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王立魔術学園編

15話 そうだ、海に行こう。

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 この星ジダマの夏は熱い。場所によっては100度を裕に超えるため、人間が生身では立ち入れない所なんてざらにある。

 "朝顔の月の10日"の夏真っ盛り、ケイは西に向かう馬車に揺られていた。学園のある首都から西へ馬車で2日行くと広大な"死に砂漠"が広がっている。目的地は、砂漠の入り口から更に一日西へ進んだ巨大な熱帯樹の麓の街だ。

 砂漠にポツリとそびえる巨木"ザ・デザートフラワー"は首都の王城を超える雄大なスケールを誇り、その根本には一つの都市が栄えている。灼熱の砂漠に枝葉を伸ばして影を、乾いた動物たちに潤沢な水を与えてくれるその樹は砂漠において唯一無二の存在だ。その麓に広がる街も唯一で、人間と動物とモンスターが宿り木の下で共生を果たしている。
 

 ケイは防塵ゴーグルとマスクをして馬車の御者台で砂漠をひた走っていた。

 「ああ、なんでこんな目に。そもそもロームがあんな書き置きを残さなければ、、、」

 そんなケイのぼやきに、トランシーバーからノイズ混じりにエーコの声が飛ぶ。

 「こんな可愛い娘三人とお泊りで、旅が出来るのよ? 喜ぶべきよ」

 「おい今自分も人数に入れたろ?・・・まあそれは否定できないからいいか。だがな、人間を2日ぶっ続けで砂嵐の中に晒すなんて可愛いとは言えないぞ。僕は昨日の夜は馬さんとお泊りしてるんだが、どうなってるんだ!?」

 「あら当然じゃない! 純真なイブちゃんとギギちゃんを、こんな狭いとこでゴミクズと一緒にさせられないわ!! 頭おかしいんじゃないの?」

 「・・・くそぉ、いつか目にモノみせてやる」

 ケイの目から溢れる汗は、舞い散る砂と熱気に一瞬で消えていった。

 ケイを乗せ砂漠を疾駆する馬車の中には優雅な空間が広がっている。3m四方の広い空間の中央には気品ある丸テーブルが固定され、それを囲う様にふかふかの長椅子が3脚取り付けてある。また部屋全体が高級感ある厚手の布地で覆われていおり、貴族の屋敷を一部屋持ってきたかのような造りだ。そんな空間では、エーコとイブとギギギが“トランプ”をしていた。人が寝れそうな幅の長椅子の上に三角形になって座り、お互いにカードを見せないようにしていた。

 「うーん、エーコちゃんは顔色変えないからどれがババかわかんないなー」

 「貴族だもの、この位朝飯前よ! さあイブちゃん真ん中を引くのです!」

 「えー、そんな引っ掛けまで、鬼ぃ。 ギギちゃんならどれか一発でわかるのになあ」

 「イブ、エーコ、モシカシテギギノ顔色デ解テタノカ?! 顔ニ出テタカ?!」

 「ギギちゃんは顔に出まくりよ! イブちゃんからババ引いた時なんかこの世の終わりみたいな顔してたわよ、ふふ」
 
 「ソーカー、出直シテクルカー・・・」

 「ふふふっギギちゃん、出直すってここからどこかいくつもりなの? 外は灼熱の砂嵐なのに、ぷっ。ところでエーコちゃんさっきケイ君なんだって? やっと交代する?」

 「いえケイは、“このまま目的地まで任せろ! イブたちを砂嵐のなかになんか晒せるか”って言ってたわ。イブちゃん、ギギちゃんのことが大事なのね、感動しちゃったわ。」

 「ケイ君・・・水の都についたら何かお礼しなきゃ、ギギちゃん何がいいと思う?」

 「ケイニヤルナラ石カ、胸ダロ」

 「それはダメって前にも言ったでしょ!? もう」

 イブはギギに鼻が触れるほど詰め寄るとガミガミと説教を始めるのだった。



 ケイが御する馬車は、4人を乗せて灼熱の砂塵吹き荒れる砂漠を西へとまっすぐに突き進んだ。そしてとうとう眼前にとても大きな、それこそ山と見違えるほどの樹とその根本を隠すようにそり立つ巨大な壁が見えた。樹の根本を背にしてぐるりと広がる壁は人間がこの荒廃した地に打ち立てた楽園の証、水の都“フラワーシティ”を守る厚い石壁だ。
 ケイたちの馬車は石壁の一画にできた大きな門の前に並ぶ列へとならんだ。どの馬車もケイたちの馬車より大きく頑丈な造りをしている。馬車の窓からイブ、エーコ、ギギギがトランシーバーを持って興奮気味に外の様子を伺う。

 「ケイ君! やっとついたね! それにしてもおっきいねザ・フラワー、大きすぎて何がなんだかわかんないよ!」

 「ケイ大キナ樹見セテクレル言ッテタガ、マサカコレ程トハ。アレハ生キテルノカ?」

 「イブとギギギの興奮には僕も同感だよ、未だ全貌が見えないからな。それとあの樹は生きてるらしい、常に魔術っぽい力で大気中の水をその巨大な幹と根に溜め込んでいるらしい、であってるよなエーコ?」

 「ケイの言う通りよ、今回私たちを呼んだロームの別荘はこの街の再奥、根本も根本“アンダーザルート”地区にあるわ。貴族の中でも踏み入れることのできるのは一握りの楽園よ」

 「ええ、平民の私がそんなところいって大丈夫かなぁ、はあなんか緊張してきたよー」

 「イブ駄目ダト、ギギモット駄目、打首?」

 ギギギは右手を自分の首の前に水平に構えながらエーコへと問いかけた。
 
 「大丈夫よ二人とも、今回はあのローム・サリンダーのご友人なんだから胸を張って楽しみましょ! それにこんなに可愛いイブちゃんとギギちゃんを害する奴がいたらぶっ飛ばしてやるんだから、安心して!」

 「オオ頼モシイエーコ、ヨロシクオ頼ミシマス」

 「おい、そろそろ入門検査だぞ、準備しとけよー」

 ケイの一声で、3人ははっとしてあたりに散らかるトランプやら果実水やら焼き菓子を急いで片付け始めるのだった。

 それから少ししてフラワーシティへ入場検査は滞りなく済んだ。ロームが置いていった通行許可証が効いたのか、他の馬車のように積荷のチェックも簡易的なものだった。そして検査場を抜けたケイたちを待っていたのは本当に砂漠のど真ん中にあるのか疑わしくなるような光景だった。
 街の中央、ザ・デザートフラワーから放射状に地上を伸びる巨大な根に沿うように作られた街路には緑があふれていたのだ。綺麗に手入れをされた色鮮やかな花壇と街路樹が道端の至るところに植えられている。また扇の格子状に広がる街路の脇、巨大な根の隙間や上部にはみっしりと店が立ちならんでおり、どの店からも活気が溢れていた。入場門前の小さな広場でその光景を見たケイとイブとギギギは驚きのあまり固まってしまった。そんな3人にエーコがパンパンと手を叩きながら壁にかけてあるトランシーバーに声をかける。
  
 「ケイ、目の前のストリートを奥までゆっくり走らせて。広場で立ち止まってると邪魔になるからアンダーザルートに先に馬車を留めにいくよ。それに、ロームとも合流しないといけないしね。」

 「ああ、すまない。でもエーコは流石だな、たまに忘れるけどやっぱ貴族なんだな。」

 「(一言多いんだよな。今日も馬小屋で寝たくなかったらさっさと働けこのクズ野郎)」
 
 トランシーバーを置くと、ケイは引きつった顔で鞭を振るい始めた。
 その日、センターストリートを信じられないほど機敏な動きで疾駆する貴族の馬車の速さに驚いた住民達の間である噂が流れた。“センターストリート最速の男が帰ってきた”と



 
 ケイの頑張りによりすぐにアンダーザルート地区に着いた。アンダーザルート地区はザ・デザートフラワーの幹の直下にある空洞を利用した居住区だ。ひんやりとしていて、砂っぽさがなく、美味しい空気が満ちる高級住宅地として有名だ。その一画に富と力を誇示するようにそびえる大きな屋敷がサリンダー家別荘だった。門の前についたボロボロの出で立ちのケイは、門番にロームの手紙を渡す。すると怪しむことなくすぐに門を開閉し、馬車台へ飛び乗ると案内をしてくれた。屋敷の前に着けば、「このまま馬舎まで送ります、荷物も客室へ運びますので、どうぞ屋敷へとお上りください」と言われて、4人は大きな屋敷へと促されるまま入った。

 
 「「「ようこそおいでくださいました学園の皆様」」」

 一人でに開いた両開きの大扉を抜けると、揃いの給仕服に身を包んだたくさんの女性達が、入り口からまっすぐ伸びる絨毯の脇に頭を深く垂れて並んでいた。そして絶妙な間で先頭にいた30代後半っぽい美しい女性が気品ある動きで頭を上げた。

 「ローム様のご学友の皆様、この度ははるばるこのフラワーシティまでお越しくださり本当にありがとうございます。ご滞在の間は手前共が皆様のお世話をさせていただきます、どうぞごくつろぎ下さい。ただいまローム様は2階書斎におられます。ただちに参りますので、申し訳ありませんがこちらの席にてお待ちください」

 心地良い声で流れるように挨拶を済ますと、その女性は近くの巨大な応接用ソファーへと華麗な足取りで4人を案内した。湯気と心が安らぐ香りが立つお茶が高級な茶器に注がれて4ついつの間にか並べてあった。タジタジになるケイとイブとギギギを先に座らせたエーコが恭しく礼を述べる。

 「この度は私共をこうしてお迎えくださり、ありがとうございます。平素よりお世話になっているローム様に、お声がけ頂けるなんて光栄の極みです。いささか礼を節することもあるかと思いますが、どうかご容赦頂けますようお願い申し上げます。」

 「あらあら大丈夫ですよ、ローム様がご友人を連れてくるのなんて初めてですから。身分や出自の貴賎は手前共は全く気にしません、ただローム様と楽し思い出をお作りになっていただけたら幸いという思いでいっぱいです。さあお茶をお召し上がりください」
 
 柔和な笑みを湛える給仕長の女性にエーコは少し驚いた様子だったが、すぐに微笑み返すと嬉しそうにイブとギギの間に座り一緒にお茶をすすり始めた。

 ロームを待つ間、ケイは微妙に浮いていた。雰囲気とかではなく、文字通り物理的に浮いていた。革張りの椅子に砂にまみれたケツをつけるまいとしてだ。そんなケイの筋力が限界を迎えんとしたころ広間の大階段からラフな格好をしたロームが現れた。ゆっくりと降りてくるロームに対し、ケイはずっと会いたかったと言わんばかりに笑顔で腰をあげると数歩だけ歩み寄った。

 「ケイどうしたんだ? 再会をそんなに喜んでくれるなんて嬉しいが、正直気持ち悪いな。・・・ああ、みんなも遠いところ来てくれてありがとう、きっと楽しんでもらえると思う、ぜひ羽を伸ばしてくれ。そうだみんなが良ければ、さっそく海に行かないか?」

 近寄るケイをスルーして、イブたちが座るソファーの対面に腰掛けると、爽やかなイケメンスマイルで話を始める。イブはロームの提案に不思議な顔をして答えた。

 「海って、・・・ローム君ここ砂漠ですよ?」

 「あるんだよ、この砂漠にもビーチが」

 それから少しして4人は、ロームに連れられてアンダーザルート地区の奥へと向かうのだった。
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