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5.四人目の雷編
23再会の華 前編
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三日月雷華。雷奈の双子の妹。
そう名乗った少女は、一言も発せずにいる三人を無機質な目で眺め、再び口を開いた。
「驚くのも無理はない。その件についても含めて、いろいろ話したいこと、聞きたいことがある。お前たちも、私に尋ねたいことが山ほどあるのではないか?」
雷華の後ろでは、ユウに眠らされた男がだらしなく伸びている。雷奈たちは男を気にしながらも、雷華にうなずいた。
「うん、知りたか。私は、自分に双子の妹がいるなんて話、聞いたことなか」
「それに、ユウとどういう関係なのかもな」
「もしかして、あなたもフィライン・エデンに関わっているの?」
「すべて話せば長くなる。時間も時間だ、夕食をとりながらにしよう。どうせ警察が来る前にここを離れるつもりだったしな」
雷華は興味なさげに男を見下ろした。後ろで手を組んだユウが、その顔を覗き込む。
「ねえ、私ももう行っていいかしら? 警察に身元を聞かれたら困るし、そもそものここへ来た目的がまだ果たせていないの」
「ああ、構わぬ。手間を取らせたな」
「どういたしまして。雷奈、せっかく久しぶりに会えたけれど、また今度落ち着いて話しましょう。ほかのお二人も、次の機会に改めてご挨拶するわ。では、失礼するわね」
ユウはしとやかな動きで礼をすると、モデルのようにきれいな歩き方で角を曲がっていった。赤みがかった藤色の髪を丸出しにしていたが、彼女なら堂々と「染めているんです」と言ってやりすごしそうだ。
「ねえ、雷華。夕食って、どこで?」
「私がこちらへ来てからよく行っているファミレスがある。二駅先だ」
「じゃあ、いったん家に帰って再集合しようか。じじいとおばあちゃんに断らなきゃいけないし、今は大したお金持ってないんだよ。運賃くらいしか出せない」
「断りなら電話ですればよかろう。金ならいらぬ。私がすべて出す」
思わず目をむいた三人に、雷華は涼しい顔で「ただし」と指を立てた。
「そのかわりに必要なもの……もとい、必要な人物がいる。彼ら、もしくは彼女らにも来るように連絡を取ってくれ」
「だ、誰だよ?」
氷架璃の問いに、雷華はこともなさげに言い放った。
「流清家と風中家の使者。現行の正統後継者がいるだろう。その二人を連れてきたまえ」
***
雷華が案内したのは、先隣の駅からほど近いところにある、大手フランチャイズ店のファミリーレストランだ。親子連れから学生まで幅広い年齢層が気軽に入れる雰囲気で、値段も手ごろ。この店舗は平均よりもやや広めで、駐車場が併設されているほどの規模だ。
初めて電車に乗ったというアワとフーの興奮が冷めるころ、一同はソファ席に着いた。店内の中でも奥まった、隠れ家気分が味わえる一画だ。入口に近いほうに氷架璃、芽華実、アワ、フーが並んで座り、雷奈と雷華は四人と向かい合うように奥側の席に腰を下ろした。
店内はかなりにぎわっており、ここでなら大声を出さない限り、フィライン・エデンの話をしても怪しまれないだろう。
水を運んできたウェイトレスに、さっそく料理を注文する。ウェイトレスが去っていくと、氷架璃は居心地悪そうに体を揺らした。
「本当にいいのかな、同い年の子にごちそうになっちゃって……」
「構わぬ。私とお前たちとでは収入が違うであろう」
「……どゆこと?」
「私は片手間に株をやっていてな。それなりに儲けているので、この程度は取るに足らない出費だ」
氷架璃と芽華実が口に手を当てて目を見合わせる。雷奈はといえば、雷華の隣で、飲みかけた水でむせて溺れかけていた。
「げほっ、おえっ、まさかのファミレスで溺死するとこやった……。ち、ちなみに、雷華。どれくらい……?」
つい野暮なことを聞いてしまう。雷華は「そうだな……」と視線を斜め上にやった。
「私はこの辺りには住んでおらぬのでな。目的を果たすまではホテル暮らし、場合によっては賃貸に住む予定だったのだが、それにかかる生活費をすべてまかなえるくらいといったところだ。所得税やら何やら大変さ」
「……」
アワとフーも、外れたあごをはめることができない。
「だから遠慮するな。私が誘ったのだ。さあ、本題に入ろうではないか」
雷華の言葉で、雷奈たちは気を取り直して、居住まいを正した。
「先ほども名乗ったが、改めて。私は三日月雷華。雷奈とは双子の姉妹なので、同じ中学三年だ」
「よろしく。ボクは流清アワ。どこまで知っているのかはわからないけど、代々フィライン・エデンと関わる人間の接待を行っている流清家の正統後継者だよ」
「私は風中フー。同じく人間接待を担う風中家の正統後継者よ」
雷華がどのあたりまで認識しているのかを試す意図もあり、「フィライン・エデン」、「正統後継者」といった言葉を盛り込んでみたアワだったが、雷華は何の引っ掛かりもなく飲み込んで「よろしく」とだけ言った。続いて、雷奈、氷架璃、芽華実も簡単な自己紹介をする。雷奈は神社に居候していること、氷架璃はアワのパートナーで、芽華実はフーのパートナーであること。三人の今の家族構成と、皇学園に通っていること。
そこまで話したところで、料理が次々と運ばれてきた。雷奈は鉄板の上で音と湯気を立てるグリルチキンを前にしながら、ほかの皿にも目移りしている。
「雷華のねぎトロ丼、おいしそう! 氷架璃のミートソーススパゲティもよかね! ばってん、芽華実のミートドリアも捨てがたい……。ねえ、雷華。追加注文してよか?」
「まだ食うつもりか?」
「うんっ、私お腹ぺこぺこやけん! 雷華こそ、そんな小さなサイズの丼で足りると?」
「私は少食なのだ。それを差し引いても、お前のその食欲は異常だがな。食いたければ好きにしたまえ」
「ありがとーっ! アワとフーがシェアしとるピザもおいしそうやけど、たぶんテーブルに乗らんから我慢」
今運ばれてきたところだというのに、雷奈は三品を追加注文して、苦笑いするウェイトレスを見送った。向かいで、氷架璃が興味本位から、裏向きに置かれた伝票を覗き見る。思わず顔をひきつらせた。
「それにしても、私、双子の妹がいるなんて本当に知らんかったばい。これだけ似てたら疑いもせんけど……。なして別々だったと?」
「一歳に満たないころに別離したようだ」
壁際のカトラリーを雷奈に渡しながら、雷華は平坦な声で言った。
「双子でありながら、お前は健康優良に生まれた一方、私は病弱だったようでな。どうにも厄介な体質で、日本でも限られた病院の設備が必要だったらしい。種子島の病院にはないその設備を求めて、私は養子に出されたんだ。それで生き別れた、というわけだ」
「え、体弱いのか? 大丈夫か?」
「今はもう問題ない。合気道をたしなむ程に健康だ」
「合気道……さっきの立ち回りはその賜物ってわけか」
「氷架璃、ミートソースついてる」
「あ、悪い」
芽華実に口元を拭われる氷架璃に小さく笑って、雷奈は種子島にいたころに何かそれらしいことを聞いただろうかと思い返した。
「うーん……やっぱり、母さんは何も言ってくれんかったと思う。姉貴も知っとるはずやのに」
「正確なことは知らぬが、お前を気遣ったのではないか。……さて、次は私から質問させてもらおう。雷奈、氷架璃、芽華実はフィライン・エデンを認識しており、うち氷架璃と芽華実は選ばれし人間である、ということで間違いないな?」
咀嚼中の三人は一様にうなずいた。
「私はフィライン・エデンについては大方のことを知っている。ワープフープ、流清家と風中家、クロやダーク、希兵隊などの三大機関……。そして、私の見識が正しければ、選ばれし人間以外はワープフープを見ることができぬはず。だが、雷奈は見えている、というのだな」
「うん。ばってん、雷華は、なしてそこまで知っとーと?」
「とある人物からすべて聞いたのだ」
雷奈はナイフを動かしながら眉をひそめた。
「とある、人物? 誰ね?」
「私の育ての親だ」
「育ての親?」
「お前も会ったことがあるはずだ。彼女はお前に会ったと言っていたからな」
「ええ?」
雷華の存在すら今日知ったというのに、雷華の育ての親が誰かなど、知る由もない。だが、すでに面識はあるという。
雷奈が困惑している間に、スピーディに作られた追加注文が運ばれてきた。更新されて、再び机に裏返しに置かれた伝票を、魔が差した氷架璃が覗き見た。寒くもないのに、手が激しく震えた。
グリルチキンを平らげた雷奈が、次にどれを食べようか迷っているのを見ながら、雷華は続ける。
「その人物は、高校と大学を東京で卒業した後、故郷の静岡に帰るタイミングで私を預かった。ちょうど静岡のとある病院に、私が必要とする設備があったのでな。今も静岡に在住している、我々の母の親友……」
静岡。母の親友。
それを聞いた瞬間、数十分前によみがえったあの記憶が、再度脳裏をよぎった。
――最初から独りじゃなかったあんたは、これからも孤独になることはない。
なぜ、彼女にそのセリフが口にできたのか、雷奈はようやく理解した。
雷奈が、最初から――生まれる前から独りではなかったと知っている、静岡で出会ったあの女性。
「ま、待って、まさか……あの人……!?」
「少し話が見えないな。誰だい、あの人って?」
アワが、隣のフーとピザを引っ張り合いながら問う。双方向から引っ張られたマルゲリータピザは、切れ目で分かれて、間でチーズをびよーんと伸ばした。
雷奈は早口で、三枝岬への旅路の途中で出会った一人の女性について説明した。偶然出会って、ファミレスで食事をふるまってくれたあの若い女性は、雷奈の素性を言い当て、さらに雷奈の母・雷志の親友だと名乗ったのだ。
「怪しっ……そんな人を信じたのかよ」
「あ、あの時は私も極限状態やったし。ばってん、おかげで助かったし。恩人」
「その恩人の名前は憶えているか?」
「もちろん」
無造作にまとめた黒髪と、飾らない表情、さばけているのにどこか母性を感じる態度や物言いを思い出しながら、雷奈はその名を口にした。
「上山手耀さん、っちゃろ?」
「ああ。彼女が、私の育ての親だ」
ガタンッ。
雷華の言葉にかぶさるように、大きな音がした。周りのテーブルの客が、何事かとこちらを振り返るが、幸いここは奥にくぼんだ箇所にある席なので、大人数の注目の的になることはなかった。
テーブルに手をつき、勢いよく立ち上がったのは、流清家の少年だった。
「上山手……耀だって……!?」
動揺に瞳を揺らすアワの袖を、フーは汚れていない手の甲で小さく叩いた。我に返ったアワはそろそろと着席する。彼の狼狽ぶりに驚きながら、氷架璃が問うた。
「アワ、知ってんのか?」
「上山手耀っていったら……ボクのお母さんのパートナーだった人だよ……!」
「はあ!? ってことは、その人は……選ばれし人間!?」
「そういうことだ。ゆえに、彼女はフィライン・エデンのことを知っているのだ」
さらにスパゲッティとねぎトロ丼を胃に送り込んだ雷奈は、ウェイトレスが通りかかったタイミングで、オムライスとチーズインハンバーグ、かつ丼を追加で注文した。耀にふるまわれたそれらを思い出して、無性に食べたくなったのだ。ウェイトレスはテーブルの上の皿の数にどぎまぎしながら、なんとか営業スマイルを繕ってオーダーをとると、足早に去っていった。
「でも、どうして耀さんはフィライン・エデンの話を雷華にしたのかな? しかも、君はそれを信じたの?」
「なぜ彼女が私にその話をしたのか。簡単だ。それは、私の質問に答えるためだ。今のこの状況は、きっとフィライン・エデンに関わっているだろう、と」
「今のこの状況って……」
「私はこう問うたのだ」
水を一口飲み、コップを持ったまま雷華は低く告げた。
「なぜ、時間が一年ループしているのか、とな」
これには、全員が息をのんだ。雷奈は口に含んだばかりのミートドリアも飲んだ。危うくベシャメルソースで窒息するという幸せな死に方をするところだった。
「げっほげほ、ら、雷華も気づいとったと!? この狂った時間に!」
「私も、耀もな」
「耀さんは、卒業したとはいえ、選ばれし人間だ。だから、時間のループに気づいてもおかしくないんだけど……。でも、雷奈と同じ例外がもう一人いるってこと……!?」
「私は、未来に進めぬこの状況を解決したい。手がかりが、ワープフープが位置する光丘にあると踏んだ私は、ここで調査することに決めたのだ。夏休み中は無理だったが、今のテスト明け休みと、冬休みでは時間が取れた。ワープフープを探しに探した末、ようやく見つけたので、誰か出入りせぬかと張り込んでいたのだ」
「ワープフープが見え、近づけもするのか……!」
「そうして張り込んでいた最中、ワープフープから出てきたのがユウだった。彼女のほうから雷奈の名前を口にしてくれたので僥倖だったよ。私の肉親が関与しているなら、協力してもらうに越したことはない。そこで、雷奈に会おうとユウに電話してもらったのだ。そうしたら、いきなりひったくりと叫ばれ、電話を切られ」
「ああ、あの時!?」
「叫び声は電話越しでなく直接聞こえたのでな。駆けつけて足を引っかけてやったというわけだ」
「それで、あんなナイスタイミングで……。ありがとう、助かったばい」
そこへ、雷奈が注文した、耀との思い出の味が運ばれてきた。ちょうどウェイトレスもいることなので、いよいよデザートにと、雷奈はパフェを頼もうとした。ところが、イチゴと抹茶とチョコで究極の選択に迫られてしまった。考えた時間は二秒。笑顔で三つとも注文した。ウェイトレスは震える声でオーダーを復唱すると、何度も振り返りながら、恐ろしいものから逃げるように立ち去って行った。
再更新された伝票を、性懲りもなく氷架璃が覗き見る。座ったまま飛び上がるという器用な真似をして、テーブルに膝を打ちつけた。
「ひ、氷架璃、大丈夫? 何やってるの?」
「いや、すまん。話を続けてくれ、雷華」
「うむ」
何事もなかったかのように、雷華は全員を見回して問うた。
「お前たちも、この時間のループに気づいていると見た。これについて、どこまで知っている?」
「まず、原因はさっぱり分からんとよ。ばってん、今回の人間界開放がイレギュラーらしいってことが、関係しとると思う。クロやダークが人間界にも現れて、その賢くて強いバージョンのチエアリってやつまで出てきた。しかも、私たち三人、猫術が使えるとよ」
「ふむ、私の知っている話とは違うな。クロやダークはフィライン・エデンにしか現れないと聞いていたし、チエアリなど知らぬ。人間が猫術を使えるなど、論外だ」
雷奈は、春の時間のループに始まり、アワたちとの出会い、猫力の覚醒、そしてチエアリが妹の雷帆に化けて襲ってきたことなどを、時系列に沿って話した。ちょうど話し終わって一息ついたとき、輝くイチゴとわびさび感のある抹茶、濃厚そうなチョコの三種のパフェが運ばれてきた。やめておけばいいのに、氷架璃は再々更新された伝票を覗き込んだ。とたん、目の前に花畑が広がり、大きな川の向こうで亡き母が手を振っているのが見えた。氷架璃も手を振り返し、そちらへ向かおうとする。
そんな、半目で痙攣する氷架璃を意にも介さず、雷華は「やはり真相究明のためには光丘にとどまったほうが得策か……」とぼやいた。しばらく思案して、何やら指を折りだす。そして、「まあ、足りるか」とつぶやくと、
「雷奈」
「うん?」
「お前たちは、皇学園中等部に通っていると言っていたな?」
そう名乗った少女は、一言も発せずにいる三人を無機質な目で眺め、再び口を開いた。
「驚くのも無理はない。その件についても含めて、いろいろ話したいこと、聞きたいことがある。お前たちも、私に尋ねたいことが山ほどあるのではないか?」
雷華の後ろでは、ユウに眠らされた男がだらしなく伸びている。雷奈たちは男を気にしながらも、雷華にうなずいた。
「うん、知りたか。私は、自分に双子の妹がいるなんて話、聞いたことなか」
「それに、ユウとどういう関係なのかもな」
「もしかして、あなたもフィライン・エデンに関わっているの?」
「すべて話せば長くなる。時間も時間だ、夕食をとりながらにしよう。どうせ警察が来る前にここを離れるつもりだったしな」
雷華は興味なさげに男を見下ろした。後ろで手を組んだユウが、その顔を覗き込む。
「ねえ、私ももう行っていいかしら? 警察に身元を聞かれたら困るし、そもそものここへ来た目的がまだ果たせていないの」
「ああ、構わぬ。手間を取らせたな」
「どういたしまして。雷奈、せっかく久しぶりに会えたけれど、また今度落ち着いて話しましょう。ほかのお二人も、次の機会に改めてご挨拶するわ。では、失礼するわね」
ユウはしとやかな動きで礼をすると、モデルのようにきれいな歩き方で角を曲がっていった。赤みがかった藤色の髪を丸出しにしていたが、彼女なら堂々と「染めているんです」と言ってやりすごしそうだ。
「ねえ、雷華。夕食って、どこで?」
「私がこちらへ来てからよく行っているファミレスがある。二駅先だ」
「じゃあ、いったん家に帰って再集合しようか。じじいとおばあちゃんに断らなきゃいけないし、今は大したお金持ってないんだよ。運賃くらいしか出せない」
「断りなら電話ですればよかろう。金ならいらぬ。私がすべて出す」
思わず目をむいた三人に、雷華は涼しい顔で「ただし」と指を立てた。
「そのかわりに必要なもの……もとい、必要な人物がいる。彼ら、もしくは彼女らにも来るように連絡を取ってくれ」
「だ、誰だよ?」
氷架璃の問いに、雷華はこともなさげに言い放った。
「流清家と風中家の使者。現行の正統後継者がいるだろう。その二人を連れてきたまえ」
***
雷華が案内したのは、先隣の駅からほど近いところにある、大手フランチャイズ店のファミリーレストランだ。親子連れから学生まで幅広い年齢層が気軽に入れる雰囲気で、値段も手ごろ。この店舗は平均よりもやや広めで、駐車場が併設されているほどの規模だ。
初めて電車に乗ったというアワとフーの興奮が冷めるころ、一同はソファ席に着いた。店内の中でも奥まった、隠れ家気分が味わえる一画だ。入口に近いほうに氷架璃、芽華実、アワ、フーが並んで座り、雷奈と雷華は四人と向かい合うように奥側の席に腰を下ろした。
店内はかなりにぎわっており、ここでなら大声を出さない限り、フィライン・エデンの話をしても怪しまれないだろう。
水を運んできたウェイトレスに、さっそく料理を注文する。ウェイトレスが去っていくと、氷架璃は居心地悪そうに体を揺らした。
「本当にいいのかな、同い年の子にごちそうになっちゃって……」
「構わぬ。私とお前たちとでは収入が違うであろう」
「……どゆこと?」
「私は片手間に株をやっていてな。それなりに儲けているので、この程度は取るに足らない出費だ」
氷架璃と芽華実が口に手を当てて目を見合わせる。雷奈はといえば、雷華の隣で、飲みかけた水でむせて溺れかけていた。
「げほっ、おえっ、まさかのファミレスで溺死するとこやった……。ち、ちなみに、雷華。どれくらい……?」
つい野暮なことを聞いてしまう。雷華は「そうだな……」と視線を斜め上にやった。
「私はこの辺りには住んでおらぬのでな。目的を果たすまではホテル暮らし、場合によっては賃貸に住む予定だったのだが、それにかかる生活費をすべてまかなえるくらいといったところだ。所得税やら何やら大変さ」
「……」
アワとフーも、外れたあごをはめることができない。
「だから遠慮するな。私が誘ったのだ。さあ、本題に入ろうではないか」
雷華の言葉で、雷奈たちは気を取り直して、居住まいを正した。
「先ほども名乗ったが、改めて。私は三日月雷華。雷奈とは双子の姉妹なので、同じ中学三年だ」
「よろしく。ボクは流清アワ。どこまで知っているのかはわからないけど、代々フィライン・エデンと関わる人間の接待を行っている流清家の正統後継者だよ」
「私は風中フー。同じく人間接待を担う風中家の正統後継者よ」
雷華がどのあたりまで認識しているのかを試す意図もあり、「フィライン・エデン」、「正統後継者」といった言葉を盛り込んでみたアワだったが、雷華は何の引っ掛かりもなく飲み込んで「よろしく」とだけ言った。続いて、雷奈、氷架璃、芽華実も簡単な自己紹介をする。雷奈は神社に居候していること、氷架璃はアワのパートナーで、芽華実はフーのパートナーであること。三人の今の家族構成と、皇学園に通っていること。
そこまで話したところで、料理が次々と運ばれてきた。雷奈は鉄板の上で音と湯気を立てるグリルチキンを前にしながら、ほかの皿にも目移りしている。
「雷華のねぎトロ丼、おいしそう! 氷架璃のミートソーススパゲティもよかね! ばってん、芽華実のミートドリアも捨てがたい……。ねえ、雷華。追加注文してよか?」
「まだ食うつもりか?」
「うんっ、私お腹ぺこぺこやけん! 雷華こそ、そんな小さなサイズの丼で足りると?」
「私は少食なのだ。それを差し引いても、お前のその食欲は異常だがな。食いたければ好きにしたまえ」
「ありがとーっ! アワとフーがシェアしとるピザもおいしそうやけど、たぶんテーブルに乗らんから我慢」
今運ばれてきたところだというのに、雷奈は三品を追加注文して、苦笑いするウェイトレスを見送った。向かいで、氷架璃が興味本位から、裏向きに置かれた伝票を覗き見る。思わず顔をひきつらせた。
「それにしても、私、双子の妹がいるなんて本当に知らんかったばい。これだけ似てたら疑いもせんけど……。なして別々だったと?」
「一歳に満たないころに別離したようだ」
壁際のカトラリーを雷奈に渡しながら、雷華は平坦な声で言った。
「双子でありながら、お前は健康優良に生まれた一方、私は病弱だったようでな。どうにも厄介な体質で、日本でも限られた病院の設備が必要だったらしい。種子島の病院にはないその設備を求めて、私は養子に出されたんだ。それで生き別れた、というわけだ」
「え、体弱いのか? 大丈夫か?」
「今はもう問題ない。合気道をたしなむ程に健康だ」
「合気道……さっきの立ち回りはその賜物ってわけか」
「氷架璃、ミートソースついてる」
「あ、悪い」
芽華実に口元を拭われる氷架璃に小さく笑って、雷奈は種子島にいたころに何かそれらしいことを聞いただろうかと思い返した。
「うーん……やっぱり、母さんは何も言ってくれんかったと思う。姉貴も知っとるはずやのに」
「正確なことは知らぬが、お前を気遣ったのではないか。……さて、次は私から質問させてもらおう。雷奈、氷架璃、芽華実はフィライン・エデンを認識しており、うち氷架璃と芽華実は選ばれし人間である、ということで間違いないな?」
咀嚼中の三人は一様にうなずいた。
「私はフィライン・エデンについては大方のことを知っている。ワープフープ、流清家と風中家、クロやダーク、希兵隊などの三大機関……。そして、私の見識が正しければ、選ばれし人間以外はワープフープを見ることができぬはず。だが、雷奈は見えている、というのだな」
「うん。ばってん、雷華は、なしてそこまで知っとーと?」
「とある人物からすべて聞いたのだ」
雷奈はナイフを動かしながら眉をひそめた。
「とある、人物? 誰ね?」
「私の育ての親だ」
「育ての親?」
「お前も会ったことがあるはずだ。彼女はお前に会ったと言っていたからな」
「ええ?」
雷華の存在すら今日知ったというのに、雷華の育ての親が誰かなど、知る由もない。だが、すでに面識はあるという。
雷奈が困惑している間に、スピーディに作られた追加注文が運ばれてきた。更新されて、再び机に裏返しに置かれた伝票を、魔が差した氷架璃が覗き見た。寒くもないのに、手が激しく震えた。
グリルチキンを平らげた雷奈が、次にどれを食べようか迷っているのを見ながら、雷華は続ける。
「その人物は、高校と大学を東京で卒業した後、故郷の静岡に帰るタイミングで私を預かった。ちょうど静岡のとある病院に、私が必要とする設備があったのでな。今も静岡に在住している、我々の母の親友……」
静岡。母の親友。
それを聞いた瞬間、数十分前によみがえったあの記憶が、再度脳裏をよぎった。
――最初から独りじゃなかったあんたは、これからも孤独になることはない。
なぜ、彼女にそのセリフが口にできたのか、雷奈はようやく理解した。
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「ま、待って、まさか……あの人……!?」
「少し話が見えないな。誰だい、あの人って?」
アワが、隣のフーとピザを引っ張り合いながら問う。双方向から引っ張られたマルゲリータピザは、切れ目で分かれて、間でチーズをびよーんと伸ばした。
雷奈は早口で、三枝岬への旅路の途中で出会った一人の女性について説明した。偶然出会って、ファミレスで食事をふるまってくれたあの若い女性は、雷奈の素性を言い当て、さらに雷奈の母・雷志の親友だと名乗ったのだ。
「怪しっ……そんな人を信じたのかよ」
「あ、あの時は私も極限状態やったし。ばってん、おかげで助かったし。恩人」
「その恩人の名前は憶えているか?」
「もちろん」
無造作にまとめた黒髪と、飾らない表情、さばけているのにどこか母性を感じる態度や物言いを思い出しながら、雷奈はその名を口にした。
「上山手耀さん、っちゃろ?」
「ああ。彼女が、私の育ての親だ」
ガタンッ。
雷華の言葉にかぶさるように、大きな音がした。周りのテーブルの客が、何事かとこちらを振り返るが、幸いここは奥にくぼんだ箇所にある席なので、大人数の注目の的になることはなかった。
テーブルに手をつき、勢いよく立ち上がったのは、流清家の少年だった。
「上山手……耀だって……!?」
動揺に瞳を揺らすアワの袖を、フーは汚れていない手の甲で小さく叩いた。我に返ったアワはそろそろと着席する。彼の狼狽ぶりに驚きながら、氷架璃が問うた。
「アワ、知ってんのか?」
「上山手耀っていったら……ボクのお母さんのパートナーだった人だよ……!」
「はあ!? ってことは、その人は……選ばれし人間!?」
「そういうことだ。ゆえに、彼女はフィライン・エデンのことを知っているのだ」
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「でも、どうして耀さんはフィライン・エデンの話を雷華にしたのかな? しかも、君はそれを信じたの?」
「なぜ彼女が私にその話をしたのか。簡単だ。それは、私の質問に答えるためだ。今のこの状況は、きっとフィライン・エデンに関わっているだろう、と」
「今のこの状況って……」
「私はこう問うたのだ」
水を一口飲み、コップを持ったまま雷華は低く告げた。
「なぜ、時間が一年ループしているのか、とな」
これには、全員が息をのんだ。雷奈は口に含んだばかりのミートドリアも飲んだ。危うくベシャメルソースで窒息するという幸せな死に方をするところだった。
「げっほげほ、ら、雷華も気づいとったと!? この狂った時間に!」
「私も、耀もな」
「耀さんは、卒業したとはいえ、選ばれし人間だ。だから、時間のループに気づいてもおかしくないんだけど……。でも、雷奈と同じ例外がもう一人いるってこと……!?」
「私は、未来に進めぬこの状況を解決したい。手がかりが、ワープフープが位置する光丘にあると踏んだ私は、ここで調査することに決めたのだ。夏休み中は無理だったが、今のテスト明け休みと、冬休みでは時間が取れた。ワープフープを探しに探した末、ようやく見つけたので、誰か出入りせぬかと張り込んでいたのだ」
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「そうして張り込んでいた最中、ワープフープから出てきたのがユウだった。彼女のほうから雷奈の名前を口にしてくれたので僥倖だったよ。私の肉親が関与しているなら、協力してもらうに越したことはない。そこで、雷奈に会おうとユウに電話してもらったのだ。そうしたら、いきなりひったくりと叫ばれ、電話を切られ」
「ああ、あの時!?」
「叫び声は電話越しでなく直接聞こえたのでな。駆けつけて足を引っかけてやったというわけだ」
「それで、あんなナイスタイミングで……。ありがとう、助かったばい」
そこへ、雷奈が注文した、耀との思い出の味が運ばれてきた。ちょうどウェイトレスもいることなので、いよいよデザートにと、雷奈はパフェを頼もうとした。ところが、イチゴと抹茶とチョコで究極の選択に迫られてしまった。考えた時間は二秒。笑顔で三つとも注文した。ウェイトレスは震える声でオーダーを復唱すると、何度も振り返りながら、恐ろしいものから逃げるように立ち去って行った。
再更新された伝票を、性懲りもなく氷架璃が覗き見る。座ったまま飛び上がるという器用な真似をして、テーブルに膝を打ちつけた。
「ひ、氷架璃、大丈夫? 何やってるの?」
「いや、すまん。話を続けてくれ、雷華」
「うむ」
何事もなかったかのように、雷華は全員を見回して問うた。
「お前たちも、この時間のループに気づいていると見た。これについて、どこまで知っている?」
「まず、原因はさっぱり分からんとよ。ばってん、今回の人間界開放がイレギュラーらしいってことが、関係しとると思う。クロやダークが人間界にも現れて、その賢くて強いバージョンのチエアリってやつまで出てきた。しかも、私たち三人、猫術が使えるとよ」
「ふむ、私の知っている話とは違うな。クロやダークはフィライン・エデンにしか現れないと聞いていたし、チエアリなど知らぬ。人間が猫術を使えるなど、論外だ」
雷奈は、春の時間のループに始まり、アワたちとの出会い、猫力の覚醒、そしてチエアリが妹の雷帆に化けて襲ってきたことなどを、時系列に沿って話した。ちょうど話し終わって一息ついたとき、輝くイチゴとわびさび感のある抹茶、濃厚そうなチョコの三種のパフェが運ばれてきた。やめておけばいいのに、氷架璃は再々更新された伝票を覗き込んだ。とたん、目の前に花畑が広がり、大きな川の向こうで亡き母が手を振っているのが見えた。氷架璃も手を振り返し、そちらへ向かおうとする。
そんな、半目で痙攣する氷架璃を意にも介さず、雷華は「やはり真相究明のためには光丘にとどまったほうが得策か……」とぼやいた。しばらく思案して、何やら指を折りだす。そして、「まあ、足りるか」とつぶやくと、
「雷奈」
「うん?」
「お前たちは、皇学園中等部に通っていると言っていたな?」
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