30 / 108
8.神隠し編
39問四:伝えたい言葉は何ですか 前編
しおりを挟む――河道ルシルにとって、クロとは、この世で最も忌み嫌う存在だった。
目の前で妹を殺した仇。希兵隊になった今、倒しても倒しても、その憎悪が薄まることはない。そんな、嫌悪の最たる対象だった。
――河道ルシルにとって、時尼霞冴とは、この世で最も守りたいと願う存在だった。
苦楽も寝食も共にして、その長所も短所も、強さも弱さも熟知しあった仲。失った何かを埋めるようにかわいがり、支えたいと思った彼女は、今や村にいた時の友人たちにも勝る親友だ。
だから、この二つは、どうあっても遠ざけていたいと思っていた。自分が間に入って、決して双方を近づけない。そうあれるほど強くありたいと望んでいた。
今、彼女の目の前には、最愛の親友を食らおうとする最悪の存在が立ちはだかっていた。可能な限り遠く遠くと望んだ両者の距離は、ゼロだ。
ここで二の足を踏んでいるようでは、立てた誓いは果たせない。臆してなど、泣いてなどいらいでか。投げ出せば、すべてを失う。ならば、ほんの一握りの希望だとしても、足掻いて足掻いて足掻き抜いて、つかみとるまでだ。
(霞冴……)
刀を脇構えに構え、腰を落とす。猫炎を形成すほど密集した源子をまとい、ルシルは胸の内で高らかに言い放った。
(お前は必ず私が助ける。このプライドと友情にかけて!)
その信念を推進力に、一瞬で地を蹴った。
最も早く届く軌道で刀を振り、霞冴の得物を弾き飛ばそうとする。当然、そんなヘマをする最司官護衛官ではなく、勢いを殺す角度で受け、鍔迫り合いに持ち込んだ。だが、それもルシルの想定内だ。至近距離で、空虚な目をした霞冴に向かって声を振り立てる。
「霞冴! 聞こえるか、霞冴!」
そうしながらも、霞冴の右手首を狙って膝蹴りを繰り出した。握りが緩む。が、素早く持ち直し、ルシルへと重い斬撃を放った。間一髪で防ぎ、後方へと跳ね飛ばされたルシルは、得意のとんぼ返りで体勢を立て直した。
既知の事実ではあったが、スピードでは霞冴にはかなわない。ルシルは精神を集中させると、一つだけ、深く長い呼吸をした。
策を巡らせているのだろうか、と固唾をのんで見ていた、皆の最前列に立つ雷奈が、唐突に飛び上がった。
「水!?」
いつの間にか、足元に水が張られていた。氷架璃や芽華実も驚いて足踏みする。数センチの高さまでたまった水がちゃぷちゃぷと跳ねた。
「なして……」
「ルシルだ」
コウの言葉にかぶさるように、刃を研ぐような鋭い音が響いた。大きく水しぶきがあがった、その一瞬後には、霞冴とルシルがしのぎを削りあっていた。霞冴の刀身が巧みに操られ、ルシルの胴を薙ぐ。が、その時には彼女の姿は水煙とともにかき消えていた。
トリッキーに周囲を動き回り、霞冴の死角を狙う。いずれもあと少しのところでかわされ、いなされてしまうが、速度は互角に追いついていた。ルシルの足は、ほとんど動いていない。足元から噴射される水圧を利用して、まるでスケーターのように滑走していた。
「そのために水ば……!?」
「ああ。これだけの水を瞬時に用意するとはな。時尼から源子をぶんどれるのも、猫炎のおかげか」
「というか、自分の意思で猫炎を出す子なんて、ほとんど見たことないんだけど……」
濡れないように体を起こしたコウの言葉に、彼を支える芽華実の肩口で日躍がつぶやいた。
ルシルは衰えることのない勢いで水面を高速移動し、霞冴の刃に横から斬りかかった。縦の衝撃には強い刀だが、脇からの圧力には折れやすい。まずは武器を殺そうと襲い掛かったルシルだが、並外れた反射神経でしのがれる。何度目とも知れぬ鍔迫り合い。稽古の時は木刀のところ、今目の前で揺れるのは真剣だ。ダーク戦では経験しないような局面に、そこはかとない緊張を覚える。
ふっ、と霞冴からの押しが止んだ。しかし、それは安堵すべき瞬間ではない。案の定、霞冴は空いている左手に霧を蓄え始めた。軌道を見極めてかわそうと身構えるルシルだったが、徒労に終わる。霞冴は膝をつき、左手を水の張った地面に押し当てると、自分を中心とした全方位に向けて、放射状に霧の嵐を炸裂させた。
「っうああ!」
どこへ逃げようとも逃れられない攻撃に、ルシルの体は大きく飛ばされ、背中からフェンスに激突した。すさまじい威力を誇る霧術は、離れたところにいた雷奈たちにまで及んだが、距離が幸いして、コウの結界術が間に合った。それでも、衝撃が内部にまで伝わってくる。
「あっぶね……げほ、ゴホッ……」
「コウ……!」
「……大丈夫だ。それより、ルシルは……」
霧の暴風が止み、視界が開けると、フェンスを背に立ち上がったルシルが見えた。彼女は胸に手を当てて呼吸を整えると、再び摩擦抵抗のない迅走を見せようとして――。
「……!」
足元に目を落とし、それが叶わないことを悟ると、迷う間もなく刀印を構えた。同時、霧砲が眼前に迫り、横跳びに避ける。霧の風に水をすべて吹き飛ばされてしまった以上、自分の足で走るしかなくなった。さすがに、もう一度水を張ろうとすれば、霞冴の中の源子が見逃してはくれまい。
それでもなお機敏な動きで立ち回りながら、ルシルは連続していくつもの術を放った。
「跳ねろ水砲! 穿て流丸! 轟け洪瀧!」
角度を変えて撃つことで、霞冴の退路を断つとともに、時間差攻撃で防御を崩す。源子が純猫術の結界術を使おうとするかは定かでなかったが、使えたとしても、足元を狙われては間に合わないだろう。軽い身のこなしで水の砲弾と銃丸をかわした霞冴だが、最後に迫り来た奔流に足をすくわれた。倒れる直前、氷のごとく冷えた霧の粒を散弾銃のように見舞うが、照準も定まらない銃撃を避けることなど、ルシルにとっては造作もない。
霞冴の背がアスファルトにつくや否や、ルシルはすかさず飛びかかり、剣を持った霞冴の右手を押さえ込んだ。覆いかぶさるような体勢になったルシルは、霧術を繰り出そうとする左手も、自身の刀ごと地面に押し付け、彼女の名を連呼する。
「霞冴、霞冴! 頼む、返事をしてくれ! そこにいるんだろう!」
両手を封じられた霞冴は、ゆるゆるともがく。その間も無表情な様は、不気味でさえあった。霞冴の顔をしていながら霞冴ではない何かがうごめいている。そんな気がして、心の奥底を蹂躙されるような不快感を催しながら、ルシルはさらに呼号した。
「霞冴! おい、霞……うっ!?」
呼吸ごと、声は止められた。警戒の外にあった霞冴の左足が、ルシルの右腹部を蹴り上げたのだ。肝臓を的確に打たれ、激痛に利き手で腹をかばう。その結果、自由になった霞冴の手は、右。しまった、と飛びのくが、すでに出遅れていた。起き上がりざまの突きが、ルシルの上腕をえぐった。
耐久性のある執行着とはいえ、刃を通さないわけではない。一瞬、周りの音も聞こえなくなるほどの痛覚に、歯を食いしばって耐え、体の軸をぶれさせながらも身を引く。その間にも、あらん限りの力で水術を発した。
「轟け、洪瀧!」
激流は立ち上がったばかりの霞冴に命中し、再び地へ伏せさせた。しかし、差し違えるように噴出されていた冷たい霧が、ルシルをも突き倒した。相討ちになりながらも、まだ起き上がろうとする二人を見て、芽華実が悲痛に叫んだ。
「もうやだ……こんなの、見たくない……。どうして、どうしてあの二人が戦わなきゃいけないの……!」
「コウ、やっぱり私が行くったい。ルシルもケガしとるし、スタミナだって……」
「ふざけんな……確かに、三日月の雷術なら時尼を上回るとは思ってた。だが、刀を持ったあいつの相手はさせられねえ。行ったところで……首斬られてしまいだぞ……」
「けど……」
声が震えたのに気づいて、氷架璃は一度言葉を飲み込んだ。改めて口を開くが、やはり出てくるのはわななく弱音だ。
「本当に霞冴は戻ってくるのか……? あのルシルがさんざん呼んでも攻撃をやめないんだぞ? もう……もう、霞冴は……!」
その先を、どんな言辞で表現すればいいのかわからず、尻すぼみにうつむいた。そんな氷架璃を横目で一瞥してから、コウは軽く目を閉じた。
「気持ちはわからなくもねえ。けど、お前らは何もするな。ルシルを止めなくていい。ルシルと代わらなくていい。だって……」
苦しげにしながらも、まぶたを上げると、小さな黒衣の少女をしっかりととらえる。
「……あいつはまだ、諦めてねえんだから」
信頼のこもった視線の先、ルシルは時間をかけて立ち上がった。大きなダメージを食らっていないはずの霞冴も、ゆっくりと体勢を整える。肉体の限界が近いのだろう。
橙の炎の中、ルシルは肩で息をしながらも、刀を持ち直す霞冴をしっかりと捉えていた。
斬りつけられた腕が痛い。あちこちの擦過傷が焼けるように熱い。呼吸を繰り返しても、空回りしているかのように息切れが止まらない。
けれど。
(……それが何だ)
傷を負っているのは自分だなどと、一片ほども思わなかった。
(霞冴はそれ以上に痛くて苦しい思いをしている。きっと、正気に戻ってから私に攻撃を加えたことに気づけば、もっともっと傷つくのだろう)
我を失っていたから仕方ない、などという慰めが通用する相手ではない。下手をすれば、クロ化する前以上の苦痛を味わうことになる。
「……それは、ダメだ」
構えなおした刀の柄を、強く握る。
「お前にはもう、それ以上つらい思いをしてほしくない。傷つき、誰かを傷つけ、また傷つくような……そんな、お前の心を嬲り殺すような暗闇は、お前の居場所じゃない! だから……!」
ひと蹴りで風を切り肉薄。全力を乗せて振り下ろした斬撃が、霞冴の一閃と激突し、キィンッ、と鋭利な音が空を貫いた。せり合う鍔と交叉する白刃越しに、全身全霊の言葉を、想いを、声帯が裂けんばかりにぶつける。
「戻って来い、霞冴! お前には帰る場所があるだろう! コウも、美雷さんも、みんなみんな待ってる! だから帰ろう、一緒に希兵隊へ帰ろう! クロになど……そんな忌まわしい存在になどなってくれるなあぁっ!」
力の均衡が崩れ、ルシルが一歩押す。体をさばいて重圧から逃れようとする霞冴に、もう一太刀、二太刀と浴びせた。片手で受けながらも後手に回り始めた霞冴へ向け、ひりつく喉から声を絞り出しながら。
「何度だって呼んでやる! お前が戻ってくるまで、私は絶対に諦めない! たとえ源子に愛想をつかされようと、手足をもがれようと、死ぬまでお前を呼び続ける!」
斬り払った剣の残像も消えぬうちに、霞冴の右の鎖骨めがけて水砲を撃った。水圧に大きく姿勢を崩しながらも、霞冴は左手を突き出す。飛び出した熱い霧をかわし、再び水術。息つく暇なく術の応酬が繰り広げられ、合間に紫電が一閃する。一瞬も気が抜けない、怒涛の攻撃と回避の連続。動く体の部位を全て使って、使える感覚をことごとく酷使して、まばたきすら惜しんで攻防戦を繰り返す。
霞冴の霧術が、今までよりもほんのわずかに発動に時間をかけた。そののちに噴射されたのは、速度も熱量もない通常の霧――のなりをした毒だ。
コウが一撃でダウンさせられたのを見て学ばないルシルではない。時間差が生じた時点で予想の一つに数えていた彼女は、あらかじめ止めていた息はそのまま、強く左足を踏み込んだ。バネのように素早く後方へ跳ぶと、踏み込んだ地点から間欠泉のように大量の水が放出される。消火ホースに匹敵する勢いで噴出した水流は、霞冴とルシルを隔てて高く昇り、毒霧を遥かへ押し流した。
一度に五百リットルはあろうかという量を放水するという芸当。猫炎の力添えがあってもなお、強い倦怠感に視界が暗くなった、その時だ。噴水を回り込んで距離を詰めてきた霞冴の斬り上げ技が、ルシルの手から一瞬で刃を奪い取った。
「しまっ……!」
回転して宙を舞う白銀を目で追いそうになって、突きこまれた剣先を慌ててかわす。丸腰となっては、術に頼るしかない。とっさに水砲を連発しようとして、
「……!?」
動揺の隙に、脇腹に一撃食らった。傷口を押さえてよろめいたところを、あの霧の暴風に飲み込まれる。壁際まで押しやられて転がったルシルは、今まで自分を包んでいた暖色の揺らめきが消滅していくのを見た。
水砲が不発に終わったわけである。ルシルの消耗にしたがって、源子は猫炎を崩し、彼女にそっぽを向き始めたのだ。毒霧を排除した後にめまいに襲われたのも、同じ理由だろう。
刀は霞冴の向こう側に落ち、術も封じられた。肉弾戦はもともと得意でないうえ、もうそんな余力はない。
にもかかわらず、相手は近づいてくる。暗いオーラをまとい、彼女にとって最強の武器を手に、源子をあふれさせて。
「霞冴……」
壁に手をついて立ち上がる。呼び声にも、もう力は入らなかった。
「やっぱり……私の声はもう聞こえないのか? 私だ、ルシルだよ。一緒に稽古して、一緒にご飯を食べて、先の侵攻だって一緒に乗り越えて、つらいこともあったが……最後は一緒に笑っていたじゃないか」
霞冴は返事をしない。ただゆっくり、ゆっくりと、冷たく朧げな視線とともに歩み寄ってくるだけだ。
ルシルは、喉に涙が絡みだすのを感じた。それでも、せめて顔にだけは出すまいと、懸命に笑みを浮かべる。いつも彼女にそうしていたように笑いかけて、揺れる声音で語りかけた。
「お前は姉のことを思い出してよく泣いていたな。そういう日は、同じ部屋で夜を過ごしたこともあったよな。そうだ……その時は、よく私の水琴窟を聞かせていたな。あれを聞くとお前は落ち着いて、私のそばで眠っていた」
ルシルも、力を振り絞って霞冴へと近づいた。数歩ののち、足を止めると、震える両の手のひらを胸の前で相手に向けるようにして、人差し指と親指で三角形を作った。指で囲われた三角の窓の前で、水が徐々に湧き出していくのを、霞冴はぼんやりと眺めている。
「つらいな、霞冴。わかっているよ、今も泣いているんだろう? 大丈夫、もう泣かなくていいよ。いつもと同じあの音色を、私が聞かせてあげるから」
霞冴の視線がルシルへと戻る。刀を持つ右手が動いた。初めて左手を柄に添え、切っ先を正面へ向けると、腰を落として右足を引く。それを見てもなお、ルシルは泣き出しそうな微笑みを浮かべ、歌うように唱えた。
「――奏でろ、水琴窟」
寡少な源子が、水球の中でしずくの交響を奏する。味気ないモールス信号の比ではない、いくつもの音階が重なり合い、溶け合う調べ。水一つで丁寧に紡ぎだされる旋律は、研鑽なしには成しえぬ芸術だ。美しく、涼やかで優しい快音が鳴り響く中で、霞冴はそっと地を蹴った。
刃先の閃きが迫る。速度に緩みはない。直線上にあるのは、ルシルの体の中心。
だが、ルシルは動かない。真っすぐに立ったまま、一つの音律も崩さず、水琴窟を奏で続ける。
距離は数瞬数瞬のうちに縮まっていく。矛先が容赦なく急所を目指しても、ルシルは決して逃げない。最後の最後まで、霞冴のためだけに生まれた音を、彼女に届け続ける。
今この瞬間だけは、楽観的だといわれてもよかった。きっと戻ってきてくれると信じる心こそ、霞冴に見せたいものだったから。これは、その一つの形だから。
――とこしえに感じられた瞬間に、やがて終止符が打たれる。
決着の刹那の姿勢のまま、動きを止めた二人を、数メートルを隔てた雷奈たちは愕然と見つめていた。
水の音色はもう聞こえない。誰の声もあがらない。静まり返った袋小路は、幕引きの瞬間で時が凍結したように、すべてが停止していた。
やがて、時に流れを取り戻させたのは、ルシルのため息だった。
「……ああ、霞冴」
穏やかな声だった。けれど、まるでこみ上げる濡れた感情を抑えるかのように、微弱に揺れていた。
「私の音は……お前には、届かなかったか」
胸の前で構えていた両手を、だらりと落とす。指先を追い越して、赤い水滴が地面にしたたった。水源は、ルシルの腹部と、そこに突き立った刃との間隙。全長の半分ほどまで突き刺さった刀身は、細い体躯を貫き、背中から突き出た物打ちから、同じ色のしずくを垂らしていた。
目を見開いて固まる少女たちは、悲鳴すら漏らすことができなかった。雷奈は両手の指で口元を押さえ、氷架璃は唇を半開きのままわななかせ、芽華実は支えているコウの袖を無意識に握りしめた。冷静さを保っていたコウまでも、呆然として瞳を揺らすことしかできない。
ルシルは、かすみ始めた視界の中で、霞冴の双眸を見つめた。いまだ金色に変色したままの瞳を。
「霞冴……」
愛しい名を呼ぶ。もっと近づこうとして、刺さった刀の抵抗力が阻んだ。腹の中心が激しく痛み、体全体がしびれる。だが、構うこともなかった。
「戻ってきてくれ、霞冴。私には、お前が必要なんだ」
そっと峰に手を添え、前に出る。数センチ、刃がさらにめり込んだ。体内を削られる痛みが意識を刈り取ろうとするのを、乱暴に奪い返す。まだだ。まだ、伝えたい言葉を声に出しきっていない。
「姉を亡くして深く傷ついたお前は、いつだったか私に言ったな。私といると心が安らぐと。私を慕うことで、少しでも胸の痛みは治まると」
また一歩、前へ。新たに冷たい金属を迎え入れた体の芯が、順応のキャパシティを超える痛覚に悲鳴を上げる。胸にせりあがる違和感に気づいたときには、口から熱い血塊がこぼれていた。咳き込みながらも、言葉は止めない。
「私も同じだったよ、霞冴。お前といると、妹を亡くして空いた心の穴が、少しでも埋まるんだ。お前がそばにいてくれることで、私の名前を呼んでくれることで、私はこんなにも救われたんだ」
刀は深く深く刺さっていく。これが彼女への最短距離なのだ、ためらってはいられない。遠くで誰かが制止する声が聞こえた気がしたが、それも知ったことではない。重くなった腕を、必死に伸ばす。あと少し。
「ごめんな、霞冴。ずっと近くにいながら、私は助けられなかった。苦しんでいたお前を、こんなになるまで放っておいてしまった。でも、これからは一緒に背負うよ。お前は、私の親友だから。大好きな大好きな、親友だから。だから……」
喉元まで上がった血を飲み下し、残された距離を詰めていく。もう、一度も立ち止まることなく。
ここまできても、アリスブルーの髪も、シアンの瞳も戻ってこない。甘える声も、柔らかな笑顔も帰ってこない。
それでも。
「もういい、もういいんだよ、霞冴」
柄を握る手に力がこめられる。ぐ、と刃が限界まで深く突きこまれ、鍔が腹に接した。
それでも。
「これ以上、その手を血で汚す必要はないんだ」
体内で、刀が傷をえぐるようにねじられた。激痛が神経を焼き、口から血反吐があふれる。
それでも。
「そんなことをされても、私は諦めないよ」
源子をまとう刀印が突き立てられる。伸ばした人差し指と中指が触れるのは、脈打つ心臓の真上。
それでも。
「霞冴」
諦念も限界もかなぐり捨て、前に進み続けたルシルは、目指した場所でようやく立ち止まった。
そこは、すべてが届く距離。
ルシルは淡く微笑んで、すぐそばに立つ霞冴の体に腕を回した。
「私と一緒に、みんなのところへ帰ろう。お前はもう、独りではないよ」
0
あなたにおすすめの小説
ぽっちゃり女子の異世界人生
猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。
最強主人公はイケメンでハーレム。
脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。
落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。
=主人公は男でも女でも顔が良い。
そして、ハンパなく強い。
そんな常識いりませんっ。
私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。
【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
雷王、大いに懊悩す~ラスボス魔王、使命を果たして元の世界に戻りたくない異世界転移チート勇者によって全力で延命させられるの巻~
朽縄咲良
ファンタジー
――「要するに、アンタには死なれちゃ困るんだよ。俺が、この異世界で幸せな一生を送って、天寿を全うするまで、な」
魔族を統べる魔王イラ・ギャレマスは、自身の城へと攻め込んできた“伝説の四勇士”の三人、ジェレミィア・ファミィ・エラルティスを、その圧倒的な力を以て圧倒する。
残るは、黒髪黒目の冴えない男――シュータ・ナカムラのみ。
だが……シュータは、魔法陣で三人の仲間を魔王城の遥か彼方へと吹っ飛ばし、ただひとりで魔王と対峙する。
――そして、二十分後。
不様に大理石の床に這いつくばっていたのは、魔王ギャレマスの方だった。
シュータの繰り出す圧倒的なチート攻撃の前に為す術もないギャレマスは、自身の敗北と迫りくる死を覚悟するが、そんな彼に対し、シュータは不敵な笑みを浮かべながら、意外な提案を持ちかけるのだった――。
「なぁ、魔王。ここはひとつ、手を組もうぜ……!」
『地上最強の生物』だが、めっぽうお人好しで、バカが付くくらいに娘の事を溺愛している中年オヤj……ナイスミドル(忖度)の魔王が、反則級のチートマシマシ異世界転移勇者をはじめとした周囲の者たちに翻弄されまくるコメディファンタジー、ここに開幕!
哀れな魔王の、明日はどっちだ……?
(表紙イラストは、ペケさんから戴きました)
*小説家になろう・ノベルアッププラスにも、同作品を掲載しております。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
プライベート・スペクタル
点一
ファンタジー
【星】(スターズ)。それは山河を変えるほどの膂力、千里を駆ける脚力、そして異形の術や能力を有する超人・怪人達。
この物語はそんな連中のひどく…ひどく個人的な物語群。
その中の一部、『龍王』と呼ばれた一人の男に焦点を当てたお話。
(※基本 隔週土曜日に更新予定)
【完結済】悪役令嬢の妹様
紫
ファンタジー
星守 真珠深(ほしもり ますみ)は社畜お局様街道をひた走る日本人女性。
そんな彼女が現在嵌っているのが『マジカルナイト・ミラクルドリーム』というベタな乙女ゲームに悪役令嬢として登場するアイシア・フォン・ラステリノーア公爵令嬢。
ぶっちゃけて言うと、ヒロイン、攻略対象共にどちらかと言えば嫌悪感しかない。しかし、何とかアイシアの断罪回避ルートはないものかと、探しに探してとうとう全ルート開き終えたのだが、全ては無駄な努力に終わってしまった。
やり場のない気持ちを抱え、気分転換にコンビニに行こうとしたら、気づけば悪楽令嬢アイシアの妹として転生していた。
―――アイシアお姉様は私が守る!
最推し悪役令嬢、アイシアお姉様の断罪回避転生ライフを今ここに開始する!
※長編版をご希望下さり、本当にありがとうございます<(_ _)>
既に書き終えた物な為、激しく拙いですが特に手直し他はしていません。
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
※小説家になろう様にも掲載させていただいています。
※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。
※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。
※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。
※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。
※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。
※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。
※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる

