凍りつく愛

スピード

文字の大きさ
3 / 16

徐々に近づく2人

しおりを挟む
あれから何日かして俺は美樹と別れた。
美樹は別れたくなさそうだったが、俺は美樹と言う暇潰しに飽きた。
田中に毎日送ってもらうわけにもいかず、バイクで学園まで通ったが、大抵は遅刻するのがしょっちゅうだった。
ただ、部活だけは俺にしては珍しく、ほとんど毎日顔を出してた。
料理なら屋敷でも作れる。
だが、佐藤先輩に確実に会えるのは部活のみ。
俺自身、何故、佐藤先輩にそこまでこだわるのか解らなかった。
ただ、佐藤先輩と同じ工程を担当することが多く、自然と会話する機会は多かった。

そんな新入生歓迎会が近づいている、ある日。
「保。途中まで一緒に帰らないか?」
後片付けが終わったところで、佐藤先輩が俺に声を掛けてきた。
今日もバイクで来たが…途中までだし、引いて歩けば良いか。
「ああ、いーぜ。バイクを持ってくるから先輩は校門で待っていてくれ」
「了解」
佐藤先輩は、そう応えると先に部室を出た。
俺も、バイクを取りに駐輪場へ向かった。

ところが。
「何だよ、これ」
俺のバイクのあちこちに、動物の足跡と思われる肉球の後が点々と付いていた。
「その声は千夜くんですか?」
あらぬ方向から、鈴木の声が聞こえた。
見ると鈴木は1匹の子犬を抱えていた。
どうやら、犯人は子犬で間違いなさそうだ。
「鈴木の犬なら、こんな事させるなよ」
「すみません…」
鈴木は俺に謝ると、子犬を地面に下ろし、ハンカチで、バイクを拭きだした。
「良いって。ハンカチ汚れるぞ」
「でもバイクが汚れたのは、僕のせいですから」
「こんなのティッシュで拭けば良いだろ」
俺は、ポケットティッシュを取り出すと、バイクに付いた肉球の跡を拭き始めた。
それでも、鈴木はハンカチをしまうどころか、肉球の跡を拭き続けている。
2人で肉球の跡を拭いている間、子犬は鈴木に向かって尻尾を振っていた。
「何で子犬なんか連れてきたんだよ?あんたが校則違反するなんて意外だな」
「確かに校則違反をしてますが、僕の犬じゃないです。体育館裏に棲む犬が付いて来たんですよ」
「あんた、犬好きなんだな」
「はい。人付き合いは、どうも苦手で…」
確かに、鈴木が俺以外のクラスメートと話しているのを俺は見た事がない。
「鈴木にとっては、俺も子犬と同じか」
「はい。千夜くんは話しやすいです」
茶化したつもりが、アッサリ肯定された。
何か…調子、狂うぜ。

一通り、バイクを拭き終わった時だった。
「どうした?保」
待ちかねたのか、佐藤先輩がやって来た。
「悪いな、先輩。コイツの犬が悪さしてよ」
俺は鈴木を指して言った。
「鈴木と言います。初めまして」
「佐藤吾作だ。保と同じ部に所属している。よろしく」
何故か険しい表情で、佐藤先輩は鈴木を見ている。
「鈴木。もういいぜ。大分、汚れも落ちたしよ」
「はい。あの…お2人は一緒に帰るんですか?」
「ああ。何だったら鈴木も途中まで一緒に帰るか?」
「いえ、遠慮しておきます。この子にエサをやらないと」
校則違反とは、このことだったのか。
佐藤先輩は鈴木を咎めることもせず、俺に向かって言った。
「じゃあ、帰るか?」
「ああ。じゃあな、鈴木」
綺麗になったバイクを引きながら、佐藤先輩と歩き始めた時だった。
「千夜くん、あの…」
後ろからの鈴木の声に、俺と先輩は振り返った。
「何だよ?」
「いえ、何でもありません」
鈴木は、そう言うと、子犬を抱えて去っていった。
何だったんだ?
俺の疑問符は、佐藤先輩の声にかき消された。
「そう言えば、例の彼女とは別れたのか?」
「あ?ああ。もうじき新しい暇潰しが出来るんだろ?」
「新入生歓迎会のことか。今年は、保。お前だけだ」
俺は、この時、気付かなかった。
何か言いかけた鈴木を、佐藤先輩がどんな表情で射抜いていたかを。

その日を境に、俺はバイクを引きながら、佐藤先輩と途中まで一緒に帰るようになった。
先輩は俺に色々話してくれた。
卒業したらアメリカに留学すること。
早くに両親を亡くして、しがないアパートに住んでること。
おかげで、自然と料理をするようになり、木村部長と仲良くなったこと。
俺は徐々に先輩と話すのが楽しくなってきた。
段々、佐藤先輩と下校する道のりが、短く感じ始めた。

ある日の放課後。
いつものように荷物をカバンに入れていた俺に、鈴木が振り返って言った。
「最近、佐藤先輩と仲良いんですね」
「まあな」
「僕…あまり好きにはなれません」
「そういや、人付き合いが苦手だとか言ってたもんな」
「それもありますが…あの人、何か危険な感じがします。千夜くんも、気を付けて下さい」
鈴木の忠告に俺は大切なものを傷付けられた気がした。
「犬としか、まともに付き合えないあんたに何が解るんだよ」
俺自身も内心驚くほど、俺の声のトーンが下がる。
シュンとなった鈴木を尻目に俺はサッサと部室に向かった。

それきり鈴木が佐藤先輩の事を話題に上げる事はなかった。
俺も直ぐに再び鈴木と普通に接するようになった。
時々、2人で体育館裏に行き、俺はタバコを吸い、鈴木は子犬にエサをやる事もあった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

ふたなり治験棟

ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。 男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!

処理中です...