3 / 20
第一幕
第三帖「青竹の節目」
「青竹色(あおたけいろ)」は、成長の真っ只中にある竹のような、瑞々しくも張り詰めた青緑色。
季節はめぐり、初夏の光が路地を白く照らす頃。
藍さんの店を訪れたのは、バイオリンのケースを背負った、肩の細い少年でした。
「……もう、弾けないかもしれないんです」
彼は椅子に座るなり、うつむいてそう溢しました。
幼い頃から神童と呼ばれ、期待を一身に背負ってきた彼。しかし、あるコンクールで思うような演奏ができず、それ以来、弦に触れるだけで指先が震えてしまうのだといいます。
「心が、枯れてしまったみたいで。何を弾いても、カサカサした乾いた音しか出ないんです。僕はもう、バイオリンを弾けないかもしれません」
藍さんは少年の前に、冷たいお茶を差し出しました。そして、店の奥から一本の緑色に輝く絹糸を持ってきました。
「この色は、青竹色といいます。竹は冬の寒さに耐え、春の雨を吸って、一気に天へと伸びるんです。その時の竹は、瑞々しくて、それでいてどんな強風にも折れない強さを持っています」
藍さんは少年のバイオリンケースを見つめました。
「あなたの心は枯れたのではないと思いますよ。今は、次の『節目』を作っている最中なのではないでしょうか。竹に節目があるからこそ、あんなに高く伸びても折れないように」
藍さんは、その青竹色の絹糸を使って、小さな楽器拭きの布を織り上げました。
その布は、まるで竹林を吹き抜ける風をそのまま形にしたような、鮮やかで透き通るような緑色をしていました。
少年がその布でバイオリンを丁寧に拭き始めると、不思議なことが起こりました。
古びた木のボディが、青竹色の布に触れるたびに、まるで生き返ったように艶やかな光を放ち始めたのです。店の中に、微かに笹の葉が擦れ合うような、清涼な音が響きました。
「これは……」
少年は、恐る恐る弓を手に取りました。
弦に弓を置くと、そこから溢れ出したのは、これまでの悩みや苦しみを全て洗い流すような、真っ直ぐで力強い音色でした。
それは、決して完璧な名演ではありませんでした。けれど、地面を割って芽吹く竹のような、生命力に満ちた「今の彼」にしか出せない音でした。
「この色は、あなたの『若さ』と『再出発』の色。迷ったときは、この青竹色を思い出してください。折れずに、しなやかに。あなたはまた、高く伸びていけます」
少年が店を出る時、その足取りは以前よりもずっと軽く、背筋は竹のように真っ直ぐに伸びていました。
藍さんは、彼が去った後の道を眺めながら、ふっと独り言を漏らしました。
「節目があるからこそ、空はあんなに高く見えるのですね……私もそろそろでしょうか」
暖簾の向こう、初夏の空はどこまでも青く、竹林を揺らす風の音が聞こえた気がしました。
───────────
青竹色(あおたけいろ)
特徴: 成長したばかりの若竹の幹のような、冴えた青緑色。
象徴: 成長、潔白、若々しさ、そして困難を跳ね返す強さ。
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
義姉と押し入れに隠れたら、止まれなくなった
くろがねや
恋愛
父の再婚で、義姉ができた。
血は繋がっていない。でも——家族だ。そう言い聞かせながら、涼介はずっと沙耶から距離を取ってきた。
夏休み。田舎への帰省。甥っ子にせがまれて始まったかくれんぼ。急いで飛び込んだ押し入れの中に、先客がいた。
「……涼介くん」
薄い水色の浴衣。下ろした髪。橙色の光に染まった、沙耶の顔。
逃げ場のない暗闇の中で、二人分の体温が混ざり合う。
夜、来て。
その一言が——涼介の、全部を壊した。
甘くて、苦しくて、止まれない。
これは、ある夏の、秘密の話。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。