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歯が痛いのです
しおりを挟むローゼリアがずっとクローディアについて守ってやれれば良かったが、封印された魔王を取り戻そうとする魔族がいる以上、そうもいかない。母恋しさと歯の痛みに泣くクローディアを置いて世界を巡らなければならないのは、ローゼリアにとっても苦渋の決断だった。
「クローディアちゃんが、よその令嬢やそこの小娘に卑劣なことをした? 自分を攻撃した者に反撃して何が悪い! 自分の身を守るのは当然です!!」
「ひぃっ」
聖女の怒りに触れたルージュが腰を抜かした。
「ローゼリア」
ユーイェンが妻の肩を抱いた。
聖女であるローゼリアは、憎悪や怒りなど負の感情を抱かぬよう、常に自分を律している。おっとりと間延びした口調も自分を落ち着けるためだった。
「あ……。ごめんなさ~い。でも私ぃ、クローディアちゃんを虐めた連中を許せなくて~」
「それは私も同じだ。各家にはクローディアへの態度を改めるよう通達していたのだが通じなかったようだしな。だが、彼らを懲らしめるのは私たちに任せてくれ。君にはいつも笑顔でいてほしいんだ」
「懲らしめる必要なんてありませんよ、父上。こんな国など捨てて、ディアと一緒に母上の巡礼についてゆきましょう」
ぎゅうぎゅうとクローディアを中心に抱きしめ合いながら、わりと物騒なことを言っている。
ブラック家にとって家はローゼリアの拠点にしているだけであって、爵位を親戚に譲っても国に返上してもかまわなかった。
困るのはむしろ国だ。公爵領の民は聖女信者で、聖女のいる国にしか安寧はないと信じている。ローゼリアが家族を連れて国を出るというなら自分たちもと言い出すだろう。すでに聖女の国ということで公爵領に移住してきた者がいるほどなのだ。数万人が国から流出する。それすなわち労働者の消失であり、大損害となる。
もちろんシュヴァルツはわかって言っているのだ。公爵領の広大な土地に人をいれるにしても、王太子と貴族がローゼリアの大切な娘を迫害したという事実がある以上そう上手くはいくはずがない。下手をすれば民衆による反乱だ。フューシャンだけではなく彼に味方した貴族たちまで蒼褪めた。
「……いいえ」
歯を食いしばっていたクローディアが顔を上げた。
「クローディアちゃん~?」
「いいえ、お母様、お父様、お兄様。たとえこの身に魔王が封印されていようと、歯が痛かろうと、それをやつあたりしてしまったのはわたくし。わたくしの罪ですわ」
きっぱりと罪を認めたクローディアに、フューシャンに喜色が戻る。
「そうだ! だいたいそのように重要なことを秘匿しておくほうが悪いではないか!」
「馬鹿者! クローディア嬢に魔王が封印されているなどと公表しては、魔族はこの国目指してやってくるだろう!!」
思い至らなかったのか、フューシャンはあっという顔をした。
そうなのだ。
せめてフューシャンには教えておくべきか、国王と王妃は悩んだのだ。しかし、魔王を封印しているクローディアを愛せるか、むしろ忌避する可能性が高いのではとためらった。ただでさえルージュとのことでフューシャンはクローディアを敬遠している。
それに愛によって浄化されればクローディアの奥歯から魔王はいなくなる。それを待ったほうが良い、と判断された。
結果、愛によって浄化どころか婚約破棄などと憎悪で魔王の力が増し、よけいに歯が痛くなっただけだったが。
クローディアが魔王を封印していると魔族に知られたら、まちがいなく魔族はクローディアを狙ってくる。首を刎ね、奥歯を抜き取るだけで良いのだ、簡単なことだろう。
それだけで済むとはどんなに甘く考えても思えないのが魔族である。国を囲み、人間たちの恐怖を煽り、人間の手でクローディアを殺させようと、人間の敵だと標榜するかもしれない。国に攻め入り阿鼻叫喚の地獄を作り、クローディアを絶望させることで魔王を復活させようとするかもしれない。
クローディアを守るためには秘匿しておくしかなかったのだ。
「たった一人の少女が世界の命運を背負っておるのだぞ! それを守れずして何が国だ! 知らなかったとはいえそなたは王太子、クローディア嬢は守るべき民であろう! ただ怒り憎悪をぶつけるのではなく、婚約者として宥め教え諭し、周囲の悪感情を払拭させるのがそなたの役目であった!!」
愛せなくてもせめてクローディアと親しくしていれば、ユーイェンがそれとなく教えていただろう。婚約に反対していても強引に解消しなかったのは、フューシャンがどう出るのかを確かめていたからだ。
その間に水面下で貴族たちをまとめあげ、断罪と婚約破棄という最悪のコンボを決めてしまったのだからどうしようもない。
ブラック家の中ではごく普通のやさしい貴族令嬢でいられたのだから、どういう環境であればクローディアが穏やかであれたのか、何をされれば歯が痛いと癇癪を起すのか、知ることはできたはずなのだ。
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