絹色物語〜和の色が紡ぐ記憶の記録

辻堂安古市

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第三幕

第四帖「秋桜色の道標」




「秋桜色(あきざくらいろ)」は、風に揺れるコスモスの花びらのような、可憐でいてどこか寂しげな、透き通るようなピンク色です。








 城下町が秋の気配に包まれ、水路沿いに、柔らかな風が吹き抜ける昼下がり。藍さんの店を訪れたのは、背筋をすっと伸ばした、どこか高潔な雰囲気を持つ老婦人でした。

 彼女は大切そうに、色褪せた古い手紙を一通、机に置きました。

「藍さん……。この手紙の主と、何十年ぶりかで再会することになったのです。でも、今の私には、彼と会うための『勇気』が足りません」

 手紙の消印は三十年以上前。かつて、ある事情で引き裂かれた恋人からのものでした。
 老婦人は、年齢を重ねた自分に自信が持てず、再会を迷っていました。自分はもう、あの頃のような若々しい花ではないのだと。

 藍さんは、窓の外で秋風に吹かれながらも、決して折れずに立ち続けるコスモスを指差しました。

「秋桜(コスモス)は、一見すると弱々しく見えます。けれど、大風が吹けばしなやかに受け流し、倒れてもそこからまた根を張る。その強さこそが、秋桜色の本質なのです」



 藍さんは、老婦人のために特別な染料を調合しました。

 それは、少女のような幼いピンクではなく、これまでの月日が刻んできた優雅さと、凛とした誇りを混ぜ合わせた「秋桜色」の絹のスカーフでした。

「この色は、単なる可愛らしさではありません。多くの風雨に耐え、それでもなお美しく咲き続けると決めた女性の、『覚悟』の色です」

 藍さんが染め上げたその布を首に巻いた瞬間、老婦人の瞳に、かつての少女のような輝きと、大人の女性としての余裕が同時に宿りました。

「藍さん、ありがとう。私、勇気を出して、あの方とお会いしてみることにするわ」

 老婦人は、少し恥ずかしそうに、でも嬉しそうに首元のスカーフを押さえながら言いました。




 数日後。

 駅のベンチで、一人の老紳士が落ち着かない様子で待っていました。そこへ、秋桜色のスカーフを風になびかせた彼女が現れました。

 二人が見つめ合った瞬間、三十年の空白は一気に埋まり、そこにはただ、秋の光に照らされた美しい再会の景色が広がっていました。

「……お変わりありませんね。あの頃よりもずっと、素敵な色になられた」

 老紳士の言葉に、彼女は秋桜のような明るい笑顔で応えました。





 藍さんは、遠くからその様子を眺め、手元の手帳に一筆書き添えました。

『秋桜色――それは、失われることのない乙女心と、歳月が育てた強さの共演』







────────────────────

秋桜色(あきざくらいろ)

特徴: コスモスの花のような、明るく淡い紅。明治以降に広まった比較的新しい和色名です。

象徴: 乙女の真心、調和、謙虚、しなやかな強さ。


感想 1

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