【完結】僕の『アーシャ』〜小さな希望〜

Kanade

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61. 義兄弟、8年目の再会


「ジェイク様がご到着いたしました」

  トーマが義弟ジェイクの訪れを告げる。
  ソワソワしながらソファに座っていたシエルは、勢いよく立ち上がり、トーマの制止も聞かずに応接室を飛び出した。事前にソレイユから「応接室で待っているように」と言われていた事も忘れて…。


「ジェイクに会いたいかい?」
  
  そう、1ヶ月ぶりに訪ねて来たソレイユから訊かれたのは、2日前のこと。あまりにも唐突な問いかけだった。ソレイユは、シエルが王族としてお披露目されたら、ジェイクとは兄弟として会うことは二度と出来ないと言った。それはシエルも、誰に言われずとも分かっていた。

「会いたいです」

  シエルの答えは一択。
  会いたくて…ずっと会いたくて…。
  本当はずっと一緒にいたかった。たくさんお話をして笑い合いたかった。でも、機会は
  
「ジェイクに会いたい…」

  それは『願い』ー。


  応接室を飛び出したシエルがエントラスに着くより早く、ソレイユが一人の少年を伴って廊下を歩いて来るのが見えた。ゆっくりと足を止めるシエル。
  彼らもシエルに気付き、足を止める。双方の距離、目測で10mほど。

「ジェイク…」

  少年は間違いなくジェイクだ。すっかり大きくなってはいるが、その顔には幼い頃の面影がある。
  しばらくどちらも声を発する事なく見つめあっていると、ジェイクが先に動いた。
  臣下の礼をとり、頭を下げるジェイク。義兄弟としての再会だとは事前に言われていたが、シエルの立場を知った以上、礼に則った挨拶はしなければならない。

「ジェイク・トリトンがシエル・フォン・アールグレイス王弟殿下にご挨拶…」
「ジェイク!」

  ジェイクが言い終わらないうちに、シエルはジェイクに駆け寄り、強く抱きしめた。

「ジェイク! こんなに大きく…」
「………。あ…義兄…上…」

  ジェイクもそっとシエルの背中に腕を回し、2人は抱き合ったまま、その場に座り込んだ。

「義兄上、僕…。ずっと…ずっと会いたくて…」
「…うん。僕もずっと会いたかった…」
「…ごめんなさい…。僕、兄上がずっと寂しい思いをしてるの知ってたのに、何も…出来なくて…」

  シエルは激しく首を横に振る。
  知っていたとしても、幼かったジェイクに何が出来たというのだろう? ジェイクの存在だけがシエルにとっての光だった。親の罪をジェイクが背負う必要はない。
  シエルとジェイクは互いの存在を確かめるようにきつく抱き締め合い、互いの温もりに涙を流す。
  
  シエル 17歳、ジェイク 14歳。
  8年目の再会だった――。


「ジェイク、本当に大きくなったね。あんなに小さかったのに…」

  シエルは隣に座るジェイクの膝に置かれていた手を取り、伯爵家にいた頃、ジェイクがこっそりシエルに会いに来ていた頃のまだ幼かった義弟を思い出しながら言った。

  応接室に移動したシエル達。いつもなら皆に着席を勧めてから自身も着席するシエルが、今日はジェイクを先にソファに座らせた後、自分はその隣に腰を下ろした。まだ離れたくない…と意思表示するかのように。その様子に苦笑しながら、2人の向かいのソファに座ったソレイユである。例によって、ソレイユの後ろには護衛のケニス、シエルの後ろには護衛のルシアンが立っている。いつものように。

  シエルはしみじみと言いながら、義弟を見つめる。ジェイクがαだとは聞いていた。シエルより3歳下だが、背はシエルより頭一つ分高くなっていた。まだ少年だから、体の線は細いけれど。

「ジェイク、学園は楽しい?」
「え? あ、は…はい。あっ! …いえっ…そのっ…」

  当たり障りのない話題を振ったはずのシエルだったが、返事の後に焦り出したジェイクを見て察した。ジェイクは知っているのだ。シエルが学園に通わせてもらえなかったことを。

「ジェイク、落ち着いて。ジェイクは優しいね。でも、君が気にすることはないんだよ? 楽しいことは楽しい。嬉しいことは嬉しいって言ってもいいの。ジェイク、僕ね、ジェイクと遊ぶの、楽しかった。話せなくなっても、ジェイクの姿が見えた日は嬉しくて、ジェイクと笑顔を交わし合えた日は1日ずっと幸せな気持ちだった。今も幸せだよ。ジェイクと会えないのはずっと寂しかったけれど、大好きな人達に囲まれて、幸せ。そしてね、ジェイクにまた会えたから、もっと幸せになった!」
「…義兄上…」
「ね、ジェイク、学園は楽しい?」
「楽しい…です。…うん。学ぶのは楽しい」
「そう。僕もだよ。知識を得るのは楽しいね」
「義兄上も?」
「うん。僕もいろいろ勉強中」
「「ふふ…」」

  僕達は笑い合う。『あの頃』のように。
  ソレイユは一切の口を挟まず、義兄弟の様子を見つめていた。血の繋がらない2人だが、性質がとてもよく似ているな…と思いながら。

  7年間の空白を埋めるようにシエルとジェイクが夢中になって話し始めて、どれくらい経っただろうか。部屋でラナとアメリにお願いしていたアーシャが、『かーたま』を探してぐずり出したと、アメリが知らせに来た。シエルが「連れてきて」と言うと、アメリが踵を返した。
  アーシャが来るのを待つ間にジェイクに言っておく。

「僕の子供だよ」

と。まだ17歳で子供がいるなんて聞かされたジェイクの反応が怖かったけれど、どうせあと1年もすれば明らかにされること。それなら、義兄弟としていられる今、会わせたい。アーシャがシエルを探してぐずり出したのは偶然だけれど、いいタイミングだと思ったシエルである。

「っ…! …義兄上の…」

  やはり驚いた様子のジェイクだったけれど…。
  
「会ってくれる?」
「はい。お会いさせていただけるのなら…」

  次の瞬間には笑顔になって頷いてくれた。
  ジェイクが驚いたのは、シエルの婚姻は無効だったと聞いていたからだ。ただ、それだけ。誰の子供だとかは関係なく、『義兄の子供』 であるのなら、拒否する理由はない。

  それからさほど時間を置かず、アーシャがラナに抱かれてやって来た。泣いていたらしく、顔が涙と鼻水で濡れていた。ラナが拭いてやらないはずがないから、アーシャが嫌がったのだろうことは安易に想像出来る。2歳を目前にして、早くもイヤイヤ期の兆候が見えているアーシャである。

「かーたま…」
「おいで、アーシャ」

  ラナがシエルにアーシャを渡し、柔らかいタオルも渡す。

「可愛いお顔が台無しだねぇ」

  声を掛けながらタオルで優しく顔を拭いてやる。

「…可愛い…。…義兄上そっくり…」
「?」

  隣から聞こえた囁くような呟きにジェイクを見れば、じーっとこちら…正しくはアーシャを見つめて、何故か頬を紅く染めていた。

「あ~」

  そして、ジェイクの存在に気付いたらしいアーシャが手を伸ばす。人見知りしない子だけれど、初対面の相手に自分から手を伸ばすのは珍しい。

「ジェイク、息子のアーシャだよ。抱っこしてあげて」
「えっ? いっ…いいのですか?」
「うん。だってほら、手、伸ばしてるし。
  アーシャ、ジェイク叔父様だよ」 
「ま?」

  まあ、分かるはずないよね…と苦笑しながら、シエルはジェイクの腕にそっとアーシャを託した。

「軽い…」

  腕の中のアーシャを見下ろすジェイクと、ジェイクを見上げるアーシャ。アーシャはよじよじとジェイクの膝の上に立つと、ジェイクの頬にぶちゅ~とキスをした。よだれまみれの唇で。

「っ…!」
  
  ジェイクは何故か固まり、その場にいる全員がその微笑ましい様子に笑顔になる。
  シエルがよくアーシャの頬にキスをするせいか、アーシャも最近、懐いた相手の頬にキスをするようになった。やっぱりよだれまみれの唇で。ソレイユの護衛でよく来るケニスにも。全員がアーシャのよだれの餌食になっているが、誰一人怒る人はいない。ジェイクも怒らない。どころか、なぜか嬉しそう…? アーシャが初対面でキスをするのは初めてだけれど、それだけ気に入ったということだろう。その証拠に、寮の門限があるから…とジェイクが帰る時、アーシャは泣いて引き止めようとしていた。それも初めてのことだった。


  今度はいつ会えるだろうか…。叶うなら、また会いたいと願う。
  トリトン伯爵家から籍を抜かれていなかったシエルは、シエル・トリトン。シエルの籍に入ったアーシャもアーシャ・トリトンだ。けれど、シエルとアーシャが王族として迎え入れられたと同時に、トリトン家から籍を抜かれるどころか、トリトン家の養子だった事実すら抹消されるという。つまり、ジェイクと義兄弟だった事実そのものがなくなる…。それは仕方のないことで、シエルは理解したつもりだったけれど、ジェイクと再会した今、それがとても切ない…ー。

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