目覚め

小倉千尋

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第四章

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 真理子の部屋に入るのは初めてだった。三LDKの小綺麗な広い部屋だった、調度品もいいものばかりだった。上野が死んでから移り住んだとこの前聞いたばかりだ。オートロック式のマンションなのでここにいる限りは安全そうだった。
 十三時半、夕食までまだまだだったがもうすでに何かを煮込んでいるようないい香りが漂って来ている。

「直人さんお昼は食べたのかしら」
「バミューダでサンドイッチだけ食べたけど物足りないな」
「あら、そうだったの、じゃあ一緒に軽く何か食べましょうか?  私もまだなの」
「パンでもいいかしら」

 いいよと答える。
 数分後には二枚のトーストとスクランブルエッグが二人分キッチンに並べられていた。
 テーブルに向かい合わせに座り、二人で食べ始める。食べながら話を振る、

「まず始めに、今回の一連の出来事に心当たりはないか?  何でもいい。上野の話でもいいぞ」

 真理子は少し考えるフリをして、

「ないわね、上野がオーナーをしてた時よりも経営は良くなったって事くらいかしら?  上野とはお見合いで結婚したけど、恋愛感情など感じた事もないし勢いで結婚したって感じだわ、結婚してから気づいたのだけど上野はお金が絡むと何にでも飛びつくような小悪党だったの、それで私は徐々に嫌になって来て、でも一ヶ月くらいで末期癌が見つかり五ヶ月で亡くなったの、その後上野の姓を名乗るのが嫌になって旧姓の田辺に戻して家も売り払いここに引っ越したの、引き継いだのは仕事と車だけで他の物はぜんぶ買い替えたのよ」

 先日レストランで酔って話した事とあまり変わらなかった、収穫は上野が小悪党だったことくらいか。

「そうだわ」

 真理子が何か思い出したかのように話し始める。

「上野が入院したての頃お医者様に、金ならいくらでも払う、大金が入って来るから手術でも何でもしてくれお願いだ、って言ってたわ、私は心当たりはなかったし聞くのも初めてだったけど、新しい商売でも始める気なのかなくらいにしか思ってなかったの、何か参考になればいいのでしょうけど今はこれくらいしか思い出せないわ、ごめんなさい」

 と頭を下げた。  

「いや、十分だ話してくれてありがとう」

 とだけ答えた。上野が何かしらのキーマンになりそうだった、少なくともこの事件の核に近いところに上野がいることは間違いないと確信した、頭の済に置いておく。

 それからは話題を変えお互いの知らなかったことや仕事の話題とお互い相手をどう思っているのかまで話した。

「私はもう五年も前からずっと直人さんの事が好き、いいえ愛してると言っても過言ではないわ」

 耳まで真っ赤にしながらもこう言った。俺も同じ気持ちだよと答えると、涙目をきらきらさせて抱きついてきた、俺も抱きしめた。
 大切にしよう守らなければと言う気持ちが昂ぶってくる。男は一生に一度は命をかけなければいけない時がある、今がそうなのだろうかわからないが、そう思う事にした。

「晩御飯にしましょ」

 そういえば長い時間話をしていた。楽しければ楽しい程、時間というのは早く過ぎてしまう、時間というのは時に残酷だ。
 キッチンに食器が並べられていく、どことなく懐かしいような気がした。
 ビーフシチューだった肉が口の中でとろけるような感覚だ、野菜もとろとろに煮込んであってまさに絶品だった、急いで食べていると真理子から咎められた。

「ちゃんと味わってゆっくり食べて、西田さん直伝の愛情たっぷりのシチューなのよ、それとご飯も炊いてあるから食べたければ言ってね」

 そういえばメニュー表にもいろいろなシチューが揃っていた気がする。

「済まなかった、あまりの美味しさに夢中になっていた、こんなに美味いシチューは初めてだ、おかわりを貰えるかい」

 嬉しそうに真理子は席を立ちシチューを入れてくれた。そっとワインをついでくれる。ワインには疎いが美味しいワインだった。
 結局シチューは三杯食って、ワインがまわり酔ってきた。ワインは後から効いてくる。
 ごちそうさまと言ってリビングに移った。車だったのを思い出しタクシーで帰るか悩んでいたら、真理子も思い出したのか、

「いけない、直人さん車だったわね今日は泊まって行って、いくら家が近いとはいえそこまで酔っていては危険だわ」

 と言うので甘やかさせてもらう事にした。

「助かる、一晩お世話になるよ。寝込みを襲ったりしないから安心してくれ」

「私はこう見えてガードは固いのよ、数年この部屋に住んでて誰か男の人を部屋に入れたり、夕飯を誰かと食べたりするの初めてなんだからね」

「それは光栄だな、ところで今何時だ?」

 酔っていて時計が見れない、

「二十三時よ、でも酔ってる直人さんも紳士的なのね、ベッドはそっちの奥の部屋よ、クローゼットにジャージがあるから着替えて寝てちょうだい」
 言われるがまま部屋に入った、いい香りがする、もしかすると真理子の部屋なのかもしれない、クローゼットを開ける赤のジャージがあった。身長の高い真理子のジャージなら着れるかもしれないと思ったが一七八センチの俺が着るとぱつぱつだった。倒れる様にベットに潜り込んだ、睡魔には抗えなかった。
すぐに眠りに落ちていく……
 携帯のアラームが鳴っていた、目を開けるとびっくりした、真理子が俺に抱きつくようにパジャマ姿で眠っていたのだ。アラームを止めるのと同時に真理子も目を覚ました。

「おはよう直人さん、直人さんの寝顔を見てる間に私も寝ちゃってたみたい。抱きついてるのは不可抗力よ」

 くすりと笑う、真理子は意外と大胆だ。  すっぴんだったがやはり綺麗な顔立ちをしている。




 朝は俺の車で真理子を送ってから作業場に入った、後から付いてきた谷口が俺に鼻を近づける、

「直人、昨日田辺さんとこに泊まったな、女の匂いがする」

 にやにやと笑いながらも、

「大事にしてあげなさい、相当苦労してバミューダを再建させたんだからな」

 もう目は笑っていなかった。

「いやこれは事情があって、泊まりましたが何もしてないですよ」

 と弁解すると意外とすんなり納得したようだったが、他の工員達は冷やかすように笑っていたので居心地は悪かった、がいずれバレるなら早くてもいいかと開き直って作業に集中するように心がけた。

 昼休憩に入った、今日は真理子の手作り弁当だった。
 こんな風に昼飯を食べるのが素直に嬉しかった、言われた通りゆっくり時間をかけ味わって食べた。他の連中も彼女や嫁の手作り弁当を食べている、今までコンビニ弁当を食べていたのは俺だけだったので初めて仲間入りしたことに喜びを覚えていた。

 携帯が鳴った、望月からだったので出る、

「坂井今夜は空いてるか?  調査終わったから報告書を今作ってる、夕方までには終わると思う」
「昨日の今日で早いな助かるよ、十九時にはそっちにつくよ、ありがとう」

 と言って電話を切った。昨日の昼に頼んでちょうど丸一日で終わるとは驚きだ、望月は探偵に向いてないと思ったが意外と優秀なのかもしれない。
  真理子に電話をかける、すぐに応答があった。

「今日は悪いが歩いて帰ってくれないか?  例の件の糸口が掴めそうなんだ」
「全然構わないわよ、歩いても五分くらいだし。それよりも直人さんが心配だわ、引き釣り込むような形にさせちゃってごめんなさいね」
 今更何をと思った。

「気にする必要はないさ、昔っからこういう性分なんでね、何かしら進展があれば真理子にも報告するさ」

 と言って電話を終える。
 午後はなるべく残業にならないように急いで仕事を片付けていく、早く望月の報告が聞きたかった。
 こういう時の時間は過ぎるのが遅い。
 谷口が近づいてきた、声を潜めるかのように話し出す、

「さっき木下という刑事が来た、写真を見せられたがこれ田辺さんのベンツだよな?  実は十一月下旬にもうちに来てるんだが、知らない見たこと無いと言っておいた、坂井君にもよろしくと言って帰っていったが」
 やはり谷口のとこまでにもあの刑事達は来てたのか、とするとやっぱり警察はまだ車を探し出せていないと言う事だ、ナンバープレートの変更と、銃痕の跡を消したのが役立ったのだ。

 谷口には隠しきれないと思い、かいつまんで同じ頃に同じ刑事が来たことやナンバープレートと銃痕を隠蔽したのが俺だった事を手短に話した。もちろん上野の事も話した。
 谷口は真剣な表情で何かを考えてから、

「上野さんは事件に巻き込まれるタイプの人だったが、田辺さんは絶対にそんなタイプではない真面目にコツコツと頑張っている、それにお前の彼女だしな、よしあのベンツ抹消するぞ、田辺さんのためにもそれがいい、お前は今から田辺さんのところに行って車のキーや車検証全部持って来い、今やってる作業はすぐに他の者と交代だ」

 俺は頷いた強力な味方が増えた、それだけで嬉しかった。
 真理子の事務所に行き一連の出来事を話した、黙ってずっと聞いていた真理子は俺の話が終わると深く深呼吸をして言った、

「全部任せていいかしら、車は上野名義のままだしずっと手放したかったの。谷口さんにまで迷惑かけてしまっていたなんて自分が情けないわ。車検証とかは全部ダッシュボードに入っているから」

 と言ってキーを手渡してきた。受け取り最後の確認を取る、

「明日にもスクラップになる覚悟は出来てるんだな?」
「ええ、一秒でも早く解決したいから」
 真剣な表情で目を閉じた、
「じゃあな、警察が来ても知らぬ存ぜぬを突き通せよ」

 真理子は目を閉じたまま頷いた。確認して駐車場に行き車を工場まで運ぶ。
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