言わないでください」
「わからないの? あんたたちスラムの人間は社会のゴミなのよ」
「ふざけないで! スラムの人たちは戦争を繰り返す貴族たちの犠牲者です。
みんな戦争で住むとこを奪われて行き場を失った人たち。あなたたちが優雅に紅茶を飲んでいる間も
懸命に生きているのよ。だからこそスラム街で育ったことを恥じてはおりません。
支配人に劇団に誘われるまでの間、スラムの人たちと過ごした日々は良き思い出として今も心に残っております」
「かわいそう。本当、騙されて育ってきたのね。あなたの劇団の支配人も裏の顔はスラム街を漁る奴隷商って噂よ。
きっとあなたは顔がすこし良かったってだけで、売られず見せもの小屋に立たされていたってわけでしょ」
「やめて!これ以上、私の大切な人たちを侮辱するのはやめてッ!」
「フフフ、必死な女って滑稽ね」
『リノンよ。俺に見せたかったものってのはコレか』
「⁉︎」
ホールに若い男性の声が響いた。
「国王様⁉︎」
リノン様が見上げた先には赤いマントを肩に掛け、金の装飾が入った白い高貴な服を着た男性が
黒いブーツで床を鳴らしながら歩いてくる。
「はい。王国随一と謳われ、恐れ多くも国王様と結婚しようとしている女優フィーネ。この女の正体がいかなるものかという断罪劇ですわ」
「その女と俺の結婚が国民からの支持にどう影響するというのだ?」
「もちろん。フィーネの正体が知れ渡ったたら、国民の祝福ムードが一転して大きな失望へと変わりますわ。
そして国王様の支持率を大きく下げることでしょう」
「俺と女優フィーネとの結婚は国民からの支持を確固たるものとして、政権を盤石にするために企てられたもの。
フィーネとの結婚が支持率を押し下げるというのであれば不要だ」
「⁉︎ それって⋯⋯」
「フィーネ、貴様との婚約は破棄する」
「そんな⋯⋯」
「さっすがはロード・ハイネス1世様!賢明なご判断にございます。 ? あら、泣いているの? さすがは女優ね」
これはお芝居の涙なんかじゃない。
私はどんな辛い言葉にもめげない強い心を持ったミィリーを演じているはずなのに。
私の結婚を祝福してくれた人たちの顔が頭の中に溢れてきて、涙がどうしようもなく頬を伝うのだ。
「ちゃんと拭いてよね。大理石の床が穢れるじゃない」
「フィーネ。観衆の支持が頼りの女優なら私の考えていることがわかるはずだ。国民を支配するためには嘘という幻想が必要だ」
「嘘⋯⋯」
「お前たちはそれを演技と呼ぶんだろ。だが俺は違う。“正義”だ。
国民を熱狂させ従わせる嘘こそ正義。俺を信じ崇める国民は、痛みを伴う政策にも反対しない。
むしろその痛みさえも喜ぶ。それこそ次の戦争にもな」
「⋯⋯国王様は私を、国民を戦争に駆り立てる道具にしようとしたんですか?」
「そうだ」
「⁉︎」
「ほら、あななたち何ぼさっとしているの。その女を王宮から連れ出しなさい」
「ハッ」
近衛兵が抵抗する私の両腕を無理矢理掴んで引きずる。
「離して、やめてください。私はーー」
「なにか不満そうな顔をしているなリノン。お前が望んだことじゃないのか?」
「だってだってですよ。国王様がフィーネに婚約破棄を宣言されたとき、物悲しい表情を浮かべていらしたのですよ」
「そうか」
「気づいていらっしゃらなかったのね」
「少々、喋りすぎた。その女をどうしようがリノンに任せる」
「はい」
「リノン。俺を陥れようとした者がいる。この王宮内にはまだ私のことを王位の簒奪者だと思っているものが少なくない。
彼女の関係者を全員始末しろ」
「ハッ。それと国王様、明日、崖の下に滑落した馬車が見つかったという話題が王都を賑わせてしまうこと
ご承知くださいませ」
「勝手にしろ」
次の日の朝、王都の外れにある森の崖下で、王国騎士団の一団が滑落して大破した馬車の残骸を発見した。
国民の誰もが羨み期待した国王と国民的人気女優の結婚。
この1ヶ月、王都は祝福ムードに包まれていた。
しかし、その結婚を目前にした人気女優が王宮に向かう途中、乗っていた馬車が滑落して死亡するという悲劇は、
国王ロード・ハイネス1世の支持をさらに押し上げて政権を盤石なものとする喜劇となった。
真っ赤なドレスを着た女は両手を広げ、飛び散る汗までも宝石のように輝かせる。
そして長い金髪をなびかせながら最後のセリフを言い終えると歌劇場を埋め尽くす観客たちが一斉に立ち上がって拍手を送る。
舞台の上に立つのは王国を代表する人気女優ーー
“フィーネ”
今日は私にとって最期の舞台だ。
舞台の幕が降りきっても観客の拍手はやむことはなかった。
劇団の仲間たちにガードされながら劇場の裏口から脱出。
それでも待ち構えていたファンたちがどっと押し寄せてくる。
仲間たちがファンを掻き分けながらようやく馬車へと乗り込むことができた。
「フィーネ。幸せになるんだよ」
「リナ!」
「王様と幸せにな」
「ロイ」
「あんたと一緒に演技ができた3年間は幸せだったよ」
「リナ、私も」
「さぁ、急いで出発してくれ!」
ロイの合図で、手綱を叩く音が鳴り、馬車が動き出す。
「リナ!ロイ!」
「フィーネ!」
リナも私も涙を流しながらお互いの姿が見えなくなるまで手を振りつづけた。
私には“夢がある”
最高の脚本家が書いた最高の台本で最高の舞台に立って最高の演技をすることだ。
その夢もまた馬車が進むにつれてリナ、ロイたちと一緒に遠ざかってゆく。
どうして私がこの馬車に乗ることになったのかそれは遡ること1ヶ月前のことだ。
劇団の芝居小屋でいつも通り、リナとロイの3人で芝居の稽古に励んでいた。
「ロイ、セリフとセリフの間はこのくらいでいいかしら」
「大丈夫だよフィーネ。リナ、僕が歌いながら出てくるタイミングは合っている?」
「大丈夫よ」
「リナ、私、ここでもっとリナの演じている令嬢に感情をぶつけた方がこの場面に緊張感が出る思うの。どうかな」
「わかった。私も負けないようにする。いいわよ。なんせ主人公の貧しいメイド”ミィリー“と主人公を妬ましく思う令嬢が対峙するこの演劇1番の見せ場だからね。
そして主人公の窮地に颯爽と現れる仮面をつけたマントの男。その正体はミィリーのことをずっと慕っていた公爵様。素敵よねぇ」
「ミィリーは幼い兄弟を養うために令嬢にいじめられながらも懸命にお屋敷で働いていて、公爵様はそんなミィリーを影で見守りながらずっと支えててくれたのよね」
「だから、ロイ! あんたの役はとても重要なんだからもっと気合い入れなさい」
「入れてるって。ていうか2人の方が肩に力入りすぎ。王都で1番大きい“キングダム歌劇場”で演技するからってそんなに力んでいたら
仕草やセリフまわしが固くなっちゃう」
「ロイの言うとおりだね。もう少し力を抜くことができればもっと役に入り込めると思う」
「だったら少し休む?」
「そうだね。リナ」
「俺、水を用意してくるよ」
「私、はやくお肉をたくさん食べたいな」
「フィーネ、本当にお肉好きだよね。そんなに細いのに大柄の大道具さんたちより
食べるからびっくりしちゃう」
「お芝居するとエネルギーたくさん使うからどうしても食べたくなっちゃうの」
「はいはい」
「それに支配人がね。キングダム歌劇場での舞台が成功したら王都で1番美味しいステーキ屋さんに連れてってくれるって」
「マジで?」
「うん」
『フィーネ、少しいいか』
「⁉︎ 」
「「支配人!」」
深刻そうな表情をした支配人が見慣れない男性を連れて稽古場にやってきた。
「国王様と結婚⁉︎ 私が?」
支配人が連れてきた男性は王宮の使者だった。
告げられたのはこの国の王 “ロード・ハイネス1世”との結婚。
それは女優を引退して国王の妃として王宮で暮らすことを意味した。
1ヶ月後のキングダム歌劇場での舞台が私のラストステージになる。
私は一心不乱に1ヶ月間稽古に励んだ。
リナとロイも私のためにと、寝ることも忘れて私の稽古に付き合ってくれた。
そしてさきほど観客から万感の拍手を送られながら私のラストステージは幕を閉じた。
「夢のようだった⋯⋯」
今は、明日の結婚式の準備のため王宮へと向かっている。
王宮に行くのはこれがはじめて。
ましてや王様との結婚が決まってもなお、王様の顔は見たことがない。
わかっているのは私と同い歳の若き王。
国民から絶対的な支持を集めているということだけ。
国王様の妃になるなんて女としてこの上ない幸せなことなんだろうけど⋯⋯
本当はもっと女優を続けたかった。
“私は幸せだ”
“この世界の誰よりも幸せなんだ“
さっきからそう自分に言い聞かせているのだけど、ダメ、どうしても涙が堪えられない。
嗚咽を漏らしながら私は泣いた。
涙が枯れる頃には馬車が王宮へと到着した。
近衛兵が守る門の前には30人くらいだろうか執事やメイドの格好をした人たちが待ち構えていた。
「お待ちしておりましたフィーネ様。どうぞこちらへ」
最初に通された場所は大きなシャンデリアが目を惹きつけるエントランスホール。
そして正面の大きな階段がさらに目を惹く。
その大きな階段の天辺には長い赤髪の女性が立っている。
見るからに高価そうなドレスがその女性の身分の高さを表している。
同じ女性の私ですら、見つめられたら顔を紅くしてしまいそうなほどの整った顔。
なのにその美しい顔の眉間に力を入れて、強い眼差しを私に突きつけてくる。
「あなたがフィーネ。王国随一の女優って聞くからどんな女性かと思って楽しみにしてたら、意外と普通なのね」
私は困惑しながら案内してくれている執事に尋ねる。
「あの方は?」
「グレイタム・カシールス侯爵公のご令嬢であらせられるリノン・カシールス様です。
国王様の秘書官にして国王様のもうひとりの婚約者様にございます」
「⁉︎ 私以外にも婚約者が?」
執事の方はコクリと頷くだけ。
「フィーネ、あなた飛んだ食わせ者ね。国王様とのご成婚の儀に際して、あなたの身辺調査をさせてもらったわ」
「私の⋯⋯身辺?」
「そうよ。フィーネ、あなたスラム街の出身よね」
リノン様の発言に周囲のメイドや近衛兵がざわつき出す。
「それがなんだというのですか⋯⋯」
「大問題よ! 国王様の妃がスラム出身だなんって」
なんだかこのシチュエーション、キングダム歌劇場で演じた演劇と似ている。
メイドのミィリーとご主人様の令嬢。
自然と感情が入る。
「差別はおやめ下さい!私には8歳より前の記憶はありません。どこの誰ともわからない私を拾ってくれて、
暖かく育ててくれたスラムの人たちを悪く言わないでください」
「わからないの? あんたたちスラムの人間は社会のゴミなのよ」
「ふざけないで! スラムの人たちは戦争を繰り返す貴族たちの犠牲者です。
みんな戦争で住むとこを奪われて行き場を失った人たち。あなたたちが優雅に紅茶を飲んでいる間も
懸命に生きているのよ。だからこそスラム街で育ったことを恥じてはおりません。
支配人に劇団に誘われるまでの間、スラムの人たちと過ごした日々は良き思い出として今も心に残っております」
「かわいそう。本当、騙されて育ってきたのね。あなたの劇団の支配人も裏の顔はスラム街を漁る奴隷商って噂よ。
きっとあなたは顔がすこし良かったってだけで、売られず見せもの小屋に立たされていたってわけでしょ」
「やめて!これ以上、私の大切な人たちを侮辱するのはやめてッ!」
「フフフ、必死な女って滑稽ね」
『リノンよ。俺に見せたかったものってのはコレか』
「⁉︎」
ホールに若い男性の声が響いた。
「国王様⁉︎」
リノン様が見上げた先には赤いマントを肩に掛け、金の装飾が入った白い高貴な服を着た男性が
黒いブーツで床を鳴らしながら歩いてくる。
「はい。王国随一と謳われ、恐れ多くも国王様と結婚しようとしている女優フィーネ。この女の正体がいかなるものかという断罪劇ですわ」
「その女と俺の結婚が国民からの支持にどう影響するというのだ?」
「もちろん。フィーネの正体が知れ渡ったたら、国民の祝福ムードが一転して大きな失望へと変わりますわ。
そして国王様の支持率を大きく下げることでしょう」
「俺と女優フィーネとの結婚は国民からの支持を確固たるものとして、政権を盤石にするために企てられたもの。
フィーネとの結婚が支持率を押し下げるというのであれば不要だ」
「⁉︎ それって⋯⋯」
「フィーネ、貴様との婚約は破棄する」
「そんな⋯⋯」
「さっすがはロード・ハイネス1世様!賢明なご判断にございます。 ? あら、泣いているの? さすがは女優ね」
これはお芝居の涙なんかじゃない。
私はどんな辛い言葉にもめげない強い心を持ったミィリーを演じているはずなのに。
私の結婚を祝福してくれた人たちの顔が頭の中に溢れてきて、涙がどうしようもなく頬を伝うのだ。
「ちゃんと拭いてよね。大理石の床が穢れるじゃない」
「フィーネ。観衆の支持が頼りの女優なら私の考えていることがわかるはずだ。国民を支配するためには嘘という幻想が必要だ」
「嘘⋯⋯」
「お前たちはそれを演技と呼ぶんだろ。だが俺は違う。“正義”だ。
国民を熱狂させ従わせる嘘こそ正義。俺を信じ崇める国民は、痛みを伴う政策にも反対しない。
むしろその痛みさえも喜ぶ。それこそ次の戦争にもな」
「⋯⋯国王様は私を、国民を戦争に駆り立てる道具にしようとしたんですか?」
「そうだ」
「⁉︎」
「ほら、あななたち何ぼさっとしているの。その女を王宮から連れ出しなさい」
「ハッ」
近衛兵が抵抗する私の両腕を無理矢理掴んで引きずる。
「離して、やめてください。私はーー」
「なにか不満そうな顔をしているなリノン。お前が望んだことじゃないのか?」
「だってだってですよ。国王様がフィーネに婚約破棄を宣言されたとき、物悲しい表情を浮かべていらしたのですよ」
「そうか」
「気づいていらっしゃらなかったのね」
「少々、喋りすぎた。その女をどうしようがリノンに任せる」
「はい」
「リノン。俺を陥れようとした者がいる。この王宮内にはまだ私のことを王位の簒奪者だと思っているものが少なくない。
彼女の関係者を全員始末しろ」
「ハッ。それと国王様、明日、崖の下に滑落した馬車が見つかったという話題が王都を賑わせてしまうこと
ご承知くださいませ」
「勝手にしろ」
次の日の朝、王都の外れにある森の崖下で、王国騎士団の一団が滑落して大破した馬車の残骸を発見した。
国民の誰もが羨み期待した国王と国民的人気女優の結婚。
この1ヶ月、王都は祝福ムードに包まれていた。
しかし、その結婚を目前にした人気女優が王宮に向かう途中、乗っていた馬車が滑落して死亡するという悲劇は、
国王ロード・ハイネス1世の支持をさらに押し上げて政権を盤石なものとする喜劇となった。
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