絹色物語〜和の色が紡ぐ記憶の記録

辻堂安古市

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第一幕

第三帖「青竹の節目」




「青竹色(あおたけいろ)」は、成長の真っ只中にある竹のような、瑞々しくも張り詰めた青緑色。







 季節はめぐり、初夏の光が路地を白く照らす頃。

 藍さんの店を訪れたのは、バイオリンのケースを背負った、肩の細い少年でした。

「……もう、弾けないかもしれないんです」

 彼は椅子に座るなり、うつむいてそう溢しました。

 幼い頃から神童と呼ばれ、期待を一身に背負ってきた彼。しかし、あるコンクールで思うような演奏ができず、それ以来、弦に触れるだけで指先が震えてしまうのだといいます。

「心が、枯れてしまったみたいで。何を弾いても、カサカサした乾いた音しか出ないんです。僕はもう、バイオリンを弾けないかもしれません」


 藍さんは少年の前に、冷たいお茶を差し出しました。そして、店の奥から一本の緑色に輝く絹糸を持ってきました。

 「この色は、青竹色といいます。竹は冬の寒さに耐え、春の雨を吸って、一気に天へと伸びるんです。その時の竹は、瑞々しくて、それでいてどんな強風にも折れない強さを持っています」

 藍さんは少年のバイオリンケースを見つめました。

「あなたの心は枯れたのではないと思いますよ。今は、次の『節目』を作っている最中なのではないでしょうか。竹に節目があるからこそ、あんなに高く伸びても折れないように」



 藍さんは、その青竹色の絹糸を使って、小さな楽器拭きの布を織り上げました。

 その布は、まるで竹林を吹き抜ける風をそのまま形にしたような、鮮やかで透き通るような緑色をしていました。

 少年がその布でバイオリンを丁寧に拭き始めると、不思議なことが起こりました。

 古びた木のボディが、青竹色の布に触れるたびに、まるで生き返ったように艶やかな光を放ち始めたのです。店の中に、微かに笹の葉が擦れ合うような、清涼な音が響きました。

「これは……」

 少年は、恐る恐る弓を手に取りました。
 弦に弓を置くと、そこから溢れ出したのは、これまでの悩みや苦しみを全て洗い流すような、真っ直ぐで力強い音色でした。

 それは、決して完璧な名演ではありませんでした。けれど、地面を割って芽吹く竹のような、生命力に満ちた「今の彼」にしか出せない音でした。

 「この色は、あなたの『若さ』と『再出発』の色。迷ったときは、この青竹色を思い出してください。折れずに、しなやかに。あなたはまた、高く伸びていけます」

 少年が店を出る時、その足取りは以前よりもずっと軽く、背筋は竹のように真っ直ぐに伸びていました。





 藍さんは、彼が去った後の道を眺めながら、ふっと独り言を漏らしました。

「節目があるからこそ、空はあんなに高く見えるのですね……私もそろそろでしょうか」

 暖簾の向こう、初夏の空はどこまでも青く、竹林を揺らす風の音が聞こえた気がしました。





───────────

青竹色(あおたけいろ)

特徴: 成長したばかりの若竹の幹のような、冴えた青緑色。

象徴: 成長、潔白、若々しさ、そして困難を跳ね返す強さ。





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