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60. 穏やかな生活の裏で…
シエルとアーシャが王宮の離れに身を寄せて1年が過ぎた。
シエルは先日17歳になり、アーシャは現在1歳10ヶ月。あと2ヶ月ほどで2歳になる。1歳過ぎて間もなく最初の一歩が出たアーシャは、覚つかない足取りながらも部屋の中を1人で歩き回り、手を繋げば、かなりの距離を歩けるようになった。意味のある単語も少しずつ言葉に出来るようになり、シエルのことを、
「かーたま」
と呼ぶようになった。舌足らずな呼び方が可愛い。
ここに来た時はまだほんの赤ちゃんだったのにな…と、最近はよく思うシエルである。子供の成長は本当に早い。
1年前までの騒動が嘘のように、離れでは穏やかな生活が続いていた。けれどシエルも、使用人達も皆、知っている。王宮では頻繁に、シエルの存在を巡っての議論が交わされている事を。
シエル達が察する通り、城の会議室では数日に一度、城に出仕している官職に就く貴族達が話し合いの為に集まっていた。
議題は、シエルを王族として迎えるか、否か…。
最初にシエルの存在をソレイユが話した時、場は騒然となった。側妃セレスを知る者、セレスが子を産んだ事を知る者、何も知らない者…。ただ一つ共通していたのは『驚き』だった。側妃とお子は亡くなったと思っていた者は特に、その驚きは大きかった。更には、王宮で保護していると告げれば、一様に驚きは増した。
賛成する者はいる。だが、反対する者も当然いる。反対の主な理由は、本人の意思ではなくとも一度は王族としての存在を消されたシエルを再び王家に迎える事は王位争いの火種になりかねない、と。シエルが王位を望んでいない事を告げても、シエル自身にその気がなくとも、その立場を利用して担ぎ上げようとする者は現れる、とも。
ソレイユは杞憂だと思ったし、もしそれが現実になりそうな事が起これば即座に潰せるだけの力を持っている、と自負しているが、そんな事を言ってしまえば、話し合いなど無駄になってしまう。王の権力を使って反論を突っぱねる事は簡単だ。だが、ソレイユは出来ればそれはしたくなかった。独裁者になってはならない。シエルとアーシャを安心して王族として迎え、何の憂いもなく過ごさせてあげる為には。
ソレイユとて、最初から何の迷いもなく受け入れてもらえるとは思っていなかった。納得してもらえるまで誠意を持って言葉と心を尽くす。その為の準備に半年を費やした。そして、半年前に官職に就く貴族達を集め、シエルの存在を明らかにした。その瞬間、会議室にどよめきが湧き起こったのは想定内だ。
それからはソレイユは言葉を尽くして話をした。半年だ。口にしてみればたった4文字。けれど、会議は数日に一度。議題は尽きないから、話し合うのはシエルの事ばかりではなかったが、それでももう何度、言葉を重ねただろうか。そんなソレイユの、王という立場に驕らず言葉を重ねる誠意に、多くの者が従う意を示してくれた。完全に納得したわけではなくても王の意思には従う、と言った者もいる。今はそれで良い。あとは彼らがその目でシエルを直接見て判断すれば良い。
さて、残る古狸達はどうしようか…。
半年経っても、誠意を見せる王を前に、良い顔どころか不満顔を隠しもしない、頭の固い…固すぎる大臣達をどうしようか…。
ソレイユは斜め向かいに座る、クロード・フォン・レスティア公爵と顔を見合わせ、静かにうなずき合った。
そして、それからも更に話し合いという名の、双方譲らない問答を繰り返した後、適した処分を必要に応じて行いながら、会議に招集していた者全員からの賛同を得られた頃には、シエル達を保護してから1年が経っていた。あと1年で、シエルが王族に帰参する為の『準備』をしなければならない。シエルだけではない。アーシャもだ。特にアーシャは、婚姻歴のないシエルが未婚で産んだ子供だという事になっている。それは間違いではないが、正しくもない。その部分もお披露目までに整えてやらなければ…と、ソレイユはレスティア公爵と話した。
とりあえず、シエルの存在を認めてもらうという第一関門突破にソレイユが一息ついていると、
「シエル殿下とジェイク・トリトン殿を、会わせてあげられないでしょうか?」
レスティア公爵が言った。
1年前、シエルと公爵を会わせた後、ソレイユは公爵を貴族学園へと誘い、ジェイクに会わせていた。自分の人を見る目には自信はあるが、自分よりも人生経験の長い公爵にも、ジェイク少年を見て話してもらい、彼に抱いた率直な感想を聞きたかった。結果は、概ね自分と同じだった事に安堵したソレイユだった。とりあえず、自分の目は曇っていなかった、と。
公爵にジェイクに会わせた理由を尋ねられた時、
『後ろ盾になって欲しいとは言わないよ。ただ、若くして伯爵家を継ぐ彼に少し…ほんの少しでも良いから、目を掛けてやってほしいと思う。シエルが心を砕いている子なんだ。一度は王家預かりになった伯爵家。貴族界ではいい噂の的だろう。当主となるからには自ら跳ね除けるくらいの気概は持ってほしいが、初めはどうしても難しいと思うから』
というソレイユの言葉に公爵は…。
『彼なら当主として立派に務めるでしょう。そしてシエル王弟殿下、アーシャ王子殿下が正式にそのお立場を取り戻されたあかつきには、彼の王家への忠誠心は大きなものとなりましょう。国王陛下からのお墨付き、喜んで彼の後ろ盾になります』
ソレイユは公爵の器の大きさを改めて知った。
そんな公爵からの提案。その理由は納得出来るものだった。
シエルが王族の立場に戻れば、王弟と伯爵という立場が明確になり、互いの姿を見る事は出来ても、気軽に言葉を交わす事は出来ない。たとえ接する機会が訪れたとしても、その関係は王族と家臣。呼び名も話し方も、立場に適したものになる。
だからこそ、今しかないのではないか、と。シエルが義兄として義弟の身を案じているのなら、今会わせてあげるのがシエルの想いを大切にすることに繋がるのではないか、と。義兄弟として会わせてあげるのなら…。
公爵の言葉に深くうなずいたソレイユは、翌日早速、貴族学園で寮生活を送るジェイクに宛てたお手紙をしたため、ウォルトに預けた。必ずジェイク本人に届けるように、とー。
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