【完結】僕の『アーシャ』〜小さな希望〜

Kanade

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挿話⑩. ルシアン・フォン・レスティア③


『醜くなんかないよ。この傷跡は勲章だ。貴方は国の為に戦った。名誉の負傷だね。人の目が気になるのなら外では眼帯をしててもいいけれど、僕の前では隠さないで。だよ?』

  初めて会った日、跪いたルシアンの失われた左眼の傷跡に口付けながら、シエルが言った言葉ー。
   ルシアンの事をよく知らない、知ろうともしない者が一様に「醜い」と断じた傷痕。ルシアンの顔と公爵令息という肩書を見て鬱陶しいくらいに寄ってきていた令嬢達も、ルシアンが傷跡を隠さずに公の場に姿を現した瞬間、まるで化け物を見るような目で見て次の瞬間には顔を背け、以降、清々しいくらいに寄ってこなくなった。それ自体は気にならない。周りが静かになっただけだ。ルシアンの家族や王家の方達、共に前線に立った騎士団の仲間達さえ分かっていてくれれば、それでいい。ただ、この日からルシアンは眼帯で左眼を隠す事にした。不用意に初対面の人間に不快な思いをさせるのは本意ではない。
  だから、シエルが初めて別邸に来る日、ルシアンはいつものように眼帯をして出迎えたのである。

『名誉の負傷』ー。
  
  そう言われたのは一度や二度じゃない。父も、兄達も、恐れ多くも国王陛下も言ってくださった。
  でも…。
  なぜか、わずか10歳のシエルに言われた瞬間が一番、胸にすーっと染み込んだ気がしすた。もしかしたらこの瞬間が『始まり』だったのかもしれない。
  ルシアンは若き主に永遠の忠誠を誓った。

 シエルは聡明で優しい主だった。少年らしい可愛らしい容姿を持ちながら、その芯は強く、その心は清らかで美しく…。
  シエルはルシアンにとっては命を賭しても守るべき主。それは変わらない。だが、その忠誠心の中にが芽生えている事に、あるとき気付く。気付いてしまった。決して抱いてはいけない感情に。歳の差15歳。許されざる想い。
  ルシアンは想いを封印する。決して悟られないように。決して言葉にしないように。言葉にしなければ…胸の奥深くでひっそりと抱えるだけならば『罪』にはならない。

  それからも別邸での穏やかな日々は過ぎ、シエルが13歳になった頃。月に一度しかシエルの様子を見に来ないシエルの養父(当時の伯爵)が、シエルに告げた。「嫁ぎ先が決まった。1週間後に婚家に行け」、と。その時の衝撃ははかり知れない。シエルが結婚する事に対してではない。養子とはいえ、シエルは貴族。加えて、第二性はΩ。いずれはどこかに嫁がなければならない。ルシアンは、その時も出来れば輿入れに同行させてもらい、近くでシエルの幸せを見守りたいと思っていた。たとえずっと、αの本能を抑え込む事になろうとも…。
  だが、シエルはまだ13歳。発情期も迎えていない。当のシエルは無言。何も言えず立ち尽くすルシアンの近くで、執事のトーマが伯爵に意見しているが…。1週間後、結局シエルは別邸を…トリトン伯爵家から追い出される形で、同行を許された5人の使用人を連れて嫁ぎ先に向かう。その使用人の中にはルシアンも含まれていた。予定は早まったが、見守る意思に変わりはない。変わりはないが、その思いがより強固なものになったのは、トーマからシエルの結婚相手を聞いた時だった。

  カイラス・ランスター侯爵ー。
  侯爵の『噂』は知っていた。なぜそんな男に…と思ったが、今さら婚姻が覆るものでもない。侯爵が本当に噂通りの人物なら、何を犠牲にしてもシエルを守る。強く思った。
  かくして、侯爵家に着き、応接室で対面したカイラス・ランスターなる人物は…。
  あまりに噂通りの男で、しかも、彼がシエルに示す婚姻の条件がクズすぎて、何度声を上げそうになったか…。だが、トーマに視線で制されたのもあるが、何より淡々と、毅然とした態度と言葉で侯爵とをするシエルの姿に、主の思いを無にしてはいけないと、ルシアンは言葉を飲み込んだ。
  本邸には 住んでいた為、シエルは別邸に伯爵家から同行した使用人達と共に押し込まれたが、別邸での生活は、使用人が半分になった事以外は伯爵家の別邸にいた頃と変わらず、穏やかに過ぎていった。侯爵や愛人が突撃してくる事もなく…。用がある時はトーマが本邸に足を運ぶか、本邸の執事が別邸を訪れた。

  このまま穏やかに日々が過ぎていけばいいと思っていた。たとえ限られた敷地内から出る事が叶わない生活の中でも、シエルが健やかに、心穏やかに過ごせるのなら…。いつまでも傍でお支えしよう。
  そのルシアンの願いは叶わなかった。

  侯爵家の別邸に押し込まれてから1年半あまり。
  シエルに初めての発情期の兆候が現れたー。

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