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52. 国王ソレイユの考え②
「そしてある日ふと、私は思ったんだよ。2人を結婚させてやればいい、とね。
人ひとりの人生を犠牲にしてでも別れたくなかった2人だ。だったらカイラスを男爵位まで降格させて、結婚させてやろう。王命で。離縁は認めないというオプションを付けて」
私怨では裁けない、と言いながら、結局は私怨も多分に含んでいる事は、ソレイユも理解していた。
けれど、赦せるわけがないのだ。シエルの存在を軽く扱った奴らを。
平民に落としたとて、いずれは貴族だった頃のプライドを捨ててでもあの男は楽な道を選ぶ。女もそうだ。
そんなのは絶対に赦せない。この手で地獄の苦しみを味あわせてやれないのなら、2人には自ら地獄に落ちてもらう。
そうして思い至ったのが2人を結婚させる事だ。
今頃カイラスは、男爵位に降格され資産を半分失うとはいえ、辛うじて貴族でいられる事に安堵しているだろう。王命で、追い出すつもりだった女との結婚を命じられたとしても。幸い仕事は出来るから金はまた稼げばいいし、功績を上げて再び爵位を上げるという野心を抱いているかもしれない。実際には罪を犯して降格した者の爵位が上がる事はない。仕事にしても、これまで通りというわけにはいかないだろう。どちらも、本人は気付いていないかもしれないだろうが。
カイラスの『金』を愛していた女は、男爵になり資産を大きく減らした男との王命での結婚に、絶望するだろう。流石に王命に背けばどうなるかは理解しているだろうから。これまでのように贅沢は出来なくなり、結婚していては新たなパトロンを探す事も出来ない。
2人の間に存在したはずの愛は、近い未来に破綻する。否、既に壊れかけているのかもしれないな…と、嘲笑うソレイユ。
金も愛も失い、それでも離縁出来ない2人の結婚生活は、幸せなどとは程遠いものとなるだろう。もし…だが、2人が現実を受け止め、金も愛もないがそれでも再構築の道を選ぶなら、ソレイユは自分の目論見が外れた事を認め、これ以上の干渉はしないだけ。だが、反省しない2人にそれはないだろうという確信もあった。そして2人は、これからゆっくりと破滅に向かっていくのだ。
そう思うだけで、胸がすく思いだ。
「陛下、彼にとってはこれ以上にない罰になる事でしょう」
ウォルトは言った。
ソレイユの面目を守る為に言っているわけではない。本当にそう思ったのだ。
私怨? 大いに結構。国王陛下とて人間。大切な家族を傷付けられてなお、加害者を恨まず公平な判断を…などとは言えない。それに、ソレイユは私怨と言ったが、ウォルトは妥当な罰だと思っている。
これまでは、カイラスと同等の罪を犯すのが子爵家や男爵家などの低位貴族がほとんどだった為、被害者に多額の慰謝料を払えば自然、没落という結果になっていた。判決結果で先に取り潰しが決定していても、だ。だが、カイラスは侯爵位。多額の慰謝料を支払っても資産の全てが無くなることはなく没落はしない。そこにソレイユの、取り潰しにはせずに降格させて平民の愛人と結婚させ、金も愛も失った彼らに不幸な結婚生活を強いる、というほんの少しの私情が入ったとして、何か問題があるだろうか。
否、問題など一切ない。
ウォルトはそう結論づけた。
「では、トリトン伯爵は…」
「そちらは私情…と捉えられても仕方ない。でも私は、シエルの思いを尊重したかったんだよ」
シエルの義弟ジェイクへの思いー。
その思いをしっかりと受け取り、ジェイクに彼の両親の事を話す為に、ソレイユは自ら貴族学園に足を運んだ。ウォルトを伴って。話すだけならばウォルトだけに任せてもよかった。むしろ、そうするのが普通だろうと思う。
けれど、ソレイユは自分の目で確かめたかったのだ。ジェイク・トリトンという少年の為人を。シエルが熱く語った姿に嘘偽りがないのかを。
そして、学園長室で会ったジェイク少年はー。
両親が養子のシエルに行った所業、罪に問われ、国王自ら処罰を言い渡した事。また、その内容。
それらを動揺する素振りすら見せず毅然と聞いていたジェイクは、続いてシエルの出自と、侯爵家から救い出されて現在は王宮にて保護している事を告げた瞬間、滂沱の涙を流した。「…兄上…。良かった…」と何度も呟きながら…。
ジェイクはシエルの為に泣いてくれる存在だった。血の繋がりなどなくとも、シエルが義弟に抱くのと同じように、ジェイクにとってもまた、義兄は大切な『兄』だった。
ジェイクが落ち着いた後、ソレイユは彼に問う。『伯爵家を継ぐ気はあるか?』と。学園長から、彼が成績優秀、品行方正な生徒である事は聞いていた。伯爵家を継ぐのなら学園卒業と同時に爵位継承の手続きをする。もし爵位を継がず他の道へ進むのなら、そこまでの道筋を調えてやる。そこから先は己の力で切り開いていくしかないが。シエルからジェイクの将来を守ってほしいと頼まれた事も同時に教えれば、一度止まった涙が、再び少年の頬を濡らし…。
『伯爵家を継ぎます』
しゃくり上げながら、彼ははっきりと答えた。
それから…。
『…また…会えますか…?』
そう問われたソレイユは…。
『邁進しなさい。そうすればいずれ機会は訪れる』
誰に?…となど、聞かずとも分かる。
だからソレイユはただ、そう返した。
『はい! ありがとうございます!』
少年らしく元気良く返事をして頭を下げたジェイクに、ソレイユは静かに頷いた。
そして最後に、近々領地に発つ両親の見送りをするなら日時が決まったら報せるが…と言えば、 ジェイクは首を横に振った。
『見送りには行きません。僕はまだ両親を赦せませんし、僕が顔を見せたら母が取り乱すかもしれません。両親には、領地で心穏やかに過ごしてくれる事を望みます』
『そうか…』
ソレイユとウォルトは貴族学園を後にしたー。
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