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第二幕
第一帖「浅緑の言の葉」
藍さんが店を畳んで旅に出たあと、別の場所、あるいは別の時間。
新しい物語は、萌黄色よりも少しだけ大人びた、けれど春の余韻をたっぷりと含んだ「浅緑(あさみどり)」。若葉が大人になる前の、ほんの一瞬のきらめきを写し取った色から始まります。
湖のほとり、柳の枝が水面を撫でる静かな町に、その染物屋はひっそりと暖簾を掲げていました。
かつての路地裏とは違う、風が通り抜ける明るい店先。藍さんは相変わらず、穏やかな微笑みでそこに立っていました。
ある朝、一人の若い女性が店を訪れました。彼女は手紙を書いては破り、書いては破りしているうちに、指先がインクで汚れてしまったという指先を苦笑いしながら見せ、落ち着かない様子でこう切り出しました。
「藍さん……。誰かに想いを伝えるとき、強すぎず、かといって消えてしまわないような、そんな色の贈り物をしたいんです」
彼女が恋をしている相手は、幼馴染の青年。あまりに近くにいすぎたせいで、今さら「好き」という真っ直ぐな言葉をぶつけるのは、今の関係を壊してしまいそうで怖いのだと言います。
「でも、今のままではいられない。春の光の中で、ふっと心がほどけるような……そんな色があれば」
藍さんは店の外に広がる、芽吹いたばかりの柳の並木を指差しました。
「それなら、浅緑色はいかがでしょうか。万葉の昔から、春の訪れを寿ぐ色として愛されてきた色です。濃い緑になる一歩手前の、一番初々しく、優しい色ですよ」
藍さんは、透けるほどに薄い絹の薄衣を、浅緑色に染め上げました。それは、水に溶かした光をそのまま布にしたような、淡く、瑞々しい緑。
「この色は、相手を縛り付ける色ではありません。隣に座って、一緒に風に吹かれているような……そんな安心感を与える色なのです」
女性がその薄衣を手に取ると、驚いたことに、布から微かに「せせらぎ」の音が聞こえてきました。そして、彼女が言葉にできずにいた想いが、浅緑色の霞となってふわりと立ち上がったのです。
「不思議……。私、あんなに焦っていたのに。この色を見ていると、伝わらなくても、彼と一緒にいられる今がとても愛おしく思えてきます」
彼女は、その浅緑の薄衣を丁寧に包み、店を後にしました。告白をする勇気ではなく、相手を慈しむ心の余裕を、まるでその色が彼女に与えたようでした。
数日後、湖畔の柳の下で、浅緑のストールを風になびかせながら、隣を歩く青年と笑い合う彼女の姿がありました。
浅緑色は、二人の間に流れる時間を、優しく、けれど確かに新しく塗り替えていたのです。
藍さんは店先で、柳の葉が揺れる音を聞きながら、新しい染料をかき混ぜます。
「心地良い風と音ね……次はどんな心の色に出会えるかしら」
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浅緑(あさみどり)
特徴: 春に芽吹いたばかりの若葉のような、薄い緑色。万葉集などの古典にも頻繁に登場する、非常に歴史の古い色。
象徴: 初々しさ、希望、穏やかな愛情、春の息吹。
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