【完結】僕の『アーシャ』〜小さな希望〜

Kanade

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67. 王族として


『僕はΩだから…』ーー。

「我が国にΩが爵位を継いではいけないという法律はない」
「……………」

  ソレイユの言葉に、シエルは口をつぐむ。
  知っている。アールグレイス王国の法律については、ウォルトから特に重点的に、徹底的に教え込まれたから。王族は法律を正しく理解し、国民の模範となるべく、たとえわずかであっても法を犯してはならない、と。人間である以上、欲はあり、出来心が芽生えることもあるだろう。だが、王族という責任のある立場だからこそ、知らなかった、流されてしまった、は通用しないのだ、と。
  徹底的に叩き込まれた法律の中には、確かにΩが爵位を継いではいけないというものはない。けれど、記憶するように言われて渡された最新の貴族名鑑の中を思い出してみても、名前と年齢とともに記載されていた第二性に、Ω性の当主や次期当主は皆無だった。ほぼα、βもちらほら…。Ω性の子供が生まれないわけじゃない。だが、たとえ長子であってもΩ性だと判明した瞬間に後継から外され、他貴族家に嫁ぐことが決まってしまう。政略であれ、恋愛であれ…。
  つまりシエルが何を思っていたかといえば、法律では禁じられていなくとも暗黙の法律ルールとして、Ωが当主を継いだ…という前例はない。
  そんなシエルの懸念など、すぐにソレイユに伝わる。
 
「シエル、よく聞いて。君の心配はもっともだ。Ωが当主を継いだという前例はない。でもそれは、後継の指名は各家に委ねられているからだ。Ωの子供を大切に育てている家でも、長い歴史の中で人々の記憶の中に刷り込まれた常識…つまり、αは優秀、βは平凡、Ωは…。劣等という言葉は使われなくなったけれど、Ωの特性は子を産むこと、Ωはあまり物覚えがよくない、大人しくて社交性がない…という、思い込みのせいなんだ」
「……………」
 
  自分を過小評価しているシエルは、事実としてその通りだと思った。Ωは産む性だし、自分は物覚えがいい方ではないし、社交も得意とはいえない。それはΩ性共通の自己評価だとシエルは思っていたが、ソレイユは違ったらしい。

「私はΩ性が特段、αやβより劣っているとは思わない。体力面だけ見れば、体格のこともあるからΩはか弱くみえるだろう。けれど、少なくとも頭脳ではαやβより下だという事はないと思うんだ。実際に、幼少期の知能の成長に大差はないという検証結果は出ているからね。ではなぜ、物覚えが悪い…知識が乏しいと言われるのか。それはね、7歳でΩだと判明した子はからなんだ。いずれ嫁げば必要になる社交でのマナーなどは教育されるが、知識は必要ないとされる。義務である貴族学園に通うようになっても、Ω性の子供だけクラスが別なんだ。α性の生徒だけでなくΩ性の生徒自身を守る為という名目でね。確かに発情期の事を考えると理に適っているから、たとえ王家でもその方針には口出し出来ない。Ωクラスで教える事が既存の知識のみだったとしても」

  発展した知識を与えなければ、授業など、ただ記憶するだけの作業だ。考えさせたり経験させなければ、成長などするわけがない。そして、ほとんどのΩ性の子供が、疑うことなくそれを受け入れる。当たり前だ。学園に通う前からのだから。ただ、その中でも独学で学び、向上する者もいる。まだまだ少ないが、ここ最近は社会に出て働く貴族籍のΩも増えてきている。親を説得した者もいれば、家を捨てる覚悟をした者も…。ソレイユはそういうΩ達への助力は惜しまない。
  ソレイユは自身が王位に就く前から、女性の、そしてΩの地位向上を掲げて活動している。平民は当たり前のように女性もΩも働いているのに、貴族の世界ではそれが忌避される。十歳になるかならないかの頃から王太子として父の視察に各地に同行していたソレイユは、学園に入る頃には「貴族家の女性とΩにも結婚以外の選択肢を与えるべきだ」と考えるくらいには、いっそ怖いくらいに達観した、子供らしくない子供だったのだと思う。学園を卒業して本格的に王太子として活動するようになってから、両親に自分が考える女性とΩの在り方を話した。母である前王妃には理解される事はなかったが、父の全面賛成のもと動き始める。
   それから十数年。劇的に何かが変わったわけではない。それでもソレイユの思いと活動は徐々に実を結び、現在では少しずつではあるが女性やΩが働ける場所が増えつつある。王宮でも、採用試験で規定の成績を取れれば、面接で人柄を見た上で採用した。現在、数人のΩが王宮で働いている。無論、αの多い王宮だからこそのマニュアルも作成してある。
  ただ、当主だけは変わらずα、あるいはβだ。やはり、当主は家門を、領主は領民と領地を守り発展させる義務と責任がある為、長い歴史の中で刷り込まれた『発情期のあるΩには責任ある仕事は務まらない、任せられない』という概念が邪魔をした。だが、それはその家門の問題であり、王とて『Ω性にも当主の座を』…などと言えないのが現実だ。
  
「シエル、君が『先駆け』になってみないかい?」

  思想を、そして胸のうちを吐露したソレイユが、改めてシエルに問う。

「…先駆け…」
「そう。君の優秀さはウォルトのお墨付きだ。トーマからも君の優秀さを散々説かれたよ」

  シエルの事となると、いつもの冷静な執事の仮面を外して饒舌になるトーマを思い出し、苦笑するソレイユ。

「…僕に…務まるでしょうか…? Ωの僕が爵位を持つ事で、何かが変わりますか…?」

  ソレイユの話を聞いたシエルは、自分には無理だと断じるのではなく、ただ思ったままに訊いた。
  
「正直、分からない。変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。けれど、きっとの一手にはなると思う。結局、何かきっかけがないと人は変わらない。変わろうとしない。だから君に、その先駆けになってもらいたい」
「……………」

  一拍ののち、シエルはゆっくりとした動作でうなずいた、
  不安がないわけじゃない。王宮の離れに身を寄せたばかりの頃は、ただアーシャと静かに暮らせればいいと思っていた。けれど自分は王族として生きる道を選んだ。ならば、王族のΩとして生まれた自分だからこそ、何かを変えるきっかけになれるのなら…。

「でも僕、当主の仕事がどんなものか、知りません。手伝いをした事もありません」

  一見「だから無理かも…」と言っているように思えるが、シエルの言葉に込められたのは「何も知らないから教えてもらえますか?」と前向きな気持ち。その分かりにくい言葉の裏にも、ソレイユはすぐ気付く。

「知らない事はこれから学べばいい。ルシアン、君は当主としてのシエルを支えられるかい?」
「はい。生涯の伴侶としてお支えします。私は兄達と違い、勉学よりも剣術に生きた生活のほうが長いですが、私もシエル様と共に学びます」

  真っ直ぐな迷いのない答え――。

「ルシアン…」
「よく言った。君達の指導はウォルトがするから、彼から存分に学びなさい」
「兄上が…ですか?」
「え…。でも、ウォルト様はソレイユ兄上の侍従…」
「もちろん、ずっとじゃない。君達なら一年か二年で大丈夫だというのが、ウォルトの見解だ。その間はレスティア公爵がウォルトの代わりを務めてくれる」
「父上が…」
「まあ、本当は公爵が君達に付きたかったらしいけどねぇ。君達の新たな屋敷には、ほら、アーシャがいるだろう? ようやく公にじぃじを名乗れるようになったら、アーシャ様を気にしすぎて使い物にならないですよ、とウォルトに言われてねぇ。子煩悩が終わったと思ったら、今度は孫煩悩。アトラスの子供も構いすぎて、お嫁さんから頻繁にお小言を言われているようだよ。仕事ではとても有能なんだけどねぇ」
 「ふふ…」
 
  苦笑しながらため息交じりに言うソレイユを見て、シエルは控えめに笑った。二ヶ月に一度の頻度で訪ねてくる公爵は、アーシャをとても可愛がってくれている。そんな公爵の、いつもアーシャを抱っこした時のデレ顔を思い出したからだ。

「明後日の式典で、シエルとルシアンの婚姻発表と同時に、シエルにシルベスタ公爵位を授爵する事を発表する。いいかい?」

  確認するように問われ、

「「よろしくお願いいたします」」

と、シエルとルシアンは揃って頭を下げた。

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