the colors of Love

不知火美月

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お昼の癒し

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僅かにずれた遮光カーテンの隙間から明るい日差しが入り込む。

「んんっ、ん」

光を感じたのかヒロさんは高級そうなキングサイズのベッドの上で薄ら瞼を開く。モノトーンで揃えられたモダンな部屋はかなりの広さで、家具を見るところここは寝室である。真っ白な壁に埋め込まれた時計は12本の黒い棒が等間隔に円を描くように配置され、中心から伸びたシルバーの針が右を指し示している。ヒロさんは時計を一目し起き上がろうとすると傍らに裸の女性がぴったりと体を寄せて寝息をたてている事に気づく。栗色の柔らかそうな巻き髪、麗子であった。

「麗子さん、起きて。夕方までに帰って夕飯の支度しないと旦那さん怒るんでしょ?」

優しく撫でると麗子は目を覚ますなり眉間に皺を寄せた。

「頭痛い~飲みすぎたわ!」

それを見てヒロさんは悪戯に笑いかける。

「だったら尚更早く帰らないとね」

「まぁ!意地悪ですこと」

子供のように頬を膨らませた麗子はベッドから出ると床に捨てられたクランチバッグを開け中から白い封筒を取り出しエンドテーブルに置くと、綺麗にハンガーに通された昨夜厳選した勝負服をウォールコートハンガーから外して身につける。

「昨夜は最高だったわ、ありがとう」

そう囁くとほう骨辺りにキスを残して去っていった。

一人残された部屋でヒロさんはあくびをしながら体を伸ばすと、ベッドから降りて乱れた髪を掻きつつシャワールームへ姿を消した。数分後再び姿を現すと何一つ身に付けずにリビングらしい広い部屋に入り、使われた痕跡どころか何も無いキッチンの角に唯一置かれたダンボールから富士山のパッケージが巻かれたミネラルウォーターを1本手に取ると壁に備え付けられた大画面の薄型テレビの前に囲む様にして置かれた黒い革製のソファにどかっと腰掛け、ミネラルウォーターの蓋をひねった。プラスチックが弾ける軽やかな音、不十分なタオルドライで乾ききらなかった髪から垂れ落ちる水滴が、湯浴みで火照った背筋や肩甲骨の隙間をゆっくりと滑り落ち、封を切られたミネラルウォーターが音を立ててヒロさんの美しい喉仏を揺らし体内に落とされていく。まるで夏に流れるビールのCMを思わせる爽やかさと色っぽさを感じさせられるが――

「へっくし!!」

今は冬真っ只中である。

さっみいなぁ・・・」

そりゃ風呂上がりに髪も乾かさず裸でいれば寒いのは当たり前で・・・しかし、嬉しいか嬉しくないのかと言われれば嬉しい訳で・・・いやだがしかしヒロさんが万が一にも体調を崩す様な事でもあれば――考えただけでもおぞましい。

「アレックス、暖かくして。あとテレビ付けて」

「いや、服着ましょうよヒロさん!むしろ着てくださいお願いします!アレックスも分かりました。とか言ってないでちゃんとサポートしてあげて!」

とはいえ想いは伝わる筈も無く――、ヒロさんは半分程残ったミネラルウォーターのボトルを前に置かれたガラス製のテーブルに無造作に置くと何を思ったのかふらふらと寝室へ戻って行ってしまった。誰も居ない部屋でたれ流されるニュースは代わり映えのしないいつも通りの芸能ゴシップなどを撮りあげている。寝室で何をしているのか気になり始めた頃ヒロさんはリビングに戻ってきた。相変わらずの姿だが、片手にスマートフォンを掴んでいる。なるほどスマホが欲しかったのかと思っているとソファに寝そべってスマホを弄り始めた。何をしているのか気になるがここからでは画面を覗く術がない。諦めて転がるヒロさんを眺めて堪能していると、付けっぱなしになっていたテレビから速報を知らせる声が聞こえてきた。どうやら暴走車が歩いていた母子に突っ込んだらしい。どちらも残念ながら即死のようで、運転手も意識が無いらしく運ばれた病院で死亡が確認されたそうだ。

「そんなに遠くないな・・・きっと美しい女性になって俺に会いに来てくれただろうに残念だ」

ヒロさんは悲しそうな表情でそう呟くと光るスマホの画面に視線を落とし、ため息をつくとスマホを操作しつつ立ち上がり洗面所へ入って行った。数分後美しく整えられた金髪を輝かせながら出てくると今度は寝室へ入ってしまった。寝室でも順々に身支度がされていく。どうやら外出するようだ。ヒロさんは一通り支度が整うと、エンドテーブルに置かれた封筒の中身を覗いて再び封をするなりスーツのポケットに突っ込んで外へ出て行ってしまった。
すっかり肩を落としていると、途端にスマホが震え出す。見ると画面には『仕事、お願いします』の文字が光っていた。
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