フィライン・エデン Ⅱ

夜市彼乃

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9.過去編

42一言芳恩と決意の黄泉路 中編

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***

 視察先に降り立った霞冴は、愕然としていた。中央地方から出たことはなかったとはいえ、ここが元からこのような風景だったとはつゆほども思わない。
 飛壇から西へ四十分の地、親松。弾趾ではなく、うとめが源子の翼である白翔を使って、主体の二人を抱えて飛んで行ったので、時間にしてそう遠い場所ではなかった。飛行中に鳥瞰していた時から、町というには建物が少なく、緑が圧倒的に少ない殺風景な景色に困惑していたが、建物近くで着陸してみれば、いずれも簡素な仮設住宅で、もはや原型もないのだと知らしめられた。
「ボランティアも活動してくれてはいるんだがな。町並みを立て直すにも下地作りが、自然を取り戻すにも土壌の回復が必要とあって、時間がかかっているんだ。……どちらも、あと一年はかかるな」
 宮希は、あらかじめ町長にアポイントメントを入れていたらしい。もはや地図も頼れないまま、建物の特徴などの目印を頼りに指定の場所へ向かい、そこで霞冴も町長夫妻に挨拶をした。淡い木の肌色の婦人猫はともかく、白地に茶の模様が入った毛並みの大柄な町長は、低姿勢にふるまってはいるが、被害を食い止められなかった責任の糾弾と復興作業の催促を声色ににじませた。
 特に、「町民全体の総意であるが」と前置きして、宮希自身が安全なところでただ指示を飛ばすだけだったことを婉曲的になじったのは、霞冴の胸に棘を刺した。最高司令官がわざわざその身を危険にさらす必要はないし、むしろ現場にいるよりも本部で機材を通したほうが事態を包括的に把握できるというものである。だが、そこにつけこみでもしないと、彼らも無念やるかたないのだろう。
 建設的な今後の方針についての議論と、遠回しな愚痴が入り混じり、話し合いは想定の倍かかりそうだった。途中で、宮希は護衛官代理のうとめを手元に残しつつ、霞冴には辺りのパトロールを命じて席を外させた。それが彼なりの霞冴への配慮だということは、口にせずとも充分に分かった。
 危険そうな場所がないか見て回りつつ、霞冴はそわそわと宮希の連絡を待った。
「宮希、大丈夫かなぁ……。あんな不満を一身に受けちゃって。いくらダークの発生を抑えるためとはいえ、宮希自身が悩んで抱え込んじゃったりしないか心配だよ……」
 相手も、あんな小さな子供にあそこまで辛辣に当たらなくても、とも思うのだが、たとえ子供でも、宮希は最高司令官である。町長は、彼を最高司令官として見て、自身のなすべきことをなしているだけだ。権力には責任が付きまとう。それは霞冴もよくわかっていることだった。
 それに、と霞冴は視線を上げ、山裾も見える距離に坐する山を見て唇をかんだ。
 きっと、この季節、緑のまぶしい景色だっただろう。けれど、今年はその景観は幻でしかない。燃えて、燃えて、燃え尽きた後に残されたのは不毛な砂色の山肌。なんでも、樹木どころか土の中の有機物まで焼損したらしく、いくらあの地に苗を植えて草術で成長を促しても、土が死んでいるために長くもたないらしい。
 こんな大きな爪痕がそばに残っていながら希望を持てというのも無理な話だ。一夜を境に様変わりした風景を見て、鬱屈しないほうが難しい。失われた命は戻ってはこないけれど、せめて取り戻せるものは一日でも早く。霞冴が、そのために自分にも何かできないかと足を止めた時だ。
「おねえちゃん、希兵隊のひと?」
 後方で舌ったらずな声がして、霞冴はそちらを振り向いた。子猫だ。就学しているかいないかくらいの、白い毛並みにしっぽの先だけ苺色をした幼女猫がそこにいた。
 霞冴は頬を緩めてしゃがみ、子猫に目線の高さを近づけた。
「うん、そうだよ。私は希兵隊の時尼霞冴」
「あたしはみちね。凪原みちね」
 みちねは無邪気に笑った。そして、心底期待するような目で、
「ねえ、おねえちゃん、もしかして町を直しに来てくれたの?」
 ――そう問うて、霞冴の微笑を凍り付かせた。
 うまく切り返し損ねた霞冴の反応に、みちねの顔が悲しそうに曇っていく。霞冴は慌てて手を意味もなく泳がせた。
「き、今日は違うけれど、今度私の仲間が直しに来るから、その準備のために来たんだよ! 今、うちのえらーいひとが、町のえらーい人と相談してるから!」
「うん……」
 みちねは頷いたが、三角の耳はしょんぼりと垂れている。
 もう少しフォローを、と霞冴が頭を巡らせている間に、小さな二つの耳は、彼女を呼ぶ声でぴくんと起き上がった。
「ミチ、ミチよ。こんなところにいたのね」
 末尾の一文字の欠落が慈愛を感じさせるその呼び声は、歩み寄ってくる一人の老猫のものだった。
 みちねがぱっと振り向き、「おばあちゃん!」と顔をほころばせる。
 見下ろさないように主体に戻ろうとする霞冴を制して、老女猫はしゃがれた声で挨拶した。
「孫の相手をしてくれていたのかしら。ありがとうね」
「い、いえ、そんな……」
 反射的に頭を下げる霞冴を、みちねの祖母らしい女性は、笑っているのか元々なのか細い目で見つめていた。
 そして、静かにため息をつくと、遠い所へ目をやった。
「……この子はねぇ、この町で唯一生き残った子供なのよ。今は私が面倒を見ているの」
「……っ」
「元々子供の少ない町で、学校も一つしかなかったからね。必然的にその近くに子供連れが住むでしょう? それがこの燃えたお山の近くとあったら、ねぇ……。とても逃げられないわよ。この子はあの晩、私の家にお泊りに来ていたから助かったけれど」
 夜半襲い来た炎と煙になす術もなくなった子、親とはぐれて逃げ惑う子、あるいは逃げ遅れた親の前から立ち去れず、道連れになった子。年端もいかない子供たちの惨状が鮮烈に目に浮かぶ。かすれゆく最期の悲鳴さえ聞こえてくるようで、霞冴は耳をふさぎたくなるのを必死にこらえた。
「ミチはまだ四つだけれど、お利口だから今年から学校へ行く予定にしていてね。同じ年頃のお友達がいなかったから、四月になったら大きい子たちと仲良くなるのを楽しみにしていたのにねぇ…。まさか、お友達も学校そのものもなくなってしまうなんて」
「おばあちゃん、その話はもういいよ。あたし、もう一年我慢するから。その間、本で勉強するからさ! 一年あったら、きっと希兵隊のひとたちが学校を直してくれるもん!」
 健気な言葉が心臓を穿つようだった。息をするのも苦しくなって顔をゆがめる霞冴を、老猫はちらりと見上げた。
 彼女も霞冴もわかっていた。一年で再興できる保証はない。そして、たとえ学びの場を仮設したところで、みちねは教師に手ほどきを受けることはかなわないだろう。みちね一人しか残っていないなら、家庭教師的な役回りで教授することも可能だったはずだ。それもないということは――少子化地域ゆえの数少ない教員たちも、犠牲者に数え上げられてしまったということ。
 霞冴は胸元をぎゅっとつかんだ。両親を亡くし、姉も後を追って逝ってしまい、自分は不幸のどん底にいるのだと思ったことがあった。けれど、つかさがいて、まつりがいて、道場の師範がいて、学校での居場所も残されていた。だから這い上がれたのだ。
 一方のみちねはどうだろう。友達になるはずだった子供たちは全滅、学校にも通えない。祖母の口ぶりからすると、みちねの実家も被害にあった。おそらく、両親も生きてはいないのだろう。自分が這いずった地獄は、まだ浅かったのだ。
「ねえ、希兵隊員さん?」
 年老いた女猫は穏やかな声で呼びかけた。
「この子をこの壊れた町に置いておくのは、あまりにもかわいそうだわ。家を建てたり、山を生き返らせる人手はいるけれど、それができない子供は時間を無駄にしてしまうだけ。私がもう少し若ければ、別の町に移り住んであげてもいいのだけれど、この年ではねぇ。……だから、お願いがあるの」
 彼女はみちねの肩に手を添え、小さくこうべを垂れた。
「この子を、飛壇に連れて帰ってあげて。そして学校に通わせてあげてほしいの」
 突然の申し出に、霞冴は驚き、返答に窮した。「えっ」だの「う……」だの、無意味な母音が漏れるだけだ。どうやら、その提案はすでにみちねに聞かせたことがあるらしく、彼女は驚くそぶりは見せなかった。
 霞冴は苦し紛れに少女に問いかけた。
「キ、キミは飛壇に行きたいの?」
「ん……おばあちゃんと離れるのはさみしいし、あと一年くらい一人でお勉強できるよ。……でも」
 耳を伏せ、みちねはゆらゆらと尾を揺らした。
「ここにいても、お母さんにもお父さんにも、もう会えないから。ここにいるとね、ずっとお母さんたちを思い出して、毎晩泣きそうなの。もしかしたら、全然違う場所に行ったら、二人のこと忘れられるかなって……ちょっと思う」
 それは、おおよそ幼子のする割り切り方ではなかった。彼女は、強制的に大人びた踏ん切りをつけざるを得ない状況にまで追い込まれているのだった。
「みちね……」
「……それに」
 座り込んだみちねは、自分のしっぽを手慰みにいじりながら、
「……やっぱり、学校、行きたい。お友達……いっぱい、ほしい」
 みちねは、まだ少し迷っている風であったが、自らを押し出すようにそう言った。
「……そっか」
 その決意を丁重に受け取るように霞冴はうなずいた。
 そして、彼女の今の保護者に向き直る。
「この件、最高司令官に伝えておきます。後日連れ帰って、学校に通えるようにしてもらうので」
「お願いね。……ミチ、私から提案しておいてなんだけれど、いいのね?」
「……うん、決めた。向こうに行けたら、いっぱい電話するからね、おばあちゃん」
 みちねの祖母は、慈しみの笑みをいっぱいに浮かべて、そっとみちねの頬を撫でた。霞冴はその光景に尊いものを感じながら、ちらっとピッチを伺い見た。そろそろ戻り時だ。
 二人にその意を伝えると、霞冴はいまだに回転の遅い足を動かして、元の会談場へと駆け戻った。

***

 霞冴が到着した時には、ちょうど町長に見送られ、宮希とうとめがプレハブから出てくるところだった。町長と宮希は主体のまま、うとめだけ人間姿で幼馴染を胸の前に抱えていた。腕の中で、小さな最高司令官はひどく消耗した様子だった。案の定、棘を忍ばせた言葉の中で転がされたのだろう。
 そんな彼にさらなる事案を持ち掛けるのは忍びなかったが、一応、町民のことは町長の前で話したほうがいいかもしれない。そう判断し、霞冴はその場で宮希にみちねのことを話した。身寄りのいなくなった子供は学院の傘下の施設で保護されることが多いが、それが災害やダークなどによる場合は、希兵隊が一枚噛むこともある。それを引き合いに出しつつ、すべてを伝え終わると、宮希はたちまち苦虫を噛み潰したような顔を見せた。
「馬鹿、お前それは……本当の本当に親代わりのひとがいない場合の話だぞ」
「え?」
「そのみちねという少女には祖母がいるんだろう? だったら学院の施設には入れない。この土地から離れたいとか、就学年齢でもないのに学校に行きたいという理由が通るかどうか。かといってすぐに里親が見つかるわけでもない。そんな急に……」
 そこまでまくしたてた宮希は、ハッと口をつぐんだ。そのまま、視線を霞冴の肩口に固定して一時停止する。目を見開いたまま固まった宮希が、気配だけで町長の表情や心中を探るのが、霞冴にも分かった。ついでに、もしここでいたいけな願いを無下にし、才能ある新芽を摘み取ってしまえば、町長が、そして町民全体が、宮希や希兵隊にどんな心証を持ち、それがどんな情勢につながっていくのかも。
「……っ」
 宮希は臓腑の痛みをこらえるように顔をしかめ、浅くため息をついた。
「……わかった、里親は可及的速やかに探そう。見つかるまでは、その少女はいったん希兵隊で預かる」
「えっ……」
「……いかがでしょう、町長」
 緊張をはらんだ宮希の問いへの答えは、是。みちねのことは彼も案じていたらしく、それなりに満足げな町長の言葉に、三人とも人知れず安堵の息をついた。
 とはいえ、今日いきなり連れて帰るわけにはいかないので、後日、みちねを迎えに来ることを約束し、今度こそ別れの挨拶をしてその場を後にした。

***

 行きはうとめが飛んでくれたのだし、お前も働け、ということで、帰りの足は霞冴が担うことになった。もちろん、霧猫である彼女は白翔を使えないため、弾趾を使って二人を運ぶことになる。消耗は激しいが、速度は飛行するよりも格段に速いため、本来ならば半分の時間で飛壇につくところだったが、
「時尼……お前、弾趾ヘタクソか……。なんでこんなに揺れるんだよ……っ」
「ご、ごめんね?」
 中央地方と西部地方の境に近い、林に面した長い道の脇。両地方の行き来くらいにしか使われない、ひとけのない通りの木陰で、一同はいったん休憩していた。まだ霞冴がバテる前である。
 双体になったうとめに背中をさすられる小さなカーキ色の猫に、霞冴はおろおろしながら弁解した。
「宮希や宇奈川隊長も忙しいから、早く帰ろうと思ったのと、宮希がいつも私のことトロいって言うから、弾趾は速いんだぞっていうのを見せたかったのもあって、はりきっちゃって……。ごめんね、走りが雑すぎたかな」
「時尼さんは悪くないわ。この子、私の白翔や弾趾には慣れているだけで、昔から揺れに弱いから。時尼さんの弾趾が下手というわけではないのよ」
「いや、十中八九、時尼が悪……っぅ……」
 立ち上がって食ってかかろうとしたものの、めまいから立ち直っていない宮希はぺたんと崩れ落ちた。回復にはしばらくかかりそうだ。面と向かって「お前が悪い」と言われれば反発したくなるものの、それさえも口に出し切らないほどつらそうにされては、霞冴も罪悪感が募る。
 せめて、到着時間の変更をつかさに伝えることくらいやっておこうか、と霞冴がピッチを取り出した、その時だった。
「……宇奈川隊長」
「ええ、近いわね」
 霞冴もうとめも、視線だけで宮希も、辺りをうかがった。嫌悪感を放つ小さな気配。この規模なら、ダークではなくクロであろうが、だからといって軽視してよいわけではない。クロのいたずらは、いたずらですまないことがほとんどだ。
 センサーが検出していれば、かつ執行部員に余裕があれば、つかさの指示で誰か出動しているかもしれない。だが、楽観的に考えずに、自分たちで対処する前提で動くのがセオリーだ。三人は注意を研ぎ澄ませた。ピンポイントで気配を探れるわけではない。ただ、近い、というのを感じ取るだけだ。西か、東か、あるいは木立の中か……。
 ガサリ、と木の葉の動く音がした。
「林!」
 うとめが宮希をかばいながら刀印を結ぶ。すばしっこいクロをとらえるには、術はスピード勝負になる。すぐにでも鎌鼬を飛ばせるように、無言で源子を引きつけておいた。
 再度、葉がこすれる音。視認できない場所で生じた音のありかを探ろうと、うとめが木々の間に目を走らせた時だ。
「上だ!」
 叫び、霞冴は飛びのいた。うとめも主体の宮希を抱えて地を蹴った。ちょうどその場所に、三発ほど火の玉が墜落した。道の土がわずかに削れ、黒っぽい焦げ跡が残る。そのまま頭上への警戒を継続する霞冴に、今度はめまいの治まりつつある宮希の声が飛んできた。
「林から来る、気をつけろ!」
 霞冴は瞬時に理解した。クロは、林の中から上に向けて火の玉を放ち、自身はそこにとどまったのだ。ミスリーディングができるほど知能が高いとは思えないが、お遊びの行動が偶然、霞冴たちの目をそらせることになっただけかもしれない。
 宮希の指摘通り、クロは木の陰から現れた。ただし、それは鉛色の煙幕が鋭く放たれた後だ。煙は運悪く、そちらを振り向いたうとめの目を襲った。
「つうっ……!」
「宇奈川隊長!」
 彼女は痛みに体を折った。目を開けようとするも、涙があふれて視界が戻らない。その背後に、デフォルメされたような黒猫が身を躍らせる。悪ふざけのように炎の砲弾を撃とうとするクロを見て、霞冴は戦慄した。
 それは、宮希も同じだ。幸い、宮希のほうは、煙による影響は、少し咳き込んだだけですんだ。うとめの腕からすり抜けると、手を前に出して結界を張ろうとする。だが、それよりも早く、二人の前にアリスブルーと漆黒のコントラストが舞い込んだ。
「馬鹿、時尼、よけろ!」
 霞冴の姿が逆光で黒ずむ。炎が燃え盛る音。砲弾は放たれた。
 しかし、霞冴は宮希たちのほうを向いてしゃがんだままだ。淡い色の髪がオレンジ色に照らされ、熱気が迫る。霞冴は結界を張ろうとも、霧術を放とうともしない。よしんば試みたとして、もう間に合わない。
 その行いが何の意味も持たないとわかっていても、彼は呼号せずにはいられなかった。時尼、と叫ぼうとした、その直後。
 すさまじい勢いで、宮希の頭上を何かが通った。風を切って振りぬかれたそれは、霞冴の右手の中で輝き――火砲を切り裂いていた。
「刀……!?」
 火の粉が両脇に飛び散る。開かれた道を一直線に突き進み、クロへ向けて白刃を閃かせる霞冴を見て、宮希は困惑していた。霞冴は護衛官ではない。ゆえに、帯刀はしていなかったはずだ。現に、彼女の腰には鞘もささっていない。
 では、どこから――と視線を巡らせて、後ろを振り返った時、ハッとした。涙をぬぐって薄く目を開けるうとめの左腰。そこにあったのは、からの鞘だ。
 宮希がもう一度クロのほうを見やった時には、霞冴の一閃がそれを黒い霧へと変えたところだった。
 霞冴はクロを完全に滅したことを確認すると、ふうと息をつき、二人の元へ駆け戻った。
「宇奈川隊長、目、大丈夫ですか?」
「ええ……やっと見えるようになったわ。我ながら迂闊だったわね」
「よかったぁ。でも、帰ったら麒麟隊でよく見てもらったほうがいいかもです。あ……あと、これ、お返しします」
 霞冴が一振りの刀を差しだすと、うとめは驚いたようにまばたきをした。抜かれたことに気づいていなかったようだ。
「火砲と、あとクロを斬るのに借りてしまいました。勝手にすみません」
「……本当に、勝手だな」
 照れ笑いながら言った霞冴に対する宮希の声は、存外に冷ややかなものだった。ピンチを救ったのだから褒められるかもしれないと、今度こそ俊敏な動きにのろまの汚名を返上できるかと期待していた霞冴は、ぴりっと神経をこわばらせる。
「そ、そんなにダメ……だった?」
「当然だ。今のは、ひとの物を勝手に取った無礼どころではすまないぞ。お前がうとめの得物を拝借したことで、うとめは丸腰になった。しかも、こいつはそれに気づいていなかったのだから、いざというときはあるはずの刀を頼みにするかもしれない。その時に鞘が空になっていた、ではもう間に合わないんだ」
「う……ごめんなさい」
「お前の行動は、仲間を危険にさらすものだった。他人の得物を勝手に抜くな。たとえそいつがその時、動けない状態であったとしてもだ。肝に銘じておけ」
「はい……」
 青菜に塩をかけられたようにうつむいた霞冴は、「もう回復した、帰るぞ」という乾いた言葉に従って、宮希を抱き上げた。主体化したうとめも同じようにして、今度はあまり揺れないよう気をつけながら弾趾で馳せる。
 逆目に出た。霞冴は宮希の叱責を反芻し、忸怩のあまり泣きそうになるのをこらえた。目からこぼれなかった涙が、代わりに気道に流れ込んで蓋をしているかのように、帰り道の間、ずっと息苦しかった。
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