追憶のシェリナ

カギナカルイ

文字の大きさ
14 / 14
灯火の少女編

エピローグ・灯火を糧に

しおりを挟む
「これからどうするの?」
「ウェラグナに戻る。院の卒業手続きを終えてから、帝都を当たってみるつもり」

 荷物はそれほど多くない。先日故郷こきょうに戻る時に使った、大きめのリュック一つで事足りた。
 屋敷の正面玄関前。レニが白い吐息と共に、前向きな言葉をくれる。

「見つかるといいね。その騎士」
「……うん」

 こんなにも良くしてくれた――今なお良くしてくれる人を放って、自分の人生を捧げると決めた相手を探す。何処どこに居るとも、今どうなっているとも、どんな人間とも知れないというのに。

 つまらないこだわりにとらわれた、馬鹿げた選択かも知れない。でも、もう決めてしまったことだから、今更くつがえせない。そのために力を付けた。ここまで歩んできた。自分の生き方を否定することは出来ない。

 レニがどことなく、言いづらそうに、手持ち無沙汰に、挙動不審に。
 いつぞやの自分のような雰囲気を、少しだけかもし出して。

「僕も、一緒に行こうか?」

 意外な申し出だった。
 意表を突かれ、返答までやや長めに時間を使ってしまう。

「……やめておく。一人で……自分の力で、探したいから」
「――そっか」

(――)

 本音を言えば、来てほしかった。一緒に居たかった。叶うことならずっと。

 でも。
 この目的を成し遂げるには、未練を残してはいけない。
 今この場で断ち切らなければきっと、一生レニに甘えたままになる。
 そんな気がした。

「また、いつでも遊びに来てよ。自分の家のつもりで」

 きっと、自分の家のつもりだった。つい、この間までは。

「気軽には来れないかな。その時は別の女の子を連れ込んでそうだし」

 投げた軽口に、レニは笑みで返すだけだった。

 薄青い空はまだ明るさを取り戻せておらず、人の気配はほとんど無かった。
 早すぎる時間に見送りをさせてしまったことを、少し悪く思う。

 ふと、これまで一度も伝えていなかった言葉を、口にする。

「ありがとう」
「ん?」

 至らなさが身に染みる。思い返せば、自分のことばかりに目を向けていた。

「本当に、どの口で恩やら代価だいかなんて言ってたのか恥ずかしいんだけど。今の今まで謝ってばかりで、お礼を言えてなかった。……ありがとう」
「こちらこそ。君と過ごせて良かった」
「……」

 いつもと変わらぬ、温かい笑顔。
 その唇に、最後の口付けを交わしたくなる衝動を、必死で堪え。
 握手で代替すべく、右手を差し出す。

 快くこたえるレニだったが。

 ――彼が同じ気持ちであって欲しい――

 ――それが、堪えられないほどの衝動であって欲しい――

 と。かすかに願いながら。
 見つめ合い、少し長めに握り続ける。

(――)

 手を離したところで期待を飲み込み。
 短く別れの言葉を切り出した。

「またね」
「うん。また」

 ***

 屋敷が見えなくなりそうな距離で一度だけ振り返ると、いつの間にのぼったのか、その最上階の窓から手を振るレニの姿が見えた。

 こちらが気付いた直後、聞こえるはずのない距離で、レニの口が何か言葉をつづる。

 うと読唇術どくしんじゅつから言葉を特定するが、いて言えばそれは、あの黄昏たそがれの下で直接言ってほしかった台詞せりふだった。

 見間違いかも知れない、勘違いかも知れない。

 それでも、思い切り分かりやすい口の動きで「ばーか」とだけ返す。

 レニの破顔はがんを確認し、それに負けない笑みを浮かべ、背を向けた。

 ***

 絶えず流れていた風が瞬間的に強まり、反射でまぶたが閉じる。

 まだ冷たさの残る空気が、肌から体温を奪おうとする。

 しかしこの身も心も、強がりでも何でもなく、その冷気に心地よさを感じていた。

 世界の冷たさは果てしない。けれど自分は幸運にも、それをくつがえすほどの優しさに包まれた。

 みた風は、肌に残った温もりを、熱を、確かめさせてくれる。

 ***

 胸の灯火を糧に、シェリナは歩みを進める。

 冬が終わる日。彼誰時かわたれどきの、空の下。



(『追憶のシェリナ』灯火の少女編・完)
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...