クリームソーダ戦記 ―世界から甘味と感情が消されたので人造少女と共にクリームソーダで革命します―

辻堂安古市

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28 聖杯の器

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 診察を終え、SoDAをラボに残したリンは、カイトの腕を無言で引き、人気のないテラスへと連れ出した。 夜風は冷たいはずだが、まだ大気に微かな甘い香りを残している。

「……カイト、もう話してくれてもいいんじゃない?」

「何の話だ?」

 リンは小さく息を吐きだしてから、言葉を続ける。

「単刀直入に聞くわ。……SoDAは何者なの?さっき診察してみて確信したわ。あれはただのバイオロイドじゃない。感情濃度が最大に達した瞬間の演算処理、そしてあの空白の領域……。さっきは「錬金術とテクノロジーの融合」なんて言ってたけど、それだけじゃ説明できない」

 リンの瞳は、いつになく鋭い。

「SoLaを思い出して。彼女も帝国最新鋭のOSだけど、あなたのソーダを飲んで『回路がショート』しかけた。感情を処理しきれずに、強制的にロジックを書き換えられたの。……でも、SoDAは違う。彼女は自分から魔法陣に飛び込み、錬金術のエネルギーをその身に『受容』した。あんなこと、普通のバイオロイドがやれば、分子構造が崩壊してしまう。あれは、一種の『特異点』よ。あなたは彼女をどこで拾ったの?」


 リンの指先が、わずかに震えている。カイトは視線を落とし、腰に差しているエトワールを触った。隠し通せる相手ではない。彼はゆっくりと、あの日のことを話し始めた。

「……バニラ博士は、いつも言っていたんだ。『いつか、世界から感情が完全に消えてしまう日が来る。もしそうなったら、この世界の感情をもう一度沸き立たせるための「聖杯」を探せ』って」

「聖杯……?」

「ああ。博士が亡くなった後、形見の喫茶店の地下室で見つけたんだ。古びた装置の中で眠っていたのが、SoDAだった」

 リンが息を呑む。

「……まさか、SoDAが『聖杯』だっていうの?」

「博士からはそれ以上の説明はなかった。彼女自身も、自分の製造工程や過去の記録の多くがロックされている。でも……」

 カイトは夜空を見上げ、困ったように頭を掻いた。ある程度の推測はしていたが、いざ言葉にするとなると、自分でも現実味が薄い。



 夜のテラスは静まり返っていた。
 遠くの街明かりが、まるで別の世界の出来事のように揺れている。

「……帝国は、“聖杯”を探してた」

 カイトは、夜空ではなく足元を見つめたまま言った。

「感情が失われつつある世界で、人々にもう一度“希望”を与える力を持つ存在。それを、危険だと判断した」

 リンは眉をひそめる。

「希望を、危険だと?」

「制御できないからだ」

 カイトの声は低い。

「怒りも、悲しみも、喜びも、全部ひっくるめた“感情”は、人を動かす。帝国にとっては、秩序を乱す最大の不確定要素だ」

 リンは、先ほど見たSoDAの内部構造を思い出していた。

 感情濃度が上がった瞬間に跳ね上がる演算値。
 そして、あの意図的に残された空白。

「だから博士は……」

 リンが言葉を継ぐ。

「ああ」

 カイトは短く頷いた。

「“聖杯”を、モノのままにしなかった。もし黄金の杯や、エネルギー炉のような形で残していたら、帝国はいずれ見つけ出しただろう。必ず奪い、解析し、利用する。だから博士は、発想を逆にした。“集める器”そのものを、生きた存在に変えたんだと、俺は考えている」

 リンは息を呑む。

「……SoDAが、聖杯そのもの」

「正確には、“聖杯の機能を持つ人工生命体”だ」

 カイトは静かに言った。

「人が失っていった感情を蓄積し、そして改めて注ぎなおす存在……」

 リンの声が、わずかに震える。

「もしそのことが帝国に知れたら……帝国が彼女を『聖杯』として認識したら、彼らは手段を選ばないわ。民衆の心を自在に操作する『洗脳の触媒』にだってなり得る。カイト、あなたはとんでもないものを抱えてるのよ。それは世界を救う希望かもしれないけれど、一歩間違えれば、世界を永遠の支配下に置くための最終兵器になる……!」

「そうだ。なのに俺は彼女を『使わなければ』ならないんだ」

 カイトは拳を握った。



 リンは目を伏せた。

「……残酷ね」

「分かってる」

「彼女自身は、選んでない。聖杯として生きることも、帝国から狙われることも」

 カイトは否定しなかった。

「博士は、帝国から希望を守るために、SoDAを作った。でも同時に……」

 彼は一瞬、言葉を探した。

「人類の未来を、彼女一人に託した」

 リンはゆっくりと顔を上げる。

「じゃあ、あの空白……Codeは何だと思ってるの?」

「……安全装置だと思ってる」

「安全装置?」

「感情を放出しなければ、意味がない。でも、無差別に解放すれば世界は壊れるか、二度と感情は戻らない。それを防ぐためには、SoDA自身が感情というものを学習し、自分のものとしなければならない。さっきのCodeは、彼女の解放の条件だろう」

 リンは、はっきりとした恐怖を覚えた。

「それが発動した時、何が起こるの?」

「分からない。でも、多分……SoDAの持つ感情が、“希望”として世界に還元される」

 カイトは正直に言った。

「それは、救済でもあり、革命でもあるわ」

 リンは唇を噛む。

「だから帝国は恐れてる。民衆が、自分の感情を思い出すことを」

 夜風が二人の間を吹き抜ける。

「カイト、あなたは、SoDAをどうするつもり?」

「……俺は、SoDAを“道具”として完成させるつもりはない」

「彼女が選ぶなら、止めない。でも、選ばせないまま発動させることだけは、しない」

 リンは、深く息を吐いた。

「博士は、とんでもない宿題を残したわね。聖杯を守るために、世界で一番壊れやすい形にしたんだから」

「ああ」

 カイトは苦く笑う。


 ラボの奥で眠るSoDAは、まだ何も知らない。
 自分が、帝国に恐れられる“希望の器”であることも。
 そして、自分が目覚めたその時、世界が変わるかもしれないことも。







 
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