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【2周目】嫌われ者のモブ、実は最強の“推し”から溺愛執着されてました。
8
天も地も分からない迷妄感の中テレビの砂嵐みたいな不快な雑音だけが聞こえる、『3、2、1』と何度も繰り返し聞いた機械音声のカウントダウンが頭に響いて、
次に目を開けた時、
目の前にあったのは見慣れた家の天井ではなく、
古ぼけた厩舎の軋んだ引き戸だった。
「ギャオオオオオオッッッ‼︎‼︎」
厩舎の中から悍ましい馬のいななきが聞こえて、懐かしい記憶と恐怖がフラッシュバックする。
(この、声は、光景は………っ)
反射的に扉から手を離し、中から聞こえる足踏み音から逃げるために踵を返し走り出す。
必死だった。
とにかく、距離を取らないと。
走り出して、身体の小ささに驚く。
足が短くて思うようにスピードが出ないし、飯を碌に食べていない身体は少し走るだけで嘘みたいに息があがる。
あばら骨の浮いた肉つき、細い手足。
ああ、そうだ、フレックスと暮らすのが当たり前すぎて、ご飯も毎日食べるのが普通で、すっかり忘れてた。
昔のわたしは、こんな子供だったんだ。
背後で派手な音が聞こえて、引き戸は力任せに吹き飛ばされていた。巨大な馬型の魔獣はフーフーと鼻息荒く興奮して魔力に飲まれ変色した立髪がピリピリと電気を帯びて逆立っている。
理性のない赤い瞳と、目があった。
(……懐かしい)
そっか、魔獣になった君は、こんな姿だったね。
記憶の中にある君は、私がお世話してた時のかわいいブロンズ色の毛並みをした姿のままだったから、すっかり忘れてたよ。
(出来れば、苦しい想いはさせたくない。)
チマチマと逃げ回りながら攻撃するいつものやり方じゃなく、
フレックスやロイドのように、痛みもなく魔獣を殺してやりたい。
魔術を扱ったことがない小さな身体でも、記憶は扱い方を知っている。魔力量自体は変わらない。やることは、一つ。
離れた距離、チャンスは一度だけ。
なるべく大きな光球を演唱して、
魔獣の″核″だけを狙って、
イメージするのは、
フレックスの魔獣を消し去る高熱な光の塊。
ロイドの魔獣を燃やし尽くす業火。
私に出来る、最大出力を。
あなたの追悼に。
パンッ
軽い音をたてて、手から離れた光球は真っ直ぐ馬魔獣の赤い目に向かって飛んでいった。
丸いソレは馬の身体に傷を付けることもなく、ただ接触した瞬間にこちらまで失明しそうなほどの強烈な閃光を破裂させて、
光で何も見えない真っ白な空間の中、「ギュオオオオオオ」と馬の哀しそうないななき声が小さくなっていく。
……バイバイ。
私の手で君を殺したから、
きっともう、君は夢で会いにきてはくれない。
君のお世話をできる日は、もう来ないんだろうな。
(…………まずい)
光で目がやられたのか、目の前が霞む。
魔力を使いすぎたのかもしれない。
足に力は入らないし、身体がぐらぐらと重心を捕らえられずに揺れてしまう。とりあえず座ろうと足を曲げようとした瞬間、ぐわりと視界が大きく揺れて、受け身も取らず地面の上にリセは倒れた。
遠くで、地面を蹴る音が聞こえる。
多分、フレックスが魔獣を探すのに走り回ってるんだろう。
魔獣はもういないよって、隊長に報告に行かないといけないのに。身体が動かない。
あ、こんときのフレックスは、まだ隊長じゃないや。
ぼんやり朧げな意識は、ゆっくり降りてきた瞼の帳に伏せられて、いつの間にかぷつりと途切れた。
「……リセ……?」
探していた少女が地面に伏しているのを見た瞬間、自分は間に合わなかったのだと確信し、呼吸が止まった。
外傷は見当たらないが、6年前の彼女と変わらない衰弱した細い身体、小さな背丈が俺の声に反応せず倒れている。
その身体を揺らし、抱き抱える。
″魔獣に殺された″と思っていた少女から寝息が聞こえて、まさか本当に寝こけているだけと思わなかったフレックスは目を見開いて、どっと安堵した。
近くには、灰になって風に解けていく馬型の魔獣と、
砕けた核が落ちている。
(……この子が、討伐したのか…?)
腕の中で眠る彼女は、まだ魔術の扱い方を知らないはずだ。
彼女が馬魔獣を倒したのならその身体に彼女の戦闘方法である無数の傷が付いているはずなのに、馬の像に外傷は見えない。
高密度の魔力で無理矢理焼き切ったとしか思えない姿に、改めて腕の中にいるリセを見た。
…自分のよく知る彼女では、ないかもしれない。
あの時、君がいなくなったとき。
君の魔力の気配が残された妙な魔術陣に手を触れた。
気がつけば、6年前の今日に世界は巻き戻っていて、
俺は″過去″に戻って、リセとのやり直しのチャンスを得たと思った。
(もし、君が俺の知るリセでなくても…)
腕の中ですうすうと安らかに眠る少女を、
ぎゅっと強く抱きしめる。
(手放すなんて、出来そうにないな。)
「おお!その子は厩舎員の…!まさか無事だったとは!!いやぁよかったよかった。魔獣を討伐するだけでなくこの子まで救ってくださるとは、フレックス殿には頭が上がりませんなあ」
(……よく回る口だ。囮に使ったと悟らせないようにしているのか)
まるで家族の一員が助かったように大袈裟に喜ぶ貴族の男は、自分たち家族が魔獣から逃げるために魔力持ちのこの子を囮に使ったとバレると都合が悪いんだろう。
この栄養失調で背丈の小さな少女を見て、お前たちが家族扱いしていないことなんて一目で分かることなのに。
″リセ″という彼女の名前が一言も出てこないことからも、情の薄さは明白だった。
「……私も驚いたことなのですが、魔獣を討伐したのはこの少女です」
「……………はい?」
「魔力持ちの子が偶然魔術を扱えることは稀にありますが、彼女もその類かもしれませんね」
馬魔獣が暴れ回る前に彼女が始末してくれたから、建物への損害は軽微だろう。
「この歳で、魔術を扱えて一人で魔獣討伐が出来るなんて稀有な才能です。……どうでしょう伯爵、私に彼女を譲ってくださいませんか」
「な、なにを………」
「私が後継人になって、彼女を魔術隊へ連れていくのを許していただきたい」
男は、魔獣を討伐したという彼女の実績は疑うくせに、家への利益に目を光らせるや否や『厩舎員といえど大事な子ですから、その頼みはきけませんな』と豚のように鼻を鳴らしてきた。
こういう輩と話すのが、俺は一番嫌いだ。
″大事だ″、″大切だ″と言葉を着飾って、目の中にある金勘定は透けて見えていても隠そうとしない。その精神に反吐が出る。
『よろしいのですか?』とフレックスの口元が弧を書いた。
この声色の変化に、目敏く男が視線を上げる。
「魔力持ちの子がなぜ魔獣に狙われるのか、
知らないわけではないでしょう。
いくら口では情の深さを語っても、
こんな栄養失調の少女を見て
彼女が伯爵家の寵愛を受けているなんて譫言、
信じる輩はおりますまい。
…学も持たない厩舎員の娘、
おまけに親もいないなんて、
程のいい奴隷と見られてもおかしくないと、
そう思いませんか?
それもその子が魔力持ちだと知ったならば、
…こんなご時世だ。
あなたがたが彼女を非人道的に扱ったと見なされ
罪にかけられてもおかしくない。
この国で、″奴隷″は重罪ですからね」
別に貴方が彼女を奴隷として扱ったなんて私は明言しませんとも。ですが、火のないところに煙はたたないものです。
煙を見た民衆はどんな目の色で貴方がたを見るのでしょう。
貴方がたが民衆の信頼に応えていれば、誤解はおのずと解けるのでしょうが。
嘘八百をべらべらと恥ずかしげとなく話せる口先だけの男だ。
人々の信頼を獲得しているとは、残念ながら思えないな。
私の話を聞いた伯爵は、何か思うところがあるのかわなわなと唇を震わせ顔を赤くさせた。
赤くなったり青くなったり、忙しない人だな。
思うに、魔力が発現して高度な魔術も扱える彼女をこのまま家に繋いで魔獣を殺す警備要員にしたかったんだろう。
先ほどまでの口調は何処へやら、年若い男に挑発されるのは彼の琴線に触れたらしい。
腹芸を忘れ怒りのままに『そんな使えないガキ何処へでも連れて行け!』と叫ぶ男の声を確かに承認して、私は腕に抱いた少女を攫った。
すうすうと眠りこける君が
私の知る彼女と同じかは分からない。
でもまずは、この痩せこけた君に美味しい料理を振る舞おう。
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