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【3周目】
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今度こそ彼を救うためにと過ごしてきた6年間は、
何の意味も持たなかった。
2周目を振り返りながら、思う。
私のしていることに意味はあるのだろうかと。
『3』、機械音声がカウントダウンを告げる。
『2』、また、やり直しが始まる。
『1』、今度は、もう間違えないように。
(同期のみんなと話をしよう。)
(信用を得られるように、協力して任務もこなそう。)
(フレックスとは家族にならないでいよう。)
(特別な存在にならなければ、彼の執着が私に向くことはないだろうから。)
今度こそ私があの豚魔獣を殺して、彼の死なない結末を。
みんながセーニャに救われるために。
誰もが幸せになるハッピーエンドを、見つけよう。
少女は目を瞑り、心を決める。
そうして、3周目の物語が始まった。
•
•
•
「ギャオオオオオオッッッ‼︎‼︎」
目を開けた瞬間目の前に広がる懐かしい光景と、青草の匂い。
古惚けた厩舎小屋の引き戸の向こうから悍ましい馬のいななきが聞こえて、過去に戻ったことを悟る。
初めてのときの私は、
昨日まで世話をしていたかわいい馬が魔力にのまれて化け物になってしまったことが受け入れられなくて、
自分の面倒を見てくれてた屋敷の人たちが自分を捨てて逃げたことも悲しくて、馬鹿みたいに絶望してたっけ。
でも、
この世界は、そういう世界だ。
自分が生きることにみんな必死で、
誰かの面倒まで見る余裕なんてなくて、
無力な子どもが盾になったり囮になって死んだりするのが当たり前の、残酷な世界。
そんな中でたった一人、
私の手を引いて救い出してくれたあの人は、
もうゲームの好きなキャラだからだとかじゃなくて、本心から幸せになってほしい人に変わったよ。
だから——、
「ごめんね、本当は君を苦しめたくなんてないけど」
″前回″のように魔力を使い果たして、彼に回収されるわけにはいかないの。
リセは逃げ出すことなく、厩舎の中へ入った。
魔力にのまれ魔獣となった馬の真っ赤な眼が彼女を捉える。
今でも私の記憶にある君は、ブロンドの立髪を揺らす甘えん坊のかわいい馬のまま。魔力にのまれた理性を失った眼で睨まれても、真っ黒に染まった巨体で凄まれても、どこかでかわいい君の面影を重ねて探してしまう。
それでも、
本当に、ごめんね。
君に情をかけてあの人の未来を汚してしまうなら、
私は、君を痛めつけ苦しめても、新しい未来を選ぶよ。
この身体が魔力の使い方を知らなくても、
私の記憶は知っている。
少女は麻縄をゆっくりと持ち上げ、その動作に引っ張られるように手からパラパラと氷の粒が連なって宙に浮いた。
演唱と共に氷の粒が大きくなり、麻縄に氷が纏い鋭い氷槍となっていくつも繋がる。
情けは捨てた彼女の手つきに迷いはなく、
弾丸のような氷槍の弾幕を、一斉に魔獣に向け打ち出した。
「ギャオオオオオオッッッ‼︎‼︎」
けたたましい鳴き声が小屋に響いて鼓膜を破くほどに揺らす。
魔獣の身体に突き刺さった氷槍は抜けることなく馬の血と凝固して体内に返し刃を作り、地面に刺さった氷槍と小屋中の柱や木に巻き付いた麻縄が魔獣の動きを封じこめた。
下手に動けば血が流れ、その血に氷の魔術が反応して返し刃はさらに深くまで突き刺さっていく。
暴れれば暴れるほど対象者の身体を痛めつけ、体力を奪う。
それが、魔力量の少ない彼女が最も扱い慣れた魔獣狩りの魔術だった。
いつからだろう、フレックスに教えられた戦い方をしなくなったのは。
死んでもどうせ私は死なないから。
彼が教えてくれた、魔獣から距離を置いて逃げながら魔術を扱う戦法は2周目以降は使わなくなった。
豚魔獣を殺したあの時、森の木と土、蔓も泥も戦術に練り込んで戦った経験は私の中から消えることなく、正統法で魔獣を魔術で切り付け殺す方法より格段に勝率を上げた。
失敗しても、ただ死んで、巻き戻るだけ。
死ぬ瞬間だけは毎回、気が狂うほど痛い思いをしてきたけれど、どこか他人事にそれを感じるほど、心と身体が分離したような感覚で自分を操作できる。
(……足音が聞こえる)
ここに乗り込んでくる人なんて、一人しかいない。
いつだって私を救ってくれたのは、
ここに来てくれた人は、フレックスだけ。
ガラッ、引き戸が力任せに開けられて、背後から陽の光が小屋の中に煌々とさした。
魔獣の荒い呼吸だけが響く小屋に、彼の音が混じる。
幾度と聞いた、フレックスが魔術を演唱するときの鈴が擦り合うようなカラコロとした涼やかな音が聞こえて、こんな状況だというのに目が覚める程綺麗な音だと思った。
星が瞬くような鮮やかな光が私の氷に反射して、彼の声が鎮魂歌のように優しく小屋の中に響き渡る。
次の瞬間、″パンッ″と軽やかな音とともに麻縄で繋がれた魔獣は、灰になってさらさらと崩れて消えた。
「………魔術を、扱えるんだな…」
背後から、彼の声が聞こえる。
「誰に、教わったんだ…?」
リセの目は灰まみれの麻縄を見つめたまま、静かに一度瞼を閉じて過去の周回を思い出していた。
1周目は、魔術なんて使えなくてがむしゃらに小屋から離れた。
魔獣から逃げても子供の小さい身体じゃ大した距離も稼げなくて、魔獣に殺される寸前で彼が現れ自分を救ってくれた時は、御幸が差して見えたくらいだ。
だから、一緒に行こうという彼の手に迷わず縋り付いて、
ゲームのシナリオ通り死ぬ運命にある彼の未来を変えたいと願った。
2周目は、自分の力で魔獣を殺したけど魔力枯渇で気を失った。
気がついた時には既にフレックスは自分の後継人になっていて、1周目の時と同じように彼と家族になってあの慣れ親しんだあったかい家で6年の時を過ごした。
もう一度、瞬きをする。
自分が何を言うかは既に決まっているし、
彼が何を言うかも、既に分かっている気がした。
「……誰にも教わってません。」
「………」
振り返って、呼吸が止まる。
長い銀髪が後光で輝いて、血の匂いが充満した厩舎小屋に神様が舞い降りたようにキラキラと光を落とす彼の姿はゲームの一枚絵のように綺麗だった。
ああ、フレックスだ。
彼から離れると心は決めているのに、またその姿を見れたことに気持ちが満たされる自分がいる。
長いコートを風にたなびかせて、目の前にいるまだ18歳のフレックスは、6年後の自分と同じ歳とは思えない落ち着いた表情で、此方を見下ろしていた。
「その割には、随分実戦慣れしているようだ。……お嬢さん、私のことは分かるかな?」
「……いいえ」
「………そうか。私は……君を知っているのだけどね。」
「………」
フレックスの言葉はなんだかふわふわとしていて、
声も不安定な印象を受け、違和感を感じた。
出会った時の彼はこんなに浮世離れしたような雰囲気だっただろうか?
彼は確かにフレックス本人のはずなのに、
貼り付けたような笑顔をする彼からは自分が憧れたあの安心感や頼りがいは何故だか希薄に感じた。
「いつも通り、まずは自己紹介をしようか。私の名前はフレックス。魔術師として、魔力のある人を集めて魔術を扱えるように指導している。」
「……」
リセは用意していた言葉を胸に秘めて声を殺す。
ほんとは知ってる、でも言わない。三度目の″初めまして″。
出会ったばかりの貴族邸から出たこともない厩舎員の女が、彼のことを知ってるはずなんてないから、また嘘をつく。
「君の名前は、リセだね?」
「…………はい」
一瞬、脳裏に″どうして彼が私の名前を知ってるんだろう?″と疑問が過ったが、彼はこの貴族邸に魔獣狩りの任務をこなすために来たのだから、雇い主から聞くこともあったのだろう。
「君のことは屋敷の当主から話を聞いた。両親は居らず、本来は学校に通う歳なのに厩舎員として労働をしていると。」
「…はい」
まるでレコードを再生しているような会話だと思った。
一文字一句以前にも似たような内容を話しして、この後に彼が何を言うかも分かってしまう。
私は、いつもここで間違えていた。
彼を救いたいなら、自分が物語の外のモブだと分かってるなら、彼の手を取るべきじゃなかったんだ。
″家族″になんてならなければ、初めから私は彼の特別なんかにならずにすんだのに。
「君には魔術の才能がある。…君さえよければ、私と来ないかい?これからは、私が君の後継人となり身の安全を保証しよう」
「…………」
想像通りの彼の言葉に、
胸がぎゅうと熱くなるのを蓋して、
奥歯をぐっと噛み締めた。
「———いや、です」
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