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10.三日月の真相編
47三日月雷志 ①
しおりを挟む静かな夜だった。
雲らしい雲もなく、宇宙がむき出しになったかのような夜空には、小さな星明りが散りばめられている。すでに沈んでしまった日のわずかな残光が、地平線に近いところだけ、宵闇をぼんやりと群青に染めていた。
その静けささえ不気味に感じながら、彼女らは闇に紛れて疾駆していた。
わらじの音が四人分。そのあとを、足音を肉球で消した気配がいくつも追う。芝を踏みながら、徐々に速度を落としていった一行は、夜も休まず水を噴き上げ続ける噴水のあたりで立ち止まった。人影一つない噴水公園で、何かをはばかるように声量を落とした声が、筐体に言葉を吹き込む。
「霊那です。噴水公園内部に到着しました。現在、異常ありません。公園は無人です」
その間、ほかの面々は注意深く周囲を警戒する。特に、連絡中の三番隊隊長を守るようにして。
霊那は緊張を解かずに電話口の相手へと問いかけた。
「美雷さん、本当にここで――時空震が発生したんですか」
『ええ、間違いないわ』
ほんのわずかに朗らかさを消したソプラノが答える。
『マグニチュードなどの解析はまだだけれど、情報管理局からの速報ではそうなっている。誤差の範囲を考慮しても、噴水公園内のどこかで起こったのは確かよ』
美雷から緊急出動命令があった時、すでに平常業務を終えていた霊那は、相棒の撫恋と部屋で語らっていた。出動理由がダークでも災害でもなく、時空震の発生と聞いた時、霊那、そして撫恋も同様に思い浮かべたのは、初夏の悪夢。同期の友人たちが立て続けに傷ついた、あの最悪な一件。
あの時の黒幕はチエアリだった。今回もその可能性がある。美雷もそれを見越してだろう、唯一情報がはっきりしていた発生場所、すなわち噴水公園には、霊那たち三番隊のほか、樹香神座が率いる七番隊も派遣されていた。それも、両隊フルメンバーである。
それなりの覚悟を携えて現場へ駆けつけた霊那たちだが、公園は何の変哲もなく暗い藍色に沈んでいる。時空震といえど、今回のは時空洞穴も開かない微弱なものだったのではないか。
「どうしましょうか、美雷さん。しばらくパトロールしますか?」
『そうね、くれぐれも気を付け……』
言葉は、ピッチごともぎ取られた。
爆風。
横殴りに吹いた大風にあおられ、霊那やさくらたち双体組は転倒、主体の平隊員たちは軽々と飛ばされ、地面を転がり、木に激突した。先ほどまでの凪はどこへ行ったのか。まるで空間が断絶されて、その隙間から異界の台風が殴り込んできたかのようだった。
風はほんの短い時間暴れた後、すぐに収まった。霊那は悪態交じりのうめきを漏らしながら、ちくちくした芝から起き上がった。手から離れたピッチは、最初に立っていた地点、数メートル前方に落ちていた。
だが、それを拾いに行くという行動の、初動にさえ踏み出せなかった。膝をついたまま、呆然と、そのそばにたたずむ姿を凝視する。
「な……んだ、あれ……!?」
普段動じない性分の霊那さえ、愕然として目を見開いた。本来感じるはずの恐怖を、驚愕が厚く上塗りする。
それが動いた。手のひらサイズの黒い筐体を、踏み出した一歩でカシャンと粉砕する。その音で目が覚めたようにハッと身じろぎすると、霊那は素早く辺りを見回し、最も近くで同じく放心して闖入者を見つめる部下を呼んだ。
「キラ!」
「!」
「美雷さんに連絡を! 増援だ!」
レモン色の猫は、我に返って源子化していたピッチを物質化すると、木々の立ち並ぶ方へと走り、陰に回った。普段の任務時にはふざけたような笑みを浮かべている彼女だが、今はそれも遠く彼方だ。
木陰から垣間見れば、夜の闇に紛れて、それがさらに動き出そうとしていた。
キラは本能的に察していた。次の瞬間には、緩慢な身じろぎから大きな所作に移るかもしれない。そしてそうなったら、一瞬にして、こちらの想像をはるかに超える被害が生まれる。
それが一歩踏み出す前に、それ以上の動作に移る前に、キラは早口で電話口の司令官に伝える。
「美雷さん、キラです。増援をお願いします。奇襲を受けました。敵の特徴は――」
***
やはり静かな夜だった。
うるさいのは、ただ己の鼓動のみ。
「霞冴、何分経過だ?」
「五分! 予定から遅れはないよ」
「しかし、妙だと思わねえか」
先頭を走る灰色髪の少年が、薄紅の猫を肩に乗せて走りながら、後方に言葉を投げかける。
「前と同じくチエアリだったとして、すでに三番隊と七番隊が総出で派遣されてるんだぞ。特に三番隊は……神守と遠野は、先の侵攻だけじゃなく、三枝岬に過去世界と、何度もチエアリに対峙してる。あいつらが増援要請してくるって……」
去年勃発した、三枝岬でのクロガネと名乗るチエアリとの戦闘は、霊那が一騎打ちしたものだった。その際は、相手が力を使い果たして弱っていたこともあり、霊那一人で打倒が叶った。
そして、記憶に新しい過去世界での戦闘。その時は、ほぼ雷奈の活躍といってよかったが、死人の一人も出さずに討伐できた。むしろ、ジンズウも、人間である雷奈でさえ敵う相手だったといってもよい。
先の侵攻を考えれば、チエアリはひどく恐ろしい存在だ。しかし、まとまった数でもなければ、相性次第では倒せる相手だ。現に、先の侵攻で、コウも光属性のチエアリ相手に敢闘し、力でねじ伏せて見せたのだ。――もっとも、その代償を思い返せば、名誉もはねのけたくなるほどの忌まわしい記憶だが。
ともかく、二隊に引き続き、一番隊と二番隊から三名ずつ、そして司令塔兼連絡係兼いざという時の戦力として霞冴まで駆り出されているというのは、どうにも尋常でなさを感じさせるのだ。
「よっぽどすごいチエアリなのかも?」
コウの肩で波音が言う。彼に寄り添って走る一番隊の猫、早乙女因果が息を切らしながら応じた。
「あるいは、何か災害級のことが起こっているのかもしれません」
「にしては静かじゃない?」
「もう片付いたのでしょうか……」
「美雷さん曰く、霊那たちは私たちが到着するまでそいつを足止めしてるってことだったよね。っていうか、敵って何者なのさ。それを伝える間もなく急行せよって、よっぽどだよね」
「おい、そろそろ公園内に突入するぞ。口を閉じろ」
終始険しい顔のルシルがぴしゃりと言った。直後、彼女らの足裏の感触が固い地面から柔らかな芝へと切り替わる。
風もなく、音もなく、光の明滅も、地面の振動もない。見える範囲でひとの姿はなく、まるで平和な夜の緑地公園だ。木々は眠っているように無言で立ち、左手奥の小さな池も凪いでいる。水面が、月明かりを反射してささやかに輝いていた。
慎重に歩を進める一同。遠くから噴水のせせらぎが聞こえてくるほどの静穏の中で――ルシルと霞冴は、体を震わせて鼻と口を手で覆った。
「る、ルシル……」
「ああ……これは……」
「くそっ……急ぐぞ」
歩調が早まる。コウも、ほかの猫たちも顔をしかめていた。鋭い嗅覚を突くのは、錆びた鉄の匂い。
花壇を回り込み、橋を脇目に小川を飛び越え、大池の中心に坐する噴水が見える広場に到着した。増援要請の発信源である、この公園の顔ともいえる地点だ。
そこで、ルシルたちは立ちすくんだ。手も吐息も震わせて。
「嘘……だろう……」
敵の姿はなかった。誰も立っていなかった。
ただそこにあったのは、赤黒い液体が飛び散った芝と、木肌の内側が見えるほどに痛めつけられた周囲の木立。あとは、乱れて芝に流れる亜麻色の髪に、こめかみから取れかけた桜の髪留めに、濡れた黒衣に、木々に沿うように転がった、黄と橙の首輪をした猫たち。――倒れて微動だにしない希兵隊の仲間たち。
これが、その夜、彼らが現実世界で見た悪夢だった。
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