婚約破棄された悪役令嬢ですが、そんなことより歯が痛い

江葉

文字の大きさ
2 / 6

お母様は聖女です

しおりを挟む
今代の聖女・ローゼリア。
 この国のみならず、世界中から愛され、崇拝されている。
 なにしろ世界を震撼させた魔王を封印した聖女だ。その後も世界を巡り、魔物や魔族と戦う各国を支援し続けている。

「そうだな。必ずクローディアを大切にする。国を挙げて愛するとまで言うから婚約を受け入れましたが……クローディアにこれほどの苦痛を与えておいてその元凶がクローディアを責めるとは」

 ブラック公爵ユーイェンも妻に加勢する。

「ディア、大丈夫だよ。お兄様が守ってあげるからね」
「シュヴァルツちゃん~お母様もいるわよ~」
「お父様もだぞ、クローディア!」

 なんとなくそこだけほのぼのとした空気になった。ただ一人、クローディアだけがものすごい形相で歯ぎしりしている。

 歯が痛いのだ。

 クローディアは長年、この歯痛に苦しめられてきた。


 虫歯ではない。親知らずが生えてきたわけでもない。
 どんな歯医者にかかっても、治癒術師に診てもらっても、いつまでたっても治らない。

 悪逆非道と言われるほど凶暴にふるまい、癇癪を起すのも、すべては歯痛のせいだった。

 愛娘の様子に気づいたローゼリアがそっと、左の頬を撫でる。左奥歯が痛みの元だ。

「大丈夫よクローディアちゃん~。お母様がついてるわ~」

 唯一効くのが母である聖女の癒しだった。痛みの薄れたクローディアは、泣き出しそうになった。

「お母様……お父様、お兄様、申し訳ありません……」
「クローディアちゃんが謝ることじゃないわ~」
「そうだ。クローディアはいつも頑張って耐えてきたものな」
「ディアの愛らしさを理解せぬ連中が愚かなのです」

 歯痛はたしかに辛いだろうが、他人にやつあたりするのはクローディアが悪いだろう。耐えていようとなんだろうと、耐えきれない時点で駄目である。
 シュヴァルツの不敬すぎる発言に、フューシャンが引き攣った。家族には愛らしく見えるのだろう。だが、顔を合わせればしかめっ面、ろくな会話はなく歯ぎしり、王宮のメイドや教育係に当たり散らしておいて、何が愛らしさだ。たしかにクローディアは目の覚めるような美少女だが、愛らしさなど吹き飛ぶわ。

 おまけにフューシャンの愛するルージュに暴力まで揮っている。怒りの形相で怒鳴られ、頬を打たれたのだ。日によっては足をヒールで踏みつけられたこともあるという。か弱いルージュはどれほど恐ろしかったことだろう。

 他の、主に令嬢たちが大なり小なり被害に遭っている。こんな女が未来の王妃では、とても貴族たちを統率などできまい。

 悪役令嬢。聖女の名を汚す悪逆非道の娘。国を挙げて愛するなどとんでもない話だった。

「聖女様はご存じないのかもしれませんが、その女は……!」
「その女ぁ? 誰のことかしら~?」
「クローディア、嬢は、私のみならぬルージュや令嬢たちに言いがかりをつけ、酷い扱いをしてきたのですよ! それも、さも当然のように!」
「クローディアちゃんがそうしたのなら~されるだけの理由があったのよ~」
「な……っ!」

 罪のないルージュや令嬢を虐げておいて理由があったなど、それが聖女の言うことか。フューシャンは憤りのあまり絶句した。

「ねぇ陛下~。もうこれ以上は秘密にしておけませんわ~」

 やはりのんびりと、ローゼリアが言う。国王は溜息と共に同意した。

「是非もない。フューシャン、他の者たちも聞くが良い」

 にっこり。笑ったローゼリアがフューシャンに向き直った。

「あのね~、聖女の力の源がぁ、愛だってこととは知ってますわね~?」
「……それは、もちろん」

 だからこそ、ローゼリアは誰よりも彼女を溺愛するユーイェンと結婚したのだ。

「じゃあ~、魔王や魔族の力の源が憎悪や恐怖だっていうのは~?」
「知っている! 常識だろう!」

 そうなのだ。

 魔王と魔族は人間の憎悪や恐怖、負の感情を糧にして生まれ、力を揮い、魔物を生み出している。
 ゆえに魔王、魔族を浄化するのは聖女の愛の力なのだ。

「ならどうして~聖女であるクローディアちゃんに悪意をぶつけたのぉ~?」

 あっけらかん、と言ってのけたローゼリアに、フューシャンたちの時が止まった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~

白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。 王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。 彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。 #表紙絵は、もふ様に描いていただきました。 #エブリスタにて連載しました。

この国を護ってきた私が、なぜ婚約破棄されなければいけないの?

ファンタジー
ルミドール聖王国第一王子アルベリク・ダランディールに、「聖女としてふさわしくない」と言われ、同時に婚約破棄されてしまった聖女ヴィアナ。失意のどん底に落ち込むヴィアナだったが、第二王子マリクに「この国を出よう」と誘われ、そのまま求婚される。それを受け入れたヴィアナは聖女聖人が確認されたことのないテレンツィアへと向かうが……。 ※複数のサイトに投稿しています。

奥様は聖女♡

喜楽直人
ファンタジー
聖女を裏切った国は崩壊した。そうして国は魔獣が跋扈する魔境と化したのだ。 ある地方都市を襲ったスタンピードから人々を救ったのは一人の冒険者だった。彼女は夫婦者の冒険者であるが、戦うのはいつも彼女だけ。周囲は揶揄い夫を嘲るが、それを追い払うのは妻の役目だった。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

処理中です...